橘は嬉しそうに笑っている。
彼の場にクリーチャーはなく、私の場にはシルファティとキシリアが残っている。ついでに言えば、シルファティが場に残っていれば毎ターンコスト3以下のクリーチャーを二度、蘇らせることができる。
私の圧倒的有利。この状況でなお、彼はVSを楽しんでいる。
気付けば、私はじわりと額に汗を滲ませていた。
追い詰めたつもりだったのに。逆に追い詰められているのは、私の方?
いや、そんなはずはない。
『橘選手、高速魔法でなんとか攻撃を防いだ! が、残りの生命力はたったの6点。万事休すかー!?』
そうだ。会場に響く実況の通り、橘の生命力は風前の灯。次のターンまでシルファティが生き残れば、吹き飛ばせる数値だ。
次のターンを、凌げれば。
「ターン、終了……」
「おっと! ちょい待ってくれ黒崎ちゃん」
「……?」
手番を渡そうとしたところを、相手プレイヤーである橘に止められる。もう、私にすることはないが……彼が止めてきた、ということは。
彼の魔力はまだ1点、残っている。高速魔法か!
「俺は高速魔法『同族喚起』を発動する。これにより、味方クリーチャーが破壊されたターン終了時、俺の場にツインラプトル・トークンを出す」
橘の場に、クリーチャーが残ってしまったか。できれば空の状態で返したかったが、ツインラプトルのステータスは2/1。私の生命力は10点……怪しいが、まだ耐えられる。
「今度こそ、ターン終了だ」
渡した。
橘は、きらきらと目を輝かせている。眩い輝きは、まるで宝石のようだ。
「俺のターン……!」
橘は。
山札からカードを引こうと手を伸ばし、
その動きには、覚えがあった。
つい先ほどの、私と同じだ。
まるで
まさか……
「ドロー!」
躊躇わず、橘は引く。逆転のカードを。
彼は引いたカードを見る。テキストを確認している。元々、デッキに入っていたカードであるなら、行う必要のない行為だ。これも、私と同じ。
「共鳴召喚。ビックリしたぜ黒崎ちゃん。あんな召喚方法があるなんてさ」
「……おまえ、まさか……」
「俺も同じ気持ちだよ。多分、君はさっき、今の俺と同じことが起きたんだな。——今度は、俺が見せる番だ」
橘が手を振り上げる。
それと同時に、場にいるツインラプトル・トークンが淡い光となって消えていく。やがてそれは一つの球体となる。
「俺はトークンと魔力8を供物とすることで……手札のこのクリーチャーを召喚する!」
「……! 魔力だけでなく、クリーチャーまでもコストとするだと!?」
「帝王召喚——現れろ、『DEZART:リトロナクス』!!」
地響きがフィールドに轟き、ツインラプトル・トークンが困惑して右往左往する。その足元がめりめりとひび割れていき……突如地面から現れた巨大な顎が、ラプトルを丸ごと飲み込んだ。
「なっ……」
『なんだーッ!? これは……てぃ、ティラノサウルスだーッ!!』
ハクトさんを倒したクリーチャーとはまた別の、ティラノサウルスに近い近縁種だろう。獰猛な恐竜の王は、唸りをあげて獲物である私たちを睨め付けている。
攻撃力は……11点!
コイツの攻撃を喰らえば、残り生命力が10点の私は……早めに対処しなければ。
「帝王召喚により召喚されたこのクリーチャーは、特殊能力を得る! 一つは速攻能力!」
「なんだと!?」
まずい。このままでは直接攻撃を受けて、私の敗北となる。
「リトロナクスで直接攻撃! 俺の、勝ちだ!」
橘のクリーチャーが私に迫る。
だが、まだだ!!
