【書籍化】イカサマが闇のカードゲーマーに通用した 作:レイトントン
前夜祭の会場であるグランドボールルームのさらに上の階、高級ホテルの一室。そこで私とハル、橘はケネス氏の到着を待っていた。
ソファは私の体が少し沈むくらいふかふかで、テーブルの上には果物が皿に盛られている。ベッドが見当たらないが、私の宿泊する部屋と違って、寝室とは仕切られているようだ。かなり豪華な部屋。思わずきょろきょろと周囲を見渡しそうになる。ハルはそうしていて、少し微笑ましい。
見ているのに気付いたのか、ハルは少し照れたように頬を染めながら、ずっと言いたかったとばかりにそれを口にした。
「アヤメさん、橘先輩。先日の試合凄かったです。まさか新しい召喚方法を見ることになるなんて、思いませんでした」
ハルは一年生だというのに、橘と私に対して物怖じせずに話しかけてくる。VS学園でも、入学初日から転生召喚を披露し、学内のランキングを駆け上がってきた。その順位は、今や橘に次ぐ序列二位。
彼女の実力は、同学年の生徒たちとは隔絶している。友人の久里浜マナブは、この大会の決勝トーナメントにも残るだけの実力を備えているが、ハルと比較すると大きく見劣りする。
彼が弱いんじゃない。ハルが圧倒的に強すぎる。橘と、同じで。
そんな橘は、ハルの言葉に軽い口調で同意する。
「あれな! びっくりしたわ、いきなりデッキが光り出した時は」
「あ、やっぱり橘先輩もそうだったんですね。ボクもです、去年同じ現象に出くわして。その時に転生召喚のカードが手に入ったんですが、黒崎先輩も同じですか?」
「……ああ。直感的に悪いものではないと理解できたから、引くことに抵抗もなかった」
自分の掌を広げてみる。
あの時。橘とのVSで手に入れた、共鳴召喚のカード。突然カードが輝いた時には驚いたが、結果私を助けてくれた。
あれは一体何なのだろう、という疑問はある。だが、悪い気はしない。橘とハル。私より上の実力者が同じ体験、という点でいえば、彼らの仲間入りをしているような気すらしている。もちろん、彼らにはまだ及ばないが。
……そういえば。
橘らのような実力者が揃ってあの現象を体験しているのであれば、ハクトさんにも同じことが起こったりはしていないんだろうか?
そんな思案の最中、部屋のドアが叩かれる。
「やあやあ! ごめんね、パーティの最中に集まって貰っちゃって」
入ってきたのは、パーティの主催であり、ハクトさんのターゲットでもあるケネス・ワトスンだった。
相変わらず笑顔を崩さず、常に余裕を見せている。控室から思っていたが、あまりこの人は得意ではない。
しかし、ハクトさんの仕事のためだ。きちんと応対する。
「いえ。この度はお招きに感謝します」
私が礼をすると、ハルはそれに続き、橘も軽く頭を下げる。
「君たちを集めた理由だけど……ああいや、まずなぜ君たちなのか、からかな」
「共通点は、なんとなく見えてきました」
「おおっ。黒崎選手、さすがだね。聞かせてもらっていいかな?」
「私、橘、ハル。いずれもトーナメントで特異な召喚方法を見せた選手……違いますか?」
「聡明だね」
「このメンツを見れば、誰でも想像が付くかと思いますが……特に私は大会二日目で敗退していますし」
「なるほど、黒崎ちゃんが前夜祭に呼ばれたのは今からする話のためだったのか。あれ、イナ先は?」
「敗退した中で、黒崎選手が一人だけ呼ばれたら浮くだろう? 彼はそれを防ぐための、いわばカモフラージュだね」
それを聞いて、ハルは口を一文字に結んだ。ハルはハクトさんを尊敬している。それは自らに敗北したとて変わらないようだ。そんな彼をカモフラージュのためだけに呼んだことに、不満を抱いているらしい。
後で、私が招くのを提案したことを伝えてフォローしておいた方がいいかもしれない。……いや、それだとハクトさんが怪しまれるか?
