鐘声と軟風   作:ダンまちファン

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一話 道化のベル

 

 

 ──地下迷宮(ダンジョン)

 

 世界で唯一怪物(モンスター)が湧き出る未知の穴であり、数多の階層に分かれたその広く深すぎる穴の全貌を掴んだものは誰もいない。

 

 どこまでも繋がっていそうな深淵。それが──地下迷宮(ダンジョン)

 

 それは、豊かな資源がある果てしなく危険な場所。人には想像のつかない体験や……出会いすら待ち受けているあらゆる可能性が眠る場所。

 

 ──未知。

 

 未知(ゆめ)を求めて、未知(みらい)に挑む。そんな偉大なる開拓者を人は【冒険者】と呼んで尊んだ。

 

 これは多くの冒険者の中でたった二人に焦点を当てた英雄譚。立派な鐘(グランドベル)新しい風(ニュースター)の物語だ。

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

「総員、盾構えッ!!」

 

 小人の勇者(フィン・ディムナ)の掛け声に心を震わせ迎え撃つ。場所は地下迷宮49階層《大荒野(モイトラ)》。波のように押し寄せるのは黒く硬い皮膚を持った山羊の魔人たる怪物(モンスター)だ。

 

「前衛、密集陣形(たいけい)よし! 後衛は攻撃を続行しろ、怯むな!」

 

 道化の旗が強く揺れる。彼らは冒険者の双璧の一つ、ロキ・ファミリア。フィンの指揮が戦場に響けば優秀な彼らは各々の仕事を確実にこなしていく。波に押し勝つ鎧兵、弓で撃ち抜く妖精達。多種多様、十人十色の魔法が怪物に飛べば、破裂し甚大な被害を与える。

 

「いくらなんでも多すぎーっ!」

「うるさいわよティオナ!! 口よりもっと手を動かしなさい」

 

 そう言いながらも派手に怪物をぶちのめすのは褐色肌の女系民族(アマゾネス)の二人、ティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒリュテだ。

 ククリナイフを操り格闘術で怪物に攻撃を与えていくティオネと両刃大剣の薙刀のような派手な武具を豪快な力で振り回すティオナはファミリアの中でも上位の貢献をしていた。

 

「みんな! こんな修羅場は慣れっこだ、いつも通り乗り越えるぞ!」

 

(なんて檄を飛ばしたけれど、そろそろ詠唱の完成はまだかリヴェリア)

 

 苦しい怪物進行を耐えるために気を引き締めさせる檄を飛ばすフィン・ディムナ。だけれど指揮官だからこそ、一番危険がわかるというもので。

 この状況を乗り越えるための切り札の完成を今か今かと待っていた。

 それでも焦りは表情に出さない。リーダーの態度は全体に影響を及ぼすと誰よりも知っているから。勇者のように強く笑い、信じていると声をかける。団員の心を掴み戦況をより良く持っていくものの均衡は続いていく。

 

(もしくは……)

 

「もうさぁ、忙しすぎるよぉ〜。早くベルも前線に出しちゃうべきだって〜」

 

 金髪の勇者と怪物を殺すのに疲れた女傑は同じタイミングで同じことを思った。思いの先は後方で団員全員に勇気を与えている《大鐘楼(・・・)》。階層(フロア)全域に届かんばかりに鳴り響く雄大な音は延々と現状に抗う人を励まし続けている。

 

 白い髪、目を瞑って集中する男の子。白い光が辺りを照らし神秘的な光景は戦場でありながら人の目を奪う。

 

 だからだろうか、近くの戦場で勢いよく突進した怪物に部隊を守る壁としての役割をこなしていた前衛が吹き飛ばされて穴が空いた。

 

 そこで守られていたのは山吹色の髪をした妖精(エルフ)。後衛の中でも随一の強者であり、誰もが頼りにする切り札の一つである。怪物の暴虐は止まらない。華奢な少女を無惨な肉片にせんと容赦なく突っ込んでいき、

 

「不愉快です」

 

 妖精によって、詠唱しながら腰に携えた細剣(レイピア)を使って綺麗に引き裂かれた。

 レベル5()。若手ながらも修羅場を潜ってきた貫禄のある妖精貴。レフィーヤ・ウィリディスは自分の仕事をしながら前衛のカバーを完璧に行い見事危機を乗り越えた。

 

「ベルッ!」

「ベル、いけるかっ!」

「……はい、いけます」

 

 静かに響く少年の声。その返事をここにいる誰もが待ち望んでいた。途端に、鐘の音はより強く響きだし、光も祝福せんとばかりに()()を照らし出した。

 

 イメージする。想像の鮮明さこそがこの戦場を左右する武器になる。少年は標的を見定めて大剣を振りかぶる準備をした。

 

