イカサマが闇のカードゲーマーに通用した   作:レイトントン

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完璧超人には嫉妬も起きない

「結束様、久里浜様も順当に一回戦は勝ち進んでいますね」

「ハクトさんもね」

 

 VIP用の観客席で、本戦トーナメントを観戦しながら、西島ユヅキと八代スイレンは応援する選手たちのことを讃える。

 ただし、ユヅキはハクトの名前がスイレンの口から出ると、心底嫌そうに顔を歪ませる。

 

 このメイドは余程彼を毛嫌いしているらしい、とスイレンは苦笑した。

 

「一回戦、気取り過ぎてて吐き気がしました。アレ、きっとピンチを演出しているだけですよ。わざとですわざと。相手に失礼すぎます」

「興行的には盛り上がりそうだけど。カジノ勤務だし、その手のエンターテイメントには一家言あるのかもね。確かに手を抜いてたなら、相手の人はちょっと可哀想だけど」

 

 口ではそう言いつつ、スイレンもユヅキと同じように、ハクトがまるで本気を出していないと推測していた。

 一年前にハクトが見せた、闇のカードゲーマーだったアヤメとの戦い。あの時の彼は確かにハルをも上回る実力を見せていた。それが予選を勝ち抜いたとはいえ、一回戦の選手相手に苦戦するはずがないと考えていたのだ。

 

「2回戦ではハルとハクトさんの試合かあ」

「どちらを応援するんですか?」

「どっちもに決まってるじゃないですか。ハクトさんのことは大好きだけど、ハルは私のことずっと大切にしてくれているから……それに、この大会はハルにとってすごく大切な思い出だもの」

 

 スイレンは、去年トウキョウで同じように観客席から応援していたことを思い出しながら、今度は視線をスタジアムの中央に向ける。

 MR映像で出力された司会が、これまでの試合を振り返っている。少しの休憩を挟んでから、2回戦が始まるようだ。

 

「……お嬢様。来客のようです」

「来客? どなた?」

 

 従順なメイドの下に、連絡が届いたらしい。

 

「VS連盟副会長。ケネス・ワトスン氏です」

「今日はお父様はいないけれど?」

「どうやら、お嬢様と話したいようでして……いかがいたしますか?」

「ふうん……まあいいでしょう、通してください」

 

 ユヅキの手で、VIPルームの扉の施錠が解除される。自動でドアが開くと、片手を挙げる、白いスーツ姿の男が立っていた。金の長髪の男。この大会の運営委員長であり、VS連盟の長でもある男だった。

 

「やあ、こんにちは。八代さんのお嬢さん」

「ケネスさん。お父様でなく私にお話しがあると伺いましたが?」

「ケニーでいいよ! 大した話じゃあないんだけどね。2回戦が始まるまで、ちょっぴり暇だったからさ」

「ふふ、大会運営委員長なのにお暇なんですか?」

「部下たちが優秀なものでね。彼らに全て任せているし、私はお飾りのリーダーさ」

 

 見え透いた謙遜。しかし、スイレンはそれを突くことはしなかった。

 しかし、VS連盟の副会長が訪ねてくるとは大事だ。それも、父にではなく自分に。

 父に迷惑をかけないように立ち回らなければ、とスイレンは気を引き締める。一体、何の用事なのだろうか。

 

「私も、大会はとても楽しませていただいています。白熱した試合ばかりで、つい夢中になってしまいました」

「それは嬉しいね。今回は注目選手の招致にも力を入れたし……まさにさっきの試合、伊波ハクトくんなんかは、ハルに勝ったって噂の人物だよ」

「ふふ! そうらしいですね」

 

 スイレンはハルから話を聞いている。事実、ハクトはハルに勝ったのだと。

 イカサマによる結果だとは、当のハルは想像だにしていないが。

 

 またスイレンも、ハル本人から聞いた直後は半信半疑であったが、ハルを倒したアヤメを圧倒したハクトの姿を見ては、信じないわけにはいかなかった。

 

「ハクトはVS学園の講師だったってね。お嬢様、君はハクトの講義を取っていたのかな?」

「ええ、非常に興味深い内容でしたよ。伊波先生の講義は、学園でも大変人気を博していました」

 

 腹を探ってくる割に迂遠だな、とスイレンは目を細めながらケネスを観察する。

 ハクトの話題を出したのは、スイレンの父、ソウジロウがハクトをVS学園に講師として()()した事実を知っているからだろうに。

 

 それを突いて何がしたいのかまでは分からないが、突かれたとしても痛手にはなり得ない。スイレンはとぼければいいのだ。『まあ、お父様がそんなことを? 問い詰めておきますわ』なんて口にして。

 

 しかし、スイレンの想定は若干ピントがズレていた。

 

 ケネスが探りに来たのは、スイレンおよび父親のソウジロウ、ではない。

 

「そうか。彼は元々カジノに勤めていたそうだが……その前に何をしていたのか、知りたくはないかい?」

 

 知っているんですか?