余計なことはしない方がいいかな。
「さて、前置きはそれくらいにして。特異な召喚方法を操る君たちを集めたのは、ぜひボクらの……VS連盟の力になってほしいからだ」
「連盟の、力に?」
「ああ。近年、闇のカードゲーマーたちの動きが活発化している。一年前のスイーパー事件。あれは解決を見たが、数ヶ月前の秘密結社デプスシェイドのVS学園襲撃事件で奪われたカード……ジャバウォックは、未だ戻ってきていない」
藤宮が襲われた事件だ。
怪我もなにもなかったのは幸いだったけど、彼女もまた記憶を奪われてしまった。本人は平気そうにしているが、DSとの接触……恐らくはVSでの勝負があったのは間違いないだろう。
一応、学園に偽造カードを流したDSの構成員はハクトさんによって捕まったものの、そいつもまた、重大な部分に関しては記憶を消されていたとのこと。完全解決とは行っていない状態だ。
恐らく、裏にはさらに狡猾な首謀者がいたのだろう。しかし、あのハクトさんの追跡を逃れるなんて、一体どんな狡猾な人物なのだろうか……。
「それ以外にも、VSを悪用する組織は君たちが思う以上に存在する。カードの力を実現させる超能力者を集めた秘密結社【顕現者】、精霊を狂信するカルト宗教団体【エルス教団】、さらに君たちのような特異な召喚法を操る少数の精鋭集団【X4】……ヤツらはVSの力を悪用している。ボクはそれが、許し難い。VSは楽しく、健全に行われるべきものだ。VSに悪いイメージなど、絶対に付いてはならない」
ケネスは、拳を握り込みながら言う。
……ハクトさんの本性はバレちゃいけないな、この人には。
それにしても、スイーパーやDSだけでなく、世の中にはVSを使った悪事を働く者は多いようだな。清水……クルルエルの野望も、頭から否定するものではないのかもしれない。手段はまあ、間違ってると思うが。
「私はDSなどの秘密結社が抱える闇のカードゲーマーたちと戦える力を求めている。そこで白羽の矢が立ったのが君たち、というわけさ」
「戦う、って……ボクたちは高校生ですよ? いくらVSが強いって言っても……」
「もちろん、物理的にどうこうしてほしいわけじゃない。ただ、ヤツらをVSで打ち倒してほしい。闇のカードゲーマーには、VSでないと倒れない者もいる」
「スイーパーのような人たち、ですね」
ハルはキリヒコさんのことを思い浮かべているのだろう。廃工場での襲撃の際、ハクトさんの発砲が闇の力で防がれたのを見ている。
私も同様だったが、ハクトさんに発砲されたあの瞬間、ハルはその場にいなかったからな。
ハルの言葉に、ケネスは神妙に頷いた。
「VSでないと倒せない。逆に言えば、そういった輩はVSで勝ちさえすれば止められる。
「けど……『VSでしか倒せない』と、『相手がVSで対処してくる』はイコールではないんじゃないすか?」
「おお、橘選手も鋭い指摘だ! もちろん、それについては対策を考えてあるとも。特殊な道具を使うんだが、その道具を使えるのが君たちしかいない、というのが実情かな」
はい、とケネスは私たちそれぞれに、箱型の道具を渡してくる。ハルは赤、橘は白、私は黒のケースに、『VS』の文字に剣が刺さったようなマークが刻印されている。VSのカードの裏にも記載されているマークだ。
「これは……デッキケース、ですか?」
「ああ。詳しい仕組みは面倒だから説明を省くけど、君たちの特異な召喚方法によって生じるエネルギーを元に、相手の攻撃を防御するバリアを張ってくれる優れものだよ。万能とは言わないが、大抵のことはガードしてくれる」
「へえ……」
闇の力とちょっと似ているかもしれない。あれも、VSで負けるまでは使用者に危害を加えることは出来なくなる代物だった。
「ただし、バリアを破る方法は存在する。それは……VSを挑み、勝つことだ」
そこも、闇の力と似通っている。
奇妙な共通点だ。VSにはそれだけ大きな力がある、ということかもしれないが……それだけなのだろうか?