 想像する英雄はもちろん決まっている。

 誰にも真似することができない災禍の怪物。

 灰の魔女を、次世代へと使命を託し焔と共に消えていった静寂を想像する。

 あの、全ての視線を釘付けにした大鐘楼の一撃を再現する。あのめちゃくちゃな怪物をどうにかしてしまった凄い力を、美しい音色を……彼女の鐘の音と比べれば拙く煩わしいかもしれないが未熟ながらも響かせる。僕はここにいるぞと、味方にそして敵に知らせるように。

 

 英雄の一撃(アルゴノゥト)がここに放たれる。

 

 誰もが待ち望んだ物語の一撃。剣閃は振りかぶった先の悉くを切り裂いて怪物の集団に多大な被害を与えた。

 

 味方は歓喜する。最強の一角の放った剣に感化されて勝利を確信して興奮のままに叫ぶ。

 怪物は怯む。理性などないであろう怪物は自分以上の暴力と獲物の気迫に気をされて攻撃の手を緩めてしまう。

 

 これがオラリオの誇る第一級冒険者……世界最速兎(レコードホルダー)英雄の架け橋(テセウス)の力。ベル・クラネルは戦場に勝機を生み出した。

 

『ヒュゼレイド・ファラーリカ』

『レア・ラーヴァテイン』

 

 そのチャンスを見逃す二人ではない。九魔姫(ナインヘル)妖精貴(フローラル)……第一級冒険者でありロキ・ファミリアの主戦力であるリヴェリア・リヨス・アールヴとレフィーヤ・ウィリディスの二人の炎波が戦場を燃やし尽くして危機は完全に燃え去った。

 

 

 危機を乗り越えたロキ・ファミリアは疲労と共に50階層の休息地帯(レストポイント)に辿り着き一同は野営の準備を始める。団員が忙しなく活動する中、本陣では道化の三首領とベルが話していた。主に、フィンとベルが先ほどの戦いを振り返っている。

 

「フィンさん、貴方の言うことだから従いましたけど……あの戦場ではボクも前に出てよかった。励ましの鐘の音も要らなかったし、詰めをリヴェリアさんとレフィーヤに任せて削っていれば全体の損傷は少なく済みました」

「だけれど、それをすると君の負担が計り知れなくなる。精神力(マインド)体力(ヒットポイント)のどちらが大事か秤にかけた結果さ。それに君を後ろに置いておいた方が団員の精神安定にも役にたつ。そうだったろう?」

「そんなのは団長(フィン)が指示をしているだけで充分でしょうに。事実、レフィーヤのところでは前衛が崩壊していましたよ。あれが別の場所で起きていたらどうなっていましたか? 全体の安全のために最善を尽くすべきだ」

「だからって個人に全てを託すというのは集団を軽んじる行為だ。任せるという行為は人を強くする。それにいつでも君がお守の出来る状態とは限らない。未知を乗り越える冒険者……過保護で成長の機会を奪ってはいけない」

 

「ベル、窮屈かい? 今の立場は」

 

 会話の末にベルを慮る言葉をかけるフィン。ベル・クラネルの視線は下を向き悔しそうな表情をしていた。焦っている。急いている。ベル・クラネルの気持ちは強くわかるが今はロキ・ファミリアのために抑えて欲しかった。

 

 ベルの目指す先は()()だ。似た目標である真の()()を目指すフィンには彼の気持ちがよくわかった。彼は強くなりたいのだ。

 沢山のことを乗り越えてきた。沢山の人と繋がってきた。短い間に急激に伸びたからこそ、立ち止まっている今が許せないのだろう。彼は優秀であるがまだ若かった。立ち止まることも重要であると学ぶにはベルはまだまだ若かった。

 

「そう言ってやるなフィン。前衛(わしら)の負担を減らしたいという気持ちは儂はとても嬉しいぞ」

「そうだな。私の魔法に期待してくれたということもある。ある意味では完璧に期待を背負ってやれなかった私の責任だ」

 

 許せ、とベルを庇うリヴェリアと、ドワーフのガレス。そう言われてしまえば仕方ないとフィンは締めの言葉を口にした。

 

「ベル、ここはダンジョンで目的地はまだまだ先だ。そんな場所で君に負担をかけたくないという気持ちはわかってくれ。……期待している。すでに君は僕達の英雄だ」

 

「……はい」

 

 フィンは笑い、ベルをキャンプの準備へと送り出した。出ていったベルは早々に狼人に捕まり首に腕を巻かれて揶揄われている。その様子を三首領は見送って彼への感想を共有した。

 

「僕的には彼の意見もいいと思うけどね、強くなるのはいいことだ」

 

