【書籍化】イカサマが闇のカードゲーマーに通用した 作:レイトントン
嵐山の誤解を解いた後、彼は先に会場に向かった。
俺の方はキリヒコに幾つか仕込みを指示してから、立食パーティーの会場に立ち入る。既に会場入りしていた何人かは談笑している様子だ。
ハルとマナブ、嵐山。ミカドとアヤメ、キョウカ。あとは、シジマが片手をあげてこちらに挨拶してくるので、それに応じる。ヤツも決勝トーナメントに残ったらしい。やるな。
他はデータ上は知っているが、直接会ったことはない相手だ。まあ、実力的にはマナブのちょい上かキョウカと同等くらいだし、特に気にする必要もない連中だな。彼らはハルと嵐山のことを前回大会から知っているようで、談笑に混じっている。
俺としては、ケネスの近くに寄れるなら何でもいい……が、あまり不審がられても困る。向こうから寄ってきてもらうのがベストだ。とするなら、アヤメの近くにいるべきだろう。何せ、敗北したのにわざわざ呼んだんだからな。何かしらの声かけがあるのは確実。
加えて、敗者ながら呼ばれた者同士で連んでいるのは、なんらおかしなところはない。そのようにアヤメは誘導したわけだからな。
つくづく良い仕事をしたな、コイツ。
「イナ先ちわーっす。惜しかったね」
「どこがだよ、ボロ負けだっつーの。ちっ、もうちょい粘れると思ったんだがな」
「えっと……いや、すんません。テキトーな慰めしちゃって」
「おいコラ、謝られる方が心にクるわ。それはいいから、今のうちにテメーらはハルの対策でも考えとくんだな。それで勝てるかは知らねえけど」
特にキョウカは厳しいだろうな。素の俺にも負けるレベルだろう。
「ま、今日はもうVSの話は一旦置いとこうぜ。飯だ飯」
「もう、センセ。マナーを勉強してきたんじゃないの?」
「主賓が来るまでは楽にしてていいだろ、身内同士だし。な、アヤメ?」
「えっ、そ、そうですね……!」
ガチガチに緊張してやがる。こんなパーティーなんてそんな気負う必要ねえんだよ。
仕事にしてもそうだ。こいつの役割はそう多くない。アヤメは俺をパーティーに連れてきた時点で十分な結果を出している。下手に動かしすぎると、ケネスに怪しまれることになるからな。
決勝トーナメントに残った八名に俺とアヤメを加えて十人。前夜祭、という割にささやかな人数だな、と思ったのも束の間。
「やあ、伊波くん。久しぶりだね」
背後から声をかけられる。嫌な予感を覚えつつ振り返ると、そこにはまだ若いのに大企業の社長を勤める、八代ソウジロウ氏が朗らかな笑みを浮かべていた。その後ろには西島ユヅキが目を伏しながら控えている。
「ソウジロウさん。お久しぶりです。例の件以来でしょうか」
「そうだね。VS学園でも八面六臂の活躍だったそうじゃないか。推薦した僕も鼻が高いよ」
ホクホク顔で話しかけてきやがるが、テメー……DSの確保とかクソ面倒な仕事を押し付けてきたこと忘れてねえからな。学園の講師、スイレンの見守り、秘密結社の構成員確保なんて俺をコキ使いすぎだろ。
こいつの仕事はよほどの報酬じゃねえと受ける気が起きない。人使いが荒すぎる。
それはともかく、こいつらがいるってことは、当然……。
「こんばんは、ハクトさん」
まあそうだよな……。
俺はにこりと微笑むスイレンに手を挙げて挨拶する。傍らには、父であるソウジロウ、お付きのメイドであるユヅキの姿もあった。
パーティーだというのに、ユヅキはメイド服姿だ。
俺のせいでしんどい目には遭うだろうが、反省する気はない。普段から俺への当たりが強いからな。仕返しと思っておこう。
「ようスイレン。ユヅキちゃんも。そっちは数日ぶりだな」
「ハクトさんはすっかり焼けてしまって」
