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──私は魂を選定する者。
ここは、どこだ。
再び意識が戻った時、セオドールはそんな事を考える間もなく、それまでの事をはっきりと思い出した。
すでに夕刻だろうか。空は雲で濁っていてよく分からない。
雪が舞い落ちる戦場跡には、血の匂いがまだ色濃く残っている。
わずかな起伏や建物の瓦礫など、一部を除いて、見通しの良い平原の真ん中。
敵も味方も関係なく、ほうぼうに残されたままの人間の亡骸。
少し離れたところには、動かないセオドール自身の体もある。
先ほどから目の前には、蒼穹の戦鎧を纏った、美しい女性がいて──
「私と共に、逝く気はないか?」
と銀色の髪の女性は、セオドールに言う。
やはりそうか。まさか本当に自分のところに来るとは思わなかったが。
おおよそは話に聞いていたのと同じだなと、ぼんやり思いつつ。自分の現状を理解したセオドールは、深く長い息をついた。
☆★☆
「セオドール。セオドールは、どこにもいないのか?」
夜半を過ぎて、雪がやみ、森の中にようやく少しの月明かりが差した頃。
一人の怪我をした男が、手にした槍で体を支え、ふらつきながら、寄り集まる敗残兵の間を通りすぎていく。
「セオドールは……」
男と同様に、焚き火で凍えた体を温める、兵達の目にも力はない。
目を閉じて横たわっている中には、息をしているかも怪しい者もいる。
近くにいるその一人の傍らで、同じ年くらいの若い男がすすり泣いている。
「どうか、戦乙女の……お導きが、ありますように」
別の誰かが祈る声がする。
友の名を呟き続けていた槍の男は、たまらなくなって、その場から逃げ出した。
「あ、ああ……」
男の手には槍だけでなく、一振りの剣も抱えられている。
友セオドールの剣だ。今度の戦場に向かう道すがら、息子が磨いてくれたと自慢げに言っていた。
だからこれだけは、彼の家族のもとに持ち帰らなくてはと思って……
「そうだ。あいつは……セオドールは、もう」
全部が終わったあと、彼の亡骸から回収した。
男自身の手で、彼の冷たい指から剣を外してとりあげた。
「死んだんだ。俺のせいで。わかってるはずだろう、そんなことは」
男の方が功を焦って、敵を深追いしたのが原因だった。
気づいた時には大勢に囲まれていた。
二人とも死んでおかしくない状況で、男だけは生き残った。
セオドールが命がけで、男を包囲の外に出してくれたからだ。
「すまない、セオドール。俺は……!」
自分の情けなさ、どうしようもなさに声が漏れ出る。
友の申し出を強く断れなかった事。踏みとどまって戦わず、友の言葉通りに、その場から逃げ出した事。
理由はたくさんあるが、なによりも、
「俺はまだ……、死にたく、なかったんだ……!」
病気の妻を残しては死ねない。稼いだ金を持って、生きてあの家に帰りたいと、あの瞬間、強く思ってしまった事。
自分でも分かっているのだ。
後悔だけでなく、生き残った安堵も、今の自分には間違いなくあると。
「そうだ。だけど。……どうして、あいつが死ななきゃならなかったんだ?」
住む場所は多少違っても、二人とも貧しい出稼ぎ傭兵だ。セオドールの家も、戦場で稼がなくてはまともに暮らせない事は、男も当たり前のように知っている。
彼は──彼も、家族を愛していた。
子供は二人いた。下の子はかわいらしい女の子で、上の息子は今年で十になったばかりだったはずだ。
それなのに、なぜ。あいつが。
──俺のせいだからだ。
答えが分かっているはずの男は一人、なおも森の中を進んだ。
夜の森の中、目指す場所などどこにもないはずなのに、男の足は迷う事を知らないかのように動き続けた。
茫然と疑問を口にし続け、
「どうして、あいつが? セオドールは──」
男の足は、森がいったん開けた場所で止まった。
それは森の中にある泉だった。
