春に神樹館に転校してきて、もう夏になろうとしている。勇者として戦いはじめて、バーテックスを二体も倒して、でも、ちょっとだけ怪我をして。
お母さんとお父さんはそんな私を心配そうに見て、それでも変わらず応援してくれている。
勇者は大変だよね。でも、頑張ろうねって。
正直、怪我をした瞬間のことを思い出して、少しだけ怖くなることもあるけれど。でも、私は勇者だから。いっぱい強くなって、みんなを守らないと。
「いってくるね」
ドアノブに手をかけて、二人に笑いかける。今日から大赦の合宿だ。
須美ちゃんにも迷惑かけちゃったし。もっともっと、がんばる。
*
「あなたたちに足りないものはなんだと思う?」
快晴の下、砂浜に座る四人の勇者達に問いかける担任教師安芸。
「パワー!」
「違います」
ありゃ、と苦笑する銀。続いて園子が手を上げる。
「はーい。シンクロ率~」
「変な言い方して。要するに連携、ですよね」
呆れ声で言う須美に無言でうなずいて、安芸は続ける。
「あなたたちは持っている武器が違う。それは各々に役割があるからよ。全員の力を四ではなく十にする。それを可能にするのが連携」
「ほうほう。連携係数は2.5」
「れんけー、けいすう……?」
首を傾げる友奈とおちゃらける園子。その様子を見て、須美は大丈夫かしら、と天を見上げた。
──間もなくして始まった訓練内容は、友奈と銀の二人を、浜から崖沿いに駐車したバスに送り届けること。ただし道中、設置された複数の砲台から無数のボールが次々と発射され、これに一度でも当たってしまえば、スタート地点からやり直しとなる。
そしてこのボールがかなり痛い。
速度を出すためしっかり空気が入れられており、一日が終われば、四人の全身は痣だらけで。
「はあ~……大変だあこりゃ……」
絆創膏を貼った頬をさすりながら、銀は湯船につかりながらため息をつく。
「でもこの合宿終わったら、私達もっと強くなれる気がするな」
「ゆーゆは前向きだねえ。でも、個人の技術も上げられるいい訓練だよね」
「……」
須美は友奈をちらりと見て、少し考えて、また俯いた。
「? どうしたの、須美ちゃん」
「えっ……ああいや、怪我、もういいのかなって」
「おいおい、いつの話してるんだよ……」
呆れる銀に対し、須美は口をもごもごさせて結局何も言わなかった。
友奈と園子は顔を見合わせて、これに園子は眉を下げて笑う。その後友奈はまばたきして、いかがわしい手つきで銀に迫られている須美を見つめていた。
その夜。
静まる寝室で、須美はゆっくり瞼を開く。少しだけ溜息をついて寝返りをうつと、友奈がばっちり目を開けてこちらを見ていた。
「!? ゆ、結城さん起きてたの」
「えへへ。なんか寝れなくて……えーと……」
沈黙。
田舎の夜はうるさいくらいに無音で、だからこそ苦しい。こすれる布団の音、わずかな息遣いが、早くこの空気をどうにかしろと二人を責め立てる。
「……結城さん……勇者、辛くない?」
「え?」
先手を打たれるとは思わず、目を丸くする友奈。それはそれとして、質問もなんだか複雑で。
「うーん。でもみんながいるし、楽しいよ。それに、私がやらないと、きっと他の誰かがやらなきゃいけなくなることだと思うから」
「そっか」
須美は頷いて、また天井を見る。
……再び訪れた静寂。
「「あの。あ」」
顔を見合わせて、笑って、友奈が譲る。
須美は少し考えて、ため息交じりに呟く。
「私って馬鹿だなあ」
「えっ、えっ、どゆことどゆこと」
「いや。結城さんは仲間なのに、なんか、変に対抗意識向けてたの」
「え。そうなの」
「ほら。結城さんって、大赦の外から勇者になったでしょ。私もそうだったの。でも、私は養子になって、結城さんはそのまま。だからほら、外様に対する譜代というか、そんな気持ちがね」
「う、うーん」
