闇のカードを手に入れて、それでも尚、私は橘には及ばなかった。
強い。強すぎる。
気付けば、私は橘の前から逃げ出し、自宅に閉じこもっていた。
指の先を爪ごとガリガリと噛みながら、私はカードをベッドに並べていた。
どうして負けた。これだけ強力なカードに手を出しておきながら。どうして。
プレイングに誤りが? デッキ構築? 運が悪かった? いや、それはただの言い訳だ。
原因ははっきりしている。私が弱いからだ。
弱い私に価値はない。
強い自分が欲しい。
「決意は固まったか?」
「……協力してやる。だから私に、力を寄越せ」
黒フードの男。清水もといクルルエルが再び接触を図ってきた時、私はもはやヤツを拒まなかった。
スイーパーの目的は、悪人の掃除であるという。何が原因でそんなことを企んだのかは知らないが、私には関係ない。
……いや、一つだけ。
もし悪人が掃討されるというなら、私やクルルエル、キリヒコさんやナユタくん、スイーパーの全員がそうなるだろうが。
私の叔母とその娘は、悪人として裁かれるのか。
それにはほんの少しだけ、興味があった。
そうして、私はスイーパーに協力を始めた。
2年になってから、学園にいる時間が減り始めた。
1年の時、橘の観察のため彼の出ている講義を取っていたこと。そして私自身興味のある講義に出ていたこともあり、単位には余裕があった。
そして、ある時から私は完全に登校しなくなる。
「ようやくだ。アヤメ、お前のおかげで質の高い魂を生贄にできる」
私の目で捉えた、魂の質が高い者。
何の罪もない彼女が目の前でカードにされた時、私は引き返せない道に堕ちてしまったことを自覚した。
それを代償に、力を手に入れた。病鳥アルボルタは、今まで手に入れたカードで比肩するものがないほど強大な切り札になった。
だが。これだけの力を手に入れてなお、橘に勝てる気はしなかった。
橘に挑むのを臆した私は、沢山のVSプレイヤーの魂を狩った。しかし、いくら勝っても、私が自信を取り戻すことはない。
そしてある日、裏の組織が私たちスイーパーを打倒するために連帯を組むという話を聞き付けた私は、キリヒコさんの命令で、笛吹組事務所に襲撃を仕掛けた。
裏では腕利きのVSプレイヤーたちだというが、私の敵ではなかった。倒したからといって、気が晴れることはなかったが。
彼らを全滅させ、一息吐いていたところに……ノックの音と共に、その声は届いた。
「
どうやら、まだ集まりきっていない相手がいたらしい。
面倒に思い……少し驚かせてやろうと、組長のデスクに腰掛けた。
逆にこちらが驚かされることになるとも、そして……その人物が後の主となることも知らずに。
その後、ハルに勝って再び調子に乗った私は、ハクトさんに見事なまでに圧倒的な敗北を喫することになる。闇のカードを使ったというのに、まさか無名の人物に敗北するなんて考えもしなかった。
そして、カードに閉じ込められ……思い出したくもない、拷問を受けることとなった。
あの無音の闇は、思い出すだけで体が動かなくなる。時間感覚はなくなり、自分が今どこにいるのか、なぜそこにいるのかも分からなくなってくる。
自分が無くなっていくような恐ろしい感覚。
私はすぐに音をあげた。
そして、カードのままハクトさんに従うことになった。恐怖心から。そして……暗闇の中に細い糸のように差し伸べられたハクトさんの声が聞きたいばかりに、私は彼の下僕となった。
彼は不思議な人だった。
残忍、冷酷、非情、外道。そんな言葉が良く似合う極悪人にもかかわらず、彼はそれを覆い隠すため、理知的で、優しく、雄大で頼れる大人としての仮面を被っていた。
初めは恐怖心からのみで従っていた私だったが、すぐに彼に付き従うことに何ら疑問を覚えなくなった。恐怖心がなくなったわけではないが、彼ほど強かな人物はいない。それに……
