セオドールは、神界ヴァルハラに滞在していた。
いつものように戦乙女に連れられてきたのである。もちろん、他の半人前の英霊も一緒だ。
今度の大きな用事は、一人前になった勇者を一人、神界に送り届ける事。
それともう一つ、神界軍が行っている軍事演習への参加だ。
年に一度も参加するかどうか、というこの演習。他二名の見習い勇者は当然、これが初めてだが。セオドールはすでに何度も、この手の演習を受けているので慣れたものだ。
今回参加させてもらった先は、かの高名な雷神トールが率いる大部隊。陣形の端っこ付近に、一時的な追加小部隊として置かせてもらう形をとる。
場所は神界ヴァルハラにある兵宿舎すぐ近くの、なだらかな丘陵地帯だ。
生きている人間なら誰もが羨む、常春の世。青々とした草原の緑が映える、まさに楽園と呼ぶべき場所で軍事演習は進行し、つつがなく終わりを迎えた。
「いやあ、今年も無事に終わりましたな」
「そうだな。お前が手を抜くようであれば、神界に置いていこうかと思ったが」
「またまたそんな。私みたいな真面目男にそんな事、できるわけがないでしょう」
セオドール個人としては好きでも嫌いでもない、神界での演習だが。今は神界で暮らしている、かつての戦友にまた会えるという意味では、そう悪い事でもない。
隣の戦乙女に軽口を叩きつつ、近くの英霊にねぎらいの声をかけたりしつつ、知った顔でもないかと辺りを見回していた時だ。
英霊二人が揃って驚いた顔をしたかと思うと、慌てて背筋をぴしっと伸ばした。
気づいたセオドールも戦乙女の後ろに控え、頭を低くして待つ。
雷神トールが、自分達の方にやってきたのだ。
「よいよい、そんなにかしこまるな。訓練ならもう終わっているぞ」
「トール殿。此度の指導、まことに得難く……」
「かしこまるなと言うのに。お前は私を困らせるのが得意だな、レナス」
言葉通りに、困ったように髭をなぞる雷神トール。
レナス。そう呼ばれた戦乙女は、形式ばった口上を途中で止め、下げていた頭をあげた。
「いえ、そのような事は。ご健勝で何よりです、トール殿」
「お前の働きぶりもよく聞いているぞ。お前が選定した勇者は粒揃いの精鋭ばかりだ、とな。私も何度、その優秀さに目を見張ったことか」
もったいない言葉です、と短く言う戦乙女。
後ろで思わず誇らしい顔つきになった英霊達の方に一度視線をやってから、雷神トールはさらに続けた。
「今日の様子も見ていた。お前のところは何かと目立つからな」
「そうでしたか」
「皆よくやっていた。私の目からでは、とても未熟とは思えぬ者もいたくらいだ。一人と言わず、残りも神界にやってもいいのではないか?」
はっはっは、と笑って言ってみせる雷神トールに、後ろの英霊達はますます顔をほころばせたが。
戦乙女は少しも真面目な態度を崩さず、返事をした。
「セオドールは、私の右腕として置いています。どうかお許しを」
「それは聞いている。が……」
そんな戦乙女を見て、やはり困ったように髭をなぞった後、
「……まあ、このような場所で話を続けるのもあれだな。レナスよ、歩きながら話さぬか? どうせ向かう先は同じだろう」
雷神トールは、咳払いして言った。
二人の会話はいつの間にか、英霊達どころか、その場に残っていたアース神族の一般兵達にまで注目されていたのだ。
「……。承知しました。その前に、少々お待ちください」
今日の経験を糧に、より精進する事。そう英霊達に簡潔に言いまとめた後。
セオドールに「後は任せた」と言い残して、戦乙女は雷神トールに付き従って、その場を歩き去っていく。
「お前達もいつまで残っておる。ほら散った散った。……それで、なんだったか。もう下界に戻るのか?」
「明後日には。人間界は、冬も終わった時節ですから」
「そうか。その手の事はどうも、ここにいては疎いな」
などと、どうという事もない世間話をしながら二人が歩く先は、英霊や一般兵が身を寄せる兵宿舎とは真逆の方向。
主神オーディンをはじめとした上級神族が住まう、宮殿の方角だ。
演習場の一端にある、小綺麗な林の中に消えていく二人を、セオドールは特に驚く事なく見送った。
