涼宮ハルヒの存亡   作:はらはらまっさー

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涼宮ハルヒシリーズの世界をベースに、「もしもキョンが“世界の終わり”を防ぐために、とんでもない要求をされていたら?」という妄想から始まった話です。

原作の空気感・ノリはできるだけ再現しつつ、オリジナル展開に突っ込んでいきます。

初投稿ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです!



第1章 嘘

プロローグ

 

5月にしては、というか5月とは思えないほどに暑い。

毎朝通っているこの坂道が、今日はいつにも増して殺意に満ちているように感じる。

ブレザーの襟が首に貼りついて鬱陶しいったらない。衣替え? まだだ。そういうルールらしい。

だったらそのルール作った連中を一人ずつこの坂に立たせてやりたい。10往復な。

 

そんなわけで、朝っぱらから汗をかきながら俺が向かったのは、教室じゃなくて部室棟。

俺を呼び出したのは、文芸部室に寄生する宇宙人、長門有希である。

 

普段は放課後にしか顔を合わせない奴が、なぜか朝から来いとメッセージをよこしたのだ。

嫌な予感しかしない。だがまあ、今さら長門に殺されるとも思えないし、のこのこやって来た俺も相当間抜けだとは思う。

 

部室のドアを開けると、そこにはいつもの無口な長門が、パイプ椅子に腰かけて待っていた。

まるでそこが私の定位置ですけど何か、って顔をして。

 

最近のこいつは、多少なりとも人間的な反応を見せるようになってきた。

感情、というものに少しは興味が湧いてきたのかもしれない。……まあ、相変わらず無表情ではあるが。

 

俺が入ったのを確認すると、長門はすっと立ち上がり、手に持っていた透明なペットボトルを差し出してきた。

蓋つきで、中身は空。嫌な予感が再び頭をもたげる。

 

そして、言った。

 

「あなたの尿を、200ccほど、欲しい」

 

ああ、来たか。完全に来てしまったか。

 

俺の血の気が引いたのが、自分でもわかるくらいには。

 

エピソード1

―歪む日常ー

 

「お前、何言ってんだ?」

 

俺のこの反応が異常だとは思わない。むしろ、これ以外にどう返せってんだ。

どうやら俺の尿が欲しいらしい。まじで。

 

「おっけー!おっけー!俺の小便が欲しいんだな!待ってろ、今から採ってくるから!」

なんてノリよく答える奴がいたら紹介してくれ。後ろから全力でぶん殴ってやるから。

 

そんな脳内ツッコミを脇に置きつつ、俺は目の前の宇宙人と向き合う。

長門有希は、手に持った空のペットボトルを俺に向けたまま、微動だにしない表情で言った。

 

「あなたの尿を、200ccほど、欲しい」

 

わかってる。俺が聞きたいのは、なぜ俺の小便が必要なのかって話だ。

 

「……あなたの腎機能は悪化している」

 

はあ?俺の腎臓が?冗談じゃねえ。

このとおり、痛みも苦しみもなく、ピンピンしている自信があるんだが?

 

「今ここで、あなたの尿を検査しなければ、事態は最悪の方向へ向かう。協力してほしい」

 

なんだそれ。最悪の事態ってなんだ。まさか、またハルヒか?

 

「違う。あなたの病気を早期に発見したい」

 

あのな長門、君はいつから医療免許を持ったんだ?

普通の人間なら、そんなの病院で検査すれば済む話だろう。

 

「病院で検査している時間はない」

 

じゃあせめて、何が起きるのかだけでも教えてくれ。

 

「……あなたは、24時間以内に突然死する」

 

……あ、そう。俺、死ぬのか。で、俺が死んだらどうなるんだ?

 

「世界の終焉」

 

言うと思ったよ。やっぱりな。

つまり俺の腎臓がイカれて、それで俺がくたばると、世界が滅ぶんだな。

 

「……そう」

 

そのとき、長門の表情にほんの一瞬だけだが、寂しさのようなものが浮かんだ気がした。

 

「……わかった。俺の小便、そのペットボトルに入れてくるから、せめて誰にも見られないように保管しといてくれ」

 

世界が滅ぶとかそういうことより、今の長門の表情の方が俺には効いた。

俺だって、少しくらいは男なんだな。

 

とは言っても、200ccなんてそんなに出るもんか?

