【書籍化】イカサマが闇のカードゲーマーに通用した 作:レイトントン
『な、なんだーッ!? 結束選手、新たな転生魔法を使用! 炎の龍が毒龍になったかと思えば、今度は嵐と蒸気の龍が現れた!』
『戦況によって、自らの切り札をさまざまな姿を変える……これが転生召喚の強みというわけですか。しかし、まさか二体同時に行えるとは』
賢毒龍もそうだったが、特に厄介なのは転生召喚で現れたクリーチャーの能力。
嵐渦龍は、ハルとカズヤのVSの際に把握している。場に出たターンでもクリーチャーに攻撃できる『突撃』と、攻撃した際にヴォルテックスの攻撃力が相手クリーチャーの体力を超えた分だけ、相手プレイヤーの生命力にダメージを与える。
俺の場に1/1のレジエルがいる現状では、その攻撃力がほぼ全て素通りしてくる。かなりヤバい能力だ。
「『二重転生奏』はボクの場のクリーチャー一体を、二体のクリーチャーに転生させる転生魔法。代わりに、いわゆる召喚酔いはしてしまいますが——突撃を持つヴォルテックスには関係ない! さあ、行きますよハクトさん!」
「いや、来られちゃ困るな。俺は手札から魔力1で高速魔法『怨霊の足枷』を使用。自分の場のクリーチャー一体を破壊する代わりに、このターン相手クリーチャー一体の攻撃を封じる。俺はレジエルを犠牲にし、『ヴォルテックスストームドラゴン』の攻撃を止める」
ヴォルテックスは攻撃力が10点ある。クリーチャーを犠牲にしてでもヤツの攻撃を止めなければ、ここで倒されるだろう。
それはそれで構わんが、無抵抗過ぎると違和感を持たれかねないからな。できる抵抗はしておこう。
「させない! ボクはヴェイパースチームの効果を使用。ターンに一度、手札を一枚捨てることで相手の発動した魔法を無効にします。スチーム・カーテン!」
「なに……!」
マジかよ。魔法の無効化だと……!?
ヴェイパースチームから噴き出す蒸気の膜が俺の目の前に張られ、俺の使用した『怨霊の足枷』から伸びる光を弾く。効力を失い、無防備なレジエルが場に残った。
「ちっ。だが、ヴォルテックスの攻撃を受けたとしても、貫通ダメージは9点。俺の生命力は残る」
残ったとして、次のターンなんもできねえけど。しかも、ハルに手札が残ってたらヴェイパースチームが魔法を無効にしてしまう状況だったんだよな。今は手札0だから無理だが、このクリーチャーめちゃくちゃ強くないか?
「三国先輩とのVSのこと、調べてたんですね。しかし——終わりです。ヴェイパースチームのもう一つの効果を使用。選択されたクリーチャー1体は、次のターンまで戦闘で一度だけ破壊を免れる!」
「……? ……ッ!」
初めはハルの意図が分からなかったが、気付く。
ハルの場のクリーチャーに、今この瞬間に戦闘破壊の耐性を付ける意味は薄い。ハルのクリーチャーに付けるなら、な。
だが。もし俺の予想通りなら……このVSはこのターン中に決着する。
もちろん俺の敗北で、だ。
「ボクはハクトさんのレジエルを選択!」
「テメー、ヴォルテックスにはまだ効果があるってのか……!」
「……! 今のやり取りだけで、そこまで見抜くなんて。さすがです」
「ちっ、世辞はいらねえよ。俺に対抗手段はもうない、詰みだ。さっさとやりな」
高速魔法が無効化された今、嵐渦龍の攻撃を防ぐ手段はない。そして、わざわざ俺のクリーチャーに戦闘破壊への耐性を付けたってのは、そういうことだろ。
「お察しの通りです。ヴォルテックスは場の味方クリーチャー1体を墓場に送ることで、クリーチャーに対して二回攻撃ができる……行け、ヴォルテックス! ツインテンペスト!」
ヴェイパースチームの体が光となって溶ける。その光を全身に浴びたヴォルテックスは、今までにない強い羽ばたきを起こした。
嵐の龍の羽ばたきによって、二つの竜巻が生まれる。やがてそれらは俺のクリーチャーを飲み込み、強烈なダメージを与えた。
