ヴァルキリープロファイル 咎人と死の使い   作:さけとば

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 アルトリア国オルーウェン要塞から、遠く遠く東に向かった先。

 一面深い森に覆われた、とある島の上空までやってきたところで、戦乙女は地上へと降り立った。

 

 周囲に差し迫る森からは、梟の鳴き声が聞こえている。

 これだけでも、いかにも人ならざる者が多く棲みついていそうな雰囲気だが。

 

「そいつが逃げ込んだのは、ここって事でいいんですかね」

 

 戦乙女に実体化されたセオドールとアンセルは、正面を揃って見あげた。

 すぐ眼前には、こんな深い森の中には普通あるはずがないものが──つまりは立派な城がある。

 

 森の闇があまりに深く、城全体の輪郭ははっきりしないが。月明かりに照らされて、いくつかの尖塔が蜃気楼のように揺らめいている。戦乙女や魔術師ほどの知識がないセオドールですら、すぐに見抜けるほどに異質な存在だ。

 

 戦乙女が複雑そうな顔で、城の方を見て何やら考えている中。

 セオドールが自然と警戒心を抱く一方で、

 

「よっしゃ。それじゃさっそく、俺の仇討ちだな」

 

「待て」

 

 平然と歩き出そうとしたアンセルを、戦乙女が止めた。

 

「先に言っておく。二人とも、決して剣は抜くな」

 

「は? 剣を抜くなって、なんだそりゃ。剣なしじゃ敵と戦えねえじゃん」

 

 アンセルは冗談のつもりだと思ったようだが。

 戦乙女はごく真面目に言う。

 

「目的の不死者と相対した時のみ、お前が剣を抜く事を認めよう。それ以外では、いかなる理由があろうと抜くな。これは命令だ」

 

「それ以外、って……」

 

「そんなに大勢いるのですか、ここの不死者達は」

 

 セオドールもそんな予感はしていたが。

 これまで遭遇してきた不死者どもは、基本的にすべて浄化してきたはずである。

 いくらこちらの人数が頼りないからといって、そんな彼女が神の敵である不死者達をやり過ごそうなどと言い出すのは、極めて異例な事だ。

 

「それもあるが、神界とは一応休戦中だからな。なるべく事を荒立てたくはない」

 

「神界と、……休戦中? 城の主は一体、誰なんです?」

 

 ますます嫌な予感がしてきたセオドールに、戦乙女は答えた。

 

 

「不死王ブラムス。彼なら、件の不死者のその後も知っていよう。彼に会いに行く」

 

 

 嫌な予感が当たり言葉を失うセオドールに、やっぱり何がなんだか分かってないアンセル。

 

「ふし、おう? そのふししゃ、とかいう奴らの王様って事なのか?」

 

「……私達みたいなのが下手にちょっかいを出したら、一瞬で消し飛ばされる相手という事には違いないだろうね」

 

 親父さんでも無理なのか!? ……などとアンセルがようやく驚いたところで、戦乙女が二人に改めて言い、

 

「いいか、私の後ろを離れずついてこい。こちらから攻撃しなければ、奴らは何もしない」

 

 さらにもう一度「何があっても剣は抜くなよ」と念を押したうえで、戦乙女は城に向かって歩き出した。

 セオドールとアンセルの二人も、緊張した面持ちで彼女の後をついていく。

 

 歩き始めて間もなく、戦乙女が

 

「まだ生きているといいが」

 

 と考えがちに呟いたが。

 聞こえたセオドールの方は、さすがにそれどころではない。自分達が“不死王ブラムスに会いに行く”事について、彼女の意図を冷静に考えようとする事の方に精一杯だった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 不死王ブラムス。

 その名前くらいは、以前に戦乙女から聞いた事はあるが。彼がどういった存在なのかは、セオドールもあまり詳しくは知らない。

 

 この人間界には、『不死王』と周りに呼ばれ畏れられている、他の不死者達とは比べ物にならない程に強い力を持った不死者がいるという──

 教えてもらったのは、せいぜいそれくらいだ。“神界と休戦中”、つまりは“過去に神界が攻めた事もあるが倒せなかった”などという情報は、初耳もいいところである。

 

 ……この七年間、彼女が『不死王』を倒そうとしていなかったのは、彼の居場所が分からないからではなかったのか。それくらいに危険だと分かっている敵の本拠地に、真正面から堂々と、たった三人で乗り込むというのは一体どういう事なのか。