人間社会と同じように、アース神族にも階級制度というものはある。
それは『神格』と呼ばれる数字で表され、最高が主神オーディンの一級。彼の傍らに仕える豊穣の女神フレイが、それに次ぐ二級神で……といったように続く。
もとが人間である自分達英霊は、神界に送られた時点で能力別に、二十級から十五級。さらに働きによっては十級までの昇格が許される。
根っからのアース神族であっても、その辺の一般兵の神格は高くない。英霊より格下、という事態もままあるほどである。各隊をまとめあげている小、中隊長にしても、神格はせいぜい九級がいいところだ。
そしてセオドールが我が主とする戦乙女、『レナス』の神格は六級。
戦乙女自身は自らの事を、取るに足らない中級神、などと言っているが……
二人がいなくなった後。
その場にいた周りがざわざわしだすのも、セオドールにとっては、もはや珍しくもない。
アース神族の一般兵から、“あのレナス様”の近くに何年もいる事を羨ましがられたのも、一度や二度ではないのだ。
「あ、あのセオドールさん。ヴァルキリー様、あっちに行っちゃいましたけど……?」
神界での戦乙女の姿を初めて目にした仲間に、おろおろと聞かれ、(やっぱりそう思うよなあ)などと毎度のように納得しつつ。セオドールは、仲間がさらに驚くだろう事を教えた。
「ああそうだな。どうしても茶会がしたいと、フレイヤ神にせがまれたそうだ」
元人間の英霊達にも気さくに声をかけてくれる、雷神トールだけならまだ分かる。がしかし、他にも神界に来る度に戦神チュールやらヴィザールやら……
気位が高い事で知られる二級神フレイとは、職務の垣根を越えて親しく話す間柄であり、さらには彼女の妹君であるフレイヤ神にはなんと、“レナスお姉様”と呼ばれなつかれているという噂まで聞いた。
ここまで上級神と交流のある“取るに足らない中級神”が、一体どこにいるというのか。
案の定、目を見開いて驚いた仲間の顔を前に、
──相変わらず、隠し事が下手なお方だな。
とセオドールは我が主について、今日もしみじみ思うわけである。
☆★☆
演習場を過ぎて、ほんのわずかに密集する木々の間を抜けた先には、また別の景色が広がっている。
ヴァルハラ宮殿を囲むように、緩やかな曲線を描いて遠く伸びる道。
その横手の草原では、辺り一面、鈴蘭の花が、可憐にその身を揺らしている。
限られた者にしか立ち入りを許されないこの区域は、いつも人気が少ない。今日も見回りの兵の姿が、遠くにいくつか見えるだけだ。
少しばかり道を進んだところで、トールが話しかけた。
「お前の英霊ももう見てはいまい。いい加減、その重苦しい戦鎧を解いてもよかろう」
蒼穹の戦鎧、白鳥の意匠がこらされた羽根兜に、その身に下げた剣に鞘……。
確かに英霊を導く戦乙女には相応しくても、この場所と、あの子の茶会には相応しくない恰好だ。
歩きながら、レナスは言われた通りに武装を解き、瞬時に私服へと着替えた。
長い銀色の三つ編みが、風になびいて揺らめく。
「あの話しぶりもどうにかならんか。毎度毎度、こっちまで肩がこる」
「神界では常に礼を尽くせと、皆には教えています。私が目の前でそれを怠っては、彼らに示しがつかない」
「理屈は分からんでもないが……。多少の無礼さがある者の方が、私は好みだぞ」
「割り振られた部隊先でも、皆があなたと同じ考えとは限らないでしょう。正しい道筋をつけてやらねば、困るのは彼らです」
こういうやり取りも初めてではない。
いつものように、落ち着き払って言うレナスに、
「お前はいつもそれだ。二言目には英霊、英霊と」
とトールはついに呆れた様子を見せると、こんな事を言ってきた。
「フレイも懸念していたぞ。お前の悪癖が、また始まったのではないかとな」
やはりそう来たか。と一瞬だけ眉をわずかに寄せる。
なお平静な声色と表情を保ったまま、レナスは言い返したが、
「たまたまでしょう。人間界では大抵、冬の間は大戦をしないものです」
「私も、そうは言っておいた。だがな……」
あくまでも視線を合わせないレナスに、トールはすでに色々と確信を得ている様子。