レジエルの体力を貫通し、俺の生命力を削り切る。
『け……決着ーー!! 講師と生徒の試合は、若き才能が上回った!! チャンピオン、結束ハルの勝利だ!』
『伊波選手の判断に間違いはありませんでしたが……純粋に結束選手が強かった。いや、末恐ろしいですね彼女は』
解説も認めている通り、俺とハルの地力には僅かに、しかし確実に開きが生まれ始めている。元から勝てるとも思っていなかったが、成長速度がエグいな。もうイカサマなしじゃてんで敵わんぞ。
さて、負けはしたが俺も大会に招かれた身。形だけでも盛り上げるとするか。その方が運営委員のケネスからの評価も上がるかもしれないしな。
もしそうなれば、発信機を取り付ける隙が少しは生まれるかもしれない。
俺は試合の興奮でやや頬を紅潮させるハルの元へ、拍手しながら歩み寄る。
「負けだ負けだ。また強くなったんじゃねえか、ハル」
「ハクトさん……その、今回は……」
「言うまでもないが、本気でやったからな」
そう告げると、ハルは自らの手のひらを見つめ……それを、ぎゅっと握る。
成長を実感しているようだ。実際、ハルは元々前大会で優勝する実力だったが、今大会では苦戦する様子すら見せてはいない。
もはやさらにランクが上の大会に出ても好成績を……いや、優勝を狙えるレベルだろう。
「全く、こうもあっさり負けちゃ講師の面目丸潰れだぜ」
「えっ!? ご、ごめんなさい……!?」
「真に受けんな、冗談だよ。ほら、見てみろ。観客の盛り上がりを」
未だ興奮冷めやらぬ、という様子の客席を示すと、ハルは改めて自分の試合が大勢の心に火を付けたことを認識したらしい。
慌ててぺこりと頭を下げる。
「ばか、ちげーよ。もっと盛り上げるにはこうすんだ」
俺はハルの背中に手を添え、右手首を掴み、挙げさせる。
まるで勝者を讃えるように。いや、周囲からはそうとしか見られないだろう形で。
試合が終わった後の、ノーサイドの精神は美しく映る。それはアヤメとミカドの試合で証明されていることだ。
なら、VS連盟から俺への印象を上向かせるためにも、それを活用しておかない手はない。
会場、観客席から盛大な拍手が巻き起こる。
ひとしきり拍手の雨に打たれた後、実況は俺とハルの試合で今日の試合が終わったことを通知する。そして、決勝トーナメントに出場した選手たちを改めてモニターに映し出した。
誰も彼も、実力者ばかり。だが、やはり優勝候補といえば俺の隣に佇むハルが大本命だろう。帝王召喚を見せたミカドも、対抗馬としては申し分ない。
しかし、それらはどうでもいいことだ。俺にとってはな。
ハルと分かれ、改めての拍手を受けながら退場し、控え室に戻る。
ほどなくして、扉を叩く音が響いた。入るよう促すと、大会運営の吉岡が緊張した様子で入ってきた。
別に取って食いやしない……とは言えないな。前科あるし。
「吉岡さん、どうされました?」
「我々連盟の副会長、ケネスが今晩の前夜祭に伊波選手を招待したいと申しておりまして」
「ほう。前夜祭に、ですか」
無論、受ける気は満々だが快諾しすぎても不審に思われるだろう。俺はあからさまに困り眉を作った。
「お誘いは嬉しいのですが、なぜ私を? 私は先ほど敗退した身です」
「ええ。しかし、前回大会優勝者にあそこまで迫れたのは伊波選手の実力あってこそ。敗退したものの実力のある選手には、ぜひ参加してほしいとのことでした」
「ということは、私以外にも?」
「ええ。黒崎選手が」
「なるほど。橘との試合、黒崎も素晴らしいプレイングを見せました。得心が行くというものですね」
結論が決まっている会話。面倒なことこの上ないが、しかしここを疎かにしては綻びが生じかねない。
踏むべき段階は飛ばさないようにしなくては。
「分かりました。元より、吉岡さんに飛行機やホテルも取ってもらっている身です。お誘いいただいておきながら、参加しない理由はありません」
