戦乙女が負けを認めた直後。
不死王はあっさりと、掴んでいた彼女の手を離した。
どころか、自分の腹を突き破っている剣を自分で引き抜いて、彼女に返そうとまでしている。
自ら引きちぎった片足からは、骨が見えている状態。爆発をぶちかまされた顔面は、なんというか……さらにひどい事になっているわけだが。本人は気にも留めていない。
不死の王としての再生能力を存分に発揮しつつ、
「しかし最後のこれは感心せんな。一度退いて、形勢を立て直す事もできたろうに」
と手元の剣を指して、戦乙女に指摘までする余裕ぶりである。
「急場で刺し違えでも思いついたか。根底に自身の損傷を軽く捉える向きがある、というのは……、少々いかがなものかと思うが」
負けた事自体の悔しさももちろんあるだろうが。戦乙女もきっと、顔が半分くらい行方不明な奴にだけはそんな事、言われたくなかったに違いない。
柱を背後に、返された剣を手に持った彼女は、退避していた玉座の後ろから降りてくるセオドールとアンセルの二人にも、ちらと目をやった後。
苛立ちを隠しきれない様子で、不死王に聞いたが、
「それで? 勝手に消し飛ばしてくれた、グールの話は」
「ああ、大して言える事はないぞ。目についた塵をはらっただけの事よ」
これまたあっさりと言ってのけた後、普通に玉座に戻っていく不死王である。
その言いようからすると、つまり──
なんか城に来たから、倒しておいただけ。別に手下でもなんでもない、まったく知らないやつであると。
その言い分が信じられるかはともかく。こんな情報のために、戦乙女は不死王と凄まじい戦いを繰り広げたらしい。……セオドールが思うに正直、背を向けている彼に斬りかかってもおかしくない心境ではあるだろうが。
さすがに戦乙女は冷静だ。
「……。話はそれだけか」
「それだけ、とは?」
「庇護を求めてやって来た者に対する仕打ちがそれか、と聞いている。唾棄に値する不死者ですら構わず受け入れる、普段の不死王からは考えられぬ行動だ」
彼女の疑問に、不死王は歩きつつ「何を勘違いしているのか知らんが」とせせら笑って言った。
「ここは哀れな弱者を匿う教会ではないぞ。言葉を持たず暴れまわるだけの獣に、辛抱強く、礼儀を教えてやるべきだったとでも説教する気か」
「……。そのグールに、知性はまるで感じられなかったというのか」
「ああそうだ。ついでに教えてやろう、気に食わん匂いもしていたな。あれは冥府の匂いだ」
戦乙女は「冥界の? ……やはりそうか」と何やら考えている。どうやら彼女も、オルーウェン要塞の方にあったグールの死骸を見た時点で、薄々そう感じてはいたらしい。……その割には、彼女の方も、不死王と一戦交える事にあまり消極的ではなかったような気もするが。
玉座の裏にあったのは、巨大な水晶と、その中で眠る謎の女性だ。おそらくあれが両者の因縁に、何か関係しているのだろうが……。
セオドールが改めて、ついさっきまでいた玉座の裏の方に気をとられる一方、
「どこぞの人間に召喚されたか。おおかた、御しきれずに暴走して逃げられたと、まあそんなところだろう」
不死王はそう言って、再び玉座に腰を落ち着けた。
すでに足は完全に再生されている。顔の方は多少治りが遅いものの、その両目はしっかりと戦乙女をとらえている。
「用は済んだか? レナス」
ならとっとと帰れ、と見るからに言いたそうな様子である。
問われた戦乙女は、いったん物言いたげに口を結んだ後、
「さっき私に攻撃するのを、やめた理由は?」
「分かりきった事を。あれに何かがあったら、私が不利益を被るからだ」
さらにものすごく納得できていない顔つきになった。
彼女が口を開きかけたところで、
「今度は“もっと納得のいく説明をしろ”か? ──ふん。神が不死者に教えを乞うなど、笑止千万。先ほどまでの会話は、あくまで私の気が向いたからにすぎんのだぞ」
と不死王に言われてしまった。