 

 セオドールが色々考える一方。

 それなりに早歩きではあるものの、戦乙女の足取りは実に堂々としたものだ。

 

 ……なるほど、敵に弱みを悟られないためか。セオドールも彼女にならい、胸を張って歩いてはいるが、内心は全く別だ。

 いくらこちらの目的が、ただ一体の不死者にしかないと言っても。そういう理屈は、はたして不死者達に通用するものなのか。神界と交わした休戦協定とやらは、それほどに強力なものなのか。

 

 やはり色々考えているセオドール、歩き方がぎこちないアンセルをよそに、先頭の戦乙女は、とうとう城の中に足を踏み入れ──

 

 

 城に入るなり出くわした不死者は、戦乙女を見るなり言った。

 

「なっ……。貴様、またか!」

 

 その不死者の分類は見たところ、エルダーヴァンパイア。本能のまま襲いかかるレッサーヴァンパイア等とは違って、まあ知性がある不死者には違いないのだが、

 

「貴様、一体ここを何だと思っている! よく性懲りもなくずかずかと……!」

 

「お前達に用はない。ここを通してもらおう」

 

 静かに鋭くそれだけ言うと、戦乙女は不死者を無視して、エントランス奥にある城の廊下の方へ迷いなく足を向ける。

 言われた不死者の方は、ただこちらを思いっきり睨みつけ、歯噛みしているだけ。通り過ぎる際、セオドールも横目でちらと見たものの、襲いかかってくる様子はない。

 エントランスには他にも二体ほどエルダーヴァンパイアの姿が見えているが、そちらも忌々しそうに舌打ちしてくるだけである。

 

 離れないように戦乙女の後ろをぴったり歩きつつ、

 

「……なあ親父さん。さっきのやつ、“またか”って」

 

「……言ったね。彼らの案内も必要ないくらい、我が主はここの玉座に通いなれているようだ」

 

 先ほどまでより緊張が薄らいだ気分で、二人でひそひそ話していると。

 

「はっ、神界の犬どもが」

 

 廊下を進み始めていくらかも経たないうちに、そこにいた、また別のエルダーヴァンパイアがこちらに罵声を浴びせてきた。

 

 傍らでは、二体のレッサーヴァンパイアがうめき声をあげている。

 哀れな不死者達を犬のように従えさせているそいつは、無視して横を通り抜けていく戦乙女に、

 

「オーディンの名さえ掲げていれば、手出しはされないと思っているんだろう? 虚勢ひとつ自らの力で張れぬ小物が、いかにも考えそうな事よ。ふっ、くくく、じつに小賢しい……」

 

 さらに後ろを歩くセオドールとアンセルの二人が、完全に通り過ぎるまで執拗に話しかけ、勝手に笑いだした。……かと思うと、

 

「──駒の一つでも失えば、貴様も己の愚かさに気づけるかも知れんなあ?」

 

 そいつはいきなり、傍らのレッサーヴァンパイア達をけしかけてきたのである。

 

 狙われたのはアンセル。

 さすがに不気味すぎて、彼も一応は警戒していたらしい。セオドールからほんのわずかに遅れて、後ろを振り向くなり、

 

「うわちょ、待っ……」

 

 反射的に剣の柄に手をやりかけて、そのままひしと固まる。

 ほぼ同時に、戦乙女が瞬時に距離を詰めると、レッサーヴァンパイアを二体とも浄化してしまった。

 

「な──貴様! よくも……ひっ!」

 

 戦乙女はそのまま、不死者二体を斬ったばかりの剣を、愚かなエルダーヴァンパイアの喉元に突きつけた。

 

「なるほど。貴様が不死王に惜しまれるに足る駒か、試してみるのも悪くない」

 

 表情も語調も、至極落ち着いているが。

 不死者は恐怖のあまり言葉が出ない様子。

 そりゃそうだろう、とはセオドールも思う。……あれは脅しではなく本気が大半だろう。彼女はこの手の不死者が特に嫌いなのだ。

 

 結局は、

 

「今回だけは見逃そう。──虚勢も張れぬ小物よ。次はないと思え」

 

 と戦乙女は剣を下ろした。

 不死者はしばらく口をぱくぱくさせ、後ずさった後、

 

「あ、あ……。き、貴様など、不死王に嬲り殺されればいい!」

 

 これまた見事な捨て台詞を吐いて、その場から走り去っていった。

 なんともない顔で剣を収め「よくやったアンセル」と声をかけた戦乙女に、セオドールが一応聞くと、

 

