結城友奈は選ばれない   作:おーたまー

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第六話 満開

「樹海化……す、スマホ……な、ない、ない! うそ、どうしよう」

 

 慌ててポケットを探る友奈。直後、目の前の景色が途端に光量を失い、見上げたそこには巨大なクラゲの如き怪物が目と鼻の先まで迫っていた。

 いかに勇者といえども、変身していないままではただの小学六年生の少女にすぎない。友奈はただ両眼を閉じ、身構えることしか出来なかった。

 

 ──しかし、いつまで経っても全身を破壊する衝撃は訪れず、風を切る音と柔らかな感触があり、恐る恐る眼を開く。

 

「友奈ちゃん、無事!?」

「須美……ちゃん?」

 

 耳に届く切羽詰まった声。友奈はようやく跳躍する須美の腕の中にいたと気付いた。

 既に変身していた須美は着地し、友奈を地上におろしつつ、遠目に敵の様子を伺う。地中に潜ることが出来るピスケス・バーテックス。再びこちらに近づいてきているのが、振動で伝わってきていた。須美は急いでポケットに手を伸ばし、取り出した端末を友奈に手渡す。

 

「友奈ちゃん、これ」

「あ、私のスマホ! どうして須美ちゃんが」

「GPSで変な場所が表示されていて、友奈ちゃんに電話したんだけど、つながらなくて。それで見に行ったら、歩道にスマホが落ちていて。それで慌てて変身して、友奈ちゃんの家に届けに向かっていたの」

「そっか……ありがとう。二人は?」

 

 いつの間に落としたんだろう、と怪訝に思いつつ、友奈はスマホを受け取る。須美は悔しそうに首を振った。

 

「実は、勇者システムに欠陥が見つかって、二人は端末を返しにまた大赦に戻ったらしくて」

「え、欠陥?」

「勇者の切り札、満開機能にロックがかかっていたみたい。それも友奈ちゃんの端末以外、すべてに。それに、“あの人”にまた会って、今回の襲撃は、三体バーテックスがいて、そのうち一体は、満開なしじゃ絶対に勝てない強さだって……」

 

 これを聞いた友奈は事態を認識し、青ざめる。今がどれだけ悪い状況なのかを。

 ちょうど園子と銀の二人が端末を返したタイミング。つまり樹海化に適応している勇者は友奈と須美の二人だけ。そして、満開を使用できるのは、友奈のみ。

 そして敵は三体、うち一体は恐らく最強のバーテックス。

 

「……」

 

 これに友奈はごくりと喉を鳴らし、覚悟を決めてスマホをタップ。全身を桃色の光が包み、新たな勇者服と共に、力強い霊力が神経に宿る。

 ……満開。勇者となった彼女はその二文字を反芻する。

 安芸先生は詳しい説明は後日と言っていたが、それがとても強力な機能だということだけは知らされていた。

 

「安心して。新システムの仕様書は読んできたわ。勇者は満開を繰り返すごとに力を増すって」

「じゃあ何度も満開すれば、最強の勇者になれるね。なら、何回も満開して、私が強くなってなんとかする! いよーし、二人だって、きっと勝てる! だよね!」

「ええ、援護は任せて!」

 

 すぐそこまで振動が迫っている。須美はその場から離れ、対して友奈は仁王立ちで急襲を迎え撃つ。間もなく、巨体が大地を抉りながら特急列車となってこちらを挽き潰しにかかる。それでも両の眼はただ目前の敵だけを見据え、気迫と闘志を漲らせる。

 

 今、この世界を救えるのは自分だけ。この世界を守れるのは自分だけ。だったら。それなら。

 

「私が、頑張る!」

 

 大地を蹴り、周辺の樹海の根から眩い光の線が友奈へと伸びていく。大量の霊力を吸い、根は枯れ、引き換えに友奈の左右に巨大な腕が顕現する。

 巨大兵器同士の戦いへとステージが変わり、今までのガリバー旅行記のようなスケール差が一気に縮まった瞬間だった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 右側の巨大アームが操縦士である友奈の動きに合わせ、猛進するピスケスに対し超高速の右フックを放つ。それは鉄球が高層ビルを解体するようにその身体にめり込み、貫き、たったの一撃で回復不可能なまでにバーテックスを破壊してのける。鎮花の儀を起こすこともなく、代わりにピスケスから虹色の玉のようなものが天へと昇っていく。バーテックスを完全に討伐したことの証だった。