「我らの間に必要なのは、“話”ではない。気が済むまでひたすら話をしたいと言うのなら、次こそ力ずくで私を従わせる事だな」
戦乙女はしばらく、無言で不死王を睨みつけた後。
諦めたように息をつき、
「帰るぞ」
セオドールとアンセルの二人に言って、玉座に背を向ける。
話のなりゆきに戸惑う二人も、「結局……どういう事なんだ?」「さあね。私にもなにがなんだか」とは小声で話しつつ、大人しく彼女のあとに続いた。
とは言っても……
先頭を歩く戦乙女の足取りは、城に来た時に比べてやや遅い。不死王の拳をまともに受けた左腕も、先ほどからずっと不自然に下に向いたままだ。
「なあ、大丈夫なのかよ。手当てくらい、ちゃんとした方がいいって」
「……大事はない。じきに夜が明ける。それまでにはここを出たい」
アンセルが素直に心配する声が、玉座の間全体に響き渡る一方。
戦乙女はそんな事を言いつつ、歩き続けて……玉座の間の外への扉がだいぶ近づいた辺りで、一度足を止めた。
それから玉座の方を振り返ると、これまた不死王に届くほどのはっきりした声で、こんな事を言い放った。
「今度は退いてやる。だが覚えていろ。貴様の命は、永遠ではない。そうしていつまでも惰眠を貪っていられるとは、ゆめゆめ思うな」
「よくさえずるものよ。お前達の主神オーディンはいつ、その気になるというのだ。──それともまさか、ヴァルキュリアよ。お前自身がこの私に、ありがたく引導を渡すとでも言う気か?」
ある意味お決まりのやり取りらしい。不死王も威厳めかして応えたのだが。
戦乙女が不死王の方にぴしっと剣を向けて、堂々と宣言したのは──
「そのヴァルキュリアごときを盾にする臆病者など、私が恐れるものか! 首を洗って待っていろ、不死の王よ! 次に相まみえる時こそ、貴様の最期だ!」
「ほう。ではその決着の時とやらを、楽しみに待つとしよう。──むろん、お前の妹と一緒にな」
「その言葉、覚えたぞ。我が妹シルメリアの精神──、貴様の屍と引き換えに、今度こそ、必ずや取り戻してくれる」
色々とわけありすぎる、両者のやり取りである。
……妹? 戦乙女の? ……なるほど。それはどうりで、身につけている戦鎧ばかりか、顔立ちまでもがなんとなく似ているはずだ。いやしかし、待てよ……?
妙に納得がいったような、なおさら意味が分からなくなってきたような。
セオドールが困惑し、最後まで玉座の後ろに気づかなかったアンセルが「マジかよ。そんなひどいやつだったのか、あのふしおう」と素直に小声で驚く一方。
戦乙女はすでに大きすぎる扉の目の前に立ち、
「二人とも、開けてくれ」
とセオドールにちらと視線を送りつつ言ってくる。
……扉の内側で待機しろ、か。
意図を理解したセオドールは考えるのを止め、「あ。わりい、気づかなかった」とこれまた素直に動いたアンセルに続いた。
二人がかりで、扉の片方を引いて開けた後。セオドールはさりげなくアンセルの動きを邪魔して、彼が戦乙女のすぐ後ろを追いかけないようにしたのである。
扉の外へ向かう戦乙女の足取りは、さっき以上に頼りなさげだ。
左腕をだらんと下げた、いかにも不死王に痛めつけられたばかりという有様で、廊下へと足を踏み出し──
「──死ねえっ!」
という声の直後に、
「馬鹿なァァァッ!」
という断末魔が、さっき彼女が追い返してやったのと同じ、ちょうど三体分。
それらをかき消すほど大きな破壊音が、扉一枚を隔ててばっちりと聞こえてきた。
「おあっ!? なんだなんだ!?」
いいように利用されたアンセル君は、少し気の毒ではあるが。彼の純粋な心配が、奴らの油断を最大限に煽った事はまあ確かだろう。
きれいに雑事が片付いたであろう後。
アンセルを伴って玉座の間を出たセオドールは、
「これまたなんというか……、見事な夜空ですね」
と廊下の天井にできたばかりの大きな穴を見上げた。
星の輝きはだいぶ薄くなってきているが。明け方にはまだ少し時間がありそうだ。
「ちょうどいい。ここから出るか」