誰も信用していないだろう彼が、私を有能であると褒めてくれることは……そこに何ら偽りがないことがよく分かった。ハクトさんなら、不要な下僕なんてすぐに切り捨てるだろう。そういう人だ。
そんな彼は、スイーパーの件をあっという間に解決してしまった。あのキリヒコさんをあっさりと倒して、ナユタくんはハルに任せて。
カードから解放された私だったが、ハクトさんから離れる気にはならなかった。そもそも、彼も私をただで解放する気はなかっただろう。
そしてVS学園では優秀な講師として振る舞い。
今度はこのVSチャンピオンシップで、何かを企んでいるらしい。
彼の下僕として私もこの大会に参加し、一回戦は突破したものの、再び私を仲間に加えようとするクルルエルに捕まった。
失態だった。ハクトさんには見捨てられるだろうと考えていたが……まさか、彼が私を救助するとは、まるで考えていなかった。
いくら有能と褒められても、ハクトさんは合理的で、効率的で、情がないからだ。
しかし。ハクトさんは、想像以上に私を高く評価してくれていた。
私はハクトさんが私をどう評価しているのか、知ることになる。
彼の評価は、信頼できる。
情がない人だからこそ、私への能力評価に嘘がないことは確実だった。
彼は私に価値を見出した。
なら。
さらに私の価値を高めるには、彼の想定を上回る成果を出すしかない。
そして、今。
ハクトさんに命令してもらい、三度目に橘に立ち向かった、今。
闇のカードを手に入れた時よりも、ずっと上手く橘と渡り合い……しかし、彼には及ばずにいる。
勝ちたい。
勝ちたい、勝ちたい勝ちたい勝ちたい。
自信を取り戻したい。強い私に戻りたい。そして、ハクトさんの下僕としての価値を証明したい。
「私の、ターン……!」
デッキに手を伸ばして。そこで、気付く。
私の山札の一番上のカードが、眩い輝きを放っている。
なんだ……? 何が起こっている?
橘を見ても、周囲を見回しても、私のカードの異常に言及する者はいない。どころか、気付いてすらいない様子だ。
訳が分からないまま、私はそっと、山札の上から光っているカードを引く。
それは、見たこともないカードだった。もちろん、デッキに入れた覚えもない。
しかし……カードテキストを読んで、効果を把握して。このカードが、この現状を変えるきっかけになるかもしれないことは理解できる。
……しかし、突然デッキに現れたカード。当然、ハクトさんは把握していないはず。
このカードを使うのは、背信と取られるのではないか?
……いや。
ハクトさんなら、この場面で私が裏切りを働くなんて愚かな真似をしないと理解してくれるはずだ。
主の鋼の理性への信頼は、私の疑念を容易く振り払った。
「私は、手札から魔力3で響鳥フェルニカを場に出す!」
フェルニカは私の場に現れると、美しい歌声を会場に響かせる。カードを出した私自身すら虜になりそうな歌声。感心しつつ、私は続けて効果発動を宣言する。
「そして、フェルニカの効果を使用する。フェルニカが場に出た時、手札を任意の枚数捨てる。そして、捨てたカードの合計必要魔力数以下の必要魔力を持つカード1枚を手札に加える。私は2枚のカードを捨てる」
2枚の魔力合計は6。6点以下の魔力のカードを手札に加えることができる。
「私は魔力6の黒鳥ザーブルグを手札に戻し、召喚。そして効果を使用し、墓場から魔力2以下のクリーチャーを2度蘇生させる。甦れ、水鳥ミューズ、炎鳥ブレアード!」
『これは黒崎選手、一気に4体のクリーチャーを場に並べた! 反撃開始か!?』
ミューズの効果でザーブルグに突撃を付与すれば、アマルガを倒せる。だが、橘は魔力を温存している。ザーブルグの効果は把握しているはずだし、対策となるカードを持っていてもおかしくはない。
