鐘声と軟風 作:ダンまちファン
ベルは体を休めながら今までの自分を振り返っていた。レベル6の身の上でこれからどうすれば成長できるのかわからない。
強くなりたい。けれど強くなれていない。ならば、どうしたらもっと上手くいくか見直す。目を瞑って集中していく。ベルは原点を振り返った。
ベルの理想はいつだって
事の発端は、ボクがお母さんと出会った事だ。夕日の照らす小麦色の草原の下で今まで見たこともないくらいに美しい女性と出会った。ボクは彼女に見惚れていた。彼女もボクを見て感極まったのか崩れ落ち泣き始めたので流石に放っておくことは出来ず近寄った。彼女はボクの小さな手で触れてくれることすら嬉しいのか微笑み、その笑みがこれ以上なく綺麗なものだったからボクは一瞬で彼女を信用した。
彼女にはボクに話したいことがあるらしく、お爺ちゃんのいる家の下まで連れて行った。お爺ちゃんも彼女を見るなり驚いた顔をしているので知り合いではあるらしい。縁のない人じゃなくて良かったと喜んだ。
ドレス姿の彼女はアルフィアというらしい。お爺ちゃんと真剣な顔で話し合った後に出会った頃よりも優しい顔でボクに自己紹介をしてくれた。ボクも失礼のないように自己紹介をした。嫌われたくなかったから。自己紹介出来て偉いなと彼女はより優しい顔で笑った。
ボクに目線を合わせてアルフィアさんは言った。アルフィアさんはボクのお母さんのお姉さんらしい。その言葉が事実なら、どんなに嬉しいことだろうと心の中で喜んだ。お母さんは知らないけれど、ボクにも家族と呼べる人がいて嬉しかったのだ。
今でもお爺ちゃんはいるけれど、時に
そんな
だから知らなかった。彼女の容態に。
気づけたはずなのに。その時のボクは気付かなかった。
──ベッドに横たわることの多い彼女が健全ではないなんてわかっただろうに。
ある日、黒としか言いようのないお兄さんが家にやってきた。「アルフィアはいるかい?」なんて軽い口調で言うものだからついつい頷いてしまい案内した。
怖かったから。お爺ちゃん以外の男の人と会うなんて珍しいし、
そのお兄さんがベッドで大人しくしているアルフィアさんと話していく毎にその顔は辛く悲しそうになっていく。そんな顔はしないでほしいと伝えたかったけれど、お互いに真剣ゆえの針のような空気の中に入っていくことは出来ずただこっそりと見守っていた。
一瞬ちらりとボクの顔を見る、お姉さん。その後はもう何も見ないとばかりに強く目を瞑り、残念ながらと首を振ってお兄さんの誘いを断っていた。お兄さんもその返事を冷静に受け止めてこの家から去って行った。
お兄さんが去ったことにボクは安心してお母さんに近寄ろうとしたけれど。それは間違いだったと気付く。彼女が唐突に息を荒げて口から血すら吐き出してしまったからだ。
当然それを見て慌てるボクを安心させるように微笑むアルフィアさん。その顔はただでさえ白い顔色が青くなって、生気がないように見えた。消えてしまいそうな儚い笑みにはあぁ、こんな姿を見せたくなかったよという言葉がありありと込められていて失敗したなとショックを受けた。
私は大丈夫だと話して、むしろ吐血から何か悪いものをもらってしまった方が不味いからとお爺ちゃんに家から外に出すように命じるお姉さん。
ボクは動揺しながらもお爺ちゃんについていき、お爺ちゃんから彼女の過去とどういう状態なのかを根掘り葉掘り聞いた。
お爺ちゃんは重い唇を上げてゆっくりと語っていく。彼女は生まれながらにして病弱だった。ベルの母さんと同じでどれだけ頑張っても治すことは出来ないらしい。血筋に宿る不治の病だと。
彼女がそれよりも凄かったのは、
それを聞いて、これ以上のない興奮する気持ちとそんなこと彼女に内緒で勝手に話していいのかと咎める気持ちが湧いた。
いたんだ。ボクにとっての英雄が目の前に。
あの物語から出てきたような美しいお姉さんは実際に物語にいるような人だったんだと嬉しくなった。そんな彼女と関われていることに喜びを感じ、けれど彼女の明かしていない真実を別の人が明かすなんて不誠実だと咎めようとすると。
お爺ちゃんはボクの目を見て悲しそうに首を振った。もう長くはないからだと言って病弱の魔女を憐れんだ。頭が真っ白になりそうだった。