 彼にとっても、ロキ・ファミリアにとっても英雄の架け橋(テセウス)の強化は絶対必要だしと続けるフィンに対して、

 

「けれどああも前だけ見ていると不安だ。いつ取り返しのつかないことが起こってもおかしくない」

 

 と返すリヴェリア。まだ若く有望なベルは自身の能力ゆえに焦って、自分の大切なものを蔑ろにしているように見えたと不安視する。フィンもリヴェリアの意見に頷く。彼は自分の後継(じきだんちょう)になる資格を持っている。だから大切にしたいけれど……

 

「困ったものだ」

「どうしたものかなぁ……」

 

 と二人で悩み出す様子を見てガレスは「こやつら、見た目若いのに老けすぎじゃろ」と内心毒づく。ガレスとしてもベルは期待の若者だ。だがなんとかするだろうと思っている。なんせ、(おのこ)とはそんなものだ。

 

「なんなら恋でもすればいい方向に変わるかもしれんぞ?」

 

 とガレスが揶揄えば二人して、

 

「するかなぁ?」

「ないだろう。……レフィーヤが捕まえるだろうしな」

 

 と返してきた。その様子に少しは調子が戻ってきたかと喜ぶガレスである。

 

 

 

 

 ベル・クラネルは英雄を目指している。

 

 彼を知る全ての人がそのことを知っているし、応援をしている。そのことを誇らしく思いながらも、どこか重いと感じてしまって一心不乱に走り出したいと思う自分がいる。

 

 ベルは先ほど言われた言葉を思い出した。フィンの的を射ている。客観的に考えて幹部の一人に負担を強いてダメにするのはナンセンスだと理解している。

 けれど、頭で理解しても成長したいと心が叫ぶ。強くならなきゃ……英雄にならなきゃと訴える思いはもはや呪いの域だとは誰が言ったか。そんな深刻な顔をしたベルの首に腕を回してくる者がいた。

 

「よおベル! お前……フィン達に怒られてやんのっ! 大丈夫かぁ、クッ! ククク!」

「……怒られてはないよ、ベート」

「ならなんでそんなにしょぼくれてんだよっ!」

 

 笑いながら近寄ってくる狼人(ウェアウルフ)は自分の相棒(バディ)であるベート・ローガだ。ベートとはファミリア内で幾度となく喧嘩して、協力して、笑い合った親友だ。

 そんな彼の顔を見て安心して、口を滑らせる。何より、自分の不幸を笑っているのは腹が立った。

 

「怒られてないというなら堂々とすりゃいいのによ。……お前はよくやった。雑魚(アイツら)の代わりに俺が言う。ありがとな」

「どういたしまして」

「おう、笑え笑え」

 

 ベートも本心で揶揄ったわけではなかった。ベートはボクに必要な言葉をかけてくれた。頭だけでは実感できない賞賛と感謝の声を届けてくれて、ついでとばかりに発破をかけた。辛そうな顔は……特にお前がそんな顔をしていると周りが心配するだろうという注意の隠れた言葉。その優しさに思わず笑みが溢れてお互いに笑い合う。

 

「ベル、大丈夫ですか?」

 

 心配してやってきたのは妖精(エルフ)……自身の相方(パートナー)であるレフィーヤ・ウィリディスだ。頼りになる後衛であり、彼女とは船の上で出会ってからずっと仲良くしてもらっている。今も心配そうな顔をしてボクを見ていたが、ベートが口を出してレフィーヤと話している。

 にしてもボクはそんなに心配されるような顔をしていたのだろうか? 自分のことは自分ではわからないとはよく言うがそこまでだったとは思わなかった。

 

「おう、お前も来たか妖精女」

「来ましたよベートさんっ! というかベルにそんな引っ付かないでください! 英雄の一撃(アルゴノゥト)で疲れてるんですから休ませてあげなきゃ」

「それは後衛(おまえら)が不甲斐ないからだろうが……もっと高速詠唱上手くなれや。ノロマエルフ」

「なら貴方だって並行詠唱してくださいっ!」

 

 と言い合う二人を見て、仲良いなぁと思うベルである。疲れは既に吹っ飛んだ。今ならなんだってできるかもと思うベル。二人と会話するだけでここまで楽になるなんてボクは大分視野が狭かったのかなぁと反省するのである。

 

 

 

 

 三人で喋りながら歩いていると勢いよく近づいてくる人影が二人いた。

 

「ベルー!」

「もう待ちなさい、ティオナったら!」

「わっ!?」

 

 

 やってきたのはティオナとティオネだ。勢いよく抱きついてくるティオナにその様子を呆れながら見守るティオネ。そんな顔するなら止めてくれればいいのにと思いながらティオナを引き剥がそうと試みる。

 