「どうした黒崎ちゃん。攻撃してこないのか?」
「……このままミューズの効果を使ったとして、防がれそうだと思ってな」
「どうかな。けど、攻撃しなけりゃ俺の勝ちだぜ?」
「まだそうと決まったわけじゃない」
ごく自然に、橘の勝利宣言を否定する自分に驚きながら、私は手を振り上げる。
フェルニカの真価はここからだ。
「私はフェルニカとザーブルグで『レゾナンス』を行う!」
「レゾナンス……!?」
橘が……いや、観客含めてその場にいる誰もが驚愕、あるいは困惑する。それはそうだろう。使っている私自身、初めて使うんだ。
鳥たちは高らかに声を響かせ、その音は共鳴していく。やがて音だけでなく、二羽の鳥の姿が重なり一つとなった。
「
神々しい輝きを放つ白い巨鳥が、私の場で羽ばたきを起こす。
このクリーチャーは私のデッキに入っていたカード
私は、似たようなカードに心当たりがあった。そして、この召喚方法にも。
『な、なんと新しい召喚方法だーッ!? 共鳴召喚……これは一体!?』
『恐らく特定のクリーチャー同士をレゾナンス……共鳴させることで新たなクリーチャーを呼び出すようですね……! いやあ、初めて見ましたよ』
やはり、実況解説も、それを聞いた観客たちもざわめくばかり。この召喚方法を知っている者はいないようだ。
——しかし。驚いている客席とは一味違うのが、目の前に立っている男だ。
「すっげえ……2体のクリーチャーが共鳴して、新しいクリーチャーになった! これが共鳴召喚……!」
橘は、興奮を湛えた目でシルファティを見上げていた。この状況で動じることなく、むしろ楽しんでいるとは見事だ。
だが。今度こそ勝たせてもらう。
「シルファティの効果発動!」
シルファティが翼を羽ばたかせ風を起こす。それはやがて竜巻となり、中から2羽の鳥が姿を見せた。
「ターンに2度まで墓場の魔力3以下のクリーチャーを蘇生し、さらにそのクリーチャーに速攻効果を付与する!」
先ほど響鳥フェルニカの効果で手札から捨てた、2体のクリーチャー。どちらも必要魔力は3点だ。
「出でよ、槍鳥キシリア、剣鳥ビスマルク!」
キシリアは5/1、ビスマルクは2/3のステータスを持つクリーチャー。
それだけではない。
「ビスマルクの効果発動。魔力2のクリーチャーを破壊することで、別のクリーチャーにその攻撃力を加算する! 私はブレアードを破壊し、その攻撃力2点をビスマルクに与える!」
これでビスマルクの攻撃力は4点。
「さらにミューズの効果を使用。自身を犠牲にして、シルファティに突撃を付与する!」
『怒涛の効果付与! これでシルファティはクリーチャーに、ビスマルクとキシリアは橘選手に直接攻撃が可能だ!!』
アマルガの攻撃力は15点。必ず処理しなくてはならない。アマルガの体力は4。どのクリーチャーで攻撃しても倒すことができる。
だが、ここはシルファティで攻撃すべきだろう。
「シルファティでアマルガに攻撃する!」
「……俺は手札から魔力1で『路線変更』を使用。攻撃対象をラプトル・トークンに変更する!」
やはり高速魔法を持っていたか。慌ててザーブルグで攻撃しなくて正解だったな。
そして、ここで高速魔法を使ってくるのもさすがだ。
「シルファティはザーブルグと同じく、攻撃対象を戦わずして破壊する効果を持つ」
「やっぱりか。似た効果だと思ったんだよな」
「私はビスマルクでアマルガを攻撃し、キシリアで橘に直接攻撃する!」
アマルガとビスマルクが相打ちし、そしてキシリアが橘に攻撃を加える。
5点のダメージ。これで、橘の生命力は残り6点。そして、彼の場にクリーチャーはいない。
勝てる。
勝てるんだ。あの橘に。
彼の方を見る。
橘は……この状況でもなお、笑っていた。