「私はキシリアの効果を発動する!」
「なっ……相手ターンにクリーチャーの効果を使用するだって!?」
「自身を犠牲にすることで、このターン中、相手クリーチャーの攻撃力を自身の攻撃力分だけ下げる!」
キシリアはリトロナクスに突進し、その出鼻を挫いた。これで攻撃力は6点。
「ぐぅっ!!」
なんとか、耐えた。
これなら、返しのターンでシルファティの能力で……私の、勝ち——
「——リトロナクスの効果発動。帝王召喚されたこのクリーチャーが直接攻撃に成功した時、相手の場にクリーチャーが残っていれば、クリーチャーに対して続けて攻撃できる」
「ちぃっ……!」
『なんと、速攻効果に加えて連続攻撃!? なんと強力な効果だー!!』
シルファティのステータスは4/5。効果も攻撃時のみ発動するものであり、リトロナクスの攻撃にはなすすべなく破壊されてしまう。
「行くぜッ、リトロナクスでシルファティを攻撃! ——そして、リトロナクスがクリーチャーを攻撃で破壊した時、その攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える!」
「そ、そんなっ……!!」
シルファティが恐竜に噛み砕かれ、叫び声を上げる。その衝撃で私は吹き飛ばされ——生命力が、底を突いた。
負けた。
全力を尽くした。
打てる手は全て打った。
デッキが私に応えてくれた気すらしていた。
そして、ハクトさんに、勝てと命令してもらった。
それでも、負けた。
だというのに。
「…………」
不思議と、私は今までの敗北ほど、絶望してはいなかった。
一度目は入学直後。増長し、伸び切った鼻っ柱を叩き折られた。
二度目は闇のカードを手にした後。あんなものに手を出して、それでもなお橘には遠く及ばなかった。
しかし、三度目の今。
敗北はしたが、今までにない手応えがあった。
調子が良かったのもあるだろうが、中盤までは橘相手に有利に立ち回れていた。そして、山札が輝き、新たな力を手に入れ……そして、共鳴召喚という未知なる召喚方法を見つけた。
橘も、帝王召喚という同じく新しい召喚方法で対抗してくるなんて思わなかったが……まあ、こいつはそのくらいしてきてもおかしくはない。
むしろ、そのくらいしてもらなければ困る。
敗れはしたものの、私はあと一歩で橘を倒せるところまで追い詰めたのだ。それも、闇のカードを使わずに、自らの力で。
「あ、あの。黒崎ちゃん」
おずおずと。勝ったというのに、橘は不安そうにこちらを気にしている。
……思えば、私が初めて負けた時……橘に脇目も振らずに逃げたんだったな。
その後も、彼は私に気を遣っている様子だった。……圧倒的な王者にも、色々と精神的な負担があるらしい。
「橘」
「ッ……お、おう」
「GG。良い試合だった」
橘のお株を奪うように、彼の決め台詞を口にしてやる。
それを聞いた彼は……困ったような、それでいてどこか安堵したように、はにかんだ。
「ああ。黒崎ちゃん、死ぬほど強くなっててびっくりしたよ」
「まだまだ、これから強くなるさ。次は負けない」
「ッ。……ああ、楽しみにしてる。またやろう!」
『ご覧ください、試合後に勝者と敗者が讃えあう! 素晴らしいVSプレイヤーの在り方です!! VS学園の生徒たちは美しいスポーツマンシップを見せてくれました!!』
実況を聞いた観客たちも、立ち上がり、私たちに拍手を送ってくれる。スタジアムが揺れるような盛大な音が、心地よく浴びせられる。
……問題は…………
ハクトさんに命令されたというのに、負けたということだ……!
