結城友奈は選ばれない   作:おーたまー

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第八話 世界を穿つ孔

 変身した預言者の装備を目にし、須美は瞠目する。

 三百年前に喪われたはずの宝具。権威の象徴にして日ノ本の歴史そのもの。それを手にしていることが、己を『神』と定義付ける少女の在り方を何よりも裏付けている。

 

「満開で来なよ。早い方がいいでしょ」

「「「……!」」」

 

 戦いの気配を察知した神樹が、再び樹海化を起動する。安芸の通話は途切れ、この場を対処できるのは神の力を宿した三人の少女のみとなった。

 

 勇者たちは身構え、目配せして力を高めていく。

 須美以外も移動中に軽く説明は受けている。一度きりの切り札、勇者の虎の子。

 

「はいはい、戦うしかないってことねッ!!!」

 

 一番槍は三ノ輪銀。神樹の根から大量の霊力を吸収し巨大な兵器を生成していくその様を、預言者は浮遊しつつ上空から見据える。友奈は泡のようなものに包まれ、預言者の傍らで未だ眠っている。

 

 一方満開を完了させ、銀はニヤリと笑った。

 銀の満開は陸戦兵器。獣を模したその巨体の、四本の手足に伸びる爪のひとつひとつが、彼女が握る斧である。

 手数、破壊力、敏捷性。銀の戦闘スタイルをスケールアップし、行き着いた境地が、この満開だった。

 

「友奈は返してもらう! いくぞ赤い勇者専用機ぃ!」

「へえ……君の満開ってそんな感じなんだね。泳ぐの苦手そ~」

 

 預言者は全身に紅の靄のようなものを漂わせながら、右手の剣を無造作に振りぬく。同時に、その切っ先から鮮血と見紛うほど真っ赤に染まった水が大量に放出され、勇者たちの足元の水位が立ちどころに上昇していく。

 

「なんっじゃそりゃ! おい二人とも、乗れ乗れ!」

「わかった!」

「はいはい~!」

 

 須美と園子は銀の満開兵器の背に乗り、銀の肩を掴んで上空を睨む。銀の満開はべた足の突撃戦車。制空権を取られたままでは足の折れた案山子も同然。あまつさえ地上は水上に塗り替えられつつある。

 

「船とかあればなあ……飛ぶやつ」

「あ。それ出せるかも」

「おお~これぞ渡りに船~」

「緊張感ないなあ……よし、満開!」

 

 銀に続き、満開を繰り出すは鷲尾須美。

 宣言通り、彼女が生み出すのは空行く舟。銀の満開よりも一回り大きく、舟の上に大型獣が鎮座する構図になっている。

 

「よっしゃいけいけえ!」

 

 銀の怒号に続くように、須美の艦艇は預言者に向け光線を乱射し、逃げ場を奪いながら一直線に距離を詰めていく。預言者は剣と鏡で軌道をずらしつつも、勇者たちから目を離さず滞空する。

 ある程度近付いたところで銀は舟から獣を跳躍させ、前足を振りかぶりながら預言者へと轟音と共に迫りゆく。

 

「うおおおおおもらったあああああああ!!!」

 

 樹海に響き渡る鋼同士の摩擦音。うねる剣と爪の如き斧が交差し、あまりの衝撃に須美はよろめく。しかし力の均衡はどちらかに傾くことはなく、両者弾かれ仕切り直し。銀の戦車は再度須美の船に着地し、間を置かず預言者へと飛び掛かっていく。しかし何度繰り返しても預言者の動きは全く鈍らず、表情は少しも歪まない。対して銀の額からは汗が滲み始め、呼吸は少しづづ乱れていく。何十回目かの鍔迫り合い、ついに銀の戦車に靄がかかり始める。

 

「ぐぬぬぬぬぬぅ……!」

「銀!」

「!」

 

 銀は須美の呼びかけの意図を理解し、須美の船上へと再び退避。と同時に、船頭に搭載されていた砲台から激しい稲妻のようなものが迸り、戦車の股下をくぐるように彗星の如き蒼い砲弾が預言者目掛けて解き放たれる。直前まで銀の戦車そのものが死角になっていたため、流石の預言者も目を丸くし、慌てて左手の鏡を突き出す。すると鏡の中に収容されていたレオ・バーテックスの御霊弾が鏡から発射され、須美の砲弾と正面から激突した。

 

「やっぱり強いな、勇者たち!」

 

