元老院。
大赦における最高意思決定機関であり、そのプロセスそのものを指すこともある。要するに、大赦内でもごく一部の有力者のみが参加できる議会のようなものだ。
今回の議題は、預言を外した預言者について。
「預言者の申し出ていた預言は三体。しかし実際は四体だったわけだが」
「奴の預言のからくりは後回しとして……奴は前回の襲撃から姿を見せていない。虚偽の預言は意図的なものだ」
「そこだよ。何か目的があるんだ。そこを探らねば」
「奴の素性は調べさせてある。まあ元からご存じだろうが……奴は西暦の“神宮”の家系だということだ」
「バーテックス教団とも繋がりを噂されていたが、決定的な証拠を押さえられなかった。そして当時の大赦は表向き外部の相談役として神宮の最高権力者を大赦の役職に引き入れたが、あれは人質、監視にすぎなかった」
「そして当代の主があの預言者だということだな。前から思っていたが、若すぎる気がするんだがね、彼女。貫禄はあるんだが」
「ええ。それに継承のタイミングが一年前……先代もまだ元気だったのに今にして思えば……」
「奇妙だと?」
「確かにな」
ふむ。と思索する神官たち。
神宮──土地神を信仰する大社に対する、天の神を信仰する西暦時代の一派である。しかし神世紀となった現代において、その存在を認知しているものは大赦内でもごくわずかだ。
「目的は大赦の転覆、あるいは組織内での実権……」
「だとするなら、なぜ結城友奈を勇者にし、預言を我々に伝えたのか? 今のところ預言により戦況は安定している。直近の戦闘にしても、結城友奈を勇者にしなければ、損失があったかもしれないのだし」
「……待て。確か勇者システムの凍結計画に、先代が携わっていた記憶がある」
「本当かね?」
「ああ、そう、そうだ。あの一族の勇者計画関連システムへの貢献はかなりのものだ。凍結したのは──“満開”と“精霊”、それから“満開ゲージ”か。なぜ凍結したんだ?」
「主に神樹への負担、次にシステムのコンセプトが二分し、まとまらなかったから、だったはずです」
「どういうことだね?」
「新システムは運用方法が二通りあります。満開ゲージを戦闘を通して蓄積するか、あるいは最初から充填しておくか。前者は何度も満開が可能で通称精霊バリアにも回数制限はありません。しかし樹海の根を枯らす代償に、身体機能を供物として捧げる必要があります。満開ゲージの充填が十分でなければ、この代償は大きく、満開の維持時間も短くなる。対して後者は身体機能を損失することはありませんが、満開は一度きり。精霊バリアを使ってしまえばもう満開は使えない。そして精霊バリアも最大で五回まで。つまり──」
「勇者を不死身の現人神にするか、あるいは死のリスクを背負う戦士にするか」
「揉めるわけだ」
「先代はどちら側だったんだ」
「前者です」
ここで、神官たちは顔を見合わせ、頷く。
少なくとも、直近の方針はこれで概ね固まったようだった。
*
「なあ……しょうゆ味のジェラートとさ、ジェラート味のしょう油って、どっちのほうが前衛的?」
「うーん……合体したらさらにまろやかかもね~」
「あれ美味しいよね、銀ちゃんいなかったら手出さなかったよ」
机に群がり、うつ伏せになって談笑する三人。欠伸しながら眺める須美。
「気が抜けてるわね、三人とも」
「秋はね~眠くなる季節なんよ」
「それ、春じゃね?」
「そもそもそのっちはいつも寝てるでしょ」
「寝る子はいい子っていうよね!」
「寝る子は育つ、な」
あはは、と笑いあう三人。つられて微笑む須美。そんな中、声を掛けてくるは教師安芸。
「うおっ、どしたんすか先生」
「今日の訓練はお休み。その代わり、今日は大赦にみんなで行くわよ」
「お、ついにあれですか、安芸せんせー!」
「そう、あれよ」
友奈と銀が、目を輝かせて顔を見合わせる。
あれ、というのは、少し前から予告されていた勇者システムのアップデートのことだ。
その後大赦に到着し、四人は端末を返却。
神樹の近くの渓谷に移動し、禊を行う。諸々の儀式を終え、礼装に身を包み、四人は新たな端末を渡される。