ハクトさんが控室に来たら……まず土下座かな……
あのクソボケがぁ……良いとこまで行ったのに負けやがった。
まあ良いか。元々期待してたわけじゃない。ワンチャン出てきたかと思ったのが外れただけだ。
それよりも、あの新しい召喚法だ。
共鳴召喚……ハルの転生召喚みたいなもんだろうが、あんなことができるカードなんて今までのアヤメのデッキには入っちゃいなかった。
つまり、あれはアイツが勝手にデッキに入れたカードということだ。
本来なら許されることではない。アヤメとキリヒコのデッキ内容については、その変更の際には必ず俺に報告するように厳命してある。もし破るようなら相応のペナルティを与える、とも。
それについては、きっちり言い訳を聞いておかないとな。もし忘れてたなんて抜かすようなら、その程度の命令も覚えてられない駒に価値はない。とっとと売っぱらった方が将来的なミスを抑制できるというものだ。
ついでに、わざわざ勝てと俺に命令させておいて負けたことに対して、罰を与えておかないとな。
元々ミカドに勝てるなんて思っちゃいなかったが、命令違反に対して罰を与えない、なんてことになれば示しがつかない。
まずはアヤメの控室に行くとしよう。
俺は自らの控室から彼女の控室までの、そう遠くない距離を歩く。
角を曲がればアヤメの控室、というところで。俺はその角を曲がらず、身を潜めた。声が聞こえたからだ。
「黒崎選手、大会運営委員のケネスだよ。少しお話ししたいんだけど、良いかな?」
控室のドアをノックしたのは、ターゲットであるケネスだった。
即座に俺はアヤメにコールする。
「すみません、ちょうど電話が……少し待っていただいてもいいでしょうか」
「もちろん構わないよ」
紳士ぶってくれるのはありがたいな。
少し離れて、小声で指示を出す。
「電話繋ぎっぱなしにして、会話内容が俺にも伝わるようにしとけ」
何を話す気かは知らんが、何にせよ把握しておいて損はないだろ。
幾つか指示を出して、ケネスを控室に通させる。どうやら彼単独らしい。なんなら、今のタイミングが最も発信機を取り付けるには有効かもしれないが……アヤメの控室に乗り込む訳にもいかないので、離れたところから様子を窺う。
『……お待たせしました、どうぞ』
『もう良いのかい? じゃあお邪魔するよ。悪いね、試合が終わって疲れているタイミングで』
『いえ……』
『素晴らしい試合だったよ! いや、ミカドとキミの試合は本大会でもベストバウトに数えられるかもしれないね!』
鬱陶しいな……前置きは良いからとっとと本題に入れっつーの。
しばらくは試合への賛辞だったが、やがてケネスは話題をそれに合わせていく。
『中でも素晴らしかったのは……やっぱり『共鳴召喚』。あれだね。特殊な召喚方法を使いこなすプレイヤーは、世界的に見ても多くない。ところが、ハルにミカド、そしてアヤメ……君だ』
確かに、転生召喚に共鳴召喚。そして帝王召喚なんて、あいつらが使うまで全く聞いたことがなかった。
しかし、VS学園の生徒から3人も使い手が出ていると考えると、そう珍しいもんでもなさそうだが……いや、ハルたちが特別なのか?
『そのカード、誰かに貰ったものじゃないだろう?』
『はい。貰った……訳では、ないです』
『当てようか。山札の一番上のカードが輝いた……そして、引いたカードが共鳴召喚に関わるカードだった……違うかい?』
……ほう?
