『本戦トーナメント一回戦第16試合、勝者は伊波ハクト選手! 見事な勝利だ!!』
『いやー、あそこでダイスを外した時はどうなるかと思ったけど。その後のカバーが素晴らしかったですね。非常に見応えのある試合でした』
解説席からのコメントを聞きながら、私はハクトさんの試合を大控え室のモニターで観戦していた。周囲にも、何人かがハクトさんと、裏で行われている嵐山選手の試合を観察している様子が見受けられる。
しかし、ハクトさんがダイスを自在に操れるのかもしれない、というのを分かった上で彼の試合を見ていると、その狡猾さに驚かされる。
負けたら大ピンチとなるタイミングでダイスを外してみせ、しかもそれでいて敗北は避けるという盤面のコントロール力。これでは、誰も彼が自在にダイスの目を操れる、なんて発想には至らないだろう。
ハクトさんの試合が終わり、一回戦は全て終了した。
勝ち上がったのは、順当に実力者とされる者ばかり。本戦トーナメント一回戦では、番狂わせは起きなかった。
つまり、私の二回戦の相手は橘ミカド。そして、ハクトさんの相手は結束ハル、ということになる。
ハクトさんは、テキトーに負けていいと言った。だが、私は一回戦を勝ち抜いている。
命令違反ではないが、彼の計画からは外れている行為。
今までの私だったら、ハクトさんの言う通りにしていただろう。
でも、それだけじゃダメだ。ハクトさんにとっての私の価値を高めるのに、それだけじゃ足りない。
さて、私の二回戦目も近付いてきている。個別控室で準備しておこう。
大控室を後にして、私は自分の控室まで移動した。先ほどまでの喧騒は遠く、しんと静まり返った部屋の中で、私は冷たい椅子に座る。
ふぅーっ、と大きく息を吐き、私は目を閉じる。
瞑想なんてする柄じゃないのに。大いに緊張しているらしい。それはそうだろう。あの橘と……私の自尊心を叩き折った相手と、戦うんだから。
橘との試合。それを前にして、私はVS学園で彼に負けたことだけでなく、自身の生い立ちまで思い出していた。
私の両親との思い出は僅かだ。それも随分昔のこと。
父も、母も。私がすることは何でも褒めてくれた。
特に、私は物心が付く前からカードに触れていたらしく、喜んで色々なカードを買い与えてくれた。
まだ幼い時分だったから、デッキが組めるほどの枚数ではなかったが、キラキラと光るカードの絵柄を見ているだけでも嬉しくて堪らなかった。
今も、デッキの中に入れている。
その日も、私のためにカードを買いに行く休日だった。家族三人で仲良く、車に乗って大きめのカードショップへ。
道中での事故だった。
私はよく覚えていなかったが、相手側の車が反対車線から飛び出してきた、と随分後になってから調べ直した。
当時は、相手がどうとか、どうでもよかった。
ただ、父と母とはもう会えないということに、打ちひしがれた。
結果、私は母方の叔母の家に引き取られた。
扱いは、まあそう良いものではなかった。
別に、それを責めるつもりもない。引き取りたくて引き取ったわけではないというし、自分たちの娘の世話の方が重要だったのだろう。
それに、私には人の魂が見える目がある。それを話した……話してしまったことで、薄気味悪がられていた、という側面だってあるはずだ。
暴力を振るわれていたとか、嫌がらせを受けていたとか、その頃はまだそんな事実はなかった。だが、薄っすらとした邪魔者扱いするような空気と、私自身のあの家にとって異物であるという自覚は、私の心に、早くあの家から出たいという焦燥を黴のようにこびりつかせた。
私にはVSの才能があった。
実の両親に貰ったカードに加えて、周囲の人からいらないカードをもらったり、捨てられているカードを拾ったりして集めた。
それだけでデッキが組めるだけの枚数のカードが……そして、勝負になるだけの質のカードが集まるなんて、今をもって信じ難いが、驚いたことに、カードは集まった。
もちろん、プロや大会参加者とは比べるまでもないことは確かだが……それでも、私には十分だった。
そんな小学生の頃は、周囲とのVSでは負けなしだった。周りも、本格的なデッキ構築ができた子もほとんどいなかったし、いてもプレイングは拙かった。
連戦連勝。破竹の勢い。
しかし、それが叔母たちに喜ばれることはなかった。
「アヤメ。悪いんだけど、VSをするのはちょっと控えてもらってもいい?」
少しだけ躊躇いがちに。そう伝えられる。
私は叔母の後ろで彼女の袖を掴む、彼女の娘を見た。
「分かりました」
叔母の娘を立てておかなければ面倒なことになりそうだったから、中学校に上がってからもしばらくは、表立ってVSはしなかった。
けど。
私にはVS以外で、自分に価値を見出せるようなことはなかった。
たとえ止められようとも、私はVSを続けたかった。
だからVSする時は、パーカーを目深に被り、学校からは少し離れたところで行った。
色々な相手だ。私と同じくらいの年齢の中学生。小学生くらいの男の子。会社のストレスを吐き出したいというOL。自称元プロという中年。