ボクの頭の働きなんてお爺ちゃんは気にせずにどんどん事実を語っていく。もうやめてと拒否することもできず、お爺ちゃんも抱えているだけでは辛かったのかスルスルと衝撃の事実が飛び出した。
かつての最凶派閥に存在していたレベル7の冒険者。それがあやつの生き様だった。
アルフィアはその時の生き残り。その前の大きな偉業で重い負担を抱えたからこそ生き残ることができた派閥の残りだと悲しそうに話す。
彼女は誰よりもその事態に向き合い、重く感じていたからこそ……化け物が外に出ないように見張を行い、戦う毎日を過ごしていたと語っていく。
彼女は強く、蓋として機能するには充分だったが……長く持たせるには脆すぎた。強大なレベル8にあたる竜達を相手にして深手を追うことになる。その傷で自分の最後を悟り慰安がてらに最後の未練である
お爺ちゃんには一切おどけた雰囲気はなかった。いつものひょうきんで女の人を見たらちょっかいをかけるすけべな様子はなく、英雄を送る
洪水のように溢れた情報を全て受け入れることは出来なかった。動揺するボクにお爺ちゃんは笑って続きを言う。あれでも元気になっているのだ。ベル、お前と会ってから彼女はいい方向に変わっているんだと言ってくれる。
事実、彼女はベルと会ってから病に対抗できるようになっていたし、少しなら動けるという快挙に達していた。
病魔によって弱りきった彼女には魔女として活動していた頃のような過激さは潜めているし、落ち着きのある嬉しそうな笑みをするようになってよかったと言う。が、
ベルは頭がおかしくなりそうだった。泣いてしまいそうになった。けれどその涙が彼女の決意を汚してしまうような気がして必死に溢れてしまわないように我慢した。お爺ちゃんはそんなベルの頭を撫でた。
聡いアルフィアはそんな現実を伝えられたベルのことを知っているのだろう。けれど、気付かないフリをしながらいつもの尊く変え難い日常を過ごしていく。ベルもアルフィアもそんな日々が好きだった。
いつかは彼女が先に去るのだろうけれど。その日までは一緒にいられる。別れに立ち向かう勇気を既に少年は持っていた。流石は私の英雄だとアルフィアは笑った。
けれど事態は急変することになった。
アルフィアは考えて、考えて、考え切ったその後に。
かつての英雄としての力を振り絞り、最後の当てである
今尚不甲斐ない後継である彼らだが、
旅支度を整えて女子供二人の一見危ない外出を試みる。その時、流石に恩恵なしは危険すぎるからと義母に言われてゼウスの恩恵を宿した。途中で馬車を捕まえて、進む。進む。進んでいく。目的地である英雄の都へと。見たことのない移り変わる景色にベルは後先考えず感動をした。そんなベルの様子をアルフィアは愛おしく思った。
オラリオは物騒だとアルフィアは知っているけれど、あの未熟者共なら子供一人は守れると知っている。養育費として残していた貯金を全て託せばあの見窄らしい胸をした神ならば喜んで引き受けるだろうと考えて、事実その通りに入団することができた。
アルフィアが託す条件として特にリヴェリアに言ったのは二つ。勉強をさせてやってくれと言うことと危険には突っ込ませるな、突っ込ませるなら個人の意思でやらせろというもの。
リヴェリアはそんな子を思う母親のようなことを言う魔女に驚愕した。アルフィアもすっかり自分は母親になってしまったようだと自重した。
安全のために保護してもらうだけで特別、冒険者にしたい訳ではない。
英雄にするつもりはない。なんなら一般人として幸せな人生を過ごしてほしいという彼女の思いを聞いて、ベルは自身の使命を個人的に抱え直した。
けれど、ボクに英雄としての使命を託すのは重いと心配してくれている彼女を見ていると安心できた。
そう言ってくれて嬉しかった。ボクよりもボクのことを見てくれていて、ボクよりもボクの人生を楽しんで喜んでいてくれたから。
だから、ちっぽけな一歩かもしれないけれど。彼女が安心できるようにと見栄を張れるように。彼女に誇れるようにと幼い心で夢を抱いて。
英雄になりたいと心から思った。
それがボクの原点に当たる。
原点を思い出していると辺りが騒がしいことに気付いた。レベル6の聴覚と勘だけど外れていないと思う。ベルは急いで周囲に警戒と戦闘準備を投げかけた。
それと同時に響き渡る
「おい、ベル!