『見えていたんですか?』
『いいや? だが、過去に特殊な召喚方法に至った者は、デッキに眩い輝きを纏ったという。君と同じように』
『……そうです。デッキが光ったと思ったら、このカードが一番上に……』
『そうかそうか! いや、素晴らしいな。アヤメ、君はカードに選ばれたんだよ』
カードに選ばれた、ねえ。
胡散臭いことこの上ないな。選ぶのはこっちがすることだ。
アヤメとケネスの会話を聞きつつ、俺はクルルエルとの闇のVSの時を思い出していた。
あの時はセカンドディールで無視したが、そんな強力なカードだったとはな。少々もったいなかったか。
とはいえ、引いたアヤメは試合に負けている。勝ちを保証してくれるほどの性能ではないらしい。スルーしたことは誤りではないだろう。
確実に勝てる手段は別に用意していたからな。
『しかし……まさか一試合で、同時に二人も目覚めるとは思わなかった。少々想定外だったよ』
ケネスの声色は、喜色を湛えていたものの、言葉通り自らの失敗を前に少し考え込んでいる様子だ。
そして、そこから口に出された言葉は、俺にとって望外の幸運だった。
『アヤメ。君さえ良ければだが、今晩の本戦トーナメント前夜祭に参加しないか?』
思わぬ提案。俺かアヤメの前夜祭への参加は、ケネスへの接触……発信機の取り付けに必要な条件だった。それを向こうから通してくれるとは。
一方的に会話を聞いている状態故に、アヤメに指示は出せない。アヤメのアドリブ力に期待するしかないか。
しかし、成果を急いで飛び付きそうだな。前夜祭に参加するのが今大会の目標。となれば、ケネスの提案は願ってもないもの。一も二もなく頷いても不思議はない。
……などと、俺はアヤメを
電話越しの彼女の声色は、俺の想定よりも遥かに落ち着いていた。
『それは……嬉しいお誘いですが、私は敗退した身。勝ち抜いた選手たちの中に一人だけ放り込まれては、悪目立ちしそうで少し不安です』
その言い回しに、俺は思わず感心していた。
なかなか上手い話題の誘導だ。次にどう話を繋げようと考えているのかがよく分かる。
『ふむ……確かに、敗退した選手で君一人だけが前夜祭に参加するのは不自然ではあるね』
『誰か、他に敗退者を何人かお誘いいただけると私も参加しやすいです。欲を言えば、知人がいると助かりますね』
『ふむ……敗退者で君と知り合いの生徒はいるかな?』
『そうですね。顔見知り程度なら、久里浜選手などがそうですが、あまり親しくはないですね。……ああ、最終試合ならちょうどいいかもしれません』
『というと?』
『2日目の最終試合は、結束と伊波先生の試合です。どちらも私にとっては見知った仲ですし、
想定以上の成果だ。
この要求はまず通る。わざわざケネス本人が前夜祭に誘いに来たということは、それだけアヤメに価値を見出している。
なら、仮に俺を疑っていたとしてもアヤメが前夜祭に出るならお釣りが来るくらいに考える。ついでに言えば、俺とハルがまだ試合をしていないのも良い風向きだ。
俺が負けた後でアヤメが『伊波先生も呼んでほしいです』と口にするよりも、『どちらでも良いので負けた方も呼んでください』の方が疑われる可能性は下がる。
しかも、だ。
これはケネス側にも得がないわけではない提案だ。
アヤメを前夜祭に誘った理由。会話の流れから考えても、特殊な召喚方法を身に付けたが故と見ていい。
なら、勝ち進んだミカドはもちろんのこと、転生召喚を習得しているハルも前夜祭に出てもらいたいと考えるのは必然。
しかし、ケネスは想定しちゃいなかっただろうが、もし俺が勝つようなことがあったとしたら、またハルとも似たような交渉をすることになる。
そこにアヤメの存在が挟まれば、余計な手間も掛からないというわけだ。
こんな保険まで用意するとは、アドリブにしちゃ上出来だな。アヤメの評価を上方修正しなければならない。
下僕の予想外の働きぶりに俺が満足していると、ケネスは想定通りの答えを返す。
『なるほど。結果がどうあれ、ハルは誘わないといけないと思ってたし。悪くない提案だね。良いよ、ハルとハクト、どっちが勝っても負けた側も前夜祭に呼ぼうじゃないか』
よしよし。良い流れだ。
あとは、前夜祭でいかにケネスに発信機を取り付けるかだが——
そんなことを考えていた矢先。
VS連盟の副会長は、だいぶ余計なひと言を口にした。
『あ、そうそうところで。さっきの電話、誰からだったんだい?』