日本競馬年代記   作:くさくさ

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織田信長の関心

 徳川家康の居城である浜松城近郊に、かつてない規模の馬場が完成し、「馬比べ」という新たな催しが始まったことは、瞬時に遠江、そして三河の国中に広まっていった。家康が彦九郎に命じて行われたこの試みは、初めこそ奇異の目で見られたものの、その完成度の高さと、実際に馬たちの能力が飛躍的に向上したという事実は、無視できないものとなっていた。

 

 特に、徳川家の精強な騎馬隊の評判が上がっていくにつれて、その背景にある「馬比べ」の存在は、同盟者である織田信長の耳にも届くことになる。

 

 信長は、既存の価値観や常識を打ち破る「うつけ者」として知られ、常に新しいもの、珍しいものに強い関心を示す人物であった。彼の統治下では、楽市楽座や鉄砲の大量導入など、旧来の慣習に囚われない革新的な政策が次々と打ち出されてきた。馬比べという、武士の鍛錬と称しつつも、馬の速さを純粋に競うという発想は、まさに彼の好奇心を刺激するものであった。

 

「ほう、竹千代めが、妙な催しを始めたか。馬を走らせるだけの場だと? それが武威に繋がるというのか」

 

 岐阜城の広間にて、信長は報告を上げる使者の言葉に、興味深そうに眉を上げた。家臣の中には「馬鹿げたこと」と鼻で笑う者もいたが、信長は本質を見抜く目を持ち合わせていた。彼は、家康が単なる遊びでこれを行っているとは考えなかった。

 

 使者たちは、馬比べの詳細な報告書を作成し、彦九郎の調教術や、風神・雷神の並外れた能力、そして馬場造成とその後の運営を支える金策の手腕についても詳しく書き記した。特に、馬比べによって徳川家の騎馬の質が目に見えて向上していること、そしてその費用が彦九郎の奇抜な発想から生まれた事業の利益によって賄われているという事実は、信長の判断を決定づけるものとなった。

 

 信長は、報告書を読み終えると、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふむ…面白い。竹千代めも、なかなか隅に置けぬわ。この『馬比べ』とやら、天下を動かす一助となるやもしれぬ」

 

「馬飼彦九郎と申すか…百姓上がりの分際で、竹千代にそこまで重用させるとは、よほど才があるのだろう。その馬、風神と雷神も、噂に聞くところでは並々ならぬ力を持つと。…よし、すぐに使者を浜松へ送れ。その『馬比べ』とやらを仔細に見てくるよう命じる。そして、その馬飼彦九郎とやらを、わしの元へ連れてまいれ!」

 

 信長の命を受けた使者たちは、直ちに浜松へと向かった。彼らは彦九郎が築き上げた壮麗な馬場に驚き、そこで繰り広げられる馬比べの光景に目を奪われた。馬たちが一斉に駆け出す轟音、土煙を上げながら疾走する姿、そして、普段は寡黙な武士たちだけでなく、近隣の村人や町人もまた、その速さに思わず声を上げる熱狂。それは、まさしく信長が求めていた「常識を覆す力」を秘めているように感じられた。

 

 一月後、彦九郎は信長の居城である岐阜城の広間に召し出された。家康からの使者と共に、はるばる美濃まで赴いた彦九郎は、初めて間近で見る天下人に、背筋を伸ばした。信長は、その鋭い眼光で彦九郎を射抜き、静かに口を開いた。

 

「お前が馬飼彦九郎か。竹千代が手放しで褒めちぎる、百姓上がりの馬奉行とやら。聞けば、馬を駆らせる競技を始めたとか。馬は戦の道具、あるいは荷運びの獣。それを遊戯にするとは、いかなる了見か」

 

 信長の言葉には、嘲りとも探りとも取れる響きがあった。彦九郎は臆することなく、深く頭を下げ、はっきりと答えた。

 

「ははっ。恐れながら申し上げます。確かに、この馬比べは遊戯と見えますが、まことに奥深い術がございます。速さを競うことで、馬はその力を極限まで引き出し、乗り手は馬との一体感を高めます。日々の調練では得られぬ境地。これこそが、我が主、徳川殿が目指す『太平の世』において、武威を保ち、ひいては国力を高めるための秘策と心得ております」

 

 信長は、彼の言葉を遮ることなく聞き入った。その目は、彦九郎の言葉の奥にある、まだ見ぬ可能性を探るようであった。

 

「ふむ…『太平の世』か。その馬比べとやらで、武田の騎馬隊を凌ぐ馬が育つと申すか?」

 

 信長は、挑戦的な笑みを浮かべた。武田騎馬隊は、当時最強と謳われていた。その武田に三方ヶ原で一度は苦渋を飲まされた徳川の騎馬に、信長が関心を持つのは当然だった。

 

「必ずや、御満足いただける馬を育ててご覧にいれまする!」

 彦九郎はきっぱりと言い放った。その揺るぎない自信に、信長は満足げに頷いた。彼が徳川家中に入って間もない三方ヶ原の頃とは異なり、彦九郎の調教術が徳川家全体の騎馬に行き渡りつつあることを、信長は報告から察していたのかもしれない。

 

 そして、彼は彦九郎を召し抱えることこそしなかったものの、自らの領国にも同様の馬場を設けるよう家臣に命じ、馬比べの情報を積極的に取り入れるよう指示を出した。また、機会があれば風神や雷神の仔を自身の厩(うまや)に入れたいという意向を家康に伝えた。こうして、彦九郎が始めた競馬文化は、信長という異才の目にも留まり、単なる徳川家中の催しに留まらない、天下に影響を及ぼす可能性を秘めた存在へと、その歩を進めていくことになるのだった。




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