 ついそう問い掛けそうになり、しかしスイレンは押し黙る。

 ()()()()()の動向は掴んでいるが、それ以前のことはとんと分からない。ユヅキが調べてもそうだったのだ。この男がそう簡単に知れるはずがない。

 

「興味がないと言えば嘘になりますが、他人の過去を無断で暴くのは……少々お行儀が悪いのではないでしょうか?」

 

 会話を側で聞いているユヅキは、敬愛するソウジロウの娘相手にもかかわらず、思わず「いや貴女もでしょう」と内心でツッコミを入れる。

 同時に、感心も。

 

 スイレンは一年前まで、精霊が見えることにより引っ込み思案な性格だった。それが、たった一年でこれほど腹芸までこなせるようになるとは。ソウジロウの血を感じずにはいられない。

 

「おっと、痛いところを突くね! そりゃそうだ、誰しも詮索なんてされたくないよね。ボクだって過去を掘り返されて良い気分はしないだろうし。これは失礼」

「いえ、こちらこそ若輩者が生意気な口を利きました。お許しくださいますか?」

「ふふふ。ではお互い様、ということにしようか」

 

 表面上、二人は笑い合う。

 

 一方でスイレンは思案していた。

 

(ハクトさんの過去を探ろうとする人が、私以外にもいるなんて。VS連盟の副会長。この人を上手く使えれば、ハクトさんとの()()()()を掴む可能性はぐっと高くなる……)

 

 それ自体は喜ばしいことだ。

 ユヅキとともに自分の傍に控える執事姿のハクトを想像し、スイレンは口の端が上がりそうになるのを堪える。

 だが、ケネスと共同することは、大きなデメリットも孕む。

 

 まずは彼の真意を探らなくてはならない。

 そう焦る必要もない。時間はいくらでもあるのだから。

 

 スイレンは笑顔を張り付けたまま、チャンピオンシップの試合について話すケネスに話を合わせ続けた。

 

 

 

 

 息を吸う。

 吐く。

 

 私はフィールドまでのゲートで立ち尽くしていた。

 このまま、あの光が差す出口を出れば、もう橘との試合が始まる。

 

 右足を出す。

 重い。

 左足を出す。

 これまた重い。

 

 重しを付けられたような。沼に足を取られたような。そんな錯覚を覚える。

 

 私は、これほどまでに橘に恐怖しているのか。

 

「…………ッ!」

 

 雑念を振り払うように、無理やり足を出す。

 そうして、私はフィールドまで辿り着いた。

 私が姿を現した途端、わっと会場が湧く。凄まじい観客の数だ。一体、何万人いるんだろう。

 

『さぁ、まず登場したのは黒崎アヤメ選手! 一回戦は余力を持って突破しました、二回戦はどのような試合を見せてくれるのか!』

 

 余力を持って突破したのは、向こうも同じだろうに。

 そう考えていると、私の時よりさらに大きな歓声が響く。

 逆側のゲートから、対戦相手が入場した。

 

 ゆるくパーマの掛かった茶髪。おっとりしたタレ目に、泣き黒子のある男は、観客席に対して感謝の意を示し、手を振り返す余裕すら見せていた。

 

「2年ぶりかな? 黒崎ちゃんとVSすんのって」

「ああ、入学して6日目だったな。それ以来、私はお前に挑まなくなった」

「そっか……ごめんな、黒崎ちゃん」

 

 伏目がちに、橘はそう謝罪する。

 意外に思った。

 謝罪したことに、ではない。むしろ、橘の性格なら、自分に非がなくとも自責の念から謝るのはあり得ることではある。

 

 意外なのは、私ごときとのVSを覚えていたことだ。

 

「別に、橘は悪くないだろう」

 