それでも、「すでに人魚族の魔術師一人を預けたはずだ」と言い返すべきだろうか。どうせ、散々せっつかれた後でようやく、という部分もフレイから聞いているのだろうけど……
前を見たまま、ぼんやり考えつつ、結局は何も言えないでいると、
「なあ、レナスよ。オーディン様はなぜ、お前にこのような任をお与えになったと思う」
とトールは問いかけてきた。
「なによりも強い個が尊ばれるというのなら、極論、英霊など必要ない。私やお前が直接、敵どもを片っ端から打ち負かせばいいだけだ。……そうではないか?」
これも幾度となく、言い聞かされてきた道理だ。
「戦とは数だ。個の力ではない。未熟であるなしに関係なく、個に死はつきものだ」
トールがいったん言葉を止める。
レナスはその先を、易々とそらんじた。
「“先導に立つ我らは、常に気丈でなくてはならぬ。個を失うたび心乱されるなど、あってはならぬ事だ”──ですか。もちろん心得ています」
続いて、主神オーディンより賜った言葉も述べる。
レナスの視線はやはり、前を向いたままだ。
「神の時は永遠。人の生は、しょせん、ひと時の泡沫にすぎぬもの」
主神の言葉は絶対だ。
「神と人の間には、超えようのない隔たりがある」
遠い昔、初めてこれを言われた時の事もなんとなく覚えている。どうしようもなく未熟だった頃の自分が、どんな気持ちで主神の言葉を受け取ったのかも。
けど今の自分はもう、あの頃とは違う。
「神ならば神の心を。人の心は、人心の掌握にのみ用いよ。……永遠を生きる神が、人のごとき儚い存在に心を寄せるな」
最後まで表情を変えずに、淡々と言い終えたが。
トールからは「そういう所は、本当に変わらんな」と言われてしまった。
「私とて、あの人間の死は惜しんでいる。だが……、分かるだろう」
とトールは息を吐いて言う。
「あれは未熟のために死んだ男ではない。お前がいくら心血を注いで育て上げたとしても、結果は変わらぬ。お前が未だ未熟扱いしている、あの者共においても同じだ」
「私はただ……、主神のため、己の責務を全うしているだけです」
「手を抜け、ではない。ほどほどにしろ、と申しておる」
最終的にはいつもと同じ説教をされ、いつもと同じようにレナスは黙り込んだ。
「このような事、いい加減聞き飽きたと思うだろうが……。私はお前を案じているのだ」
トールは致し方なしとばかりに、今度はそんな独り言を言ってくる。
「お前は心根が優しすぎる。他者の心の痛みを、すぐ自分のものと混同するほどに」
それが私の持つ能力ですので。などという子供じみた口答えはさすがにしない。トールが本心から、自分のためを思って言ってくれている事くらいは分かるからだ。
……例えそれが、自分の心に、また別の雑念を呼び起こすものだったとしても。
しかし、
「その情の深さに、そのうちお前自身が足をすくわれるのではないかと──。私には、それが気がかりでならぬ。……前例もある事だしな」
とうとう気になったレナスは、真剣に言ってくれていたトールの顔を見た。
「私まで、主神の不興を買われるのではないか、と?」
いきなり公然の秘密を持ち出されたトールは、一瞬だけ返事に詰まったものの。すぐに、「まったくお前という奴は」と呆れ調子でレナスに言う。
「そう受け取りたいなら好きにせよ。お前があれのように畏れを知らぬ性格だとは、私は思わんが。それでお前への戒めになるというのなら何よりだ」
その反応に安堵したというか、雑念に負けた己が滑稽に思えてきたというか。
レナスは観念したように表情を緩め、近くの景色を眺めた。
「分かっています。私は、あの子とは違う」
鈴蘭の草原。
ヴァルハラの風景はどこも綺麗だけど、ここは殊更に、自分の心を落ち着かせてくれる。
大丈夫。それも間違いではない。トールの言う通り、“一分の憂いもない個”にこだわる方がどうかしている。なにより本人もその日が来るのを、今か今かと待ちわびているのだから──と。
「あと少しだけ、時間をください。些末な技能をいくつか教え終わり次第、二人をフレイに引き渡しに戻ります」
一人は北の寒村育ち。一人は荒れ狂う海に呑まれて、命を落とした。
