結城友奈は選ばれない   作:おーたまー

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第九話 結城友奈は選ばれない

 ──結城友奈は選ばれない。

 

 ほとんどの平行世界において、物語の結末は彼女と共にある。しかし、その世界は例外だった。

 神婚。神と人との婚姻にして、人が神の眷属となる為に行われる神儀。

 そう、彼女は選ばれない。選ばれるはずがない。そもそも、生まれてすらいなかったのだから。

 

 

 *

 

 

 確か、私が八歳で、妹が五歳のころ。

 妹……友奈ちゃんが禁域に入った罰として、屋敷裏の森の奥にある、小さな納屋に閉じ込められたことがあった。

 天孫を祀る社である高屋神社は、神世紀から香香之宮が管理していて、その本宮に、神宮が西暦からずっと大切にしている宝物が隠されている……そんな話を私がしたから、友奈ちゃんはそれを一目見たいと思ったんだろう。

 けれど、神殿には精霊が配置されていた。何者かの侵入を知らせるアラートセキュリティ。それに見つかった妹は、両親や神宮の幹部から大目玉をくらったのだ。

 

 齢五歳の少女には、少々やりすぎなしつけかもしれない。けれど、普段に比べてそこまで過剰というわけでもなくて。なんせ、友奈ちゃんは神宮にとって忌み子。誕生の際に逆手を打ったということだけで、天にあだなす悪神の種子を宿していることになるとかなんとかで、彼女はずっと、何かにつけ陰湿な嫌がらせを受けていた。両親さえも、いや、両親こそが率先して、その流れを生み出してさえいた。

 

 でも、そんなのは私には関係がなかった。閉塞的な神宮の中で、妹だけが私を理解してくれた。

 私は屋敷を抜け出して、友奈ちゃんを助けに行った。

 神宮が使役する精霊の影響で、この森の霊力が乱れていることは知っていた。そのせいで、虫や動物たちの中に変異体が現れていることも。

 それを皆わかっていて、友奈ちゃんは森に軟禁された。もう、あの子の命を心配している人なんてここにはいない。私しか、あの子を救うことはできなかった。

 

「……!」

 

 懐中電灯の先に、うねる影。落ち葉を擦る音の連なり。

 それらはくすんだボロボロの納屋の壁を埋め尽くし、中にいる何かに集っているようだった。

 中に飛び込んだ時、目に入ったのは蛇に囲われ、札を握りしめる妹の姿。以前私がこっそりと渡していた蛇払いの礼装、蛇の比例のおかげで、簡易的な結界に守られていた。

 しかしそれも限界。札はすでに朽ち始めている。

 

 やがて、私の殺気を感じた魔蛇たちはこちらを見ては重なり合い、八岐となって首をもたげる。直後に勢いよく伸びてくるその首の一つを私は素手で掴んで、小刀で突き刺した。そのまま身体を蹴りつけて、切っ先を振り回して追い立てる。そうして危機は去り、私は泣きじゃくる妹を背負って帰路に立った。

 帰り道、身体の芯が熱くなって、私は一度妹を背負ったまま倒れ込んでしまったけれど、多分、あれは祝福だったのだろうと思う。

 なぜなら、私は選ばれたからだ。

 

 

 時は神世紀72年。バーテックス教団によるテロが全国各地で頻発する。

 その裏には、神宮による支援があった。

 資金、情報、対人型精霊兵器。狙いは、大赦による支配からの脱却及び、“正しい国家観”の再形成。

 はじめに天あり、次に天神あり。そして天より降りし天孫あり。この国は、天神の末裔であるという誇りによって成立してきた。故に神世紀より形作られてきた今の在り方は歪で、さもしく、裏切りである。それが神宮の言い分だった。

 

 要するに、天の神様を崇めようというのだ。昔はそうだったのだからと。

 私はこの動きに異を唱えることも、何か行動を起こそうとも思わなかった。まだ14歳だったというのもある。それ以上に、この乱事のおかげで、周囲の妹への関心は薄れ、世間の様相とは裏腹に私達は平穏だったのだ。私は満足だった。妹の笑顔さえあれば、何もいらなかった。

 

 しかし、それがそう長くは続かないということも分かっていた。

 鏑矢という神の力を宿した少女達により、テロは次々と鎮圧されていく。そんな中、私は何かに導かれるようにあの禁域に立ち入った。

 そこにあったのは、鉄の剣、鉄の鏡、古びた勾玉。触れた瞬間、それらは艶やかに光り輝き。それを見た神宮の幹部と両親は狂喜乱舞した。

 そう、私は選ばれたのだと。天に。これこそ、鏑矢を討ち、大赦による神樹信仰の終焉をもたらせという導きであるのだと。

 

 その時私が思い出したのは、神宮の悲願である。

 三種の神器。神宮は過去、天に由来するこの宝物を持ち出し、触媒と為すことで、人から神を造ろうとした。しかしその儀式は最後まで行われなかった。なぜなら、バーテックスが襲来したからだと。

