「へえ」
俺は思わず、そんな声を漏らしていた。
自分の控室で、試合の映像を眺めながら。
わざわざ命令してやったが、はっきり言ってアヤメがミカドに勝てるとは少しも思っていなかった。もちろん、VSが運要素のあるカードゲームである以上は全く可能性がないわけじゃないだろうが、実力差というものは存在する。そこから考えると望み薄だと、そう思っていた。
しかし、今の状況は——
『私のターン。私は魔力6で黒鳥ザーブルグを場に出す。効果により墓場から魔力2以下のクリーチャーを2度甦らせる。来い、水鳥ミューズ、光鳥ファデラ!』
アヤメの場に、三体のクリーチャーが現れる。そして、水鳥の効果で自らを犠牲にして、黒鳥ザーブルグに対して、場に出たターンでも相手クリーチャーに攻撃できる『突撃』を付与する。ザーブルグが、ミカドのクリーチャーを破壊する。
『おーっと! 黒崎選手、橘選手の場に残った唯一のクリーチャーを破壊した! さらに彼女の場には鳥クリーチャーが2体!!』
実況の音声の通り、アヤメが優勢だ。
「マジかよ。勝てって命令しただけだぞ……?」
気の持ちよう、メンタルの状態によって実力が多少上下することがあるのは当然理解している。だが、これは幾らなんでも上がりすぎだろ。
……これがアヤメの本来の実力、ということか?
アヤメから聞いた話では、入学当初、ミカドにはボロクソに負けたはず。その後しばらくしてからスイーパーとして活動を始め、俺に負けてスイーパーが壊滅してからはVS学園に戻り……序列7位にまで至った。
元々、使える駒ではあったが……ミカドに勝てるようなら、使い途は少し考えなければならないかもな。
◆
優勢。優勢だ。
私はどこか浮き足だったようなふわふわした心持ちのまま、橘にターンを渡す。
余計な音は意識から排除され、視界は必要なところをくっきりと映し、余計な思考をしながらも戦略は速やかに組み立てられていく。
どこか現実味が感じられない部分すらある。夢でも見ているかのような。
全てが自分の思い通りに行くかのような錯覚すら覚える。
「俺のターンだ。……凄いな、黒崎ちゃん。ここまで良い勝負をするのは久しぶりだ!」
「自分でもよく分からないが……なんだか、すこぶる調子が良い」
「へえ。ゾーンってやつ? なら、俺もギア上げてかないと、なっ!」
橘がカードを山札から引く。引いたカードを見た彼は、にやりと口元を歪めた。
「俺は魔力5でランス:アマルガを場に出す。さらに、魔力2で魔法装具『レーザーアーマー』を装着。このカードを装備したクリーチャーが攻撃する時、装着したクリーチャーの攻撃力分のダメージを敵クリーチャー全てに与える」
四つ脚の恐竜に、砲台の付いた機械鎧が装着される。また、アマルガは『突撃』能力を持つため、場に出たターンでもクリーチャーに攻撃できる。
「行け、アマルガ!」
アマルガの攻撃力は3点。私の場のクリーチャー2体の体力を上回っている。
アマルガが私のクリーチャーに突進を仕掛けるため、足を踏ん張る。その瞬間、砲台から細い熱線が放たれ、私の場の鳥たちを焼き払った。
「くっ……! 光鳥の効果発動! 破壊された時、生命力を2点回復する!」
「ただじゃ転ばねえか! けど、俺の戦術もまだ尽きちゃいないぜ。アマルガの効果を発動! 相手クリーチャーが破壊されるごとに、攻撃力を2点加算する。お前のクリーチャーは2体破壊された……つまりアマルガの攻撃力は4点加算され、7点!」
『なんと、橘選手のアマルガの攻撃力が7点にまで上昇した! しかも、このままクリーチャーが破壊されつづければ際限なく攻撃力が上がっていく……これは形勢逆転か!?』
アマルガのステータスは、これで7/4。かなりの攻撃力だが、まだ対処できない範疇じゃない。
「私のターン! 私は魔力1で『神鳥との契約』を使用する。墓場のクリーチャー3体を山札に戻し、カードを2枚ドローする。……そして、私は魔力5で砂鳥ジャーロを場に出す」
羽ばたきにより砂混じりの風を起こす鳥が、甲高い声をあげて場に現れた。
