【書籍化】イカサマが闇のカードゲーマーに通用した 作:レイトントン
VSチャンピオンシップが終了した。
この世界では極めてメジャーなスポーツ観戦みたいなものであり、会場の熱気は凄まじかった。俺も観戦自体は別に嫌いではないため、控え室でゆっくりと観戦を楽しませてもらった。
仕事として勝敗を気にする必要のないというのは、なんとも楽で良いことだ。
さて、吉岡の尽力により俺の帰りの飛行機もバッチリ取ってもらっている。クルルエルとの闇のVSやケネスへの工作は面倒極まることではあったが、総合して収支はプラスと言えるだろう。
南の島を満喫し、秘密結社デプスシェイドでの昇進コースを得た。何より、外側の世界の情報が手に入ったのが大きい。
これからは外側の世界へ渡る方法を調べていくことになる。他の誰よりも先にな。
そのためには、これまで以上に手駒二人とDSを上手く使う必要があるだろう。
そんなことを考えながら空港に着き、荷物を受け取ってから手駒どもと合流する。
「お待たせしました、我が主」
「おう。んじゃ、荷物頼むわ」
下僕どもに荷物を持たせ、タクシーを呼ぶ。空港から自宅まではそれなりに距離もあるが、このクソ暑い中で自分で重い荷物を持つ気にはならない。
キリヒコとアヤメはそれぞれ荷物を分担して持っているが、キリヒコの負担がかなり大きいように見受けられた。紳士的な態度だ。本来、これが歳下の女に対してあるべき姿なのだろう。
俺はやらねえけど。むしろ荷物を負担させている側である。
タクシーは俺のマンションの前で停まる。マンションの入り口までは十メートルもない。だが、その程度の距離を歩くのさえ億劫になるほど、この夏の暑さは殺人的だった。
そこで俺は下僕に先に出るように指示し、日傘を差すように指示した。もちろん、下僕自身でなく俺のために差すのだ。
アヤメが日傘を差してタクシーの前に立つのを待ち、扉を開ける。むわっとした熱気が俺の顔を叩き不愉快な気分だが、直射日光がないだけマシだろう。数十秒外に出ただけのアヤメの額には、既に汗が僅かに滲んでいる。
そのままマンションの自動ドアを潜り、中に入ると爽やかな冷風が迎えてくれた。ここにたどり着くまでの僅かな不快感を軽減してくれるだけでも、下僕どもの有用性を感じるには十分なものだ。
俺は悠々とエレベーターにほぼ手ぶらで乗り込み、下僕どもにはクソ暑い中で荷物を運搬させる。
二人はエレベーターを使っているとはいえ、荷物を全て俺の部屋に運び込む頃には汗だくになっていた。
可哀想とは思わない。こいつらは望んで俺の下僕になった。これも仕事のうちってヤツだ。
「ほれ、ご苦労さん」
とはいえ、働いたからにはちょっとした褒美がなければ不満も出ようというもの。労働の対価として、冷房の効いた部屋でアイスをくれてやる。
「ありがとう、ございます……」
「いただきます……」
息も絶え絶えの様子だった二人だが、アイスを口にするとお気に召したのか、見る見る顔を綻ばせた。
これで不満が多少なりとも消えるなら安いな。
「二人とも、チャンピオンシップでもご苦労だったな。しばらくは仕事の予定はないから、俺から連絡が来るまでは自由にしてろ。ただ、定期連絡は忘れるなよ」
「はい。……その、ハクトさん」
「なんだ?」
「聞いてもいいでしょうか」
「ダメだ」
きっぱり告げると、アヤメはがくりと項垂れた。
「そんな前置きが必要な質問に、俺が答えるわけねぇだろ」
「そうですね……そうでした。いえ、忘れていたわけではないんですが」
キリヒコはぽん、とアヤメの背中を慰めるように叩いた。
「おまえは進学するなり就職するなり好きにしろ。どの道俺のために働いてもらうがな。キリヒコも同じだ。働きぶり如何ではまたナユタに会わせてやる、馬車馬のように働け」
「そのためなら、幾らでも働きますとも」
「よし。じゃ、アイス食って洗い物したらとっとと帰れ」
「もう少し下僕を労ってくれてもいいと思いますよ!」