「……! ありがとうございます」
そりゃ、飛行機のチケットも大会が終わった翌日発の便を取ってもらってるからな。用事があって、なんて言い訳で避けることはできないだろう。いや、避ける気はないが。
吉岡の喜びそうな言葉をかけてやりながら、それとなくケネスによろしく伝えるようにと念を押しておく。
好青年の仮面を被った俺は、爽やかに手を振りながら吉岡が控え室から出ていくのを見送った。
さて、前提はどうにか通した。
あとは発信機を取り付けるだけだ。ケネスは警戒心が強そうだが、策は考えてある。楽勝だ。
◆
スナク島でも指折りの高級ホテル。そのグランドボールルームで前夜祭は行われるとのこと。
無理やり忍び込むこともできなくはなかったが……どうしたって怪しまれるし、正面から参加できるのは幸いだな。
学生も多いことから、ホテルの衣装室でドレスやスーツをレンタルするよう、大会運営からは指示されている。もっと高級で着心地の良いスーツを着たいところだが、持ち込みなんてしたら前夜祭に臨む気満々だったことが露呈しかねない。大人しくレンタルのものを着用するとしよう。
高級ホテルの用意したレンタル品だけあり、着心地は思ったほど悪くない。
「おや? 伊波くん?」
げっ、とは顔に出すまい。
俺の顔を見て近付いてきたのは、俺と同じくレンタルしたらしいスーツに身を包んだ嵐山だった。
こうした場に慣れているのか、着られている感じはない。
「嵐山選手。こんばんは」
「ああ、こんばんは……って、君は確か決勝トーナメントには進めなかったはずじゃないか? どうしてここに?」
「それが、光栄なことにケネス氏の目に留まったようでして。黒崎ともども、敗退者ながらパーティーに招待されたんですよ」
「ほう、それはよかったじゃないか。今回は残念ながら敗退したが、今後別の大会に招待される、なんてこともあるかもしれないぞ」
いらねー特典だな。表の大会なんて仕事じゃなきゃ出ねえよ。
「嵐山選手は順当に決勝トーナメント進出を決められたようで、おめでとうございます」
「ありがとう。しかし、君はくじ運がなかったな、結束くんと当たるとは」
「前に勝ったことがあったし、今回もそうするつもりでいましたが……そう甘くはないですね」
「それはそうだろう。だが、俺は決勝トーナメントでリベンジさせてもらうよ」
あのVSを見といてよく言えたもんだ。
今までの試合を観察するに、嵐山は大口を叩いた割に昨年から大して変わっちゃいない。もちろん戦術に多少変化は加えているが、所詮ロートルが小技を加えたに過ぎない。
奥の手がある、って感じでもない。ハルの敵じゃないだろう。
「……こんばんは。伊波先生、嵐山選手」
そんな中、声をかけられる。アヤメだ。嵐山もいるからか、俺を先生呼びしているようだ。変に隠す方が怪しまれると思うが、まあいい。
アヤメもレンタルのドレスを着用している。肩と背中側が空いており、夜の海のような、光の加減によっては黒にも見えなくもないほどに深い青。
丈が長く若干歩きづらそうにしている。家庭環境から察するにこんなドレスは着たことがないだろうから、仕方ないか。
「よう。アヤメ」
「黒崎選手、こんばんは。そうか、君は伊波くんの教え子だったね」
「はい。先生には学園で教わる前から知人同士で……お世話になってたんです」
余計なことは言わなくていいんだよ。嘘がバレるリスクが上がるだけだ。
緊張しているのか、アヤメは長い黒髪を弄りながら、俺の方をちらちら見ている。
「その……ど、どうでしょう」
おずおずと、そんなことを聞いてきた。
アヤメには色々、ケネスに発信機を取り付けるための指示を事前に行っているが、それについての確認という訳ではないだろう。
ドレスの感想を聞いているらしい。また余計なことを……。
「ああ、随分大人っぽく見えるな。落ち着いた雰囲気もあって、よく似合ってるぞ」