わずかな月明かりの下、泉のほとりで、人の気配に気づいた白鳥が数羽、すぐに飛び去っていくのが男にも見えた。
「──ああ、そうか。そうだったのか」
男の足元に、一枚の白鳥の羽根が落ちる。
目で追う男の顔には、それまでにはない驚きと理解が同時に浮かんでいた。
「どうして気づかなかった? 当然のことじゃないか」
死んだのは彼だけじゃない。
彼の周囲に散らばる敵の死体も、自分はこの目で見た。軽く十五は越していた。
自分が逃げ出した時にはまだ、半分程度の数だったはずだ。
あの後も、彼はたったひとりで戦い続けたのだ。あれだけの数を相手に、彼は最期まで、勇敢に戦い抜いたのだ。
「あいつは本物の戦士だった。……俺なんかと違って。昔からそうだったんだ」
剣の腕も、群を抜いて優れていた。
面倒見もよく、周りに慕われていた。彼が住んでいる村の連中だけじゃなく、国軍の偉そうな人間に名を覚えられる事もあったくらい、大した傭兵だった。
“この男ならきっと”とは、こんな事になる前から、あいつの周りにいた人間なら誰もが一度は考えたに違いない。
だから
「連れてかれたんだ。あれだけの男を、彼女が見落とすわけがない」
“彼女”が戦士を選ぶ時には、神々しい光が降りそそがれるという。
常人の目には見えない、白く儚く舞い落ちるそれは、まるで雪のようにも──
汚れなき、純白の羽根のようにも見えるのだと。
あれを言っていたのは誰だったろうか。
思い出せなくても、そんなのはどうでもいい事だ。
「女神の、羽根……。そうだ、あいつの家族にも言ってやらないと……」
男の目には、今になってようやく涙が流れていた。
足元に這いつくばり、ただの白鳥の羽根をうやうやしく拾いあげ、心から祈りをこめて呟く。うずくまったまま、何度も心に言い聞かせる。
仕方がなかった。それが運命だったのなら。神の思惑から逃れられる人間など、いるはずがないのだから。
「噓なんかじゃない。セオドールは、戦乙女に選ばれたんだ──」
男はそれから、気が済むまで涙を流し続けた。
☆★☆
勇猛なる人間の魂は、戦乙女ヴァルキリーに選ばれ、壮麗さ筆舌に尽くしがたい神の世に行けるのだという。
戦場で勇敢に戦い死ねば、必ずその者の前に、彼女は姿を現すだろう。
それは戦乱の世が続く人間界『ミッドガルド』で、広く人々に伝えられてきた事だ。
主神オーディンや雷神トールや戦神チュール、豊穣の女神フレイなど他の神々の名と同じように。王侯貴族から貧民あがりの傭兵まで、戦いに身を置く者であれば誰でも知っていた。運悪く戦に巻き込まれただけの農民であっても、猛々しい彼らの口からその女神の名を聞く事は往々にしてあった。
いわく、彼女は常に、戦士の戦いぶりをどこかから見ている。
勇猛な戦士が死ぬのは、神の兵士に相応しいと、彼女に認められた証だ。
生きている間には絶対に見られないはずの彼女を見たという話や、ある者はその彼女が戦士の魂を連れていくのを見たという話、彼女は絶世の美女でもあったという話までもが、この世界ではまことしやかに語り継がれている。
どれだけ信憑性の低い話であっても、みな当然のように信じられた。
よほどひねくれた者でない限り、彼女の存在そのものに対する疑いを、わざわざ口に出す事もしない。
魔物や不死者、優れた者だけが使える魔法に、それから魔術の域を超えた超常現象など……この世界には確かに、人知の及ばぬ領域というものが存在するし──
なによりも、たとえ己を死地に向かわせる方便にすぎなかったとして。この世界ではそれを信じる事以上に、納得のできる理由などあるはずがなかった。
招集を断れない身分の者。
戦で稼がねば暮らしが成り立たぬ傭兵。
それから彼らの帰りを待つ家族も。
ある種の心の拠り所として、人々が事あるごとに、彼女の名を口にするのも無理からぬ事だったのである。
戦いにおもむく戦士達は、己を奮い立たせるため、周りに救いを与えるために言う。