とは言いつつ、大して不満はないようでキリヒコは大人しくアイスを食べ終えると、キッチンで洗い物を始めた。
「ああ、そういやアヤメ。おまえケネスからデッキケース受け取ってたよな。寄越せ」
「はい、こちらです」
アヤメは荷物の中からデッキケースの入った箱を俺に渡してくる。ないとは思うが、GPSや盗聴器などを仕込まれていたら面倒なので厳重に封をして保管してある。
たしか、特異な召喚法をエネルギー源として本人を守るバリアを張るとかなんとか言ってたな。
分解したり、圧力を加えたりしてみたいところだが、下手なことをするとケネスに睨まれそうだ。やめておくか。
「こいつは少し預かる。すぐに返すから心配するな」
「分かりました。ああ、デッキケースで思い出したんですが……デッキ内容を変更しようと思っています。ご裁可を」
「構わん。この場で済ませろ」
「テーブルをお借りしても?」
「好きにしな」
アヤメは頷くと、自らのデッキのカードをテーブルの上に一枚、また一枚と広げ始めた。
少し掛かりそうだな。
「キリヒコ、おまえはデッキ編成の希望はないか?」
「前回の変更から一週間も経っておりませんので、私は希望しません」
「ん、そうか。ならもう帰っていいぞ」
「では、私はこれにて。我が主よ、次の連絡をお待ちしております」
慇懃に礼をして、キリヒコは俺の部屋から去っていった。
一方、アヤメはうんうんと唸りながら、デッキ構築について頭を悩ませている。
テーブルに並べられたカードたち。ざっくりと斜めに視線を通らせる中で、ふとあるカードが目に付いたので、なんとはなしにそれを拾い上げる。
『神鳥シルファティ』
アヤメが共鳴召喚とやらで呼び出した、新たなる切り札。墓場のクリーチャーを呼び起こし、速攻まで付与する強力な効果を持つ。
アヤメに聞いた話では、気付けばこのカードがアディショナルデッキ……つまりは山札外のカード群の中に現れていたという。
『響鳥フェルニカ』
共鳴召喚の直前に、アヤメが召喚したクリーチャーだ。
突然山札が輝き、入れた覚えのないこのカードを引いたという。
もし、俺がクルルエルとのVSで同じように光るカードを引いていれば、こうしたカードを手に入れていたのだろうか。
「……あの、ハクトさん?」
「テキストを把握していただけだ。盗りゃしないから心配するな」
欲しくなったら無理やりにでも奪うが、現状特に必要ではない。それに、アヤメのVSは中継されているんだ。そのアヤメが今後このカードを使わなくなり、時期を同じくして俺がそれを使い始めたら、当然俺が疑われることになる。
俺にも共鳴召喚とやらが使えるのかなどは、検証の必要があるがな。そこまで急いで行うことでもない。
「……出来ました。確認をお願いします」
「おう」
アヤメに渡されたデッキを捲っていく。カードの内容と順番を脳内にインプットしていく。
すぐに作業は終わり、アヤメにデッキを返してやる。
「も、もういいんですか?」
「クイズでも出してみるか?」
「いえ、その……大丈夫です」
アヤメは乾いた笑いを漏らしながら、デッキをケースの中に仕舞った。普通のケースの中にな。
◆
「伊波、見事な仕事ぶりだった」
「お褒めに預かり光栄です」
後日、DS日本支部のアジトにて。
俺は支部長直々にお褒めの言葉を頂いていた。
なんでも、ケネス相手に仕事をこなせたエージェントは、今までいなかったらしい。
どんな無茶振りしてやがったんだよ、ふざけやがって。
まあいい、終わったことだ。報酬も受け取れたことだし、何よりこれで上司の覚えもめでたくなる。
「良い仕事には相応の報酬を。給金だけでなく、約束通り組織内での地位も与えよう。君には実行・工作部門のリーダー補佐に就いてほしい」
「はあ」
リーダー補佐ねえ。なんとも都合のいい響きだ。これ本当にちゃんとした立ち位置なんだろうな。
「後ほど、部門の長とも顔合わせしておくといい。彼女はいつもアジトにいるから」
いつもアジトって。この地下に居んのか?