すると画面が淡く発光し、そこから浮遊するゆるキャラのようなものが。
「わあなにこれ、かわいー!」
友奈は牛のような何かを抱きしめる。須美は卵のような何か、園子はカラスのような何か、銀は烏帽子を被った何かであった。
「それは精霊。勇者の力を何倍にも強化する。でも万能じゃないから、詳しいことはまた後日ね」
「「「「はーい」」」」
四人は元気よく返事し、各々の新装備に期待を膨らませるのだった。
その日の夜。
「たっだいまー!」
私は元気よくそう唱え、玄関に上がる。即座にちゃんと靴そろえなさーい、の声が聞こえ、慌てて後ろを向き、また向き直り、手は洗ったー? の声でまた慌てて向きを変える。ようやく居間に入り、出迎える二人の笑顔に頬を緩ませる。
「今日は大赦に行ってたんだってな。お疲れ様」
「うん! あのね、勇者システムのアップデートがあって。すっごく強くなるんだって!」
「あ、ああ……」
少し表情を翳らせる父親に首を傾げつつ、テーブル前の椅子に座る。そのままテレビのニュースを見ていると、食事がテーブルに並び始める。それを見て椅子から降り配膳を手伝おうとするけど、疲れてるでしょ、と制止され、また椅子に。
なんだか、家に帰ってからぐるぐるまわってる? なんて思いつつ、三人で食卓を囲む。
「おいしい、お母さん、さっすが!」
「ありがと。……あのさ、友奈」
「んー?」
「さっき、大赦の人が来たの」
「え、う、うん。それで?」
「……次の戦い、凄く……大変らしいって、聞いたんだけどさ」
「ええ!? 知らないよそんなの。あ、それって、もしかして」
ふと、母に手を握られる。その手は震えていて、すごく……苦しそうだった。顔を上げると、その瞳は何かに押しつぶされそうに震えていて、私は、どうしたらいいか分からなくて、とりあえず、こう言った。
「だ、大丈夫だよ。今までだってなんとかなってきたもん。仲間のみんなだって、凄く強いんだよ」
「……うん。……ごめんね。なに弱気になってんだろ。忘れて。心配しちゃってさ」
母はなにかを振り払うように顔を背けて、自分の茶碗に手を戻す。
なんだか変な空気のまま、食事は進んで、皿の上は空になってしまった。
私はきっと何かするべきだったんだと思う。それが何かは分からなかった。
「ご、ごちそうさま! じゃあ、お皿洗いやるね!」
「ああ、それは大丈夫だから、部屋に戻っていなさい。お母さんと話があるから」
「あ……う、うん。じゃあ……ごちそうさま……」
そう言って、私は自分の部屋に続く階段をのぼる。でも途中で息を殺して、その場にしゃがみ込んでみる。すると、ほんの少しだけ、二人の声が届いてくる。
『いつかこんな日が来るって、分かっていただろう』
『だけど……あんなにはっきり言われたら……私が産んだ子なのに』
『ああ。だけど友奈は“友奈”なんだ。産んだのはお前だけど、作ったのは神樹様。あの子一人を、私たちが独占するわけにはいかないんだよ』
『そんなこと分かってる……でも……ああ、友奈……』
「私を……神樹様が……?」
私は少しめまいがして、自分の両手をじっとみつめる。
そういえば、私と二人って、ぜんぜん、にてない。
「……あれ?」
二人の声がしなくなった。なんでだろう。聞き耳立ててるの、バレちゃったかな。
仕方なく、居間のすぐそばに戻る。けれど、おかしい。何の音もしないのは。
「……うそ」
ドアを開けると、両手を覆い泣き崩れる母。それを慰める父。二人は石像のように完全に停止していた。テレビの画面もフリーズしたみたいに同じ画面で、外の風も全く聞こえない。
「樹海化……す、スマホ……な、ない、ない! うそ、どうしよう」
スマホが、どこにもない。あれからずっとポケットに入れてたはずなのに。このままじゃ変身出来ない。
どうしよう。どうしよう。
そうしてる間に、目の前の景色が一変して、一面が根の世界に。すぐに地面が揺れ始めて、何か大きなものが勢いよくこっちに近づいているのが分かる。瞬きするともうすぐそこに、大きな白い魚が、いつの間にか私の視界を覆い尽くしていた──