「逃がしてよかったのですか? ああいう輩は、後々面倒な事になるのでは」

 

「間違いなく頭に血が上っているだろうな。あの様子では、狡猾極まりない策を弄する事などとてもできまい」

 

 その辺も織り込み済みだったようなので、もう深くは考えない事にする。

 とりあえずは「俺、なんもしてないよな?」と褒められた事に困惑しているアンセルの背中を「それでいいんだよ」と軽く叩いてやり、二人でまた歩き始めた戦乙女の後に続いた。

 

 

 城の廊下をしばらく歩き、途中で曲がってから、また別の廊下を進む。

 通りすがりに襲いかかってきた、また別の命知らずを戦乙女が撃退して、さらに先に進み、途中にあった階段を上る。

 二階に上がった先にいた、これまた別の命知らずを戦乙女が撃退して、

 

「くっ、下級神ごときが! このままで済むと思うなよ!」

 

 やはり捨て台詞を吐いて逃げられたところで、ついに口に出して聞いた。

 

「こちらから攻撃しなければ、襲ってこないはずでは?」

 

「何事にも、例外というものはある」

 

 ……まあ確かに。そういう事でもなければ、戦乙女もあそこまで念入りに「剣を抜くな」とは言わなかったろうけども。

 

「ですが、こういった事があまり続くと……。不死王の気には障らないのですか?」

 

 実際に通いなれているらしい彼女が今も無事な以上、そんな心配は杞憂なのだろうが。

 もはや不安というより、ひたすら気になるのはアンセルも同じなようで「あいつらから手ぇ出してきたって、全部お見通しなのか? そんなすごいヤバい王様なのか?」と聞いている。

 

 戦乙女は歩きながら言った。

 

「さあな。すべて把握しているのか、興味がないのか。あの男の考えは、私にも分からん」

 

「興味が……ない? 彼は不死者を統べる王ではないのですか?」

 

「王、か。……確かに、すべての上に立つ存在ではあるのだろうが」

 

 戦乙女いわく、彼が『不死王』と呼ばれるのは、ひとえにその強さのためなのだと言う。

 大抵の人間の王のように、血筋や権力策謀に特段優れていたためではない。ただひたすらに強かったから──他のすべての不死者達が自ずから頭を垂れ、彼の庇護を求めようとするほどに──絶対的な存在であるがゆえに、ついた名が『不死王』という事だ。

 

 つまり──

 今この城にいる不死者の大半は、自己の保身が目当てで勝手に住みついただけ。

 しっかり探せば中には忠義の者もいるだろうが。ろくな統率も取れていない辺り、不死王も内心、彼らの事はどうでもいいと思っているのではないか。……というのが戦乙女の考えだった。

 

「もっとも──。仮にあの男が本腰を入れて、不死者どもを統治する動きを見せていれば、神界も黙ってはいなかっただろうがな」

 

 戦乙女はそう言って話を終えた。

 ここの廊下をだいぶ進んだが、前方に、さっきまであれほどいた不死者達の姿が見えない。そろそろ玉座の間が近いのだろうか。

 

 アンセルがますますワケが分からなそうな顔になっている一方。

 セオドールが「ふーむ。まあ、大体は理解できましたが」と頷き、後方にちらとだけ意識をやった後、やや声を落としてついでに聞いてみると。

 

「あなたがさっき追い返してやった不死者のどれかが、万が一にも、不死王の腹心の部下だったという可能性は──」

 

「ないな。いずれ顔を上げて、玉座をよくよく見た事もない新参だ。あの男は存在すら認知していないのではないか」

 

 戦乙女は前を見たまま、きっぱり言い切った。

 どうしてそこまで断定できるのだろうか、とは疑問に思ったが。それ以上の質問はしなかった。

 

 廊下の終わり、すぐ前に、大きな扉があるのだ。

 扉は少し開いている。まるで訪問者を待ち受けていたかのようだ。

 

 思わず唾を飲む、後ろの二人。

 先頭の戦乙女はためらわず、玉座の間への扉に手を伸ばす。彼女の片手がそっと触れただけで、扉はいともたやすく開かれた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 戦乙女に続き、セオドールとアンセルの二人も部屋に入って数歩ほど歩いたところで、背後の扉が勝手に閉まった。……これもきっと、玉座に座っている彼の仕業なのだろう。

 