そんな事を言っている戦乙女は、とてもしっかりした立ち振る舞いである。
肉体の負傷もまだそのままなのに。何かさっきまでと比べて、不快感が薄れている声色なのは気のせいだろうか。
なお、明らかに見えているところで城を破壊された不死王は、もはやまったくの無反応だ。これもまあまあ予想内の出来事だったらしい。
もしかして八つ当たり用に残しておいたのでは。
……などという疑惑すら、密かにセオドールが向ける一方。戦乙女は二人を連れて、自分が派手に開けた穴が修復される前に、不死王ブラムスの居城から飛び去った。
☆☆☆
不死王の居城を出た戦乙女は、いったんオルーウェン要塞に戻った。しかし──
セオドールとアンセルは知らなかったが。戦乙女がここでアンセルの魂を救ってから、また戻ってくるまで、少なくとも丸一日以上は経っていたらしい。
すぐ近くの森でグールが暴れたばかりなだけあって、見回りの兵は多少増えているようだが。ややぴりついた要塞の中を窺ってみても、あの肉塊となっていたグールの遺骸もアンセルの亡骸も、どこにも見当たらない。どころか辺りに残っていた禍々しい穢れも、すでにあらかた消えている。
人間の魔術師がしかるべき処置をして、さらには埋葬もすでに終えた後だったのだ。
アンセルに聞かれたついでに、要塞の周辺もちらと見てみたが。彼の親友の姿を見つける事もできなかった。おそらく今頃はトゥルク村へ帰っている途中だろう。
うっすらと明けていく空の下。
戦乙女は結局、これ以上ここにいても仕方ないと、オルーウェン要塞からも飛び去ったのだった。
☆☆☆
トゥルク村、村はずれの森の辺り。時刻はすでに立派な朝だ。
戦乙女はここでも自身の実体化をせずに、その場所へと降り立った。
続いてセオドールとアンセルの二人も、霊体の状態で外に出してやった。
「今日はここで休もう。自由にしていいが、あの村より遠くには行くなよ」
「あれ? 戦乙女、その腕……?」
「問題があるように見えるか?」
「いや、問題っていうか逆に……」
ごく自然に左手を動かせている戦乙女に、アンセルは困惑した様子。
とりあえずは「あっそうか、神さまだもんな。回復魔法とかも使えるんだな」という事で納得したらしい。
「まあ元気ならいいや。でもこんなトコで休むってマジか? 狭くて汚くてもいいなら、俺んちとかあるけど」
「遠慮しておく。お前の家は、何かと気が休まらなさそうだからな」
戦乙女の含みある言い方は、彼にはいまいち伝わらなかったらしい。特に動揺する事もなく「じゃあ仕方ねえか」と納得すると、
「私はまだ用事があるからね。気にせず行ってていいよ」
そう言ったセオドールと戦乙女の二人に「お疲れっす」と挨拶して、さっそく村の方に駆け足で去っていった。
そのアンセルの後ろ姿を、見送った後。
戦乙女が見慣れた武装を解き、私服に装いを変えると、近くの木に背を預けて座った。
その様子を見て、さっそく物申すセオドールである。
「何か深い事情があるのは分かりますが。いつもあんな事をなさっているのですか。それは私も、さすがにどうかと」
「……勘弁してくれ。お前まで私に説教か」
アンセルは誤解していたが、戦乙女は自身に回復魔法を使ってはいない。
少々ややこしい話だが──
今の彼女は霊体の状態、つまり肉体がない状態なのだ。
一方で不死王の攻撃を食らったあの時は、彼女が自身の肉体を、一時的に実体化していた状態だった。
その状態で、肉体が傷を負った場合。受けた物理的なダメージは理論上、その一時的な肉体にすべて肩代わりされ、精神や魂には──つまり実質的な本体に影響を及ぼす事はない。人間界で普通に生きている人間達とは違って、回復魔法を使わなくても、肉体の実体化を解除さえしてしまえば一瞬で元気な姿に戻れるという……、理論上は非常に便利な仕組みになっているのだ。
しかし、
「それに今のごまかしも、いかがなものかと。アンセル君が変な誤解をしたまま、あなたの真似をしたらどうするんです」
それはあくまで理論上の話である。