「バリアを破るために、相手が特殊なVSを挑んでくるだろう。負けたら相手も相応の痛手を負うようなVSをね。それに勝って、世に蔓延る悪いヤツらをやっつける! そんなチームに加入してほしい。それが、今日君たちを呼んだ本当の目的なんだ」
軽い口調だが、ケネスの顔付きは真剣そのものだった。悪を倒す正義のチーム、か。
「隠してはおけないから正直に言うけれど、危険の伴う活動になる。しかし……それでも、頼む。君たちの力が必要だ」
そう言って、ケネスは深く頭を下げた。
……私の一存では決められないな。
私が答えあぐねていると、橘は片手を挙げた。
「俺は受けるっすよ。VS好きだし、闇のカードゲーマーってのの相手も面白そうだ。ただ、時間ある時しか参加できないかもだけど。俺、三年だし」
「橘選手ー! ありがとう! 君ならそう言ってくれると思っていたよ!」
ケネスは大型犬のように懐っこい笑顔を浮かべて橘に近づくと、その手を取ってぶんぶんと上下に振り回した。
「ボクも参加したいです! スイーパーの時もそうだったけど、VSを悪用するなんて許せません!」
「ハルも……! いやあ、嬉しいよ! アヤメはどうかな?」
「私は……受けたい気持ちはありますが、少し考えさせていただけませんか?」
「それはもちろん構わないよ! ただ、他言は無用でお願いしたいな。ああ、あとそのデッキケースは君にあげるから! どうせ他の人には使えないしね」
い、いいのだろうか?
話を聞いていると、これ結構大事なものな気がするんだけど……他の人に使えないとはいえ。
とりあえず、ハクトさんの意見を聞かないといけない。その上で返事をしよう。
発信機は渡してもらえなかったけど、盗聴器は身に付けている。ハクトさんもこの会話はしっかり聞いているはずだ。
◆
前夜祭はつつがなく終わった。俺としてはつつがあって欲しかったがな。
ケネスには隙がなく、隙を作ろうにも事前に立てていた策はことごとく失敗に終わり、かつ即興で行おうものなら本人、あるいは俺をよく観察しているスイレンにバレかねない。撤退せざるを得なかった。
前夜祭から数時間が経ち、日付も変わろうという頃。
「つまり、失敗したわけだ?」
俺の泊まるホテルの部屋に訪れたアカネが、グラス越しに俺に問う。表情はいつもと変わらず薄い笑みを浮かべている。いや、いつもより口角が上がっているように見える気がする。俺の被害妄想か?
「前夜祭において、ヤツに隙はなかった。俺の事前に用意した策は報告した通りだ。そしてヤツの対応もな」
「まあ、仕方ないか。我々も直接ぶつかった時には苦渋を舐めさせられている相手だ。尻尾を掴ませるようなことはしないけどね」
つーか、ターゲットのバケモンぶりが分かってんならあらかじめ教えとけよ。いや、俺を試す目的ってのは分かってるけども。
「しかし、君が失敗しているところを見れたのは中々貴重だ。DSに入る前……学園の頃から、随分と隙がないと思っていたからね」
「ちっ……最終的に利益になればいいんだよ」
「ふふっ、負け惜しみとは。君も可愛らしいところがあったものだ」
アカネは愉快だとばかりにグラスを傾け、ワインを含む。人の不幸を酒の肴にしてんじゃねえよ。
俺の弱味を見つけられたのがよほど面白いらしい。イイ性格をしてやがる。
「しかし、これで君は我々の中で、昇進の道から外れてしまったわけだ。なればこそ、これからもワタシの助手として——」
「何言ってんだ?」
「こら、人の話は遮るものじゃないよ」
今度は少々不愉快そうに、アカネは俺を睨め付けてくる。
そろそろネタバラシしておくか。
「勘違いさせるような言動をしたのはこちらの落ち度だが……俺は前夜祭で失敗したと言っただけで、ターゲットへの仕掛けに失敗したとは言ってない」
「……なんだって?」