このままアマルガを放置していては、大きなダメージを受けてしまう。排除しなくてはならない。
「ジャーロは召喚時に、手札から魔法一枚のコストを3点軽減して使用できる。私は攻撃魔法『テンペスト』を本来魔力5のところ2点で使用。場のカードを一枚破壊する……対象は当然、ランス:アマルガ!」
『テンペスト! クリーチャーも魔法も破壊できる汎用性の高い魔法カードだ! このまま成長したアマルガを破壊されてしまうのかー!?』
私の場から嵐が発生し、アマルガに向かい、打ち上げられた恐竜は地面に叩き落とされて破壊された。よし、これで——
「やるな! なら、俺は魔力1で高速魔法『アーマーパージ』を使用。魔法装具を装着したクリーチャーが破壊される時、魔法装具を手札に戻すことでその破壊を無効にする!」
「何……!」
「レーザーアーマー、パージ!」
橘の掛け声とともに、アマルガの体から機械鎧と砲台がばらけ、光となって消える。竜巻は光によって防がれ、その後橘の手元に回収されていった。
くそっ……! クリーチャーを破壊できないどころか、魔法装具まで手元に戻ってしまった。
どちらかだけでも破壊できていれば、『不死鳥の導き』で黒鳥を甦らせ、再び盤面上の有利を握ってやれたのに。
計画が崩れた。次のターン、私は大きなダメージを受けるかもしれない。だが、まだやれる。まだ負けていない。
『これは凄い! 橘選手、黒崎選手の魔法攻撃を見事にかわしてみせた!』
『黒崎選手の攻めも良かったんですけどね、場にクリーチャーを残せていますし。ただ、このターンの攻防は橘選手が一枚上手だったようです』
「くっ……ターン終了だ」
「ふうっ! 危ねえ危ねえ。そんなカードまで持ってたなんてな。——次は、俺が攻めさせてもらうぜ」
橘の笑みが深まる。
「俺のターン! 俺は魔力4で補助魔法『スクワッド・ラプトル』を使用。コイントスを4回行い、表が出れば俺の場に。裏が出れば黒崎ちゃんの場に、1/1のラプトル・トークンを召喚する!」
「ッ!」
これは、まずい!
しかし、私の手札にはこの魔法を防ぐ手立てはない。運に任せるしかない……!
「VSの文字が彫ってある方が表な。さあ、まず一枚目行くぞ!」
『橘選手が運命のコインを、今! 打ち上げたァー!』
橘は四枚のコインを取り出し、一枚を親指で弾く。コインは回転しながら弧を描き、私の橘の間、VSフィールドの真ん中に落ちる。
演出家だな。これには観客席も固唾を飲んで見守っている。
地面に落ちたコインが示したのは……裏!
私の場にまずは一体、ラプトルが呼び出される。
「
そのまま、コインを連続で弾き続ける。結果は、表、裏、裏。
私の場に3体の、そして橘の場に1体のラプトル・トークンが現れる。
本来なら、私の場にクリーチャーが増えたことは歓迎すべきことだ。しかし、今この状況においては……!
「さすが、分かってる顔だな黒崎ちゃん。俺は手札から『レーザーアーマー』を再び使用し、ランス:アマルガに装着! そして、黒崎ちゃんに攻撃する!」
これだ。
アマルガはその効果で、攻撃力を7点まで上げている。さらに、レーザーアーマーは装着したクリーチャーの攻撃時、そのクリーチャーの攻撃力分のダメージを敵クリーチャー全体に与える。
放たれた光線が、またも私のクリーチャーたちを全滅させる。
『おーっと! またもレーザーによって黒崎選手の場のクリーチャーが全て倒されてしまったー!』
『これは……黒崎選手ピンチですね』
『というと?』
『ランス:アマルガは相手クリーチャーが破壊される度、攻撃力を上げます。そしてレーザーアーマーの効果は、攻撃するタイミングで適用されている。つまり、黒崎選手への直接攻撃のダメージも増すんです』
解説の言う通り、3体のラプトル・トークン。そして砂鳥の破壊により、アマルガの攻撃力は一気に8点加算される。
その攻撃力は……15点!!
「くっ……うわああああ!!」
アマルガの攻撃が、私の生命力を一気に残り10点まで減らす。
くそっ……! 温存できていた生命力が一気に……!