好感度を稼ぎ過ぎてる現状だが、まさか嵐山も見ている前で貶すわけにもいくまい。ガキ相手だ、大人っぽいとか言っとけば良いだろ。
アヤメは露骨に顔を赤くして照れている。おい、その態度だと嵐山にもバレバレだろ。勘弁してくれ。まさか意図的にやってんじゃねえだろうな。
「ありがとうございま……あうっ」
アヤメは礼を言いつつこちらに寄ってくるが、ヒールに慣れていないからか、躓いて前のめりになる。
転ばせておこうか逡巡したものの、それを受け止めてやる。足を挫いて怪我でもされたら、仕事に支障が出かねない。デメリットもあるが、怪我させた方がマイナスになりそうだ。
「っと。おい、しっかりしろよ」
「……ッ! すっ、すみませんッ!」
慌てて離れると、アヤメは「お化粧直してきます!」と失態と恥じらいを誤魔化すように去っていった。
しかし、あのザマを見られたら嵐山にあらぬ誤解を与えそうだ。どう言い訳したものかと考えていると、次なる厄介ごとがやってくる。
「センセ、こんばんは。聞きましたよ、パーティーに参加するって」
今度はキョウカが、にこやかに笑いながら姿を見せた。
学園長の娘という立場のせいか、アヤメと違い随分とドレスを着慣れている様子。しかしワインレッドのワンショルダーとは、かなり派手だな。いや、アヤメもオフショルではあったが。
「ケネス氏に呼ばれてな。参ったぜ、立食パーティーのマナーなんて知らないからな。慌てて調べたよ」
「ふふっ。良ければ私が教えてさしあげますよ?」
「それじゃ立場が逆転しちまうだろうが。一応、学園を離れても先生らしくしとかないといけないだろ?」
「でないと、戻った時に困るってこと? そんなに学園でのことを考えてくれてるなんて、嬉しいわ」
うっとりした眼差しで俺を見るキョウカは、アヤメと違い軽い足取りで目の前まで足を運ぶ。
「ああ、残念。多分センセが戻ってくる頃には、私は卒業してるわよね。もう一度、学生の内に教壇に立つ先生を見たかったのに」
もう講師なんてやるつもりはないがな。仕事が忙しくて勉強もできない、とか言い訳のしようはあるし、こいつも卒業しちまえば、その内講師の話なんて忘れるだろ。いつまでも一人の男に執着するわけもない。
こうして絡まれるのももう少しの辛抱だ。
「悪いな。俺ほど優秀でも、講師としての諸々を身に付けるのはまだまだ時間がかかりそうだ」
「仮の講師だった時くらいで十分だと思うけど、理想が高いんだからっ。でも私、いつまでも待ってるわよ」
「おいおい、留年でもする気か? 別に待ってなくてもいいぞ」
「お父様に迷惑がかかるから留年はしないけど……待つわ、ずっと。いつまでも……ふふっ!」
ぞわりと背筋に怖気が走る。
キョウカの目に宿った、執着のようなものが直に感じられた。
まさか本当に留年なんてしないだろうが、なぜかずっと待つ、という言葉に真実味が感じられた。馬鹿な、こいつは来年卒業するんだぞ。それとも、VS学園の教師になるつもりなのか?
あり得なくはないな。こいつの父親は理事長だ。捩じ込むのは容易だろう。だが、そのうち飽きるだろうという俺の想定が甘かったのではないか。そう思わせる何かが、彼女の瞳にはあった。
冷や汗が首筋を伝った気がするのは気のせいか。冷房が効きすぎてる訳じゃないだろうに、寒気がする。
「……分かった分かった。ま、精々待たせすぎないように勉強しますかね」
「うん、楽しみにしてる! じゃあ、また後でね」
ひらひらと手を振りながら、キョウカは先に会場に向かう。
ふう。まだ仕事も始まってねえのに、どっと疲れた。それに、やらなきゃいけないことも出来たし。
「伊波くん。君もまだ若者だしあまり強くは言えないが、学生に手を出すのはさすがに……」
「誤解っすよ」
眉尻を下げながら俺に苦言を呈してきた、嵐山の勘違いを解く作業に少し時間を割かれた。