「ティオナ、離れてくださいっ!?」

「やーだよ。というかベル達はテントどうすんの? まだ決まってないなら私たちと寝る? 私はいいよ!」

「なっ!?」

 

 大胆に同衾宣言を行うティオナは流石はアマゾネスというべきか。ハレンチです! と言いたげに赤面するレフィーヤを前に、その発言を訂正しておく。

 

「それは無理かもね……男性陣は本営で交代で雑魚寝って決まっちゃったから、ね? ベート」

「あ? あぁ、俺もそれは聞いた」

「何ですてぇ……!?」

 

 ぶー、と抗議するティオナとホッとしつつもまだ顔の赤いレフィーヤを置いて傍で聴いていたティオネが一番驚いている。実は内緒で二人専用テントを設置しようとしていたティオネにはその事実は衝撃的だったようだ。フィンは今頃震えが止まらないだろう。

 げに恐ろしくはアマゾネス。ベルとベートは深く関わるのを避けた。

 

「けど私は諦めないっ! 団長の心を掴むにはもっと別の手段があるはずだから……そう食事とか!」

 

 早速炊事場に行かなきゃと切り替える乙女は最早無敵である。はははと乾いた笑いの出るベルを引っ張るのはティオナである。面白そうだしいこうよー! とはしゃぐ彼女の力は強い。レフィーヤは付いてきてくれるがベートは華麗に生贄にした。自分だけ回避とはズルいという視線を優越感を感じながら受け止めるベート。

 相変わらず幹部陣仲良いっすねと仕事しながら一部始終を見ていたラウルは笑った。

 

 

 

 炊事場に辿り着くと料理勝負をすることになった4人。豪快な刃物捌きで肉も野菜も鍋に入れて炒め物を完成させるティオナに良妻賢母の働きを見せようとして逆に空回りするティオネである。レフィーヤはベルの方を一瞬見た後、慣れた手際で完璧なシチューを作り出した。

 

 けれど油断すると溢してダメにしそうになるのがレフィーヤのお約束。ベルは師匠に習った完璧な手助け術を元にサポート体制を整えていた。案の定、転びそうになったので支える。ありがとうとお礼を言われたので笑顔で返すとまた顔が赤くなってしまった。

 

「おーじゃあ今度はベルが作ってね!」

「見ものじゃない」

「けど、ベルって……」

 

 今度は流れ的にベルも作らされる羽目になり、面白半分期待半分の目を向けるヒリュテ姉妹。けれどレフィーヤはベルの技量を知っているからか曖昧な態度を取る。エプロンをつけるベルは様になっていてその後の手際もやけに良かった。作ったのはレフィーヤのシチューと合わせるガーリックライスと折りたたみチーズオムレツである。

 

「ヘイズさんに習ったことあるんですよ」

女神の黄金(ヴァナ・マルデル)にか〜」

「あの女に教えてもらったなんてアンタだけよね」

 

 その後、みんなでワイワイガヤガヤと食事を共にする。何食わぬ顔でやってきたベート・ローガには折檻である。当然素直に受けるわけもなく取っ組み合って睨み合う。

 

「ベルは大丈夫そうだね」

「なに、ロキファミリアは騒々しいからのう」

「だな」

 

 

 その様子を三首領は見て微笑む。次代の芽吹きに安心を感じてこれなら託せると意志を同じくする。彼らの騒がしくも楽しそうな様子はいつかの自分たちを思い出すようで、歳をとってしまったなとフィンは感じてしまった。

 

 

 ロキ・ファミリア。ダンジョンの中にあっても、その栄光は不滅である。

 

 

 

 

 主要な幹部陣を集めた今後を話し合う。灯りを囲んで円陣を組めばその中心になるのは当然、団長だ。

 

「今回の遠征の目的は未開拓領域の開拓にある。けれどその前に冒険者依頼(クエスト)をこなしておきたい」

 

 フィンは全員の目を見てから言葉を続けた。クエストは要はおつかいだ。冒険者にダンジョンの資源回収や問題の解決を依頼して達成すれば報酬が支払われる仕組みである。

 

 今回、要求されたのはディアンケヒト・ファミリアからカドモスの泉の泉水。

 

 カドモスの泉から泉水の確保は、階層主クラスを除けばモンスター最強の脅威がいる場所でのミッションである。

 

冒険者依頼(クエスト)は二手に分かれて実行するけれど」

「一班にはレフィーヤがいて、二班にはベートがいる。ボクは留守番でいいよ」

 

 フィンの不安を吹き飛ばすようにベルは意見を差し込んだ。自分が行く必要はないと自戒して、彼らはカドモス()()()簡単にやり通せるさとベルは笑った。フィンもその様子を見て微笑んだ。

 

 

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