「チャラ男化に拍車がかかってますよ。お嬢様に近付かないでください」
むしろこっちが近付くなと言いたい。
このクソガキはどうも俺を脅して下僕にしたがっているようだからな。そんなヤツがいる中での仕事は、さらにやりにくくなる。想定していなかったわけじゃないが、想定の内では最悪寄りだ。
「というか、負けた癖になんでいるんですか。不法侵入でしたら警察か連盟のご厄介になった方がいいと思いますが」
「残念、呼ばれたんだよ。その連盟の副会長サマにな。ハルに負けはしたが、俺の実力を買ってくれてるらしい」
「ふん……まあ、VSが強いことは事実ですがね。もっと態度を改めるべきかと」
「西島さん。ハクトさんは公の場では弁えた態度を取っておられますよ?」
「むぅ……」
お嬢様に嗜められ、ユヅキはすごすごと引き退る。ざまぁみろ。
「大会予選では我が社のVS用ドローンをアピールしてくれたようだね、感謝するよ」
「いえ、こちらこそ良いものをいただきました。目立ち過ぎるのが玉に瑕ですが」
貰い物を全く使ってない、となったら信用に響くからな。表舞台で試しに使わせてもらった。
ドローンは便利だが、静音性と姿勢制御が優れているとはいえ、イカサマに適しているとは言い難い。いや、普通に考えたらイカサマになんて適さない方がいいわけだが……俺の普段使いにはしたくない代物だ。
「この大会には八代ギアも協賛しているんですか?」
「ああ、VS関連の機材を製作しているウチとしては、大会シーンは製品のアピールとして最も優れているからね。あとは個人的な趣味かな。観るの好きなんだよね、VS」
その割に、八代ギアがスポンサーのプロはこの場にいないみてえだけどな。確か二人ほど出場はしてたが、全員敗退したはず。
ハルやミカドと当たったのが運の尽きだ。
「観るのは俺も好きですよ。先日のアジアカップ準決は見応えありましたね」
「ああ、あれは見事だったね! 正直、決勝より盛り上がっちゃったよ。まさかあそこで『砂刃ホールマー』を相手クリーチャーに装備するなんて……」
この世界でのVSは競技人口が多い分、観戦を趣味とする者も多い。前いた世界で言うとサッカーや野球のように、話題とするには丁度いいテーマだ。
それで言うなら、大会に出るようなプレイヤー、プロのプレイヤーはスポーツ選手のような立ち位置と言える。ハルは相当な有望株と見られているはずだ。今大会でも優秀な成績を収めている以上、ニホンに帰ってからは街を歩けばサインを求められそうだ。企業からスポンサードの打診もあるかもしれん。
ぺちゃくちゃと嬉しそうにVSについて語るソウジロウの話に合わせながら、スイレンを盗み見る。彼女は肩を竦めた。スイレンはVSが得意でないのに何故VS学園に入学したのかとは思っていたが、まさか父親の意向じゃねえだろうな……考えすぎか、さすがに。
「——お集まりの皆々様、大変長らくお待たせいたしました」
会話が(一方的に)盛り上がってきたところだったが、ふっと会場の明かりが絞られ、ソウジロウの口が止まる。
主催者の言葉を受け、談笑に興じていた参加者たちも一様に静まり返った。
壇上に照明が当てられ、マイクの前に立つ派手な白スーツの男が姿を見せた。ターゲット、ケネス・ワトスンだ。
「この度はVSチャンピオンシップ決勝トーナメント前夜祭にお越しいただき、ありがとうございます。スポンサーの皆様、そして決勝トーナメントに駒を進めた素晴らしい選手の皆様。惜しくも敗れたものの、見事な試合を見せてくれた選手たち。皆さんを見ていると、VS界の未来は明るいということが改めて実感できます」
本音なのかどうなのか。彼の表情からは窺い知れない。