「でも。今日の訓練で、私が矢を外して、結城さんやみんなに迷惑をかけて……それで、はっとした。私がみんなを守らないといけない。私の役割は、結城さんやみんなに出来ないことをすることだって」
「……うん」
「だから、ごめんなさい。結城さん」
「ううん。話してくれてありがとう。あ、じゃあお詫びといってはなんだけど、名前で呼んで!」
ここで、ピクリと動いた二つの布団。
直後、掛布団を吹っ飛ばして、飛びついてくる二人の刺客。
「うおい、抜け駆けはナシだろ友奈」
「そうだそうだ~」
「二人とも聞いてたの!? う~……もう!」
そうやって、四人でもみくちゃになった後、ようやく静かになった寝室で、須美は友奈にそっと囁く。
「結城さん……いつかは、ちゃんと名前で呼ぶから……だから……もうちょっとだけ、待っててくれる?」
「うん。約束!」
その後、無事訓練を完了した四人。三連休のハードスケジュールを乗り越えた勇者たちは、それぞれの成長を噛み締めたのだった。
また少し間をおいて襲来するバーテックス。冠する名はカプリコーン。
上空に飛び上がったこの敵は、高速回転と共に急下降し、三ノ輪銀を急襲する──
「根性ぉおおおおおおお!」
大斧を傘にして、掘削攻撃を耐える銀。だがどうみても身動きはもう取れない。このまま放置すれば、間違いなく彼女は得物ごと砕かれてしまうだろう。
「二人とも、私、銀ちゃんのサポートに行く!」
「でも……」
須美は心配そうに友奈を、そして銀を見る。しかし、バーテックスから少し離れた足元まで浸食は広がりつつある。
「上の敵まで私の攻撃は届かない。だから……!」
友奈の瞳が、強く訴えている。私を、信じて欲しいと。
「よし、やろう、わっしー!」
「……分かった!」
園子は槍を振り上げ、霊力で構成された足場を空中に積み上げる。須美は矢のチャージを貯めつつ、それを踏んでは、弾むように跳躍して高度を稼いでいく。
「おまたせ銀ちゃん、片方貸して!」
「重いぞ! どっちも!」
一方、銀の下に駆け付けた友奈。
銀は片手の斧を手放し、友奈はそれを突き上げて衝撃に歯を食いしばる。
「とどけぇええええええええええええ!!!」
直後、放たれた一矢。
蒼い閃光は見事バーテックスの身体にクレーターを作る。園子は動きを止めたその僅かな隙を見逃さない。
「とつげきぃいいいいいいいいいいい!!!」
気迫と共に自らが弾丸となり、槍を構えた突撃は放物線を描きながら敵を貫く。
バランスを崩した巨体は一気に樹海の根に堕ちていき、解放された二人の遊撃手が反撃の狼煙を上げる。
「百倍、いや!!!」
「千倍にしてお返しするよ!!!」
「釣りはとっとけえええええええええええ!!!」
砕く、捌く、潰す、引き裂く。瞬く度に崩れ行く。
無断の斬撃、幾千の乱打が天の尖兵の身体から体積を奪い尽くす。
そして──
「始まった……」
樹海に埋め尽くされる、眩い光の集積。
激しい生命の奪い合い、その終幕を示す夜明けの如き希望の煌めき。
「鎮花の儀……」
その景色は、勇者たちに、確かな明日の未来を思わせる美しさだった。
*
「カプリコーン一体。預言通りということか」
「そうなりますね」
「もう一度聞くが……結城友奈は、本当に必要だったのかね? 見ただろう。戦闘映像を。瞬間火力は三ノ輪銀だけで事足りている。持て余しているだろう、神樹様の御力を。そうは思わないのか?」
「私を疑うということは、神樹様を疑うということ……そうでしょう、神官殿。私は未来を知っている。そして未来を創るのは現在であり、過去であり、そして、それを識る預言者……」
「……まあ、いいだろう。預言は当たっている。当たっている限りは、君の意向に従おうではないか。だが……ふん。絶対などというものがあるのなら、人類は敗北しなかったはずだがね」
和室を出ていく束帯。それを尻目に、預言者と呼ばれた女はくすくすと笑う。
「ふうん。中々鋭いですね……」
彼女はそう呟いて、音もなく仮面を脱ぎ捨てた。