戦士にとって“死”とは、決して悲しむ事ではない。とても名誉な事なのだと。
──あの戦士はきっと、“戦乙女”に選ばれたのだと。
また、残された者はときに、こうも言う。
──“戦乙女”があのひとを奪った。彼女はただの、“死神”だと。
★★★
セオドールの家は、トゥルク村にある。
この村はアルトリアとクレルモンフェラン、二つの国の境に位置していて、そのためしばしば両国の間に起こる領土争いに巻き込まれてきた。
国も領主もすぐに変わる。
村自体はなんら交易の要衝でもなく、めぼしい鉱脈があるわけでもない。
そんな場所だから、どちらの国の人間が領主になろうとも、本腰を入れて統治したがらない。結果として土地も貧しく、そこに住む人もまた貧しかった。
セオドールがこれまで何度も傭兵として戦場へ向かったのも、今度の戦争で同じように戦ったのも、上記の理由によるものだったのである。
どちらの国が支配者でも同じ事だ。
トゥルク村で生まれ育った多くの住民と同様、彼にも愛国心というものはない。
今の支配者であるアルトリアの側で傭兵を求めているから、今度も求めに応じて、防衛側の傭兵として戦いに行っただけであった。
幸いな事に、向かう戦場は村から少し遠い。
家を出る前。上の息子ウィルフレドは、少しでも父さんの役に立ちたいからと、剣を入念に磨き上げてくれた。
もう少しで六歳になる娘、小さなエルシーは父親がどこに何をしに行くのか、はっきりとは理解できていなかったのかもしれない。
「お父さんのくれたオルゴール、こわれちゃったの」
と蓋が割れてしまった木の箱を見せて、なおしてよと駄々をこねた。
だいぶ昔にセオドールがお土産と称して渡した、父手作りの“木の箱”である。
どこでその単語を聞いたのか、大貴族が宮廷魔術師に命じて作らせるような貴重品である“オルゴール”を、お土産に欲しいと言って泣いたエルシーのために作ったものであった。
妻も息子も「よかったねエルシー」としか言わなかったし、さすがに箱だけでは味気ないかと思って、ままごと遊び用に木彫りの人形を家族の人数分、おまけに入れておいたのもよかったのだろう。エルシーはこれを疑う事なく満面の笑顔で受け取り、その後はさらに、この小さなレディの大事な宝物も好き放題に入れる箱となったのだ。
蓋が割れたのも、おそらくは物の詰め込みすぎだろう。
時間があれば新しく蓋も作ってやれたが、あいにくその時は家を出る直前であった。
「帰ったらなおすよ。それで勘弁しておくれ、いい子だから」
「これ以上お父さんを困らせてはいけませんよ、エルシー」
口をとがらせる娘を、妻のマルゴットがなだめつつ
「行ってらっしゃい、あなた。どうか無事で」
といつも通りに気丈なそぶりで夫に声をかけた。
セオドールも「ああ、行ってくる」といつも通りに軽く妻を抱きしめ、次に機嫌をなおしてくれた娘も両手で抱いた。
息子は……そろそろそういう事は恥ずかしがる年頃だろう。なにせ近頃は、父親に剣を習いたいなどと言い始めたくらいだ。
ずっと持ってもらっていた剣を受け取り、
「じゃあな、ウィルフレド。私に何かあったら、お前が二人を守るんだぞ」
「毎回毎回、縁起でもないこと言わないでよ」
「すまんすまん。けど、万が一って事もあるだろ? 近隣の方々が言うには、私にはなんと、戦乙女様のご加護があるみたいだからな」
「……父さん!」
「冗談だって。そんなに怒ることないだろう。心配性だなあ、ウィルは」
思いきり笑い飛ばしつつ、息子の頭をくしゃくしゃに撫でまわしてから家を出た。父の豪胆な態度につられて、見送る息子の方も、いくらかほっとしている様子だった。
それが生きていた時のセオドールと、家族との最後だった。
☆★☆
「大勢に囲まれて、たった一人で切り抜けられるわけがない。噂に名高い英雄や、人ならざる世に住まう巨獣共ならともかく」
戦乙女を前にして、肉体のないセオドールは思うまま口を開いていた。