VS界の未来。まぁ、VS連盟の人間が口にするのはなんら不自然さのないワードだ。しかし、俺は僅かにその言い草に引っ掛かりを感じていた。別に、あの男がそれを案じていないと思ったわけじゃない。ただ、その言葉にはそのまま以上の意味があるのではないか、と。
「明日の決勝トーナメントに向けて、ささやかながら英気を養うための場を儲けました。選手の皆様はぜひ、二日間の疲れを癒し、明日の試合に万全で臨んでください。では、皆様、グラスのご用意を」
既にボーイによってグラスが行き渡っている。学生組はもちろんノンアルのはずだ。
ケネスの乾杯の音頭とともに、全員がグラスを掲げる。
かくして、(俺の)陰謀が渦巻く前夜祭は始まった。
前夜祭は一時間半程度とされている。選手は翌日の試合もあるため、二次会はなし。
時間は短いが、焦りはない。
今回の目的はケネスに発信機を取り付けることだが、そのためには状況を整える必要がある。
ケネスと一対一の状況を作るか、衆人環視の中でなんとか隙を作るかだ。
パーティーの最中、一対一の状況を作るのはまず不可能だろう。が、もしそれが叶ったなら、発信機を取り付けるなんて容易いことだ。同じような仕事は、前の世界で何度もやってきた。
ただし、本命は後者。策で隙を作り、発信機を仕込む。
アヤメが近くにいる以上、最低でも一度はケネスとの接触のチャンスは訪れる。吉岡たち連盟員が付き従っている時は出来なかったが、連盟員がケネス一人であれば問題はない。
リラックスしつつ学生どもと十分少々話していると、やがてターゲットが近付いてくる。同時に、合図を送る。
「やあ、皆さん。楽しんでいるかな」
「ケネスさん、これはどうも」
近くにいたソウジロウから順に、挨拶を交わしていく。やがて、俺とアヤメに視線が向けられた。
「ハクト、そしてアヤメ。招待に応じてくれてありがとう」
「こちらこそ、お招きありがとうございます」
「敗退したにもかかわらず前夜祭に出れるなんて思わなかったぜ。でもケニー、なんで俺たちを?」
「君たちは特に白熱した試合を見せてくれたからね、特別扱いだよ。おっと、時代にそぐわない発言だったかな」
「近年は色々厳しいからなぁ」
特別扱いはアヤメのみ、ということは分かっているが、何も知らないように振る舞う。
しばらく談笑を続けていると、会場からぽつぽつと異常を感じた声が上がり始める。俺も同様に、その違和感を口にした。
「やけに暑いですね」
俺はパタパタと胸元を仰ぐ。夏の暑さだけではない。明らかに異常な暑さ。額から、背中から、汗が滲む。
特にメイド服のユヅキは、表情こそ保っているものの汗が止まらず、顔も赤い。しんどそうだ。
「ユヅキちゃん、大丈夫か。ほれ」
「……あなたにしては悪くない気遣いです」
口を付けてないドリンクを渡してやると、ユヅキはそれを一息で飲み切った。
「空調の故障かな?」
「申し訳ございません、すぐに確認いたします。よろしければ、ジャケットを預かりましょうか」
近くを通りがかったウェイターから、そう提案される。このテーブル付近でジャケットを着用しているのは、俺とケネスのみ。見れば、嵐山など他のテーブル付近で話していた男たちのものも、他のウェイターが預かっているようだ。ユヅキは脱ぐことなんてできないから、相変わらずしんどそうだがな。
「ああ、助かります。ではお願いします」
俺は、ゆっくりとジャケットを脱いで、ケネスの方に視線をやる。
しかし。俺の想定が、外れる。
「ああ、ボクは大丈夫だ」
ケネスはジャケットを脱いでいなかった。どころか、額に汗すら滲ませちゃいない。
んなアホな。体感温度は四十度以上にはなっているはずだ。にもかかわらず、涼しい顔をしてやがる。こいつ、汗腺が死んでるのか?
