結城友奈は選ばれない   作:おーたまー

10 / 11
最終話 だからこの世界が

「これでもう分かったよね。私がどうして友奈ちゃんを求めるのか」

「神婚の……やり直し……」

 

 友奈を抱きかかえて問いかける預言者。これに須美は静かに答える。

 両手を震わせ、口を開きかけた銀を預言者は片手を上げて制止した。

 

「君達が何を言うかは分かってる。神婚なんて、ただの集団安楽死だってね。でもね……尊厳くらい、守ってあげたいよ。死に化粧や弔いに価値は無くても、無意味だとは思いたくない」

「あのさ、こっちのゆーゆが可哀そうだとは思わないの」

「そりゃ……思うよ。何度も迷って、何年も時間を無駄にした……」

 

 預言者は俯き、歯を食いしばる。そうして声を震わせる様は、懺悔室の信徒のようで。

 

「さっきも、この子の母親に、この世界の方の端末を渡した。この子の親がすぐに端末を友奈ちゃんに返して、何の迷いもなく戦いに赴かせる酷い人じゃなければ、私は諦めようって決めてた……実際、友奈ちゃんはすぐに端末を渡されなかった。愛されてたんだよ。この子は。でも……私は決めきれなかった。自分の世界の人間達、妹、見捨ててきたいくつもの世界のみんな……私はあまりにも多くの人を犠牲にしてしまった。……だから、今更引き返すことなんて、できないんだよッ!」

 

 そして預言者は友奈を抱えたまま、地を蹴って空に広がる大孔へと跳躍する。須美はすぐさま銃口を向け乱射するが、預言者は意に介さない。

 

「逃がすかよ!」

 

 園子の槍で振り投げられた銀がその行く手を阻み、預言者は再び友奈を宙に浮かせ、眉間にしわを寄せながら斬撃を拳で受け止める。こめかみから金色の霧が漏れ、彼女は再び樹海の根に叩きつけられる。

 土煙にまみれながら、怒りを滲ませて彼女は拳を握った。

 

「私をここに留めるということは、孔を放置するってことだよ。そしていつかこの世界は孔に飲み込まれる。それがどういうことか分かってるの?」

「分かってないのはそっちだよ。ゆーゆを一人で連れて行かせる選択肢なんてあるわけないでしょ」

「……ああ~もう……勇者って人たちはいつもいつも……!」

 

 堰を切ったようだった。預言者は踏み込みで大地を破壊し、金色の軌跡と共に距離を詰め、園子の鳩尾に拳をねじ込む。稲妻のように向きを変え、反応できずにいる須美をそのまま掌底で吹き飛ばし、閃光の後銀の背後に回り込んだと思えば、両手を握り合わせその後頭部に叩きつける。

 

「あ……あぐ……」

「な……なに……が……」

「み……見えな……かった……」

 

 わずか一手で勇者達は地に伏せ、苦痛に動けない。しかし預言者もまた、こめかみを抑えて膝をつく。

 

「いつもそうだ……一緒に他の世界に逃げようって言っても……勝ち目なんてないって言っても……それでも戦うって……いつもいつも……!」

 

 

 *

 

 

 香香之宮命。長い黒髪を一本に細く結い、紅い瞳は照明を反射する。

 幾千もの異世界転移で、彼女はついに一つの結論に達する。

 

「やっぱり……これしか思いつかない」

 

 ずっと、ずっと探していた。

 他の世界に来たこと、他の世界に移動できること。何柱にも及ぶ神の力を宿したこと。それはきっと、自分の世界を救うため。その糸口を探るため。そのために与えられた力。

 

 それでも、世界の行く末はいつも、人類という種の喪失という形で幕を閉じる。炎に覆い尽くされるか、植物の一部となるか……それ以外の結末はなく、第三のエンディングは、たとえ異分子である命の存在だけで生み出せるものでもなかった。

 

 天の神とは、世界の理そのものだ。地震、津波、嵐、噴火。それらを人類が制御することは出来ない。同様に、天が滅ぶべしと定めた時点で、人という歴史が続くことはない。

 

 抗わなかったわけじゃない。他の世界で、他の世界の勇者達と一緒に戦った。大人達と話し合って、いろんな方法を考えてみた。それでも、成果は得られなかった。

 

「結城、友奈……」

 

 呟く。

 命は以前よりずっと霊力が弱まっているのを感じている。異世界転移も、あと数回が限界だろう。

 

 もう、答えを出さなければならない。

 せめて怪物になった人類を、神の眷属にしてあげる。それしか、自分に出来ることはない。

 

 その為には、彼女が、必要だ。

 

「命ちゃん、まだ起きてたの」

「ああ……うん。考え事しちゃって」

 

 客間でうなだれる命のもとに、壁をつたってもう一人の黒髪の少女がやってくる。

 この世界では命はいつものように自分の子孫になりすまして後、この少女、東郷美森の生活のサポートをすることになった。

 