 圧倒的な存在感を放っている玉座の男は、不死者特有の肌の色をした、筋骨隆々の大男だ。

 玉座の手すりの片方に肘を預けて頬杖をつき、こちらの方をじっと見ている。

 

「……つまらんな、仲間連れか」

 

 反響して聞こえてくる不死王の声を受けつつ、戦乙女は物怖じせずに、前へ進んでいく。後ろを歩くセオドールも、背筋に悪寒を感じながら、努めて冷静に周囲を観察した。

 やたらと広い玉座の間だ。

 天井もとびきり高ければ、部屋の左右の端も遠く、玉座までの距離もやたら遠い。玉座の間というより、まるで訓練場のような空間だ。

 

「それで? 今日は何の用だ」

 

「少し聞きたい事がある」

 

 それに主の体格に相応しい、背の高い立派な玉座。その背面部では、いくつもの赤い幕が、天井部分から床にかけて、大きくゆったりと垂れ下がっている。

 ……玉座? 先ほどの戦乙女の言葉。玉座に一体、何があるというのだろうか。

 

「ふん。まさか、“聞きたい事”だとは。お前はこの私との関係性を、未だろくに理解できておらぬようだな」

 

「そういった理屈はいい。私が聞きたいのは──」

 

 セオドールが玉座の方に目を凝らそうとした時。

 前の戦乙女が足を止め、呟いた。

 

「……遅かったか」

 

 戦乙女の視線の先。不死王が座る玉座のすぐ下──前方右辺りの床には、何やら黒い煤が散らばっている。

 不死王が興味深そうに頬杖を外して、言った。

 

「ほう? そいつに用があったのか。それは残念だったな」

 

 ……つまり、あの煤こそが、自分達が追っていたグールの残骸らしい。

 そう言われてみれば確かに。黒い煤がある辺りに、何か浄化されていない穢れのようなものが、薄っすらと残っている……ような気がする。戦乙女もおそらく、この玉座の間全体を覆いつくしているであろう不死王の力のせいで、今までこの事に気づけなかったのだろう。

 

「それで、どうするのだ。レナス。用事はもう済んだ、などとは言ってくれるなよ」

 

「当たり前だろう。聞きたい事が増えただけだ」

 

 戦乙女の返答に、不死王は笑みを浮かべて立ち上がった。

 思わず一歩後ずさる、後ろの二人。

 不死王が段差を降りて、悠々と歩いてくる一方。戦乙女はなおも堂々と、不死王に聞いている。

 

「答えてもらおう、ブラムス。あれはお前の子飼いだったのか」

 

「そんなに気になるか?」

 

「人が一人死んでいる。危うく不死者になるところだった、というおまけ付きでだ」

 

 互いに向かい合う、戦乙女と不死王。

 今さら黒い煤の正体に気づいたアンセルが小声で、「え。もしかしてアレが? 嘘だろ、俺の仇討ちは……?」と動揺したので、隣のセオドールがすぐさま制止した。

 戦乙女の話を聞いた不死王が、こちらに目線を移したのだ。

 

 セオドールの息が止まる一方。

 不死王はしばらく二人を見た後、

 

「死にたくなければ、玉座の後ろに下がっていろ。お前達は邪魔だ」

 

 まったく予想外の事を言ってきた。

 どういう意図だ。何かの罠なのか。警戒するセオドールに、戦乙女までもが

 

「言う通りにしてやれ。言っておくが、何も手を出すなよ」

 

「しかし……!」

 

「いつもの事だ、案ずるな」

 

 戦乙女は不死王から目を離さず、セオドールに「アンセルを頼んだ」と言う。

 セオドールも結局は彼女の言葉を信じる事にして、「俺の仇の、仇討ちなんだな? 頑張ってくれよ、戦乙女!」と状況が少し分かってないアンセルを連れ、急いで玉座に向かった。

 

「相変わらず、仕事熱心な事よ。あれなどまさしく小童ではないか」

 

「今はな。それに彼には、真実を知る権利がある」

 

「ふっ。そして私は、身の程知らずに現実を叩きつける、あまりに強大すぎる敵というわけだ」

 

 二人の会話を背後に、階段を数段上がって、立派な玉座の裏に回り込み、

 

 

「あ」

 

 赤い幕の陰にうまい事隠れていた、ものすごく気になる物体というか──

 眠っている女性? ……をばっちり発見してしまったわけだが。

 

 

