日本競馬年代記   作:くさくさ

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短めです。本文を修正しました。


徳川の守り馬

 慶長五年(西暦一六〇〇年)、日ノ本は再び戦乱の渦に巻き込まれた。徳川家康が会津の上杉景勝討伐のため東へ向かう隙を突き、豊臣の五奉行の一人、石田三成が挙兵。天下分け目の大戦「関ヶ原の合戦」が勃発した。家康は急遽西方へ引き返し、嫡男である徳川秀忠には中山道を進み、関ヶ原での合流を命じた。

 

 徳川本隊を率いる秀忠は、父の命を受け、天下分け目の戦場へと急いだ。しかし、信濃の地で、真田昌幸・信繁親子が籠もる上田城が立ちはだかった。わずかな兵力ながらも徹底抗戦の構えを見せる真田の挑発に対し、若く血気盛んな秀忠は、これを速やかに攻略してから関ヶ原に向かうべきだと主張した。

 

 秀忠の傍らには、老練な家臣たちが控えていた。本多正信、そして榊原康政らが、馬上で秀忠を取り囲み、必死に諫言する。

 

「殿、関ヶ原への合流こそが最優先にございます!真田の狙いは、殿の御足止めに他なりません!」と、正信が声を荒げた。

 

「左様でございます、殿!この上田城に深入りすれば、肝心の天下分け目の戦に間に合わぬやもしれません!」と、康政も続く。

 

 しかし、秀忠は彼らの言葉に耳を貸そうとしない。「真田ごときに手間取るわけにはいかぬ!ここをさっさと潰してから向かえばよい!」と、苛立ちを募らせ、上田城攻撃の命令を下そうと、手綱を握りしめていた。彼の愛馬「風雅」は、主の興奮を察するかのように、その場で静かに蹄を鳴らしている。

 

 秀忠が次の指示を出そうとしたその時であった。

 

 突如として、風雅が動き出した。秀忠を乗せたまま、上田城とは逆方向、すなわち関ヶ原の方向へと蹄を向け、まず襲歩(しゅうほ)で約百メートルを駆け出した。その驚くべき加速に、秀忠は手綱を引く間もなく、馬の背に身を任せるしかなかった。風雅はその後、速歩(はやあし)と駈歩(かけあし)を巧みに繰り返しながら進む。その間、まるで「ついてこい」とでも言うかのように、家臣たちに向かってちらちらと振り返る。その歩みは力強く、誰にも止められない、まさに風そのものであった。

 

「な、何をする!止まれ、風雅!わしはまだ上田城を…」

 

 しかし、風雅は主の言葉にも耳を傾けず、ただひたすらに西へ向かう。秀忠は、愛馬のただならぬ気迫に圧倒され、やがてその意図を悟り始める。

 

「まさか、貴様……関ヶ原へ、わしを連れて行くというのか……!?」

 

 秀忠の突然の行動、いや、風雅の突然の行動に、家臣たちは混乱した。しかし、風雅が関ヶ原の方向へ向かっていることを悟ると、彼らは慌てて秀忠と風雅を追いかけ始めた。

 

「殿をお追え!本隊は殿に続け!」

 

 本多正信の叫びが響き渡る中、榊原康政は冷静な判断を下した。

 

「康政殿、如何なさる!?」

 

「真田の足止めは、我らが引き受けねばならぬ!殿の御本隊は関ヶ原へ急げ!我らはここに残り、真田を食い止める!」

 

 康政は、一部の家臣と兵をその場に残すことを決断し、真田の足止めと上田城への警戒のため、秀忠の撤退を援護した。

 

 主力部隊は秀忠と風雅を追って撤退し、否応なく関ヶ原への道を急ぐことになる。この風雅による「強制的な行軍」は、およそ十キロメートルに及び、家臣たちは、風雅の並外れた速歩に必死で食らいついた。

 

 そして、風雅の導きと、榊原康政率いる一部部隊の犠牲により、秀忠隊は関ヶ原の合戦に間に合った。すでに戦局は東軍優勢に傾きつつあったが、秀忠隊は激戦を繰り広げていた宇喜多秀家隊の側面に最高のタイミングで横殴りをかけることができた。これにより、西軍の士気は決定的に崩れ、東軍の勝利を決定づける一因となった。

 

 戦後、家康は秀忠の上田城での判断に対しては厳しく批評した。若き将の意地が招きかけた遅参の危機は、家康にとって看過できないものであった。しかし、風雅の不可解な行動と、結果的に本隊が間に合い、戦局に貢献できたことの重要性も認識していた。

 

 秀忠は、自身の意地が招きかけた危うい状況と、それを救ったかのような風雅の行動、そして残した家臣たちの決断に、複雑な感情を抱いた。この出来事は、彼の心に深く刻まれ、彼の振る舞いそのものに大きな影響を与え、後の彼の治世に影響を与えた。

 

 戦後すぐ、江戸でこの一連の話を聞いた彦九郎は、まるで全てを見通していたかのように静かにこぼすのであった。

 

「風神の血統は、徳川の血が好きだからなあ」

 

 そして風雅のこのエピソードは、風神の血統が徳川の「守り馬」であるというイメージを強く補強するものの一つとなった。




このエピソードはネットでは「(秀忠は)馬にも劣る戦略眼www」とネタにされます。
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