不健康そうだな、その情報だけですでに。
「それで、わざわざ辞令を口頭で伝えたいがために直接呼び出したわけじゃないでしょう?」
「ああ、そうだ。新垣くんが君を呼んでいてね」
「アカネが?」
こないだチャンピオンシップで話したばかりだが……。
なんて思っていたところ、支部長室に悠々と侵入してきたのは、噂のアカネだった。相も変わらず、シャツにジーンズというラフな格好の上から、白衣に身を包んでいる。
「や、ハクトくん。昇進おめでとう」
「おう、サンキュー」
「けど、忘れちゃあいけないよ。あくまで君はワタシの助手なんだ」
「へいへい、肝に銘じますよ」
「よろしい。それで、支部長。今回は随分と楽しい余興を用意してくれたね?」
俺のいる前で口にした、余興。どうやら、俺が前夜祭で失敗したと思い込ませていたことをよほど根に持っているらしい。
支部長は苦笑いを溢した。
「そんなに怒るとは思わなかった、すまないね新垣くん」
「全く……ワタシがどれだけ彼の痴態を楽しみにしていたと思っているのかな」
「おいコラ」
「それはさておき、支部長。それにハクトくん。君たちに見てもらいたいものがあってね。着いてきてくれたまえ」
アカネに案内されるまま、研究部門のあるセクションを三人仲良く歩いていく。
支部長はともかく、わざわざ俺まで呼ばれるとはな。一体何を見せられるというのか。あまり良い予感はしない。
「そうだ、アカネ。ちょっと調べてもらいたいもんがある」
今のうちに伝えておくか。
俺はアヤメから回収したことは伏せつつ、VS連盟の使う特異なデッキケースを入手したことを伝えた。
「ふぅん、デッキケースねえ」
「VS連盟が用意した代物だ。変な機能が付いてないか調べてくれ。分解とかはすんなよ、戻せなくなったらトラブルになる」
「ええ〜」
「ええ〜じゃねぇんだよ」
「聞いた限りじゃ盗聴機能の類は付いてないと思うがねぇ。ま、念のため調べてみるよ」
「ああ、頼んだ」
そんなやり取りを挟みつつ、俺たちは研究セクションの中心部へと足を踏み入れる。
アカネは重々しい扉の前に立つと、扉のロックの解除を始めた。
「何重にもセキュリティが掛かってるから、少々開けるのが億劫だ」
そんなことを言いつつ、手際良く解錠していく。電子ロックのみならず実際のキーまであり、かなり厳重に保管されているのが分かる。
「開いたよ。さ、どうぞ中へ。一番奥の部屋だ」
俺と支部長が中に入る。
厳重な扉の奥に隠されていのは、薄暗い廊下。途中、アカネが開けたものよりは簡易的ながら錠のされた扉を見送りつつ、言われたとおり一番奥の部屋まで辿り着いた。
奥の部屋にはロックがかかっておらず、支部長が扉の前に立つと、空気の抜けるような音とともにドアが左右に分かれるように開いた。
部屋の中は、白色の壁で三方を覆われており、唯一入って左手の壁だけが、一面ガラス張りとなっていた。
ガラス越しに見える先の部屋では、白衣を着た数人の研究者が、床に伸びる配線を避けながら歩き回ったり、何やら話し合っている様子が見て取れる。
そして、その中央。配線の集まる台座には、見覚えのあるカードが安置されていた。
ジャバウォック。俺とアカネが、VS学園から盗み出したカードだ。
……なんて、俺は支部長やアカネと同じように、ガラス越しにあくまでジャバウォックのカードに目を向けているというポーズを取る。
そいつに、悟られないように。
台座にまとわりつくようにして、竜とも、翼を持った蛇とも取れるような、青い鱗の怪物があちらの部屋の中心に陣取っていた。
その姿に、俺は見覚えがあった。
奪い取ったジャバウォックのカードの絵柄欄で。
つまり、恐らくヤツは……ジャバウォックのカードに宿る、精霊だ。