 今はそんな場合ではない。

 とりあえず退避完了の合図を戦乙女に出し、事態がこれ以上ややこしくならないよう、まだ後ろに気づいていないアンセルの注意を二人の方に向けさせた。

 

「──まあいい。レナス、話を聞きたいのだろう? ならば」 

 

 不死王は不敵に笑い、爪の尖った指先を鳴らす。

 戦乙女が身構え、剣の柄に手をかける。

 

「来い。この私を、楽しませてみろ」

 

 その言葉を合図に、戦乙女は瞬時に不死王に肉薄した。

 

 

 

 ……戦乙女と不死王。両者の凄まじい戦いは、なおも続いている。

 玉座の後ろに隠れているアンセルが、二人の動きをできるだけ見落とさないよう、さっきからずっと頑張って目を見開いている一方。隣のセオドールも、眼前の光景をただ、もはや何が何だか分からない思いで見守るばかりだ。

 

 戦乙女が、目にもとまらぬ速さで繰り出していく剣技の数々。

 それらをなんと、自らの爪で捌く不死王。時折繰り出される拳は、頑丈な床や壁や柱を砕くほどの破壊力だ。

 戦乙女の方も、紙一重でそれらを華麗に避けて、すかさず攻撃に転じている。

 それを双方ともに、床や壁や柱、果てには天井までもを足場にして、縦横無尽に動き回りつつ、やっているという……

 

 次元が違う、としか言いようがない戦いである。

 アンセルはもちろん、セオドールも二人の動きを全部は把握しきれていない。やや長めの打ち合いの時などは特にヤバい。ここまでくると、もはや何の参考にもならない。

 

 手出しするな、もなにもない。そもそも自分達に手出しできる隙がどこにもない。

 “不死王”の名に違わぬ、彼のとんでもない強さも大概おかしいが。その彼とここまで、体格差も感じさせないほどに対等に戦えている戦乙女は、一体なんなのだろうか。

 

 そりゃあ確かに。先導に立って英霊達を奮い立たせる姿は、十分見慣れていても。彼女自身が、対等以上の強敵と全力で戦うところを見るのは、セオドールもこれが初めてではあるが……

 

 通いなれているどころか、戦いなれしすぎだろう。

 彼女は本当に、ここに来るたび毎度毎度、こんな事をやっているのか。

 

 神にとって不倶戴天の敵である不死王を、今度こそ滅さんとするために?

 

 ……いや、おそらくそうではないだろう。

 なんとなくだが。これは、死闘というより──

 

 

 正直なところ、なによりも理解が追いつかないのは、両者(というより三者?)の関係性についてではあるが。

 

 ……もしかしたら、戦乙女が勝てるかもしれない。

 セオドールがそんな事を思い始めたのも、つかの間。

 

「いいぞ。血が煮え滾るこの感覚──。やはり戦いは、こうでなくてはな」

 

 そこら中を駆け巡っていた二人が、いったん距離をとって一息ついた。

 かと思うと、

 

「それでは、次にいくか」

 

 不死王が拳に魔力を込めると、床に叩きつけるように振り下ろした。

 地を這う衝撃波となって襲いかかる、魔力の塊。

 戦乙女は浄化の力を込めた剣を振って、衝撃波の勢いをそらした。

 

 それからすぐ近くの柱に向かって高く跳躍する。両足に続き、彼女の左手が柱に触れた途端──、突如としてそこから、水晶のような塊が突き出て生えた。

 戦乙女が扱う能力の一つ、『晶石』だ。

 

 柱に作った晶石を足場にして、衝撃波をやり過ごす戦乙女。

 その場に屈んだまま動かず、様子を窺うそぶりを見せる彼女に、

 

「どうした、来ないのか? この状況は以前にもあったな」

 

 不死王が鼻で笑いつつ言い、

 

「仕方あるまい。こっちから行ってやろう」

 

 拳を鳴らし、戦乙女に向かって跳躍したところ。

 

 寸前まで迫ったタイミングで、彼女が床めがけて瞬時に退避。──と同時に、晶石の陰から、なんと今度は槍がいきなり突き出してきた。

 これも戦乙女の能力、『物質化』だ。様子を窺っていると見せかけて、槍の生成をこっそり仕込んでいたらしい。

 

 不死王は慣性のまま、槍に突き刺される寸前だ。どうやったって避けられるはずがない。……のだが、

 

「ふんッ!」

 