 命の異世界転移は時間軸の指定が大雑把であり、年単位でのズレが起きることも珍しくない。今回の世界は、神世紀299年、春から始まった。

 

 瀬戸大橋の戦いを既に終え、鷲尾須美は東郷美森に戻る。散華したのは左眼、左脚と子宮、それから右肺。彼女は松場杖を手放すことの出来ない生活を強いられている。

 

「……美森ちゃんはさ……なんでも願いが叶うなら、何を願う?」

 

 自己嫌悪が命の全身を腐す。その思考はおぞましく、それでも、目を逸らすことのできる己に絶望する。

 知る由もなく、美森は寂しげに呟いた。

 

「銀を……生き返らせたい……いや……ちょっと違うかな……あの時に戻って、一緒に戦ってあげたい。一人で、全部倒しちゃってさ……私もいたのに……私の……私のせいで……」

「……」

「油断してた。慢心してた。勝ち続けて、きっとこの先もうまくいくって気がしてた。でも違った。私は弱かった。なんにも分かってなかった。だから銀を喪った。だから何も出来なかった! 私が弱かったから、私が馬鹿だったから! 何かできたはずだったの。あんな風に死なせたくなかった。銀……銀……会いたいよ……」

「……ならさ」

「……え?」

「あ、ううん。なんでもない……そうだよね……ごめんね。つらいこと思い出させた」

「……私こそ……取り乱してごめん……寝るね」

「うん、おやすみ」

 

 充血した眼を擦って、美森は部屋に戻っていく。

 命は両手を握り合わせて、無言で額を叩きつけた。

 

「クズだ……私は……」

 

 

 時は経ち、神世紀301年。

 あらゆる世界のタイムリミット。

 神樹の寿命、神婚の強硬。そして、その為の時間稼ぎ。

 そこでは、東郷美森の腹を紅の光線が貫いていた。

 

「東郷! ああ、クソッ!」

 

 犬吠崎風は猛り吠え、天の神へと立ち向かっていく。妹の樹、そして三好夏凜は既に事切れ、園子はその亡骸を必死で守っている。

 神婚成立までもう間もなく。この世界もまた、終わりを迎えようとしていた。

 

「……? 命ちゃん……?」

 

 そんな中、美森の霞む視界には黒髪の同居人の姿が映る。命はその冷たくなった手を握って、静かに語り掛ける。

 

「……逃げよう?」

「……ふふ。どこに?」

「別の世界に」

 

 美森はすべてを受け入れた顔で微笑んで、細々とかすれた声を震わせる。

 

「友奈ちゃんや、勇者部のみんなを置いて……行けやしないわ」

「死んじゃうよ」

「……勇者部のみんなとは、死なば諸共よ。でも……貴方には、生きていて、欲しい」

 

 命は耐えきれず美森を抱き締め、同時に他の世界の勇者達を思い出し顔を湿らせる。

 

 たとえ孔を開けて誰かを他の世界に逃がしても、いつかはまた孔が開いて戻されてしまう。けれど、神そのものである命とは違い、勇者はただの人間だ。孔が開くより先に、寿命が来るだろう。

 

 全ての命を救うことは出来ない。それでも、世界を救う為に戦った勇者達、自分と同じように、大人たちの道具にされてきた優しい女の子たちは、救われて欲しい。だから、これまでも、何度も、何度も、同じやりとりを繰り返してきたのに。

 

 どうして勇者は、いつもいつも。

 

「……なっ……で……なん、でそんなこど、言うの……わだしは、戦わなかっだ! あなだたちよりずっと強いのに、自分の世界の為に、見捨てて、今も、貴女を利用することを考えてる……!」

「いいわよ……今まで、面倒見てくれたお返しが、出来るなら……ああ……でも……」

「うん……うん……わがっでる……うう……絶対……助けるから……」

「ふふ……頑張ってね……泣き虫の……命……」

 

 誓ひ(うけい)

 神々の間で取り交わされる言霊による絶対順守の契約。

 そして此度の内容は、肉体の交換。

 この取引も、全身を散華させた結城友奈の連れ去りへの手段に過ぎない。それを伝えず遂行した命は、己の醜悪さに反吐を吐き、それでも次の世界へと繰り出していく。

 

 自分の世界を、終わらせる為に。

 

 

 *

 

 

 暴風が激しさを増す。

 孔は広がり、エネルギーの増幅と共に空間は紫色のいかずちを光らせる。勇者達は立ち上がれず、恨めし気に命を睨むことしか出来ない。

 

「……行かなきゃ」

 

 呟いて、命は宙に浮かせていた友奈を迎えに行く……ことは出来なかった。当たり前だった。そこに友奈はいなかったのだから。

 

「命ちゃん!」

「……!」

 