どれも少しも歯応えがなかった。自称元プロは、恐らくホラを吹いていたのだろう。
そんな中で、私の興味を引く存在が一人いた。
中学生最後の夏に対戦した相手。私より少し歳上の女学生だった。
「負けちゃった……あなたまだ中学生でしょう? 強いのね、VS学園に入学するの?」
彼女は、VS学園の生徒だった。
VS学園の話は、私も聞いたことがあった。VSを学ぶ学校。同世代の実力者が集う場所。
その学校に通う、いわばVSのエリート相手に、私は勝利を収めた。
私の実力は証明された、と一人舞い上がった。
これなら、最高峰の実力者が集まるという学園でも良いところに……いや、もしかすれば頂点を目指せるかもしれない。そんな思い上がりが、私の中に芽生えていた。
私の中で、VS学園への進学を心に決めたきっかけだった。
「申し訳ないけれど、高校生になったらこの家を出てもらえるかしら。家賃や生活費の心配はしなくていいわ、あなたの両親の遺産があるから」
だからだろうか。叔母から、淡々とそう伝えられた時も、割とすぐに受け容れられた。
「分かりました」
一言そう伝えて、その夜、私は数少ない私物の一つである、自分のデッキを抱えて眠った。
何を不満に思うことがあるだろう。叔母は両親の財産を掠め取るような真似はせず、きちんと私に相続分を渡してくれるのだ。
けど、好きでもない人から言われたことを気にすることもないだろうに、なぜか私の頬には涙が伝っていた。
翌日から、私は身を隠すことなく本気を出し始めた。
別に、叔母やその娘への腹いせではない。VS学園に進学するには、普段から実力を示す必要があるから。それだけ。
私は近場で行われている大会に、片端から参加した。私が参加できる中でも最大規模の大会……VSチャンピオンシップには申請時期が合わず参加できなかったが、より小規模な大会だけあり、私は連戦連勝だった。
私の元にVS学園からの推薦合格の通知が届いたのは、冬になってからだった。
その頃になると。
叔母と、その娘との関係は、悪化の一途を辿っていた。
それまでは、表面上は仲良く……とまではいかずとも、内心で思っているように、私を邪魔者扱いすることはなかった。
しかし、結果を出し続け、VS学園への入学までも決めてしまった私が面白くなかったのだろう。
家の中で、私は空気となった。
最低限の挨拶もない。おはようの言葉もおやすみの言葉も。
事務的な連絡は書き置き。
構わなかった。
元々、私は嫌われていたのだ。
それに、住居を用意してもらえるだけでありがたいことだ。家賃や水道代、光熱費の一部は私も負担していたけれど、それも私が納得してのこと。
それに、中学を卒業してすぐ、私は叔母の契約したアパートに引っ越すことになった。
気にすることは、何もなかった。
そして、VS学園に入学し——
こんこん、と扉を叩く音で、現実に引き戻される。
「……どなたですか」
「俺だ」
ハクトさんの声。
私は、一も二もなく立ち上がり、扉を開けた。
「よう。調子はどうだよ」
「そ、そうですね……まずまず、でしょうか」
「つーか、負けていいっつったろ。なんで一回戦を勝った?」
控室に入り扉を閉めながら。
責めている、というよりは、単に疑問に思っているといった声色で、ハクトさんはそう聞いた。
負けていい。確かに、ハクトさんはそう言った。私が橘に勝てると思っていない、と。
私もそうだ。
けど。
「負けろ、という命令なら、それに従います。
「そりゃそうだな。だが、負けると分かっている勝負をわざわざすることもないだろ。時間の無駄だ」
手厳しい言い方だ。
昨晩は怒っていないと言っていたが、私が敵に捕まったことは、評価を下げたのではないだろうか。
甘んじて受け入れよう。そして、その上で。
「でも、万が一私が勝てたら、ハクトさんは随分楽になるんじゃないでしょうか。計画を練り直す必要もありませんし」
「まあな。だが、それができないから負けていいと伝えたんだろうが。それとも——勝てるのか? お前が、ミカドに」
勝てるのか、どうか。
そう聞かれて、私は先ほど……一回戦が始まる前に口にしようとして、出せなかった言葉を思い出す。
「ハクトさん。お願いがあります」
「……なんだ?」
「私自身は……私の実力では、橘には敵わない。そう思っています」
思い出しても足が震えるようだ。
圧倒的な敗北。橘は、あまりに強すぎる。
私に勝てる気はしない。
だけど。
「だけど、失敗を取り戻すには……あなたの役に立つには、勝つしかないんです。だから、命令してください。勝てと。橘ミカドを倒せと」
「……その方がモチベーションが上がると、そういうことか?」
「はい。命令は絶対、ですから」
私が先ほどの言葉を引用して笑いかけると、ハクトさんはちょっと面倒くさそうに、自分の首に手を当てた。
「……ま、いいか。分かった、そこまで言うなら命令してやる。——橘ミカドに勝て」
ハクトさんの声。
それが耳から脳へと到達した時、心地良い痺れにも似た感覚が全身に迸る。
「拝命しました。勝ちます。橘に勝って、あなたの下僕には代え難い価値があることを証明します」