エル君の説明に、ディートリヒ先輩と親方さんが唸っている。
「………すまんが、もう一度言ってくれ」
「はい。ですから僕が乗っても操縦桿や鐙に手が届きません。なので魔導演算機内の魔法術式を転写して、“自分で演算して”幻晶騎士を動かしたのですけど」
こうして聞くととんでもない話だ。幻晶騎士の制御系たる魔導演算機の代わりを自分の頭でやったのだから。
実を言うと僕は、僕自身がやったように魔導演算機側へ干渉して操作入力をエル君がやる形で操縦したのだと思っていた。だから「グゥエールの制御術式を書き換えたのはすごい」とエル君にも言ったのだけど、それは僕の想定とは違った。エル君は、自分の脳のほうの魔術演算領域で書き換えをやって、動かしたのだ。
エル君は魔導演算機を内蔵している、と言っても過言ではないのかもしれない。
「百歩譲って、そいつはまあいいとしようや。で?それとこいつが魔力の途絶で自壊してるってのと、どういう関係があるんだ?」
「魔導演算機を代替するということはつまり、あらゆる機能を自由に操作できるということです。それで陸皇亀にとどめを刺す際に安全装置を解除して、機体の持つすべての魔力を攻撃に回しまして。構造強化を維持できないほど魔力を使ってしまったのですよね」
「バッカ野郎、そんなもんどうやって対策しろってんだよ!そもそもが魔力切れ対策としての安全装置だってのに」
「でもエル君くらいしかやらないですよね、そのレベルの制御って」
「そう思います。対策は急がなくてもいいのではないでしょうか」
「当たり前だ、そんなもん簡単にやられてたまるか!もういい、あとはアレだ。脚の結晶筋肉が疲労断裂してやがったんだがアレもお前のせいだな?」
「ああも跳ね回ったらね………」
「アレは直接制御の反動ですよ。グゥエールに普段想定された以上の負荷をかけたために、限界を越えて断裂してしまったのです。おかげでかなりの窮地に陥ってしまいました」
「お前なあ、全身張り替えなんぞやった日にゃ普通ひと月以上は無事に動くってのに、一回で潰してんじゃねぇよ………」
親方さん、完全に呆れたようだ。頭に手を当てて天を仰いでいる。でも、すぐに次の問題に気づいたらしい。
「おい、するってえと何か?坊主が本気出せば“どんな機体に乗っても”潰れるのか?」
この気づきの早さ、さすが。
「その可能性が高いですね。騎士団のカルダトアならば結晶筋肉の品質が高いので、もう少し長持ちはするかもしれませんけど」
「それでも最終的にはダメになる、っていうのは問題だよね」
「そっちの黒色坊主の言うとおりだ。そいつを改善しねぇと鍛冶師の面目が立たねぇな………とはいえ、こんなもんを今すぐどうにかする手段なんてねえしな」
僕はエル君をちらりと見る。結晶筋肉の改善が必要なのは、僕らも話していたことだ。とはいえ幻晶騎士の構造をより深く理解しているのはエル君。たしか、エル君には案があったはず。
エル君はにっこり笑いながら僕を一瞬見返して、それから口を開いた。
「そういうことでしたら、ちょうどいいアイデアがありますよ!対策も抜かりありません、要は結晶筋肉の耐久性を上げれば良いのですよね」
事も無げに言うことではない、というのは親方さんの反応が物語る。
「あん?結晶筋肉の耐久性を上げるだとぉ?そのために錬金術師の野郎どもがどれだけ長い間、研究に没頭してると思ってんだ。実際、ここ百年以上ほとんど改良されてねぇんだぞ」
「確か、使い方を変えてみればって言ってたよね」
「ええ、結晶筋肉自体は変えません。僕も錬金術に関する知識は乏しいわけですし」
錬金術を学ぶことになれば、幻晶騎士をほっぽって学ばないと実践的にできないだろう。それはエル君にとって許容できないに違いない。
「故事に曰く、一本の矢は折れやすいが三本なら容易には折れない、とあります。つまり、結晶筋肉の繊維を複数束ねて、縒り合わせるんです」
「その故事は通じるの………?」
僕はどうでもいいことにつっこむ。でも実際、ディートリヒ先輩やキッド君たちもピンときてなさそう。一方で親方さんは顎に手を当てて真剣な顔だ。
「一本一本は貧弱だとしても、縒り合わせれば耐久性は上がるのではないかと。それに、編み込むということは直線的に一本張るより、収縮の距離も長くなるはずです。これは出力の増大につながります。名付けて、綱型結晶筋肉。このようにするのは………いかがでしょう?」
エル君は説明しつつも、実際に結晶筋肉の繊維を編んで、綱にして収縮させている。
このあたり、僕はあまりよくわかっていない。素人なりに考えてみると、結晶筋肉は伸縮する素材でできたもので、複数を並列配置すれば自然と一つ一つに対する負荷は減る。そうなれば、疲労断裂するまでの時間は長くなるし、合わせた最大出力は当然上がる。そういうことなのだと思う。収縮距離が長くなれば出力も増える、というのは素材の特性なのだろうか。人間の筋肉は力を出すのに最適な長さがある、と聞いたことがあるけど。