 背後から届く声。

 振り向きざまに、その頬に桃色の拳が突き刺さる。

 白黒に点滅する視界。一瞬放り出された意識の隙間に、抱き締められる全身。

 

「友奈……ちゃん……」

「あっちの、別の私がね。言ってたよ。背負わせちゃってごめんねって……それでね。私、一緒に命ちゃんの世界に行こうと思う」

「……嘘!?」

「嘘じゃない。あ、でも神婚はしないよ。私、まだ小学生だし」

「どういうこと……?」

 

 呆気にとられる命。その周りに、回復した三人の勇者が駆け寄ってくる。

 

「友奈、大丈夫なのか!?」

「うん。神樹さまに治して貰ったんだ。それより、命ちゃんのとこ、いってくるね」

「行くなら私も行くわよ?」

「私も行く~」

「アタシは最初からそのつもりだったけどな」

「え……?」

 

 命は呆然としたまま、勇者達を見つめる。

 その様子を見て、銀は笑って続けた。

 

「あのさあ、ミコトはアタシの命の恩人なんだから、あんなの見せられてほっとけるわけないだろ。弟に顔向けできなくなるでしょうが」

「そうそう。一人でしょいこみすぎなんよ。えーっと確か……皆の為になることを……」

「勇んでするっ! それが!」

「勇者部。らしいわね。私たちはまだ入ってないけれど」

 

 須美は命に手を差し伸べ、笑った。

 

「約束、守ってくれてありがとう」

 

 命はその手を取る。

 暖かい。今は、こんなにも。

 

「う……うう……で……でも……一体どうやって……」

「世界は無限にあるんだろ? だから、ちょーっとだけ試行回数が足りなかったかもな。お前らも見たろ?」

「うん。実はあったんだよ。天の神をやっつける世界が!」

「嘘……」

「嘘じゃない! あ、やばいよ、そろそろ限界かも!」

「風つよすぎ~! はやくいこ、ミコさん!」

「ワンパターンだな園子お前……」

「あ。剣と鏡も持っていかないとだわ」

 

 やいのやいのやりつつ、勇者達は命を胴上げするような形で抱え上げて孔へと突入。

 次元の屈折で歪む視界に若干酔いつつも、あっという間に神世紀72年、命の世界に足を踏み入れる。

 

「うわ、なんか踏んだ……うげ」

「見ない見ない。さて、さっさと救いましょ、この世界」

「え、ど、どうするつもり」

 

 顔を見合わせ、四人は見上げる。

 飛んだ先にあったのは、神樹。当然、孔に入れば命が元居た場所に帰ってくる。そこは神婚が行われた現場であって、すぐそばに神樹があるのも道理である。

 

 護るべき人間が軒並み化け物に変貌している以上、霊力の温存のため樹海化は発動されていない。しかし神樹は黄金色に光り輝き、地面から根を生やして天の神の攻撃を物理的な障壁にして凌いでいる。まだ若々しく霊力に充ちているが故の凌ぎ方ではあるが、人類を守る盾、樹木として顕現した以上、反撃能力は皆無。だから神樹は勇者という存在を必要とした。

 

 そして、ここに勇者は現れた。後はただ、剣を振るえばいい……のだが。

 

「……あーっと。えへへ。こっからどうしよっか」

「おい」

「はあ……だと思った」

「お祈りでもする~? 祝詞分かんないけど」

 

 その時。

 友奈の傍らから、精霊たる牛鬼が現れる。牛鬼は勇者達の周囲をのんびり旋回し、最後に命の前で制止する。かと思えば、その身体から黄金の糸のようなものが伸び始め、命の身体を覆い、蕾のようなものを形成していく。

 

「そっか。私じゃなかったんだね」

 

 友奈は呟き、眩い輝きと共に世界中から糸が命のもとへ集中していく。神樹は稲妻を孕み、桃色の花を爆発的に満開させ、空を花弁が埋め尽くしていく。それらもまた蕾のもとへ引き寄せられ、ありったけのエネルギーが収束した時、巨大な蕾は花開き、そこには眠りこける東郷美森と、白刃の長剣を握りしめた女神が立っていた。

 

 ──そうか。私は、花嫁じゃなくて、剣だったんだ。

 

 切っ先を突き上げ、放たれた波動。其は天地初發之時より放たれた開闢の光。地を裂き、空を裂き、やがて天に至る。迎撃せんと降り放たれた反撃の砲撃と衝突し、大地は激しく鼓動する。

 

 そして勇者達は目の前の背中を支え、命はただ、明日を見た。

 どんなに細い希望でも、どんなに苦しい昨日でも、ただひたすらに今日を生きて、いつか、言えるように。

 

「勇者、ビーーーーーーーーム!!!」

 

 やっぱり、この世界が、好きだって。




勇気友奈は選ばれない 完
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。