 

「成人男性が一度に排泄する尿の量は200〜400cc。問題はない」

 

意外と出るのね。

……まあいい。俺だって、まだ生きて朝比奈さんのお茶を飲みたいし、今日が人生のラストデーってのも癪だしな。

 

「……わかった。今から小便出してくる。そのペットボトル、よこせ」

 

まさか自分が小便渡す側になる日が来るとはな。

さっきまでぶん殴ってやるとか言ってた俺がぶん殴られる側か。世の中、何が起きるかわからん。

 

「……ありがとう」

 

長門はほんのわずかに、嬉しそうな表情を浮かべた。

いやな、正直、小便渡して感謝されても、そんなに嬉しくはないんだが。

 

ペットボトル片手に男子トイレに到着した俺は、まず最初の試練に直面することになる。

よりにもよって、全部の個室が埋まっていやがった。

 

いや、頼むから、朝のこのタイミングでトイレ籠城はやめてくれ。

家で済ませてこい。

今日ばかりは、「うんこは自宅で」推奨運動に署名してやってもいい気分だ。

 

とはいえ、時間は迫っている。

できることなら、ホームルームが始まる前に、俺の尿入りペットボトルを長門に手渡したい。

……文章に起こしてみると改めておかしいな。何なんだこの日常は。

 

だが、ふと疑問が頭をよぎる。

 

長門は、俺の小便が入ったペットボトルを、今日一日カバンに入れて持ち歩くのか?

 

いやだ、それは。

俺が嫌だ。

お前が嫌じゃなくても、俺が嫌だ。

 

しかしそんなことを悶々と考えているうちに、チャイムの針は着実にホームルームへと近づいていた。

 

「……仕方ねぇ。やるか」

 

俺は観念して、ズボンのチャックを下ろし、自分の分身を取り出す。

目標物は透明のペットボトル。

かつてこの口がミネラルウォーターを受け止めたことがあるとは、到底思えない運命だ。

 

ぴちゃ……という音が、やけに響く。

打ち付けられる水の音が、なぜか普段の小便よりも数倍の破壊力を持って耳に刺さってくる。

 

こんなときに限って、音が大きい。

そして、長い。

 

男ならわかってくれると思うが、普段はあっという間に終わるものだ。

なのにこういう場面に限って、終わらない。

神様は人間の構造をどんなギャグ漫画のノリで作ったんだ?

 

「短く、スパッと出るように設計しとけよ……」

 

などと呪詛を唱えているうちに、ようやく終わりが見えてきた。

音は小さくなり、男子トイレには静寂が戻る。

 

……まさかこの学校で、誰にも知られずに**“世界を救うための採尿”**を行っている奴がいるなんて、俺以外の誰が思うだろうな。

 

すべてを出し切った俺は、慎重にペットボトルの蓋を閉めた。

200ccなんてそんなに出るもんかよ、と最初は思っていたが、出るもんだな。人間って意外と容量あるんだな。

 

それにしても、自分の小便の色をじっくり見るって、どんな罰ゲームだよって話だ。

ちなみに健康的な尿の色って、**“薄い黄色”**なんだと。

で、俺のはというと──ええ、まさにそのまんま。絵に描いたような薄黄色。つまり、健康そのもの。

 

これほどピンピンに健康体な俺が、あと24時間で突然死するってのか?

にわかには信じがたい話だ。まったく。

 

俺は世界を救う……かもしれない小便入りペットボトルをブレザーの内ポケットに忍ばせ、男子トイレを後にした。

堂々と掲げて歩くような代物じゃない。これを手に廊下を闊歩したら、間違いなく教師に職員室へ連行される。

 

トイレの前、廊下の影に長門が待っていた。

タイミングを見計らったかのような登場。さすがは宇宙人、無駄に行動がスマートだ。

 

俺はあたりを見回してから、そっと“それ”を長門に手渡した。

 

「……たしかに受領した」

 

受領って。お前、荷物を受け取ったつもりか。

それより早くしまえ。早く。そのペットボトルは世界の最終兵器であると同時に、俺の尊厳そのものだ。

 

長門は、例の無表情を崩さずに、静かにカバンを開け、ペットボトルを中へと収納した。

……おいおい、やっぱり今日一日、その状態で持ち歩く気かよ。嫌だって。俺が嫌なんだって。

 

「……気になるんだが」

 

俺はどうしても一つだけ聞いておきたいことがあった。

 

「その、俺の小便……今日一日どうするつもりなんだ?

 まさか、ずっとカバンの中に入れっぱなしってわけじゃないよな?」

 

長門は一瞬だけ、視線を横にそらし──そして言った。

 

「……間違って飲まないように、細心の注意を払う」

 

…………お前、それはボケたのか?

まさかとは思うが、渾身のボケか?

いや、だとしたら高度すぎてツッコミが追いつかんぞ。

 

さすがは宇宙由来のギャグセンス。地球人の理解の範疇を完全に超えている。

 

教室に向かっていた俺の視界を、光がよぎった。

いや、実際に発光してたわけじゃない。ただ、男という生き物が生まれながらにして本能で振り返ってしまうような、そんな存在。

 

その光源──もとい、朝比奈さんが俺を見つけるなり、手を振りながら小走りで近づいてきた。

 

「キョンくん、おはよう〜」

 

おはようございます、朝比奈さん。

ついでに言えば、廊下は走らないでください。万が一、転んでしまったら、この学校における最大級の損失だから。

 

いやしかし、ついさっきまでペットボトルに己の小便を注ぎ込んでいたというのに、

それを帳消しにするどころか、お釣りまで返してくれる笑顔。やはりこの人は只者じゃない。

 