 

「すごい……これなら……!」

「友奈ちゃん、後ろ!」

 

 安心も束の間、振り向くとそこには二体目。奇形カブトガニのようなアリエス・バーテックスが、電撃を友奈に向けて放つ。

 

 しかし、新しい勇者システムには精霊が登載されている。友奈の精霊である牛鬼がバリアを展開し、電撃を完全にシャットアウト。須美は即座に連続射撃でアリエスの身体に銃創を刻んでいく。怯んだ隙に、友奈はもう一度アームを振りかぶる。

 

「勇者、パー──うっ……!?」

「友奈ちゃん!?」

 

 突然目の前がぐらりと歪み、全身から力が抜けていく。着地体制すら取れず、土煙を上げて友奈は無抵抗に墜落する。展開されていたアームも消失し、どうやら満開が解除されたらしい。

 

「大丈夫!?」

「うん……あ……あれ……?」

 

 数秒失った意識が回復し、須美の声が聞こえる。まばたきしながら目を開くと、友奈には目の前にある須美の顔がなんだか変に見えていた。顔色が悪いのだ。というより、なにもかも変だった。右を見ても、左を見ても、色が白と黒だけ。白い根、黒い根、灰色の空。漫画の世界に入ったようだった。

 

 強大な力に、まだ身体が慣れていないのだろうと誤魔化す。いちいち気にしていられる状況でないことを彼女は理解していたのだ。それに、深く考える余裕がなかった。

 

 まだ戦える。戦わなきゃいけない。それだけで十分だった。

 

「どうしたの?」

「ううん。気にしないで……っ!」

 

 アリエスがこちらに気付き、電圧を急速に高めていく。友奈は須美の前に躍り出て、クロスアームと精霊バリアでそれを防ぐ。すぐさま地を蹴り、再び全身に力を高めていく。

 

 バーテックスは残り二体。目の前の個体はきっと最強の敵じゃない。だったら、そいつが現れる前にすぐに倒さないといけない。

 

 満開を繰り返すほど勇者は強くなる。何度も、何度も、そうやって、自分が全部を守れるように。

 

「満開!」

 

 再び根から光を吸い、アームを創り出す。

 しかし、友奈は知らなかった。

 満開ゲージの存在を。

 満開ゲージの役割を。

 

 現在の満開ゲージは壱。満開に必要なエネルギーは、まるで足りちゃいない。

 

「満開勇者、パ────────────────ーンチ!!!」

 

 アリエスの真上に躍り出て、ハンマーアタックで突き落とす。追撃で繰り出す左ストレートが、バーテックスを拳と大地のサンドイッチにしてぺしゃんこに叩き潰した。

 

「はあっ、はあっ、あ、あれ……」

 

 再び霞のように消えていく満開アーム。滝のように流れる汗と、ぐらつく視界。血圧の急激な低下で立っていられず、耳鳴りがうるさい。それでも、休んじゃいられない。ここから。これから。一番大変な仕事が、残っている。

 

「友奈ちゃん、大丈夫……?」

「はは……だい……じょー……ぶ……?」

 

 右腕で力こぶを見せたつもりが、まったく上がらない。おかしいと思って右を見ると、なんだが視界が狭い。とりあえず立ち上がろうと足に力を込めると、何故か身体が前に倒れこんで、突然現れた脚立のような装備が身体を支えてきた。

 

「なに……これ……?」

 

 右半身が動かない。それを見越したように作り出された装備。

 おかしい。おかしいけど、今、それを考えるのは、やっぱり違うんじゃないかと。友奈の頭にもやがかかって、思考がぐるぐるめぐり始めて、考えが先に進まない。

 

 しかし、世界は立ち止まることを許しはしない。今度は視界が急速に白く染まり、逆光と共に額に汗が滲む。

 