親方さんは静かにエル君の編んだ綱型結晶筋肉を受け取り、調べている。調べて頭を振り、考え込む。そうして少しの間考えてから、ため息がちに呟く。
「結晶筋肉の繊維を縒って使うだと………こいつは盲点だ」
「そうなのですか?今までやっていなかったのも不思議でしたけど」
「確かに坊主の言うとおりだ。言われてみればなかったのが不思議なくれぇだ………。だがよ、幻晶騎士の改良ってのは普通、骨格の形とか筋肉の張り方を考えるもんだ。あとは材質を向上させるか。筋肉の組み方を変えるなんてことは誰も考えやしねえんだ」
「………それって、幻晶騎士が巨人型だからですよね。大きな人として、人の形を元に改良されてきたけど、根本的な筋肉の形は人のままだったってことですか」
「だろうな………は、はは!わかってみりゃこいつは面白ぇな!ちょうどいい、今修理中のやつにさっそくこいつをぶち込んでみるか!」
親方さん、めちゃくちゃ上機嫌になった。今にも作業を始めそうだったけど、そこにエル君は満面の笑みで追撃した。
「でしたらついでにもう一つ。人の形にも、手を入れてみませんか」
これは僕も思っていたことだ。ここで出すとは思わなかったけど。
「背中に腕を増やしてみようと思うのです、親方」
まわりの理解が追いついてないのはすぐに分かった。親方さんは固まっているし、キッド君たちも口元をゆがめつつコテン、と首を傾けている。バトソンくんはまたか、みたいな感じだ。
人の形をした幻晶騎士の腕を増やす、というのはそれだけ常識外の発想なのだろう。僕とエル君にとっては馴染みがあるけど。補足を入れようと思ったら、親方さんが聞き返した。
「………一応、念の為訊くぞ。な、何のために、どうやってだ?」
親方さんの声が震えている。斬新な発想を連続で聞かされたせいなのか。
「前回動かしたときに気づいたのですが、幻晶騎士って、腕が二本しかないですよね」
うんうんと頷いていると、アディちゃんが反応した。
「え?うん、もちろんだけど。それが当たり前っていうか、え?」
「まずは聞こう。説明してくれるからさ」
この反応で、この世界の普通の人の幻晶騎士に対する考えがよくわかる。幻晶騎士はやっぱり巨大な人であることが第一なんだ。
「ここで問題に思ったのが魔導兵装の扱いです。幻晶騎士が遠距離攻撃を行うためには魔導兵装を使用する必要があって、それを扱うには手に持って使うしかありません。だから、距離と状況によって剣と魔導兵装を持ち変える必要が出てきます」
僕がやったように、二人乗りで魔法を発動するのも問題だろう。僕は幻晶騎士という魔力を通す機体の腕を杖に見立てたけど、これだって腕を占有しているのに変わりはない。銀線神経を介した直接制御だってふつうはしないのだし。
つまりは背部兵装。これが実現すれば、一機が同時に三個以上の魔導兵装を扱うことすらできるはず。
………とはいえ、やっぱり周りはピンときてなさそうだ。
「それが当たりまえ、だったんだよね」
なので続きを促す。
「ええ。ですが、それはかなり非効率的だと思うのですよね。持ち変えるときの隙も大きいですし、当然、至近距離になれば魔導兵装をしまわざるを得ません。ですから背中に魔導兵装を使用するための腕………のようなものを追加したいのです。わざわざ持ち変えなくても、いつでも魔導兵装を使えるように」
「それがあれば、例えばつばぜり合い中に魔導兵装を急に撃つ………なんてこともできるね」
補足してみるけど、やっぱり周囲の反応はよろしくない。
最初に具体的な疑問を挙げたのは、親方さんだった。
「坊主ども………お前らの言わんとするこたぁ、わからねぇでもない。この際、腕を増やすなんて暴論の是非はちょっと横に置いといてやる。しかしよ、仮に魔導兵装用の腕を増やしたところでそんなもんどうやって動かすんだ?言うまでもねぇあろ、人の背中にゃ腕は無ぇんだよ。無ぇものはどうやっても動かせねぇ」
そういうことか。幻晶騎士が人型なのは、制御系の問題もあったらしい。操縦桿と鐙。それが四肢の操作に対応する形で、そこを基本に大きい人間として発展してきた。その価値観が染みついていたから拒否反応があるのかもしれない。
でも、エル君はそんな疑問に対する答えを用意しているだろう。僕にもどうすべきかは想像がつく。
「懸念はごもっともです。ですが何も本物の腕を追加するわけではありませし、また腕と同等に動かす必要もありません。要は魔導兵装を保持して撃てさえすればいいのですから。つまり、同時に専用の自動動作術式と、照準用の機能を作ります」
単純な話だ。いままでなかった部位を付け足すなら、当然制御系も付け足すことになる。
「それらを合わせた魔導兵装専用の部位の追加、そしてその制御機構の追加。これが僕の提案………“背面武装”と“火器管制システム”の、開発です」
エル君は全く臆せずに言い切った。いつの間にか作業場は静まり返って、鍛冶師の人たちが僕らのほうに目を向けている。
………あれ?考えてみると、エル君は幻晶騎士を見に来ただけじゃなかったっけ。