流石だなベルと伝令にやってきた【凶狼】を目にしてベルは笑う。辺りは既に自分のやれることをやり始めている。準備は万端。流石はオラリオの誇る
「やぁただいま。見たことのない奇妙な芋虫に出会ったよ。あれは新種だね。こっちは溶解液でラウルがやられちゃったよ」
「こちらは私とリヴェリア様がいたので
「レフィーヤ凄かったんだよ〜!」
と気付いたことを話しだす幹部。つくづく、ベルを置いてリヴェリアを依頼に出しておいて良かったと過去の自分の判断に感謝するフィン。おかげでかなり後が楽になる。ベルのスタイルなら今頃溶解液の波がここを襲っていたかもねなんて茶化す余裕すら生まれていた。
件の気色の悪い芋虫。推定レベル3から4で団員達なら余裕で討伐できるけれど……最後っ屁が痛過ぎる。フィンは頭を速攻で回して現状の対処に試みた。ベルは号令を出して、全体を後方へと下げて撤退の準備を整えておく。群れは多いけれど過剰に恐れる必要はない。ロキ・ファミリアの連携は恐ろしいまでに極まっていた。
「よし決めた。決め手は魔導士、特に君達二人と後はベルだ。前衛で
「無茶言うわい。やれるがのう」
「うざってぇんだよ糞虫どもがっ!!!」
「碌に仕事が出来ねぇな……手こずらせやがって。おいフィン! 俺は万が一の為の
「全体、撤退っすー!」
団長の方針が決まれば、各々が行動を最適化する。役割を理解した能動的な蛇のような一団は芋虫風情に苦戦はしない。少しずつ蛇に呑まれる準備を整えるように誘導されていった。
「ぬぅんっ!!!!」
ガレス・ランドロックの地震が大地全体に広がる。普通なら立っていられない揺れなのだが、超人である冒険者なら大丈夫である。日頃から慣れているとも言う。この揺れの目的は溶解液と死体を自分たちとは別の場所へと流し込むことを目的にすると同時に生きている連中を固めて魔導士達をやりやすくする援護も含んでいた。
前衛は役に立てない戦場。ブヨブヨとした気持ちの悪い肉塊に鉄と皮膚を溶かす溶解液は対策なしでは厄介過ぎる。事実、フィンを含む少ない数の前衛しか仕事をこなし、役割を持てていないというのは問題だ。殆どの前衛は撤退の援護に行かせたのでスムーズに前線を空けることが出来たのだがそれはベルの功績である。フィンはやるなぁと心の中で称賛した。
『『終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風(うず)を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬──我が名はアールヴ』』
時間と場所さえ確保できればこちらの切り札を放てるというもの。【九魔姫】と【妖精貴】、ロキ・ファミリアが持つ最大の破壊力を持つ魔法の使い手が同時に魔力を解放する。
両者同じ詠唱、同時に詠われる魔法という奇跡。放つのは空間を凍らせる大寒波。派手な炎だと気化した溶解液が毒として蔓延するかもしれないという危険性があるからだがもう一つ理由はある。
『『ウィン・フィンブルヴェトル』』
芋虫共は綺麗に凍りつく。透き通る氷の中で無様に固まる虫共。いづれ、その中心にある
「いけーベルっ!」
「いいぞ、放てベル!」
「さっさとそんな
何故なら彼らには
イメージする。
思い焦がれるのは【
ボクと同じ気持ちを抱え、英雄達に並び立ちたいと一人足掻く壮年の獅子に思いを馳せた。
現代の英雄とも言われる彼のあり様に心が燃えた。辿り着くのはボクが先だ。後継として英雄の生き様を継ぐのはボクだと心が震える。
そうして思い出すのはあの一撃。
彼が
城すら切れると豪語したあの姿に何故か
そんな筈はないというのだが、その姿に憧れて。
今こうして理想を放つ。
英雄への想いを声に。苦難を越える為の力を光に。あえて名前をつけるならそう。
「──
現実を打ち破る空想の一撃を今、現実に撃ち放つ。
城すら切れるというのなら、目の前の虫風情消し飛ばせない道理はない。飛ばした光に触れた途端、原形を残さず散っていく怪物。
輝きは辺りを白く照らした。ボクは、みんなは、ロキ・ファミリアはこの切り札を見て感極まって叫んでいた。