「あー……あれかあ……」

 

 太陽。形容するならば、まさにそれ。

 今までのどのバーテックスよりも大きく、大きく、大きい。

 レオ・バーテックス。最大にして最強の敵である。

 

 レオはまずは小手調べとばかりに、星屑と呼ばれる小型個体を樹海にまき散らしていく。小型は天から流星のようにこちらに向け降り注ぎ、須美は慌てて銃を構えこれを迎え撃っていく。

 

 友奈は頭を振り、再び戦闘態勢に入る。今は御役目の最中。自分のことは、後回しだと。

 

「やるんだ……やらなきゃ!」

 

 左足を地に押し付け、空中戦に繰り出す。星屑を左拳で殴り、小型アームのような補助装備が右拳の代わりに叩く。死角である右側からの攻撃に対応できず、何度も衝撃で左に身体が逸れる。

 

「あッ……!」

 

 上空からの光量が急速に増え、気付いたころには巨大な火球が神樹に向け放たれていた。友奈は迷いを捨て、というより、思考を放棄して再びありったけの霊力を放出する。三度目の満開。友奈はその力で火球を叩き、突き抜け、そのままレオ・バーテックス本体へと突撃する。

 

 そうして繰り出した乾坤一擲。今までとは非にならないほどの大量の砂煙と共に、大きな三角錐型の物質が顔を出す。それは御霊と呼ばれる、いわばバーテックスのコアのようなもの。

 

「これを、壊せば……!」

 

 しかし、そう簡単に勝利を譲る獅子座では無い。周囲に散らばっていたすべての星屑が御霊に向け収束し、炎の塊となって恒星を創り出していく。

 

「そうは……させな──」

 

 まただ。諦念を滲ませながら再び墜ちていく。樹海の根に大の字になって天を見上げ、その間にも太陽は体積を膨らませていく。

 

「繝? 繝。縺? 窶ヲ窶ヲ譌ゥ縺上? ∵コ? 髢九r窶ヲ窶ヲ」

 

 あれ。今、なんて言ったんだろう。

 自分が発した言葉が自分で認識できず、友奈は呆然とまばたきを繰り返す。

 

「蜿句・医■繧? s縲√@縺」縺九j縺励※?」

 

 傍らで心配そうに発している須美の言葉もまるでエイリアンのよう。

 

 でも、とにかく、今は、たたかわないと。

 そう目線を上げると、変身が解除されていることに気付く。

 それはだめだ。それは、それだけはだめなのに。

 

「縺溘◆縺九o縺ェ縺? →縲√◆縺溘°繧上↑縺? →縲√◆縺溘°繧上↑縺? →」

 

 たたかわないと。たたかわないと。たたかわないと。

 たたかわないと。たたかわないと。たたかわないと。

 たたかわないと。たたかわないと。たたかわないと。

 

「縺? ♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀!!!」

 

 だって私は、勇者だから。

 

貅? ……髢!!!

 

 牛鬼を通して、霊的経路を無理やり構築する。

 変身なんていらない。満開を。満開じゃないと。あの炎を、止めないといけないんだ。

 

 だから。私が。私がやらないといけないから。私しか、この世界を、守れないんだから。

 

 友奈は吠える。友奈は叫ぶ。恐怖も、絶望も、未来も、何もかもを掻き分けて、太陽に立ち向かう。

 

 あと少し。炎にさえ届いて、真ん中の三角錐に、少しでも、触れられれば──

 

「縺?」

 

 寸前のところで、炎が何かに吸い込まれて、消えていく。代わりに、誰かが宙に浮いてそこにいる。

 

 あれ……? 須美ちゃん、どうして、そんなところにいるの? 

 そういえば……須美ちゃん、私のこと、いつの間に、()()()()()なんて、呼ぶようになったんだっけ──

 

 

 “結城さん……いつかは、ちゃんと名前で呼ぶから……だから……もうちょっとだけ、待っててくれる?”

 

 

 そう、何も見えず、何も聞こえず、何も感じなくなったガラクタの身体に閉じ込められて、彼女はただ、その言葉を胸の内で反芻していた。

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