実際には一時的な肉体だろうと、その間の痛覚はそこらの人間と同じようにある時点で、多少なりとも精神にも影響はある。つまり回復魔法の価値ももちろんある。戦乙女が定期的に自分達英霊に休息をくれるのも、大体はこれが理由だ。
そのうえ肩代わりできるのはあくまで、物理的なダメージだけ。あの不死王の魔力が込められた攻撃を受けたともなれば、肉体の実体化を解除したところで……。
まあ今度の戦乙女の場合は、六級神ならではの頑丈さという事なのか、それとも不死王が手加減してくれたおかげか。そこまでの大事には至らなかったようだが。
どうせ一時的な器にすぎないのだから。不死王にぼこられるくらいは別に。
そんな前提で、自分達のような英霊があんな無茶な戦いに挑もうものなら……。
いつもなら他ならぬ戦乙女自身が、「命を粗末にするな」と説教する案件である。
そりゃセオドールだって差し出がましいとは思いつつも、七年来付き従った主に向かって初めての小言の一つや二つくらい、言いたくもなるだろう。
「……。それは確かに、私の落ち度だが。そんな話は後でいいだろう」
戦乙女も今のアンセルの件に関しては、セオドールの言う通りだと思ったらしい。
素直に間違いは認めたがしかし、話題逸らしとしか思えない言いようだったので、
「そんな話よりも、大事な話が? それはどうでしょうね……」
「そのアンセルの今後についてだ。お前の意見を聞きたい」
戦乙女はセオドールの方を見上げて、そんな事を言ってくる。本当に大事な話があったらしい。
……多少の納得いかなさは残るが。実際のところお疲れの我が主に、これ以上の小言を長々と述べるのも、セオドールの望むところではない。
「仕方ありませんね」
と気持ちをとっとと切り替え、戦乙女の質問に答えた。
「実戦を見たわけではないので、多くは分かりませんが。少なくとも城の廊下で不死者をけしかけられた時、即座に反応する事はできていました。命令は従うもの、という意識もちゃんとあるようです」
どうして戦乙女は不死王の城に乗り込む際、剣を抜くなと命令してまで、自分達をわざわざ連れ歩いたのか。今のセオドールにはある程度理解ができている。
ついでにアンセルの能力を把握しておく。さらには不死王と戦うついでに、教育の場にも活用してやろうという……。さんざん行き慣れているらしい彼女じゃないと出てこない発想だ。
「精神面は、根性と度胸がありますね。度胸はありすぎるくらいだ。欠点は経験がなさすぎるのと、……少々素朴すぎるというか、勘が鈍い気がします。もっともこれも経験次第で、ある程度の改善は可能でしょうが」
間違ってもこのまま神界に送ってはいけないが、見込みはなくもない。というのがセオドールの見解だ。
しかし聞き終わった戦乙女の反応は、
「そんなところだろうな。それで?」
「……それで、とは?」
「彼をエインフェリアとして迎え入れるか。それとも、人として転生させてやるべきか。お前はどちらがいい? セオドール」
予想外の質問だ。
若干戸惑いつつ、これにも正直に答えた。
「それは……私じゃなくて、本人に聞く事でしょう」
とは言ったものの。彼の答えは、まあ聞かなくても分かるだろう。
まっすぐすぎる、あの性格。存在の消滅に怖気づいて、転生を選ぶようには到底思えない青年である。
だからこそ戦乙女も、自分にこのような事を確認しているのだろうが……
「そもそも、すでにアンセル君は十分その気ですよ。今さら危ないからやめておけ、だなんて……、私を嫌な近所のおじさんにさせるつもりですか」
こうなった以上は仕方ない。せめて無鉄砲な彼が、己より強い敵の群れにつっこんで戦死しないよう、自分もできうる限りの面倒をみてあげなくては。といった心境である。
一方の戦乙女は、
「そうか。ならば後で本人にも聞いてみよう。……長い付き合いになりそうだな」
意外にも、今のセオドールの返事によって本当に心を決めた様子。