 何度も思ったものである。その儀式こそが、バーテックス襲来の原因だったのではないかと。

 神宮は西暦から、いつか来る天の裁きを何度も大社に進言してきた。しかし、その積み重なった火薬に火を点けたのは、神宮だったのではないかと。

 

 そんな神宮の末裔である私が、天に認められる……。

 正直言って疑問は拭えなかった。

 それでも、選択肢はなかった。ここで私が断れば、引き換えに妹が犠牲になる。私が友奈ちゃんを愛していることを、大人たちはよくわかっていたからだ。

 流されるまま……友奈ちゃんの幸せと引き換えに、私は神宮の剣となった。

 

 鏑矢は手強かったが、それ以上に私は強かった。彼女たちを縛り上げ、私は大赦の本部へと赴く。大赦の警備も精霊もなぎ倒して、私は一人の老人の御前に立つ。縄に繋がれた少女たちを横に置いて、私は語り掛ける。

 

「貴方が乃木若葉さんですか」

「……如何にも」

 

 バーテックス襲来を経験した最後の生き残りにして、人類を救った英雄。勇者乃木若葉。

 大赦の頭は、年齢に反して力強く私に答え、続ける。

 

「君は、その力をどう解釈しているんだ」

「え……ああ、天の神様の……」

「ここに神宮の者はいないし、大赦の者もいないよ」

「……わかりません。だって、この剣は……どっちなのか」

「そう。その剣は元は土地神の力の化身。それが天神に捧げられ、次に天孫、そしてその子孫へと託されていったものだ。もはや天の所有物ではない。君は、勇者として認められたんだよ」

 

 そう言って激しく咳き込む老婆の前で、私は右手の剣を見つめる。

 なんとなく分かっていた。

 この力はバーテックスを退ける力を宿す、土地神由来のものであると。だからといって、それを言い出しても大人たちは聞く耳を持たないだろう。自分の命が、食べ物が、土地が、風が、家族が、土地神によって育まれたものであるという事実から目を逸らして、これからも生きていくのだ。

 私自身も。

 

「君がなぜ大人たちの言いなりになっているのかは分からない。なんせ君は世界最強だ。なんだって出来る。御覧の通り……ゲホッ……ああ……国家転覆……さえも。でも……これだけは……真実だ。他の誰かのために……何かを犠牲にする……勇気。それ……が……勇者たる……者が持つ……資格で……あり、全てだと……いうこと……が……」

 

 それを最期に、彼女は喋らなくなった。

 役目を終えた私は、まばたきして、剣を見て、反芻する。

 

『君は世界最強だ。なんだって出来る』

 

 神宮の目指す未来は、大赦のそれよりも優れているのだろうか。

 妹が幸せになれる未来は、どちらにあるのだろうか。

 

「あのさ。君たちは、なんで鏑矢になったの?」

 

 私は傍らの少女達に問う。これに、赤い髪の少女は答える。

 

「そうだね。この世界が、好きだからかな。レンちはおうちの為って言うだろうけどね」

「このザマでは、それも叶わなそうですけどね」

「……そっか」

 

 頷き、私は二人の縄を解いて、続ける。

 

「大人たちと話してくるね。私も、この世界が好きって、言えるようになりたい」

 

 鏑矢達はにっこりと笑って、親指を立てる。

 そうして、私は大赦の屋敷から出ていった。

 ──が。敷地に待ち受けていたのは、両親と神宮の一派、それにバーテックス教団の構成員達。

 そして、白無垢に身を包んだ、私の妹、友奈ちゃん。

 

「あれ……」

「全部聞いていたわよ、(みこと)。天にあだなす悪神の種子……友奈という穢れに触れすぎたようね」

 

 私ははっとして、全身をまさぐり、硬い金属に触れてそれを引きはがす。

 ……盗聴器。

 私はそれを地面に落として、目を逸らして答える。

 

「いや……友奈ちゃんは、関係な……」

「黙りなさい!!!」

 

 周辺に響く金切声。私は委縮し、友奈ちゃんは震えて涙をこぼす。私はそれを見て我に返り、右腕に力を込める。

 今の私は世界最強。なんだってできる。なんだって。なんだって。

 

「……友奈ちゃんに触るな」

 

 私は切っ先を母に向ける。負けない。負けてたまるか。思いっきり目じりを突き上げて、唸るように。

 

「この剣に間合いなんてないよ。ここにいる全員輪切りにするのに三秒だってかからない」

「ふふふ……」

 

 母はニタリと笑い、周辺の神官が印を結び始める。

 途端に空気は淀み、妹の足元から陣が浮かび上がる。

 

「ああああああああああああああああああっ! おねえちゃん、おねえちゃん!!!」

「友奈ちゃん!?」

 

 その叫び声は、今まで聞いたどれよりも痛々しかった。聴覚から届く信号は脳細胞を砕き、全身を恐怖が駆け巡る。

 手練れの術師による手の込んだ呪詛。しかしこの規模は一朝一夕で練り上げられるものではない。

 それこそ、生まれた時から、術式を肉体に刻印していなければ──

 