 慣性より速い殴り払いである。

 矛先をそらされた槍が、最後の意地で爆発してみせたが、それも不死王にはあまり効いていない様子。爆風を利用して身を翻し、柱を蹴りつけると、戦乙女が直前まで立っていた床を拳で砕いた。

 

「全く同じ敗因を繰り返さなかった点だけは、進歩と言えるかも知れぬがな。さすがに芸がないのではないか、レナスよ」

 

 

 重ね重ね、“不死王”の名は伊達ではないという事か。今の爆発で負ったはずのわずかなやけども、すでにほとんど治っている。それどころか、信じられない事に──

 

 この玉座の間すべてが、先ほどからずっと、砕かれたそばから修復され続けているのだ。

 これだけ派手に暴れているのに、部屋の中は最初とさほど変わらぬ景観を保ったまま。こちらの方にも、城の主の力が働いているのだろう。

 

 

 ……この勝負、やはり戦乙女に勝ち目はないのではないだろうか。

 薄々そう察しつつも、セオドールが大人しく見守る一方。両者は再び、剣と拳による近接戦闘を繰り広げている。

 

 いくつかの打ち合いの後、不死王の拳を避け、距離をとる戦乙女。

 剣を持っていない左手に力を込め、何かを生成しようとしたものの、

 

「二度も情けはやらんぞ」

 

 すぐ不死王に間合いを詰められてしまった。

 諦めて打ち合いに戻り、またしばらくして、不死王から距離をとる。

 また何かを生成しようとして、またすぐに距離を詰められる。

 

 今度は大きく距離をとって、着地と同時にその場にしゃがみ込む。不死王の追撃を避けつつ、部屋中を駆け回り……

 不死王はその追いかけっこに、仕方なく付き合っている様子。

 

「それは確か……前々回の敗因だったか?」

 

 彼には彼女の狙いが今度も丸わかりというか……。実際に、四方八方からいきなり槍が湧いてきても、なんという事もなかった過去があるらしい。

 

 それでも諦めずに、何度も似た事を繰り返した後。

 不死王が放った衝撃波を避けた戦乙女は、今度は距離をとらずに向かっていった。

 

「仕込みは済んだのか。ご苦労な事だな」

 

 彼女が剣を振る直前に、案の定、いきなり出現した槍が背後から不死王に襲いかかったが。

 不死王はたやすく、魔力を込めた裏拳で薙ぎ払った。

 同時に戦乙女の剣も防いだし、ついでに、追加で何か生成しようとしていた彼女の動きも阻止した。

 

 そしてまた、剣と拳の打ち合いの再開である。

 

「努力は認めよう。物質化の精度も上がってはいる。しかし……、こうも同じ手口ばかりではな」

 

 この打ち合いの最中にも、戦乙女は何度も物質化を試みようとはしている。

 右手で剣を操りつつ、左手にも意識を集中させる。そこら辺の人間や不死者が相手なら、彼女にとっては苦もない事なのだろう。……だが、いかんせん、相手が悪すぎる。

 

 途方もない魔力に、再生能力を持つ不死王。

 打ち合いだけは互角にできても、決定的に彼を追いつめる術が、彼女にはないのだ。

 

「残りの槍は何本だ。ここまで、目新しい策は何もないぞ」

 

 打ち合いの合間にも時折、仕込んでいた槍が発動しているが。どれも不死王には効いていない。

 

 また一本の槍が空振りに終わった後。いよいよやけっぱちになったか。戦乙女は不死王の足元めがけて、晶石の光を放った。

 不死王のいる床から晶石が生え、彼の足を拘束……などできるわけもなく、

 

「これは……、いつの敗因だ? 久しく記憶にはないが」

 

 避ける事もしなかった不死王は、なんなく足を動かして晶石を砕いた。

 砕かれた晶石の破片が、辺りにきらきらと舞い上がる。

 

 ……そりゃそうだろう。あの晶石で動きを完全に封じる事ができるのは、雑魚に限った話である。不死王なんかに効くわけがない。

 呆れるより困惑の表情を見せる不死王に、ずっと黙っていた戦乙女が

 

 

「……。ブラムスよ。私が前回、いつここに来たと思っている。目新しい策だと? ふざけるな」

 

 

 まさかの開き直り、というか逆切れである。

 色んな意味で驚きを隠せないセオドールをよそに、

 

「今回は何も思い浮かばなかった、というのだな」

 

「……」

 