てっきりオルーウェン要塞から連れ出した時点で、すでにアンセルをエインフェリアとして迎え入れていたものだとばかり思っていたが。
転生させる事も考えていたにしては……、丸腰の彼に剣まで与えたり、いくらなんでも面倒見がよすぎではないだろうか。
そんなセオドールの疑問が、戦乙女にも伝わったらしい。
「お前は確かあの時、アンセルの相手をしていたのだったか」
と思い出したように言った後、こんな事を聞いてきた。
「要塞にあったグールの死骸。あれを肉塊にしたのは、誰だと思う」
「あそこで何か調べていた、あの魔術師では? ただの人間にはまず倒せない相手ですが、彼なら対処法を──」
そして戦乙女はセオドールに、信じられない結論を言ったのだ。
「あの者ではない。やったのはアンセルだ」
戦乙女が要塞にいた人間達の会話を盗み聞きしたり、遺体の様子を見たりして、推察したところによると──
魔術師がもう一体のグールが逃げるのを見て、現場に駆けつけた時にはすでに、あのグールは死んでいた。剣で滅多刺しにしたような痕跡。両者の遺体の状況から考えても、倒したのは本人の主張通り、アンセルで間違いない。
周囲に色濃く残る穢れは、グールの肉塊だけでなく、アンセルの遺体からも強く発せられていた。穢れをその身に取り入れた事で、一時的な能力強化を得たのだろう。だから彼本来の実力では敵わないグールを倒せた。限界を超えた力に肉体が耐えられず、彼の死の要因ともなった。
一体なぜ彼は、そのような状態になったのか。
アンセルが自ら、穢れを取り入れた?
魔術の心得がない者でも、不死者の血と肉を大量に摂取すれば、可能ではある。しかしそのような行為は本人に明確な意思でもない限り、到底無理だ。当然そのような事をした記憶も、当人にはない様子。懸命に戦う内に無意識化でやったというのは……おそらく可能性は低いと考えていいだろう。
そうなると考えられるのは、残りの可能性だ。
アンセル自身の意思で、穢れを取り入れたのでなければ──
「他のやつが、勝手に? ……なんて事だ。アンセル君は、そんな理不尽な殺され方をしたって言うんですか」
「本人に心当たりは全くないようだからな。仔細を突き止める事はできなかったが……。何らかの悪意に巻き込まれた、そう考えるのが自然だろう」
アンセルは、ただグールに襲われて死んだわけではなかった。あの一件には根本に、魂を冒とくする何者かの暗躍があったのだ。
だから戦乙女もあの時、とっくに遠くへ逃げただろう、もう一体のグールの行方を追ったのか。
色々な事が、セオドールにもようやく分かった一方、
「あなたが追い、不死王に消し炭にされたグールは結局、知性の欠片もないようなやつだった。下手人は別にいるが、それを知るすべは我々にはもうない──」
改めて口に出して整理してみると、なんとも納得いかない結末だ。
セオドールがそう思っていると。
「そうだな。あとは……あの要塞にいた人間達が気になる事を言っていた、くらいか」
戦乙女が言った。
「気になる事、ですか?」
「そういう事をしそうな輩に、どうも心当たりがあるらしい。彼らの論調では──、あの要塞に現国王の目が向けられると、彼らの政敵にとって非常な有利になる、と」
「つまりアンセル君は……、アルトリアの政争に、運悪く巻き込まれただけだと?」
「彼らの説を信じるのなら、そうなるな。あのグール達が冥界より召喚された事と併せても、辻褄は合う」
オルーウェン要塞にいる人間達とは敵対関係にある人間が、あのグール達を召喚した。さらには偶然近くに居たアンセルにも外法をかけて、両者を派手に殺し合わせた──。
完全な特定まではできなくても、ある程度の答えは人間が出していたという事か。
その割には今の戦乙女の言い方が、少し引っかかるような気もするが。
「他にもまだ何かあるのですか?」
「いや。残念ながら、私に分かるのはここまでだ」
と戦乙女は仕方なさそうに言う。