変わらず戦が続く世だったとしても、それでもあの二人にとっても、神界が楽園の地である事に変わりはないのだろう。
「そうだな。フレイにはただの杞憂であったようだと、私から重ねて言っておこう」
風に揺られる鈴蘭の音に、心をゆだねる。
命を奪い合う戦も、神と人の間にある垣根もない、平和な世界で──この景色を、みんなと一緒に見られたらいいのに。
そんな心の片隅のざわつきも、そのうち消えて穏やかになった。
その後トールと別れたレナスは、予定通りフレイヤの茶会に向かった。
青空の下、用意されたテーブル近くの椅子にはフレイヤのほかに、若い女の英霊も三人ほど座らされている。半ば強引に連れてこられるだろう彼女らの顔色は、今回もまあまあ悪くないといったところか。
一方レナスの姿を見つけるなり、フレイヤは無邪気に駆け寄って抱きついてきた。
「レナスお姉様、やっと来てくれたのね! あのね、あんまり遅いから、今日の約束がダメになっちゃったんじゃないかって、不安になってきちゃったところだったの」
「そうかしら? フレイヤが言うほどには、遅れてはいないはずよ」
「えへへ、分かっちゃった。そうなの。レナスお姉様が来てくれるって思ったら、とっても待ち遠しくって、あたし、思いっきり早く来ちゃって……」
はしゃぎながら腕を引っぱって、フレイヤは早くレナスを席につかせようとする。
落ち着いた笑みを浮かべて応対するレナスの顔にはもう、さきほどトールと話していた時の翳りなど少しもない。
「せっかくいいよって言ってくれたんだから、フレイ姉さんも一緒に来ればよかったのに。こんな素敵な会なのに、私は忙しいから行かないなんて言うの。レナスお姉様とも久しぶりに、いっぱいお話できるのに……」
大丈夫。フレイと“お話”なら、私もいつもしているから。
だから今はフレイヤ、あなたとの時間を楽しみたいわ。
そんな事を言ってフレイヤを喜ばせ、次から次へと切り替わる話題を微笑ましく聞いてやり、時には求められるままに人間界での話を──フレイヤが聞きたいような話だけを、おとぎ話を読み聞かせるように話して時を過ごした。
☆★☆
夢のような神界での休息を終えた後。人間界に戻るなり、戦乙女は英霊二人からの質問攻めにあった。
どうやら今までは他の神々の手前、本人に聞くのを我慢していたらしい。
「二級神のフレイ様とお友達って、本当ですか!」
「フレイヤ神から“お姉様”って呼ばれてるって!」
わちゃわちゃと迫られた戦乙女は、真っ先にセオドールを疑いの目で見てきたが。
正直ほぼ濡れ衣である。
あなたに関する噂など、自分が言わなくても神界のそこら中から漏れ聞こえてくるのだ。今まで問われなかったのは、単にその場にいた仲間達が、自分も含めて落ち着いた者達ばかりだっただけです。とすら申し上げたい気持ちだ。
「言い寄ってきた男ども、全部ガン無視って!」
「一人くらい、いいよって言わなかったんですか!」
「それに、雷神トールを剣で負かした事もあるって聞いたんですけど!」
呆れた様子で黙っていた戦乙女は、途中で険しい表情になったが、
「誰だ、そんな事を言った痴れ者は。私だけならいい、だが雷神トールの名を貶めようなどとは」
「トール神から直々に聞いたって、神界の仲間が言っていました!」
と元気に返され、また呆れた表情になった。
「あのお方は……。一体いつの話をしておられるのか」
「それじゃまさか、本当の事なんですか?」
やや予想外の反応に、セオドールが聞き返してみたところ、
「まさか。逆に問うが、お前達が練武で、私の首筋に刃を向ける事ができた時の事を考えてみろ。私を“負かした”事になるか?」
という事なので、つまりそういう事らしい。
「はあなるほど。つまり雷神トールは、あなたに稽古をつけていただけだと」
「他に何がある。あのお方はミョルニルを抜いてすらいなかったのだぞ」
しょせん真実などこんなものだ。というような戦乙女の言い方に、素直な英霊達もすっかりつられている様子だ。
……雷神トール直々に稽古をつけてもらった事自体が大した話なのではないか。と内心思っているセオドールをよそに、
「この際だ、もう一つくらいはお前達の無理解を正しておこう」