本当に人間かよ。
…………あー。
「ケニー、我慢は良くないぞ」
「お気遣いありがとう。でも本当に大丈夫なんだ。ボク、暑さと寒さには強いからね! ほら、ハクト。君はジャケットを渡すといい」
ここでケネスに先にジャケットを渡すよう誘導し、渡すついでに襟裏にでも発信機を取り付けるプランだったが……さすがにこの暑さでジャケットを脱ぎすらしないとは、想定外だ。
そう。当然、この騒ぎは俺が起こしたもの。正確にはキリヒコに命じ、ホテルに侵入させて空調を操作させた。
あいつからしたら容易い仕事だろう。ホテルに潜入する必要があるとはいえ、厳重なセキュリティがある貴重品を盗むわけでもなく、ただコンパネを弄るだけでいいんだからな。
クソ暑い南の島の夜だ。冷房を暖房に変えるだけで、お手軽に灼熱地獄が出来上がる。
当然、異変に気付けばすぐに空調は元に戻されるだろうが、僅かな時間室温を上げ、ジャケットを脱がせることさえできれば十分……の、はずだったんだがな。
ウェイターを警戒して渡さないくらいはあるかもしれなかったが、それにしてもジャケットは脱いで手に持つはず。隙を作って近寄れば仕事は容易いと、そういう想定だった。
しかし、汗すらかかず暑さも物ともしない。恐らく、その他生理現象も普通の人間と同じか疑わしい。となれば、立てたプランの八割が台無しだ。
クルルエルといい、易々と人間の枠を超えられると困るんだがな。こっちは普通の人間相手を想定して計画練ってんだ。
仕方ない。ダメ元のプランで行くか。
会話の中で、ケネスとの接触が取れないかを模索する。なんでもいい。記念撮影でもパーティーゲームでも、ケネスに触れる機会さえ作れれば。
しかし。
「ちっ……!」
失敗が続く。
ケネスの警戒心は相当なものだ。他の連盟員もいる中では、取り付けは難しい。
だが、それだけならもっと使える策はあった。しかし、そのことごとくを挫いてきたのは、俺を見る視線だった。
スイレン。あのクソガキは、ことあるごとに俺へと視線を送ってきた。
俺が何かをやらかそうとしている、と考えていたわけじゃないだろうに。……いや、もしかしたら想定しているのかもしれない。
俺が作ったイカサマダイスのネックレスを思い出す。全く、キョウカの時といい、クソ暑いってのに背筋が冷たいような気がしてくる。
こいつに捕まったらお終いだ。ケネスとスイレン。両者からの警戒網を前に、リターンがリスクを十分に上回ると思える状況が作れない。
クソがっ……!
何もできないまま、時間だけが過ぎていく。美味い料理を口に運び、周囲の参加者とテキトーな会話を続けながら、無意な時間を過ごす。
まずいな、このままでは……。
焦燥の中、やがて会場の様子が少しだけ変わる。
吉岡……ではないVS連盟員の黒スーツどもが、会場にいる何人かに声をかけ始めた。
俺の側にいるアヤメ、ミカド。そしてハル。
共通項のある選手たちだ。
ハル、ミカドが退室する中、アヤメは俺に暗号でメッセージを送ってきた。
『例の件、お任せください』
働き者だな。既に俺を前夜祭に参加させる仕事を達成しておきながら、さらに成果を出そうとするとは。
良い傾向ではある。だが、ケネスがアヤメたちを集めた目的が分かっていない以上、下手にアヤメを動かしたくはない。俺が前夜祭に参加すらできない状況なら考えたが、そうでもなければド素人のアヤメに仕事の本筋を命令するのは成功の見込みが薄く、良い手段とは言い難い。
やはり自力でなんとかするしかないな。
『ダメだ』
『しかし、このままでは』
『俺の命令が聞けないのか?』
『失礼しました』
大人しく引き下がったアヤメは、しかしケネスとの会話を俺に聞かせるため、盗聴器はしっかりと身に付けている。
しかし、まずいな。ここでケネス攻略の鍵が掴めなければ……。
俺はイヤホンから聞こえてくる音声に意識を傾け始めた。