「この術は身体機能を無理矢理引きはがす為のものよ。貴方にも同じものが宿っている。私が死ねば、自動的に起動するよう細工を施してあるわ。いつか大赦を屈服させた時、香香之宮の血筋が再び神の座に立つ。そう……神樹と結ばれるには、人の身体は、穢れになるでしょう?」

「は……神樹……?」

「神婚。それこそが人類最後の偉業にして、歴史の終端。そして悲願。人は神の眷属となり、不完全性から脱却する。その先にあるのは無窮の安寧。まさに神の末裔としての使命!」

「ちょっと待って、神婚したら、どうなるの」

「死ぬわ」

 

 血の気が引いた。もはや理解を超えていた。

 友奈ちゃんに着せられた白無垢はどう考えても花嫁のそれ。この人たちは、私たちを殺すためにここまで育て上げてきたというのか。

 いや、産まれる前から、私達は儀式の祭具に過ぎなかった。

 こんな世界、誰が、好きなんて言えるんだ。

 

「……友奈ちゃんである必要はないんだよね」

「ああ~友奈を死なせたくない~? じゃあ、貴方が花嫁になるしかないわねえ~! ああ~よかった。逆手を打つような忌み子じゃ天の理解なんて得られないけど、貴方なら最適! 遂に報われるのね、神宮の祈りが!!!」

 

 もう何を言っているのか分からなかった。

 私は為されるがまま白無垢を着せられ、為されるがまま神樹の御前で儀式を進められた。

 正直、もうどうでも良かった。

 人類も、神も、全部自分勝手だ。

 ああ。いっそすべて、滅んでしまえばいいのに。

 

「……?」

 

 儀式も終盤、最後の仕上げという時、天が暗雲に染まる。雲間から見えるのは、三種の神器がひとつ、八咫鏡。

 あれは、私の装備のひとつじゃなかったか。

 ……ああ。そういうことか。

 西暦の終わり、バーテックスは儀式を阻止するように襲来した。やっぱり、天の神は神宮が嫌いで、その上、天孫の子孫を宝具の継承者として認めてはいない。

 

「あっはは~」

 

 乾いた笑い声が漏れる。

 どちらにしろ儀式は間に合うだろう。白い蛇が私の魂魄を食いちぎっていき、だんだんと意識が遠のいていく。せめて、天の裁きってやつが下ればいいのにな。神宮のみんなにさ。

 だって、そもそも、全部私たちのせいなんだから──

 

「あれ」

 

 白い蛇が黒く濁り、苦しんで悶え始める。

 周囲の術師たちも頭を抱え、やがてミシミシと音を立てて膨らみ始める。

 

「え、え」

 

 四肢は軟体動物のように水ぶくれ、内臓が漏れてそこから歪な花が咲く。頭部は白く染まり、どことなくバーテックスに似ているような。

 

「失敗……じ……ダ……」

 

 術師が次々と怪物に変貌していく。もはや人の形をとどめている者はほとんど残っていない。もし、これがこの世界中で起こっているのだとしたら──

 

「あが……ギャ……でぎぞ……ごナ……」

「お母……さん……」

 

 母はそれこそ呪いのような言葉をつぶやき、恨めしくこちらを睨みつけて肉の塊に変わってしまった。私は呆然としつつも、すぐさま目を見開いて叫ぶ。

 

「友奈ちゃん……友奈ちゃん! どこ!? あッ……!」

 

 妹を探して駆けだすも、目の前に怪物が立ち塞がる。私は何のためらいもなく鉄剣を振りぬき、周囲にわらわらと群がる元人間たちを紅く染め上げていく。

 やがて見つけた人影。私は声を掛けて駆け寄っていく。間違いなく妹だ。

 

「友奈ちゃん! あっ、なんで!?」

 

 しかし、妹は根に巻かれて、あっという間に地下に連れ去られてしまう。

 私は絶望して地面に手を付き、拳で何度も打ち付ける。

 友奈ちゃんを。せめて友奈ちゃんだけは。返して。返してよ。

 そう叫び続けた。

 

『ごめんね。でも、こうしないと、この子もすぐに化け物になっちゃう』

 

 脳裏の裏に響く優しい声。私は顔を上げて、右に左に首を振る。

 

「!? 誰、誰なの」

『この子がずっと生きづらかったのも、私の責任かな。ごめんね。何にもできなくて』

「……え」

『あなたのことを好きな神様と、そうでない神様がケンカしちゃってね。でも、かなりの数があなたに宿って力を貸してくれる。だから落ち着くまで、どこかで休んでいて。もう帰ってきたくはないかもしれないけれど、放っておいても、孔は開いてしまうから』

 

 そこで、私の目の前に孔が開いた。

 私の意思に関係なくそれは私を引き寄せ、どこかへ連れて行こうとしている。

 

「待って、せめて、名前、名前を」

『──友奈って、いうんだ』

 

 そして、視界がぼやけ、肉体と魂は亜空間に投げ出される。

 こうして、世界を巡る旅が、始まったのだった。

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