視線も戦乙女ではなく、周囲の戦闘後の景色にぼんやり向けられている。
「周りにおだてられて、いい気になっていたんでしょう。実際は、貧乏暮らしの田舎傭兵にしてはよくやる、程度でしかなかったというのに」
戦乙女は返事を急かしてはこない。
こういう話を辛抱強く聞いてやるのも彼女の仕事のうちなのだろうかと、頭の片隅で冷静に考えつつ、それでもセオドールは話し続ける。
とにかく話してしまう事で、ごちゃごちゃな頭の中をすっきりさせてしまいたかった。
「それは違うって? ……確かに、私が本当にただの田舎傭兵にすぎなかったのなら、あなたが今ここにいる事もないんだろう。でもそうじゃない。そうじゃないんだ」
ああそうか。彼らは選ばれなかったのか。
話しながらまたひとつ、理解したくもない事に気づいてしまったセオドールの視線は、やはり戦場のあとを向いていた。
「勘違いしていたんだ。私はあの死体達とは違う、自分だけは特別だって」
もとは修道院だったのだろうか。長らく使われていない、朽ちかけた廃墟が近くに見える。
セオドールの死の原因となった大勢の敵兵は、あそこの崩れかけた壁の死角に潜んでいた。
こうやって見ると、あんなに怪しい場所もないな。
ドュエインに深く突っ込ませるべきじゃなかった。
自分がもっと冷静に状況を判断して、事前にあいつを引き止める事ができていたら……。次から次に、そんな事ばかりを考えてしまう。
「今度もきっと乗り切れると、簡単に考えていたに違いないんだ。でなきゃあんな馬鹿な事、できるはずがない……」
あの時はこんな事、考えてもみなかった。
ただ敵とひたすら戦い続けて、そのうちにドュエインが腕をやられて、あの傷じゃ槍は満足に振るえないだろう、まだ今なら彼を逃がせるかもと、そんな程度の事しか考えていなかった。
──お前がここで死んだら、誰がお前の奥さんの病気をなおしてやれるんだ? 彼を逃がす際、そんな事すら口走ったような気もする。
「絶対に生きて帰る? 無理に決まってるだろう、あんな大勢に囲まれて。たったひとりで。……なのに、私は」
あいつだって、いっぱしの戦士だ。
片腕をやられていても、死に物狂いで戦えばあいつならきっと、あの後も敵の二人や三人くらいはなぎ倒してくれただろう。
そうしたら、あるいは
「せめてあいつが、ドュエインが最後まで一緒にいてくれていたら──」
私は今、この場にいなかったかもしれない。
自分でもろくに思っていない“もしかしたら”を口に出しかけたセオドールに、
「その場合、私が選定する勇者は一人増えていたな」
戦乙女はそう言ってくれた。
戦場に目を外していたセオドールも、ようやく戦乙女の顔を見返した。
「ああ……。やはり、そうなのか」
諦めたように軽く息をついた後は、また口が動くままに話し出していた。
「やはり、あなたもそう思いますか。ドュエインはやればできる奴なんだ。ただ自分に自信がないだけで、周りが思いっきり背中を押してやれば……ああでも」
色んな考えが巡り続けているが、今セオドールの頭の中で明確な形にできたのは、たった二つだけだ。
一つは、友ドュエインの事。
お前ならできる。たんまり金を稼ぎたいならもっと思い切っていけと、戦闘の前にドュエインに声をかけた事を今さらになって思い出す。
これまではそれでうまくいっていたが、今度の場合はどうだっただろう。あいつがはやりすぎたのは、そもそも自分のせいだったのではないだろうか。
もう一つは、
「こんな事になって、あいつ、戦士としてダメになっちまわなきゃいいが」
「お前はやれるだけの事をやった。お前に命を救われた者がこれからどう生きるかは、その者次第だ」
もう一つは戦乙女──、彼女に関してよく言われている事は、すべてが正しいわけではない事。
真っ先に考えて当然なはずの妻と息子と娘の事は、どうしてもぼやけて考えがまとまらなかった。