「どのみち彼らの予想が当たっていたならば、早晩そいつの正体も判明するだろう。それまでアンセルにはこの事、黙っていようと思うのだが」
「それは……。そうですね。私もそれがいいかと」
アンセルに関する一連の話は、これで終わりのようだ。
戦乙女は長く息をつき、
「嫌な兆しだ。今年はアルトリアが乱れるな」
と物憂げに呟いた後。
「少し休む。お前も明日まで自由にしていいぞ」
「……あの、ですが戦乙女」
「ああ、説教の続きがまだだったな。私を反面教師にしろと、お前から言っておいてくれ」
一方的にそう言うと、そのまま目を閉じてしまった。
やたら寝入りが早い以外、普段の休息と変わりない。敵の気配でも近くにあれば、すぐに目を覚ませるようにしている様子だ。
正直セオドールが言いたかったのは説教の続きではなく、「今は女性の英霊もいないのだから、こんな時くらいは神界に戻って、ゆっくりお休みになったらどうですか」だったのだが。
そもそもの原因が、神界とは休戦中であるはずの不死王と一戦を交えた事だったのもすぐ思い出したので、(今は戻りたくないのだろうな)という事で納得した。
不死王の城での出来事。
普段の冷静沈着な彼女からは想像がつかない、あの大人げない……いや、感情をはっきり表に出した言動の数々。眠る本人を前にして、(戦乙女にもご家族がいたのだな)とセオドールはしみじみ思うばかりである。
……戦乙女が起きたら、不死王との因縁について聞いてみるとするか。この様子だと、あまり教えてくれない気もするが。
それはともかく。
当然ながらセオドールには、こういう状態の主を放置して我が家に帰るという選択肢はない。
何かあれば自分がすぐに対応できるように、戦乙女の近くで、ひたすら自由時間を過ごす事に決めた。
しかしひとりで過ごし始めていくらかも経たないうちに、アンセルがやって来た。
村に帰ったはいいものの、やっぱり誰とも話ができないし村の仕事も手伝えないしで、「なんか落ち着かないから」戻ってきたのだと言う。
「えっと……。戦乙女で、いいんだよな?」
木の下で眠る女性が戦乙女だと理解するまで、彼の中で少々時間がかかったらしい。
少ししか顔が隠れてない羽根兜を含めた、武装一式を解いただけなのに。
……これはなかなかに、教育のし甲斐がありそうだ。
セオドールはさっそくアンセルを連れて、戦乙女の休息の邪魔にならないくらい、しかし何事かにはすぐ気づけるくらい離れた場所に移動したのである。
まずは君が自分の命と引き換えに倒したという、あのグールの事。
倒せたのは本当のようだけど、それは決して君の実力が優れていたためではない。実はその時のそいつが、君のような駆け出しの傭兵にも倒せるくらいに弱っていた等、色んな偶然が重なっただけだ。本来なら無駄死にで終わっていた。
よって、いざとなったら火事場の馬鹿力が出せるなどとは、決して思わない事。
地道な修練で強くなる事ももちろん大事だが、今の自分の実力と相手のそれとを見極められるようになる事も、同じくらい大切な事だ。
敵わない相手に勇気だけで立ち向かうより、逃げを選ぶ方が正しい場合も多くある。
それと戦乙女の怪我がすぐ治ったように見えたのは、回復魔法のおかげではなく……彼女が神様だからである。
我々のような元人間が同じような攻撃を受けた場合、回復魔法を使ったところでとてもこんなものでは済まないので、くれぐれも、決して無茶な戦いはしないように。
ところどころ嘘や方便を交えつつ、なるべく分かりやすい言い方で、エインフェリアとしての心構えを一通り説いた後。
次は実技の時間だ。
残りの自由時間をたっぷり使って、やる気十分なアンセルと一緒に、基本的な剣の扱い方からおさらいしていった。
★★★
時は少し戻る。
オルーウェン要塞、すぐ外の野営地。
かがり火の近くでは酒の入った傭兵達が、今日もやたらと賑やかに騒いでいる。
さほど遠くない場所で、ウィルフレドはひとり、なおも茫然と座り続けていた。