と戦乙女は前置きしてから言う。
「フレイヤの事だが。私が彼女にそう呼ばれている事は、事実だ」
「ええっ、それじゃあ」
「だがお前達が考えているような理由からではない。私が特別視されているわけでなく、あの子が特別なのだ」
それから戦乙女は話し始めた。
「フレイヤは、強大な力を持って生まれた女神だったらしい。姉のフレイをも凌駕するほどに」
「らしい、とは?」
「私も直接見てはいないからな。あとから聞いた話だ」
強大すぎたその力は、フレイヤ神自身にも制御できないほどのものだったらしい。ゆえに生まれて間もなく、事態を重く見た主神オーディンによって、フレイヤの力は封印されたのだが。その封印は、彼女の力だけでなく、他の部分にも影響を及ぼしてしまったのだという。
以来彼女は、純真な少女の心と外見をずっと保ったまま。
一般的な神が、人間の子供の姿をしている事はまずないため、彼女のような存在は神界でもかなり異例なのだとか。
「つまり……。向こうは純真な少女だから、分不相応になつかれるのも不思議ではない、と?」
「何か言いたそうだな、セオドール」
「はあ。まあ、それもなんだか変な話だな、と思ったものですから」
……今の話と“お姉様”呼びとの間には、結構な空白があるのではないか。という事ではない。
言いたいのは、もっと別の事だ。
「“上級神”というのは、人間がこの世界に存在するかしないかの頃の、そりゃもうとびきり大昔から、生きておられるような方々ばかりなんでしょう?」
「概ねそうだな。フレイヤの場合は、それよりは少し後の時代だったが」
「とにかく、それくらい長く生きておられる方には違いないわけでしょう。そんなに長い時間があったなら、主神が彼女に、力の扱い方を教えてやる事だってできたのでは?」
無理やり抑え込んだりせず成長を見守ってやれば、今頃はフレイヤ神も立派に大人な女神だったかもしれないのに。というのがセオドールの率直な感想だ。
「それは……」
「力の制御の仕方がどうとかいう話は、私には分かりませんが。歩き始めた子供が転ぶなんて、別によくある事じゃないですか。それを生まれて間もなく、今に至るまでずっと、なんて……」
主神に情がなさすぎるのか。それともその封印というやつが、とびきり融通が利かないものなのか。
腑に落ちないセオドールに、
「お前のような人間の親なら、確かにそう考えるのだろうな。しかし──」
戦乙女は首を振って、独り言のように言った。
「あの子は純粋な神だ。どのみち力を制御できる存在にはなれなかっただろう」
「んん? それは一体、どういう意味で……?」
「神は人間とは違う。存在そのものが完全体。ゆえに成長という概念など存在しない」
戦乙女はこれまでと違って、やや分かりにくい言葉で答えた。
わざとそうした、という事なのだろうか。確かに、素直に聞いていた英霊二人の顔は、半分も理解できていない様子ではあるが。
「フレイヤの話はそんなところだ。この件に関して、他に質問は?」
「……あ。はい! こういうのって、知らないふりしてた方がいいんですか?」
「フレイヤ様と会ったら、私達、どうすればいいですか?」
そしてやはり、素直に質問する英霊二人である。
戦乙女も笑みを浮かべて答えた。
「下手な気遣いはやめておけ。特に秘されている事ではないし、フレイヤ自身も理解している事だからな」
「そうなんですか?」
「無論、彼女が上級神である事も忘れぬように。ただあの子から求められた場合のみ、向こうが望むように付き合ってやるといい」
戦乙女の話は、もうこれでお終いのようだ。
英霊二人が「はい!」といい返事をしたのに合わせて、セオドールも一応、留意しますと頷いておいた。
あの二人が気づいていない以上、本来の会話の流れを、自分がわざわざ蒸し返す事もないだろう。というより……今の話の分だけでも、それなりに主について再認識する事はできたのではないだろうか。
まあ、なんというか。
我が主はやはり、“取るに足らない中級神”などではない、という事。
それともう一つ。
話のかわし方は上手くても、やはり何か隠し事がある事自体を隠すのが、まあまあ下手なお方だという事だ。