しかも、アマルガの攻撃力は依然15点。体力が増えていないのは幸いだが、さっきのターンはヤツの破壊には失敗している。
……やはり、強い……
このまま調子が良いくらいで倒せるなんて、虫が良すぎる。考えが甘すぎた。
図に乗っていたんだ。スイーパーの件を経験して、場数を踏んで強くなったと勘違いして。
ハクトさんに……あの人に命令して貰えれば、なんでもできると思い込んで。
橘はそんなに甘い相手じゃなかった。
そうだ。そうじゃないか。橘の実力は、よく知っていたはずなのに。
入学直後、橘に負けた私はめっきり調子を落とした。
負けを取り戻そうと格上に挑み続けたのも良くなかった。連戦連敗。ポイントは落ち続けた。
藤宮などはそれでも私をライバル視していたようだが、周囲の生徒の多くは私から興味を失い、一部は失笑していた。
負けが込んだ私だが、スランプから脱出することはできなかった。一学期が終わるまで、私は成績を落とし続けた。
私とは対照的に、橘は勝ち続けていた。
彼は、あまりに強すぎた。VS学園は、VSの実力を見込まれた生徒が通う学園。地元では敵がいない、天狗になった私のような生徒も多かった。
そのことごとくが、橘に現実を思い知らされた。上には上がいることを。自分は天才でなく、凡人だったということを。
藤宮も、三国も、他の生徒たちも。橘には敵わないと、絶対の実力差を知ることになった。
そんな私たちの学年がしたことは、情けないことに二番手争いだった。橘は例外。橘が最強。そんな考えは、私たちの学年ではもはや常識と言ってよかった。
表面上は、切磋琢磨し実力を高め合う、理想的な学園生活だったのかもしれない。しかし、その実態は橘を倒すという目標も持てない、負け犬のじゃれあいだった。
しかし、橘に完膚なきまでに負けた当時の私にとっては、これまた情けないことに、そのぬるま湯のような空気が心地よかった。
調子の戻らぬまま格下を狩り続け、単位だけ確保するという学園生活をしばらく続けた。
転機は、冬休み中に訪れた。
その日、私は叔母に呼び出されていた。
一人暮らしをしているから関係など絶たれたようなものだったが、名目上は後見人となっている以上、状況は把握しておきたいようだ。
正直、あの家の敷居を跨ぐことはもうしたくなかったが、逆らって面倒事になるのも嫌だった。
私は大人しく、叔母とその娘が待つ家に向かった。
珍しく。
そう、本当に珍しいことに、会った時の二人は、笑顔で私を迎えた。
鳥肌が立っていた。
理由はすぐに分かった。
「最近、成績が振るわないみたいだけど、大丈夫?」
二人は、私がVS学園で落ちこぼれていくのが愉快で堪らなかったらしい。
先生も、一応は保護者であるこの人に対して、求められれば成績や戦績を詳らかにしないわけにはいかなかったのだろう。
表面上は心配している風を装っているが、叔母も、娘も、喜びと笑顔を隠せずにいた。
心底嬉しそうに、私の敗北の記録を、つらつらと読み上げていった。
「アヤメ、もっと頑張らないと。アンタにはVSくらいしかないんだからさ」
「……そうだな」
反論することは何もなかった。全て事実だ。
その後、二人の言葉を聞き流しながら、ようやく解放されたのは2時間ほど後のことだった。
気付けば私は、街を出歩き、野良のVSプレイヤーにVSを挑んでいた。私の強さを確認するために。
格下を叩きのめして、年上の男が情けなくも逃げ出す背中を見送りながら。しかし、どこか空虚に思っていたところに、声がかけられた。
「黒崎、アヤメだな」
顔は思い出せない。恐らく、
「誰だ? 悪いが今、私は機嫌が悪い。VSを挑むと言うなら、手加減はできない」
名前も、男は答えたはずだが記憶に残ってはいない。だが、今ならヤツの正体が清水……もといクルルエルだったことが分かる。
ヤツは、私に手を差し伸べてきた。
「……今よりも、さらに強くなりたくないか?」
「今のVS……私が圧勝したのを見ていなかったのか?」
「あんな雑魚に勝ったところで、お前の心は晴れまい。お前は橘ミカドに負け、自信を失くしているのだろう? そして、調子を落とし続けている。己の価値を見失っている。違うか?」
「はっ。VS学園1年なら、誰もがそうだろう」
表面上は嘲笑しながら、私の心臓は跳ねていた。鬱屈とした内心を見抜かれていたから。
「私なら、お前に新しい力を与えてやれる」
「興味がない。失せろ、不審者」
「悪いが、そうはいかない。興味がないなら、持たせてやる。——VSを。力は戦で示すしかあるまい」
ヤツは、山札を構えた。
私も、VSを挑まれたとあっては、断る理由はなかった。
結果は、惨敗。
当時、ナユタくんを媒体として闇のカードを大量に生産していたヤツのデッキは、恐ろしい力を持っていた。私では太刀打ちできないほどの力だ。
「馬鹿、な……なんだ、そのカードたちは……」
「これは『闇のカード』……私がお前に与える力だ」
「……私、に……?」
これが、手に入る。
そう聞いた私は総毛立った。
これだけの力を、私に?