剣や胸当てなどの装備は昼間からずっと、今も全部身につけたまま。目の前にあるたき火は誰がおこしてくれたのか、それもはっきりしない。
もしかしたら自分でおこしたのだろうか。そうだったかもしれない。
そうだ。動物は火を恐れるものだ。なら、あの化け物だって。
違う。そうじゃない。あの化け物ってなんだ。そんなものは知らない。
これは夢だ。全部悪い夢なんだ。
俺があんな事、するわけないんだ。
目が覚めたらきっと、俺達はこれから魔物の生き残りをあの森に探しに行く前で、アンセルだってきっと、何事もなかったように……
目の前には金がぎっしりと詰まった、アンセルの分の報酬袋だってあるのに。
頭の中で必死に考え続けるのは、そんな事ばかりだ。
けれど同時に、頭に焼きついて離れない光景もある。
自分に助けを求めながら地面をのたうつ、血まみれのアンセルの姿。最後にはぴくりとも動かなくなって、自分の手には確かに、親友をそんな状態にした、あの忌々しい羽根があって……
これは現実じゃないと自分に言い聞かせる。
茫然とたき火を見続け、時折思い出してしまった光景に耐え切れず頭を抱える。
そんな事を何度繰り返しただろうか。
そうやってウィルフレドがまた、青ざめた顔で頭を抱えていた時。
かがり火の方から、一人の傭兵がやってきた。
「おいなあ、残念だったなぼうず。友達、死んじまったんだって?」
もみ手で話しかけてくる男からは、死者を悼む気持ちなど少しも感じられない。
周りの奴らも下卑た笑いをしながら、「お前マジにクズだな」などと言っている。
「やめとけって。そいつはあの死神隊長のお気に入りだぞ」
「死んだぼうずもな。てか、気に入られてたのはむしろあっちの方だろ」
もみ手の男が何か言い返している。
周りの奴らもげらげらと何かを言っている。
「だから平気だって? お前マジ頭あれだな」
「確かに、さすが死神隊長。見る目ハンパねえー」
なんだこいつら。つくづく嫌な夢だ。
アンセルは死んでなんかいないのに。なんでそんな事を言うんだ。
ぼんやりと聞き流すウィルフレドの様子を見て、もみ手の男はますます気色悪い猫なで声を出した。
「な、少しくらいはいいだろ。俺、今回はちょっと稼ぎが悪くてさ──」
アンセルが遺した報酬袋を、目の前で今、男が持ちあげていく。
ウィルフレドはその瞬間、何も考えずに自分のナイフを抜いた。
「あ……? あ、ああ、ひああぁぁ!」
間抜けな悲鳴をあげる男。視界の端に何かが落ちる。男の小指だ。
そんなものには目もくれず、男が取り落したアンセルの報酬袋をすぐに拾い上げ、ウィルフレドは叫びわめいた。
「なんで、アンセルだったんだッ! なんでアンセルじゃなきゃいけなかったんだ!」
仲間の傭兵が怪我をしたのに。
周りの奴らは「ほらみろ」「自業自得だ、このバカ」とまだ笑っている。
ウィルフレドが持っているナイフには、男の汚い血がついている。
いびつな高揚感に身を任せるまま、ウィルフレドは泣きはらした目で、腹の底から叫び続け、
「お前が死ねばよかったのに! お前がアンセルの代わりに、犠牲になっちまえばよかったのに! ……この腰抜け、ゴミ野郎! 地獄に堕ちろ! ……お前なんか、お前なんか……!」
途中で声を詰まらせる。
なんでこいつら、こんな目で俺を見てくるんだ。
俺はなんで、何をそんなに怒ってるんだ?
ナイフに血がついてる。人間の血。アンセルが流したのと同じ──
ああそうか。これは全部現実なんだ。夢なんかじゃない。俺はアンセルを
「うわあああぁぁぁぁ!」
それからウィルフレドは叫び声をあげながら、その場から逃げ出した。
「おいぼうずぅー、野犬に食われるぞーって……ダメだなありゃ」
「しっかり金持っていきやがった。置いてきゃいいものを」
「いたい、いたい、死んじまうよお」
「死なねえよばーか。ほらこっち来い、手当てしてやっから」
気が触れたように夜の森へと走り去っていく彼を、追いかける者は誰もいない。
皆、何事もなかったかのようにまた酒を飲んで騒ぎ過ごした。