鐘声と軟風 作:ダンまちファン
炎と風は互いを高める、なんて
アイズの過去編
長くなり過ぎたので分割
本命から浮気して書いてる文章が終わらないんだけど……
アイズ・ヴァレンシュタインはダンジョンの遺児だ。過酷な環境下の階層が広がる60階層と61階層の間、『
氷に《守られる》形で存在していた彼女は宝物として大事にされているようにも、封印されているようにも見えた。そんな彼女を覆う氷を【女帝】が癇癪まじりにぶっ壊した。
ドン引きである。
流石は人類未到の領域、全人類にとって最高到達階層を更新した女傑である。ヘラの生き写しと呼ばれる
同じファミリアの仲間すらその奇行に唖然としていたのでよっぽどである。
その少女は氷からぶち抜いても当分目覚めなかった。「団長がやばいところでも壊したんだろうな……」という当人を除くファミリアの総意は女帝が否定しても覆らなかった。その間は保護して放置、目覚めてからこれからを考える。最低限の生命維持と
何しろ、その時には余裕がなかった。黒竜を倒すという三大
大義の前で、忘れられるようになっていった少女。彼女は彼らの全滅を機に黒竜の咆哮を聞いて目が覚めた。
アイズ・ヴァレンシュタインは生粋の復讐者である。目が覚めた途端、辺りに黒い風をばら撒き一室を全壊させた破天荒な人間だった。
一室が全壊しただけで済んだのは
アイズが目覚めた。けれどヘラ・ファミリアにはそれを喜べるほどの余裕はなかった。なんせ、主戦力が全滅したのである。派閥自体が再起不能に陥ってしまった状態で彼女の面倒を見れるものはいなかった。
アイズも流石にその雰囲気を感じ取れたようで、怒りを収めて大人しくする。けれど鬱憤というものは簡単には冷めないもので積もり積もって身体の負担となった。
この時、本当に幸運だったのはアイズが黒竜に敗れたという情報を知らなかったことだろう。知っていたら着の身着のまま駆け出して、風を頼りに喧嘩を売りにいっただろう。下手に刺激したら下界が危ない状態でそんなことをされたらお調子者の男神ヘルメスですらストレスで吐く。
ついでに言えば、弱かった。子供だったからこそ
過度なストレスによる体調不良、主戦力全滅による派閥経営不能という要素が積み重なって、最後の『ヘラの寵児』となり得た彼女は眷族にすらなれずオラリオから逃がされる。彼女が送られたのは子供の面倒を見るのに最適だろうと思われた女神ヘスティアの下である。
ヘスティアからしても驚いたことだろう。下界に降り立つ順番争いに勝利し、さぁ下界を楽しもうと思った瞬間に
ヘラからすれば最高のグッドタイミングである。ピリピリした雰囲気で情報を集めている中、唯一手に入れることができた良い情報だった。ヘラが信用する神は少ない。デメテルなども候補に上がったが……沢山の眷族がいる中個人を可愛がらせるのは不和を生むし、何よりオラリオから遠ざけたかった。これから戦犯として槍玉に挙げられるようになるのだ。ヘラの庇護下にあったから厭まれるなんて望んではいない。
ヘスティアは当然抗議した。「ボクはまだ下界に来て全然楽しめていないんだぞっ! ヘファイストスにすら挨拶できずここから蜻蛉返りで別のところに行かせる気かい!?」と。面倒ごとを押し付けられて自分の自由を阻害されるという行為にさしもの善神もブチギレである。
相手がヘラだと言うのにキレる。けれどその頼みを断るにはヘスティアは優しすぎて、聡すぎた。
まず見たのはヘラの悄然とした態度である。とにかく驚いた。コイツ本当にヘラか? と口に出そうになるくらいに気力がない。眷族が大勢死に、疲れ切っていたヘラは騒がしい様子を一切見せない悲しみに暮れる女である。
いつもと態度の違う彼女に調子を崩し、断れるわけがなかったのである。
それに子供を預かるという頼みを断れる筈がない。彼女は孤児に寄り添う女神である。神殿に篭り切ってぐーたら過ごす出不精ではあるが神々きっての善神と言われるほどには格の高い
顔合わせをしてみないとわからないこともあると言って実際に預かる子を見せてもらうことにした。ずるずると厄介に引き込まれていくヘスティアは実に損な神である。
ヘスティアはアイズの顔を見て、これはマズイと悟った。
両親を亡くした子供。生きる道を失い未熟な頭で考える知能を持たず、これから落ちぶれていくしかない子供なんていうのは悪いけどこの世界にいくらでもいる。
ヘスティアが見たのは暗い憎悪に燃える魂である。欠けた