「興味は持ってくれたようだな」
「……ッ」
物欲しそうな目で見ていたらしい。私は羞恥から、話を逸らす。
「一体、何が目的だ?」
「目的?」
「これだけの力……要するに、カードを。私に与える。タダではないだろう。何か対価を求めることくらい、想像は付く」
そう伝えると、ヤツは大仰に頷いた。
「お前の目が欲しい。お前の、他者の魂を視る瞳が」
私は、驚愕に手を震わせていた。
馬鹿な。私は、他人に、この目のことを話したことなんてない。気味悪がられることが分かったから。
知っているのは、両親と叔母くらいだろうか。
「貴様……何者だ……? それを知っている者なんて……」
「そんなことはどうでもいいだろう。選べ。我々に協力するなら、闇のカードをくれてやる」
闇のカード。それが非合法なものであろうことは、ヤツの態度からも薄らと理解していた。これが本来なら、到底してはならない契約であるということも。
手を伸ばしかけて——引っ込める。
何を考えている。どう考えても怪しい。
「……何度も言わせるな。失せろ」
「なぜだ? 何を躊躇う。闇の力が卑怯だとでも思っているのか?」
「貴様がこれを使って私に勝ったのを否定するつもりはない。だが、私はこんなものに頼る気はない。私には私のやり方がある」
「そうか。それは残念だ」
そう言いつつ、カードケースを投げ渡してくる。反射的に、私はそれを受け取っていた。
「何のつもりだ?」
「試供品、と言ったところか。何事も、試してみなければ理解しがたいだろう。要らないのなら燃やせばいい。ああ、それと……もし身元が割れている状態で使うのに抵抗があるなら、フードでも被り、顔を隠したいと闇のカードに念じるといい。お前の正体を隠したまま、思う存分に力を振るえる」
「待っ……!」
突き返そうとしたが、突然、目の前に風が吹き、思わず腕で目を庇う。気が付けばヤツは消えていた。
手元には、数枚の闇のカードが入ったカードケースが残っている。
「……くだらないな」
こんなもの、すぐにでも燃やして……いや、捨ててしまおう。
私はデッキケースを投げ捨てるべく、握った右手を振り上げた。
振り上げて、止まった。
「…………別に、捨てることはいつでもできる、か」
そうだ。それにわざわざ、捨てることもない。闇のカードだろうが、カードはカード。邪魔なら売ってしまえばいいんだ。
デッキ強化の元手になるだろうし、なんなら生活費の足しにしたっていい。捨てるよりも、良い使い道なんて幾らでもある。
そう自分に
持ち帰るまでの間。私はデッキケースからカードを取り出し、テキストに目を通していた。
売るなら、このカードがどれほどの効果を持っているのか。どれだけ強力なのかを把握しておいた方が良いだろうから。
……しかし、見れば見るほど、厄介かつ強力なカードだ。
もし私がこのカードを使うなら……
いや、何を考えている。こんな得体の知れないものに手を出すなんて。
いくら自分が不調で負けが込んでいるからといって……
——いや。
私が調子を崩したのは、橘に負けたことがきっかけだった。橘にはなんの非もないが、もし橘に勝てれば、また以前のように強い自分に戻れるかもしれない。
そうだ。
一度だけ。橘に勝てるように、一度だけなら使っても問題ないのではないだろうか?
私の今の実力では、橘には到底敵わない。なら、自転車に乗れない子供が補助輪に頼るように。成功体験を積むために、闇のカードに頼るのは許されるのではないだろうか?
そうだ。橘には悪いが、一度だけ勝たせてもらい、自信を取り戻せたらこのカードを手放せばいい。
別に、何かを賭けたりもしない。そうだ。それならきっと……大丈夫だ。
そう言い訳をして、私は、闇のカードをデッキに組み込んだ。
闇のカードを手に入れた私は、本命の橘に挑む前に、今までと同じように野良プレイヤーを相手に、その力を試してみた。
緑鳥ビルム、緑鳥の楽園など、強力なカードを多数搭載した私のデッキパワーは、桁違いに上昇していた。
圧倒的な力。闇のカードを手に入れた私は、その力に溺れていた。
「ふ、ふふふ……このカードさえあれば、橘にも……!」
私は闇の力を手に入れ、その力を理解すると、
橘は入学してすぐ以降は私と対戦したことがないと思い込んでいたが、事実は違う。私は、二度橘に挑んでいたのだ。
それを橘が知らないのは、闇のカードをデッキに入れただけではない。さらに闇の力の認識阻害を行い、自らの正体を隠したからだ。
そして、闇のカードを得た上に闇の力の認識阻害で正体を隠し。
放課後、学外で突然のVSを挑んだにもかかわらず。
私は橘に二度目の完敗を喫した。