 私が勝手に折れただけだ。

 橘は何もしていない。ただVSに勝っただけだ。……圧倒的に。

 

「それに、これから改めて挑ませてもらう。覚悟するんだな。2年前と今の私は、まるで違うぞ」

「……強くなった、ってことか?」

「まあ、そうなる……かな」

 

 もちろん、技量やカードへの理解が2年前よりも向上しているのは確かだろう。VS学園で学んだことは、確かに私の中に根付いている。

 だが、それよりももっと……根本から、私は変わった。

 それが良いのか悪いのかは、分からないけど。

 

「今回は勝たせてもらう」

「……良い顔だな。よし、真剣勝負だ黒崎ちゃん。VS、スタート!」

 

 山札からカードを引く。

 序盤は使える魔力も少なく、出すカードの選択も多くない。

 手札のカードを確認して今後の展開を組み立てながら私は、以前の橘とのVSを思い出していた。

 

 

 

 

 VS学園への入学。それは、当時の私にとって、環境ががらっと変わったこともあり、大きな転機であり……また、自分の実力を証明することになる偉大な一歩であると、そんな希望に満ちた出来事だった。

 

 入学式は恙なく終わったものの、私の新しい制服を着た姿を祝う者は誰もいない。

 それは別に構わなかった。私がここに来たのは、国内でも最大級のVSの学舎で頂点を取るためだからだ。

 感傷に浸っている場合ではない。

 

 VS学園は通常講義が4限まであり、それ以降は選択式で好きな講義を受講する形になっている。

 私もまた、各授業の評判や、担当講師の情報を学内ネットで確認しながら慎重に決めようと考えていた。

 

「ねえねえ、アヤメちゃん」

「……なんだ?」

「この後皆でカードのトレード会をしようと思うんだけど、どう? アヤメちゃんも参加してくれたら楽しそうだなーって思うんだけど」

 

 彼女は……笹原と言ったか。クラスメイトで、のんびりとした自己紹介がちょっと印象に残っていた。

 トレード会、か。デッキの強化は望ましいが、馴れ合う気にはなれない。

 今仲良くしたところで、結局頂点を競うために敵対することになるんだ。

 

「遠慮する」

「そっかあ。まあ、気が向いたらおいでよ」

 

 すげなく断られたというのに特に気にした様子もなく、笹原は友人たちの輪に戻って行った。

 

 デッキの強化。

 それで言えば、入学当初の私は自らのデッキについても過信していた。

 

 本格的にVS学園への入学を目指すにあたり、受験シーズンの私は、アンティルールでのVSを繰り返した。

 強力なカードを手にするための苦行。初めこそ緊張したが、強力なカードが手に入れば、それだけVSも勝ちやすくなる。雪だるま式に、私のデッキは強くなっていった。

 

 今や私のデッキは、以前と比較にならないパワーを持っている。誰が相手でも、負ける気はしなかった。

 

 事実。

 私はVS学園に入学して5日、無敗を誇った。今にして思えば、まあ短い天下だったが。

 

 初めは同学年。2日目には2年生。3日目には3年生を、片端から撫で切りにしていった。

 拍子抜けするほど、事は上手く運んだ。今にしてみれば、運が良かっただけなのかもしれないが。

 

 そして5日目には、学内最強の一角と言われるバーテックス・セブンの第七席を退けた。

 実力者と謳われるだけあって苦戦を強いられたが、結局は私の勝利に終わった。

 

 実感があった。

 勝てる。勝った。実際に手にした勝利は、紛れもない私の実力によるものだ。

 私の実力は本物なのだ、と。

 

 バーテックス・セブン第七席に勝利した私は、学園内でもすっかり噂になっていた。

 いずれ頂点を獲りにくるだろう。今年度最強の生徒だ。バーテックス入りは確実。

 そんな声。

 

 私は浮かれていた。

 

 聞こえてくる賞賛の声は、今までの、VS学園に入るまでの鬱屈とした気持ちを全て忘れることが出来た。

 

 嫉妬ややっかみの声もあったが、ひと睨みしてやると、それだけでそそくさと退散して行った。

 その姿に、叔母やその娘を重ねる。私の実力に嫉妬していたであろう、彼女らに対して反撃してやれたような錯覚。薄暗い優越感を覚えた。

 

 端的に言って、気分が良かった。

 

 

 

 そんな時だ。

 

「よっ。あんたが黒崎アヤメちゃん?」

 