「そうか。なるほど確かに、私がお前に期待しすぎたのかもしれんな」

 

 無言で構え直す戦乙女に、不死王も指先をこきりと鳴らし、

 

「では、そろそろ終わりにするとしよう。まあまあ楽しめたぞ、レナス」

 

 言うが早いか、まっすぐ向かっていく不死王。

 対する戦乙女は、不死王になんと、晶石の光をぶつけまくった。

 

 やけくそにも程がある連射っぷりである。当然ながら、一つとして何の足止めにもならず、当たって結晶になったそばから次々と砕かれ、粉々になっていく。

 

 きらきらと舞い上がる、大量の晶石の破片。

 あまりに多すぎるそれは、にわかに不死王の視界を覆い隠すほどであったが、

 

「はっ! かく乱のつもりか?」

 

 空気の動きを読み取ったか。不死王は迷わず、戦乙女が移動した方へ向かう。

 

 体勢を低くして、何かしようとしていた戦乙女は、またしても不死王の攻撃から間一髪のところで逃れた。……のだが

 しゃがんだままの体勢で反撃しつつ横に飛びのいたため、瞬時に次の行動に移れなかったらしい。

 

 

 ──大量の晶石の破片が、薄れて消えていく。

 

 合間を縫って、二本の槍が不死王に向かう。

 どちらも当たらない。

 体勢を整える時間稼ぎにもならない。

 

 不死王はすでに、戦乙女の目前だ。

 今にも彼女に拳を振り上げようとする彼の姿が、セオドールには、()()()()()()()()()

 

 そして──

 

 

「──!」

 

 不死王が、振り上げかけた拳をぴたりと止めた。

 このまま攻撃すれば戦乙女の背後が、──()()()()()()()()()()気づいたようだ。

 

 同時に床から突如として槍が生成され、不死王の足を、甲から大腿部まで一気に貫いた。

 

「お──」

 

 すかさず戦乙女が、手に力を込め、至近距離から不死王の顔面に向ける。……隙が多い物質化はやめて、もう直接エネルギーの塊をぶちかます事にしたらしい。

 

「か……っ」

 

 今度は見事命中した。発生した小爆発で、不死王の顔面が見えなくなる中。

 

 戦乙女はすでに、とどめの追撃にかかろうとしている。

 浄化の力を剣に宿し、槍で足を封じられている不死王に、即座に斬りかかっ──

 

「おおッ!」

 

 彼女の渾身の一撃は、かわされた。

 不死王はわずか一瞬で、槍が深く刺さった自分の足を、力ずくで引きちぎったのである。

 

「──っ!」

 

 最小限の動きで戦乙女の剣を避けた不死王は、すでに彼女の左側面に回り込んでいる。

 

 迫る拳。回避は間に合わない。

 戦乙女はとっさに、左腕の籠手で攻撃を受け止めた。

 

 

 がきん、という金属音。同時に、何か鈍い音も聞こえた気がした。

 不死王が振り切った拳の威力は、それだけではとどまらない。

 戦乙女は体ごと吹き飛ばされ、勢いよく柱に激突した。

 

 

 欠けた顔面も使い物にならない片足も、ものともせず、不死王は即座に戦乙女を追いかける。

 

「戦乙女! おいくそっ」

 

 隣のアンセルが我を忘れて飛び出そうとしたので、事前に頼まれていた通りに、セオドールが力ずくで引き止めた。

 

 ……セオドール自身、思うところがないわけではないが。

 まあこれも確かに、アンセル君のためではある。彼女が“最後まで見学していなさい”と指示を出した以上は、自分もやはりそれに従った行動をとるべきなのだろう。

 

「親父さんっ、なんで……!」

 

「落ち着きなさいアンセル君。彼は、戦乙女の命まで取りはしないよ」

 

 勝負の決着がついたようだ。

 柱を背につけたままの戦乙女。その左腕は力なく垂れ下がり、右手は不死王に掴まれている。剣はもう持っていなかった。

 

 不死王はもう片方の手で、彼女の鼻先ぎりぎりに爪を突きつけつつ、

 

「発想は悪くない。が、詰めが甘いな」

 

 と背中から剣先が突き出たままの状態で言う。

 戦乙女は不死王を見上げつつ、口を開いた。

 

「……降参だ」

 

 声に悔しさがありありと表れている。

 彼女が言ったと同時に、それまで不死王の背後の空中で静止していた槍が、からんと音を立てて床に落ちた。

 

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