今度は、こちらが口の端を吊り上げることとなった。こいつがこうも驚いているところは珍しい。良い意趣返しになった。
俺としても本意でない方法を取らざるをえなかったことだし、少々溜飲を下げたかったんだ。
「支部長には報告済みだ。発信機の動きも確認してもらっている」
「そんな通達は…………まさか、謀ったね?」
「まあな。支部長にはお前には連絡しないようにと頼んでおいた。結果、面白いツラが見れて満足だ」
アカネはむっとした顔を作ったが、それ込みで俺に良いように操られていることに気付いたか、すぐに気を取り直し表情を繕った。
「人が悪い。少しは可愛げがあるかと思えば……全く可愛くないな、キミは」
「お前が言えたことかよ」
「いーや。ワタシは確かに人は悪いが、可愛くないことはない。超美人だろう」
「はいはい、美人美人。悪かったよ、許してくれ」
「心がこもってなーいー!」
酔ってんのか? まあ度数強いのをグビグビ行ってるからな……顔も赤くなってきたし。
対応すんのも面倒くせえな……寝かしとくか……。
「分かったって、ほら詫びだ」
空いたグラスにワインを注ぐ。とっとと潰れてくれ。
「んふー。そうそう、もっとお酌したまえ。それに、キミも飲むんだぞ」
「おー、いただくわ」
初めの一口以外はフリだけど。
ただでさえこっちは普段から相手の視線読んで、絶対バレないようにイカサマしてんだ。酔っ払い相手にバレずに飲むフリなんて余裕も余裕。
「でぇ?」
「あん?」
「どーやってあの化け物に発信機付けたんだい? ウチのエージェントが何人も失敗したって言うのにさ」
「向こうが俺に興味深々でな。隙を突くのは容易かった」
「へえ、同性愛者だったんだカレ。ハニトラってこと? それは盲点だったな」
ちげえよ。
しかし、その辺の詳細を説明する気はない。
DSは悪くないビジネスパートナーだが、あくまで金ヅル。
クルルエルから得た情報により、
不本意ながら、ケネスには渡したくない情報を渡すことになってしまったし。
精々こいつらも良いように利用させてもらう。こいつらの組織力は、探し物をするにはうってつけだからな。そのために、リスクを取ってまで今回の仕事をこなしたんだ。
「……ハクトくん」
「なんだ酔っ払い」
「酔ってなーい! ……が、キミも全然酔ってなさそうだ。ハクトくんは酒も強いのかい?」
「まあな。遺伝かもしれん」
俺はよほど深酒をしないことには、そうそう今のアカネのように酔うことはない。今は飲んでるフリしてるからだけど。
それに、酒を飲んでイカサマする手先がブレるようなことがあれば一大事だからな。飲むなら一人で、ゆっくりできる時にだ。
「ふぅん……キミは優秀だが、可愛げがない。完璧すぎる」
「完璧な人間なんているはずねえだろ。確かに俺ぁ自分が優秀な方だと思っちゃいるがな。てか、秘密結社の構成員としちゃあその方がいいんじゃねえのか」
「そーだけどぉ……少しくらい素を見せてくれたっていいじゃあないかぁ……」
「おまえに対しては割と素のつもりなんだがな」
俺は自分に欠落しているものが多いことは分かっているつもりだ。特に、本来人間が社会的な活動を行う上で持っておくべき、道徳心や倫理観、他者への共感能力が著しく欠如していると。
だからこそそれについて調べ、自分なりに解釈し、咀嚼し、ある程度の理解はしたつもりだ。
人は社会に弾かれれば生きられないんだからな。どれだけ邪悪な本性を持っていようが、表面上はそれを隠さなきゃならない。
だからこそ、全てを包み隠さず話せる相手なんて存在しない。存在し得ない。まあこれは、俺に限った話じゃないと思うがな。
なんてことを考えるうちに、アカネがテーブルに突っ伏す。何やらごにょごにょと言葉にならない寝言を発するアカネを眺めながら、俺はケネスに発信機を取り付けた時のことを思い返していた。