その後いくつかのやり取りの後、セオドールはこの戦乙女について行く事を選んだ。
いくら後悔したところで、今さら生き返る事などできはしないのだ。
生まれ変わってすべてを忘れる気にもなれそうにない。ついでに自分の力を認めてくれた彼女は、おそらくそれなりに話の分かる女神様だ。
それなら戦士の誉れと呼ばれる通りに、神の兵士エインフェリアとして、自分自身が認めたこの新たな主に仕えようと心を決めたのである。
逝く先を決めたところで、ようやく死んだ実感が湧いてきたらしい。
多少は家族の事を考えられるようになったけど、セオドールが口にできたのは結局これだけだ。
「ウィルフレドは……私よりもずっと、慎重で賢い。あの子ならきっと」
確かに家を出る前に、“あとは頼んだ”とはあの子に言った。
あの子は私に似ず、細かい事に気が利く心優しい子で、慎重というよりは少し臆病というべきか、エルシーにも近所のアンセル君にもよく振り回されては、泣きべそかいているくらいで……
次から次に出てくるそんな思いは、とても口にする事はできなかった。
☆★☆
夕飯の後、母の手伝いをしていたウィルフレドは、ふと後ろを振り返った。
「……父さん?」
深く考えず口に出してしまった後で、すぐに自分の発言を内心で取り消す。
なにか人の気配を感じたような気がしたからって、よりによって「父さん」はないだろう。父親は今、ここから離れた戦場の地にいて、自分達のために頑張ってお金を稼いできてくれているのだから。
不思議そうにこちらを見る妹エルシーに、ウィルフレドはやれやれと家の戸の方に向かった。
「なんでもないよ。……ほら、戸がまた勝手に開くから、兄ちゃんちょっとぼけてたみたいだ」
この家の戸はたてつけがよくなくて、風が強い日か、もしくはエルシーが最後に戸を閉めた日にはしょっちゅうこうなる。今日はたぶん後者だろう。
「うわあ、まだ雪ふってる」
ウィルフレドが戸を閉め直そうとしたところ、すかさずエルシーも寄ってきて、戸の隙間を広げて家の外を覗き込んだ。
夜の冷気が頬に当たる。
冬はもう少し先だと思ったのに、ひりつくような寒さだ。
薄闇の空からは、今でも雪のかけらが、白く儚く舞い落ちている。
「お父さん、寒くないかな」
「……父さんはきっと大丈夫だよ、エルシー」
二人して外を覗いていると、わずかに風が吹いて、雪のいくつかが戸の内側にまで入り込んでしまい、
「早く閉めなさい二人とも。風邪ひくわよ」
「はーい」
母マルゴットに素直に返事する妹の横で、自分は最初から閉めようとしてたのになとは思いつつ、口には出さずに今度こそしっかりと戸を閉め直す。それから寒さに身震いした妹の手を温めるようにとってやり、ウィルフレドは手伝い途中だった母の元へ戻った。
家の中に入り込んだ白く儚い雪のかけらは、まもなく床に染み込むようにして、すべて消えてなくなった。
☆☆☆
戦争が終わって数日後。
戻ってこなかった父親の代わりにやって来た傭兵のドュエインという男は、残された母子を不憫に思ったのだろう。彼の戦友だったと名乗ったその男は、形見となった父の剣とともに、遺体の傍らに落ちていたと言う一枚の羽根をウィルフレドの手に握らせた。
「ぼうず、これは女神の羽根だ。……お前の親父はとんでもないやつだったよ。まさか本当に、戦乙女に選ばれちまうなんて」
純白の羽根だ。
これが、戦乙女に選ばれたという証?
戦士にとって最高の名誉。
父さんは確かに、自慢の父さんだった。
とっても強くて、村の人達にも頼られてて、神々にだって胸を張れるくらい、自慢の──
だけど
「こんなものっ……、なにが名誉なもんか! 死神に連れ去られただけじゃないか!」
母の慟哭が、羽根を見続ける事しかできないウィルフレドの耳に突き刺さる。
どう考えたらいいか分からない。
けれど、そんなもの捨てろと泣き叫ぶ母の声には従わず、幼かった日のウィルフレドはそれを、いつまでも大事に握り続けた。