 しかし一歩遅かったか、衝撃を殺しきれず預言者は顔を庇いながら吹き飛ばされ、地上に張られていた深紅の水も光の粉となって消えていく。

 

「──っ」

 

 預言者は着地をしくじり、砂煙が視界を奪う。

 しかし意識を失ったわけではない。銀と須美の満開も時間切れで解除されている。となれば、残るは──

 

「乃木園子──!」

 

 上体を上げられぬまま、右腕の鉄剣を真上に突き上げる。視界に映るのは、降下しながら槍を己に突き立ててくる紫色の勇者。

 

 響く衝撃。乃木園子の心臓を阻む精霊の防壁が閃く。同様にして預言者の首から勾玉が浮き上がり、全く同じ結界を展開。刺突と刺突、バリアとバリアが反発しあい、激しい振動が大地を揺さぶる。

 

 言葉を発する余裕も無い。互いに残された選択肢は得物を押し付けることただひとつ。消費される満開ゲージ。亀裂の入る勾玉。頬を伝う温い汗、吐き出されることなく押しとどめられる呼気。全身に奔る筋肉の断裂、極限まで収縮する血管、雷撃のように胸を震わせる脈動。

 

「「──ッ!!!」」

 

 やがて限界を超え、それぞれの瞳に紅の筋が刻まれた時、ついに均衡は破られる。

 

「……はあ、はあ、はあ」

 

 瞼を歪ませる預言者。身に着けていた勾玉は木っ端みじんに砕け、こめかみから頬を通り、首筋まで金色の亀裂が入っている。そして園子の満開ゲージはゼロ。槍は預言者の顔の横に突き刺さり、鉄の剣は園子の胸の横に逸れていた。

 

「ぜえ、ぜえ……これ、没収~……だよ~……」

 

 園子は槍を収め、預言者の鏡と剣を奪い取って放り投げ、尻もちをついて息を大きく吐き出す。

 

 その時だった。

 黒板を引っ搔いた不快音が響いたと思えば、ガラスが割れたような音が続き、最後は暴風に近い轟音が周囲を埋め尽くす。空を見上げた各々は、その景色を見て唖然とする。

 

 空に、孔が開いていた。

 大きな空洞を中心として、切れ目のような小さなものがその周りにいくつか。これを見た須美の脳裏によぎるのは、以前に見た神託。

 

 神樹も、太陽も、何もかもが、嵐に呑まれて消えてしまう光景。その嵐というのが、これなのか。

 

「痛ッ……」

「どうしたの、銀!?」

「いや、なんか、右手が……いや……なんだ……あれ……アタシ……アタシって……」

 

 銀の顔がみるみる血の気を失っていく。続いて須美も突然糸が切れるようにその場に倒れ込み、何も言えぬまま無言で涙をぽろぽろと滴らせる。

 

「……ど、どうしたの、ふたりとも」

「お迎えが来たんだよ。私の」

「どういう、こと?」

 

 預言者はふらふらと立ち上がり、うろたえる園子を無表情に見つめる。間もなくして、園子もまた呆けた顔に変わり、頭を抱え、怯えるように預言者を見た。

 

「あの孔はね。世界を区別する壁が壊れて出来たものでね。あそこから、他の世界の君達の体験が流れ込んできてるんだよ。まあ……色んな世界があるけれど、大筋は一緒。三ノ輪銀は死ぬ。鷲尾須美は記憶を喪失する。乃木園子は身体機能をほとんど喪う。そして……友奈ちゃんは、世界を救う為に神婚をする」

 

 預言者は空に漂っていた友奈を目の前に降ろし、両手に抱きかかえ、続ける。

 

「君たちの戦いはね。最初から意味がないんだよ。世界を救う為にどんなに必死に戦っても、身を粉にして踏ん張っても、結末は同じ。滅ぶか、神の眷属になるか、二者択一」

「……貴方の世界も、そうなの」

「私の世界は特殊でね。もう滅んでるんだ。私のせいで」

「え……?」

 

 預言者は寂しそうに笑いながら、中心の大孔に指を差す。

 目を凝らす園子の瞳に、不思議と映る少女の過去。

 

 

 ……まだ、人が神を忘れていた時代。

 神宮と呼ばれるその組織は、人類を憂いていた。

 今の人類は、神を信仰していない。信仰心を喪った人類を、天はいつか雑草と見なす。

 

 我々は天より降りし神の末裔。その誇りを取り戻し、天の粛清を回避するには、指導者が必要だと。

 

 つまり、人から神を作るべきだと、彼らは考えていた──

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