最近じゃ「千年に一度の美少女」なんてキャッチコピーが出回っているらしいが──

違うね。朝比奈さんは46億年に一度の美少女だ。

地球よ、感謝するぜ。

 

「新しいお茶を仕入れたので、楽しみにしていてくださいね〜」

 

そう言って手を振りながら、自分の教室へと去っていく朝比奈さんの背中。

……考えたくはないが、来年の春にはもう、この学校にあの人の姿はない。

あの笑顔を見られるのも、あと何回だろう。そう思うと、少しだけ胸が締めつけられる気がした。

 

チャイムが鳴るギリギリで教室に滑り込むことに成功し、なんとか遅刻は免れた。

俺の席は去年と変わらず、教室の一番後ろ、窓際。

 

そして──

 

「キョン!おっそいわね!」

 

やっぱりいたか。

後ろの席には涼宮ハルヒ。俺の人生における、最高にめんどくさくて、ちょっとだけ楽しい災難。

 

クラス替えの時は、さすがにもう隣同士にはならないだろうと、淡い期待とも覚悟ともつかない気持ちでいたが──

こいつはきっちり俺の背後をキープしていた。偶然か、それとも奴の“願い”の力か。

 

教室をざっと見渡せば、顔ぶれは半分くらい知った面子だ。

ハルヒがあのクラスに愛着を持っていたとは思えないが、再びこの空間が形成されたのは、まあ偶然なんだろう。たぶん。

 

ちなみに、谷口と国木田は別クラスになった。

理由は聞いてないが、まあ大体想像はつく。特に谷口な。自業自得ってやつだ。

 

担任が入ってきて、ホームルームが始まる。

俺の頭の中にあるのは、ただ一つ。

 

早く、朝比奈さんのお茶が飲みたい。

 

それだけだ。

 

ホームルームが終わると、妙に廊下が騒がしくなっていた。

 

何人かの生徒が、同じ方向に吸い寄せられるように走っていく。

全く……落ち着きのない連中だ。何か面白いことでもあるのか?

 

「隣のクラスに、転校生が来たってよ」

 

興味深い会話が耳に飛び込んできた瞬間――

 

「ちょっと行ってくる」

 

案の定、ハルヒが立ち上がり、疾風のように教室を飛び出していった。

──やれやれ。これが新学期恒例、涼宮ハルヒの“情報収集活動”ってやつか。

 

しかし、この時期に転校生か。

思えば去年の今ごろ、古泉がこの学校に転校してきたんだっけな。

 

あのときのハルヒは、「謎の転校生来たー!」とか言って、

まるで宇宙の真理でも見つけたような目をしてたもんだ。

 

それからもう一年か……

時の流れってのは、やけに早く過ぎていくもんだな。

 

──それにしても、これはハルヒが“望んだ”ことなのか?

不思議とやらが関係しているなら、彼女の無意識が働いてる可能性もある。

 

だが、今までのあいつは「もう一人転校生が欲しい」なんて、一言も言ったことなかった。

だからこそ、今回のこれは──予定外、なのかもしれない。

 

そんなことを考えているうちに、ハルヒが戻ってきた。

姿勢は相変わらずせわしない。廊下に体を向けたまま、雑に椅子に腰を落とす。

手には、ついでに買ってきたのだろうレモンティー。

 

どうだった? 今回の転校生は。

 

「普通。見に行っただけ損したわ」

 

──珍しいな。

あのハルヒが、転校生を見て「普通」だなんて評価するとは。

 

いつもなら、「宇宙人の可能性」とか「時間移動してきた未来人かも!」なんて勝手にワクワクし出すくせに。

 

「それに──キョンみたいに冴えない男だったわ」

 

……なんだと?

 

いや、俺はこの容姿でもそれなりに気に入ってるんだがな?

こう、なんというか、髪型とか顔の形とか雰囲気とか、味があっていいじゃないか。

 

「バカじゃないの?」

 

ハルヒは足を組みながら、レモンティーをがぶ飲みする。

その無駄に様になった所作に、なんというか──

去年までのやかましいガキんちょ感は、もうあまり感じられなかった。

 

……認めたくはないが、少しだけ、大人びて見える。

くそ、こういう時に限って、なんでこんなに絵になるんだ。

 

そんなことを思っていたところに、チャイムが鳴った。

一限の授業が始まる。

 

さて、今日も放課後まで、学生らしく真面目に過ごすとするか。

──少なくとも、何かが起こるまでは。

 

 




読んでいただき、ありがとうございました。

これは涼宮ハルヒの“外側”で起きた、もう一つの歪んだ日常です。
ふざけているようで、どこか真剣で、真剣なふりをして、結局ふざけているような──
そんな話が書きたかったのかもしれません。

次も、よかったら覗いてみてください

嘘が嘘のままで済んだなら、どれだけ楽だったか。

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