 本物の強者は、片手をあげて、なんとも気安く声をかけてきた。

 

「……そういうお前は?」

「あっ、悪い悪い。先に自己紹介だよな。俺、橘ミカド。あんたと同じ一年生! よろしくな」

「一年生……か。それで、何の用だ?」

「黒崎ちゃん、めちゃくちゃ強いって聞いてさ。俺とVSしようぜ!」

 

 天狗になっていた私は、内心鼻で笑っていた。恐らく、態度にも出ていたのではないだろうか。今にして思えば、全く身の丈を知らないことだ。

 だが、この学園で挑まれた勝負に応じない、なんてことはあり得ない。臆病者の誹りは免れないだろう。

 

 肥大化したプライドはそれを許さなかったし、そもそも私は抑圧された黒い感情を発散するのに、誰かを蹴散らしたいという欲望を抑える気をすっかり無くしていた。

 

「いいだろう。その勝負受けた」

 

 

 

 結論だけ言うと、私は完膚なきまでに敗北した。

 本気で高みを目指すなら、負けたVSの内容とて甘んじて受け入れ、反省と改善を試みるべきだというのは分かっている。

 だが。

 

 この時の私の敗北ぶりは、あまりにも無様で、内容も見れたものではなかった。思い出したくもない。無様なまでの敗北だった。

 

 強すぎる。

 私の生命力が0になった瞬間、私は残る手札を取り落とし、VS用の台に手を突いて俯いていた。

 

 ギャラリーのざわめきが耳に届いたこともあり、また先ほどまでの自信を思い返して、私の顔はかっと熱くなった。

 

「黒崎ちゃん」

 

 だから、橘が目の前まで寄ってきているのにも、さっぱり気付かなかった。私は勢い良く顔を上げる。

 

「み、見事だった。いや、初めてだよ。こんな……」

 

 完敗ぶりは。

 そう口にしようとしても、口はぱくぱくと開くばかりで音を発さない。

 

 まだ、なけなしの自尊心を守ろうとしていたのかもしれない。

 しかし、私の様子を見かねたか、橘は遠慮がちに、それを口にした。

 

「えっと……今回は俺が勝ったけど、次は危ないかもな。VS受けてくれてサンキュー、GG!」

「……ッ!」

 

 これだけ派手に負けたというのに、相手に気を遣われる。

 それは入学してから積み上げられた私の安いプライドを、いとも簡単にズタズタに切り裂いた。

 

 思わずカードをかき集めてからその場から逃げ出し、どうやって自宅に戻ったかも朧げなまま私はベッドに飛び込み、悔しさから涙を流した。

 

 

 

 私が橘に負けた翌日。

 私への賞賛の言葉は、そっくりそのまま橘に向けられていた。

 期待のホープは、簡単にその地位を失った。残ったのは、ニューヒーローに無様に敗北した、という結果だけ。

 

 一部の、以前から私に嫉妬していた連中の視線が、悪意が、落ちぶれた私に突き刺さった。

 

 

 私は、残り2日の履修登録期間で、出来る限り橘と同じ講義を取ることにした。

 

 橘の強さは、異常だった。

 私以外にも、バーテックス・セブンの上位陣に挑み、その悉くを打倒していた。

 

 その強さには何か秘密があるのではないか。そう思った私は、彼を観察することにした。

 橘にリベンジするため。強い自分を取り戻すために。

 

 しかし、彼の講義への態度や、普段の生活、VSの観戦を通して分かったのは、彼がただ努力家であるから強い、という単純な事実だけだった。

 

 橘は勤勉だ。軽そうに見えて講義では一番前の席に座るし、積極的に質問する。VS理論やデッキ構築論のテストでは常に高得点だって取っている。

 VSに誠実だ。常に対戦相手を尊重し、また互いに高め合うために全力でVSに望んでいる。

 センスがある。複数のデッキを使いこなし、またカードの引きもここぞという時に切り札を引いてくる運命力を持っている。

 

 彼には才能があり、その才能を努力で伸ばす目的意識があり、それを鼻にかけないだけの器量があり、さらに対戦相手への礼節を重んじる心があった。

 

 鬱屈とした感情から、己の価値を証明するためだけに戦う私とは、正反対の高潔な人物だった。

 

 橘が才能にかまけた嫌味な人間だったなら、どれほど楽だっただろうか。

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