欠けた中身をとんでもないもので埋めて、これから更生できなくなっていく寸前という姿を見せられて彼女は真剣な顔で抱きしめた。
「大丈夫……大丈夫なんだ。そうやって暗い気持ちを燃やさないでもいいんだよ。憎むのをやめても親への愛は残り続ける。憎み続けることを愛の証明にしなくてもいいんだ」
「……え? わ、私」
「いいんだ。目が覚めて、知らないところにいて寂しかったんだろう? 必死に自分を守るために自己を見つめて我慢し続けていたんだ」
その言葉はやけにアイズの耳へと入っていった。アイズは考えないようにしてきたことに向き合う。楽しかった日常は壊れ、自分を置いて進んでしまう世界を小さな足で追いかけていたんだ。
世界を見れば見るほど、自分が一人でいるような気持ちになる。みんなの幸せを見ると、
「君に残った両親からの愛情とそれを奪ったものへの憎しみ……一つでも否定されれば私は私でなくなると必死に堪えていたんだろう? すごいな、君は本当にすごいやつだ」
「……わ、わたしね」
「うん」
アイズの眼からは自然と涙が出た。ヘスティアは彼女の言葉を一言一句逃さないように聞く。背中を撫でて落ち着けるように、焦らず急かさず待っていた。
取り残されてしまった私に残るのは父と母の暖かな手のひらの温もり。そして冷たい怪物への恨みつらみ。これだけが自己だった。アイデンティティはそれしかなかった。空っぽになる恐怖を知った幼子はよくないものだと知りながら未練を背負って歩いていた。
感極まって言葉が漏れる。ヘスティアの雰囲気に飲まれて安心して、自分の中身を剥き出しにしようとしてしまう。きっと嫌われてしまうような中身だろう、言わないでおけばいい心のヘドロを彼女にぶち撒けようとしている。
ヘスティアは受け止めてくれた。
「お母さんが好きだったの……一緒にいると安心できてね……それで」
「大好きだったんだね」
思い出すのは母の顔。
綺麗な長い金髪をした風の似合う人を思い出す。
私の話を聞いて嬉しそうに笑うあなたの顔が好きだった。
「ずっと一緒にいられると思っていたの……お父さんもすごくてね……どんなこわいことでも、やっつけちゃって」
「うん」
思い出すのは父の顔。
怖いもの全てから守ってくれそうなかっこいい人を思い出す。
私の顔を見れば安心して優しい顔で微笑むあなたの顔が好きだった。
「……置いていかないでほしかった」
「…………」
「わたしだけ、おいていかないでほしかった……っ!! えいゆう……だからって!! おかあさんといっしょにいっちゃって……っ!! わたしだけ……わたしだけ……っ!!!!」
彼らは私を置いてった。
守るために戦って、私を逃して消え去った。
きっと私のためなのだろうが、ふとした瞬間に、
なんて、考えそうで自分が嫌いだった。
彼らの愛を自分の憎しみにしてしまいそうな自分が恐ろしかった。必死に怪物への憎悪で塗りつぶして、そんな自分を隠したけれど。
どうしようもなくて。
家族と怪物を繋げてしまう自分がより嫌いだった。
守るものも、守る場所も家族を思い出させる。ふと、安心してしまった瞬間に奪われたトラウマを思い出して恐怖して。
自分勝手に失ったものに八つ当たりしないように、
大事なものを失うトラウマ。
大事なものを持つことへのトラウマ。
思いを返された分だけ報いることができないトラウマ。
時間が経つにつれて好きだったものを嫌いになるトラウマ。
私は自分に恐怖している。変わった世界を恐れて、いい方向にも悪い方向にも変わろうとする自分すら苛つく自分に恐怖する。
「置いていかないで」
「寂しかったんだね」
「置いていかないで」
「……うん、ボクはここにいるよ」
貴方は消えないでと
思いが確かに伝わってくれたと嬉しくなった。自分がようやく世界に一人ではないんだと感じた。優しい、焔のように暖かな思いを感じる。涙も嗚咽も止まらなかった。
涙を流し、疲れ果てたアイズをそのまま抱きしめ続けてヘスティアは子守唄を歌った。誰かに寄り添う献身が心を揺らす。その姿は美しいものだった。
そんなことが起こったのだからヘスティアはもう突っ返せなかった。アイズも懐いてしまいヘスティアに着いていく気満々である。ヘラはようやく、辛く苦しそうな顔をやめて笑顔を見せた。
最初はヘラの計らいで用意された家に住んだ。それなりに発展していて治安の良い場所に建てられた家である。下界について詳しくないヘスティアでも住んでいける快適なところである。
そこで数年が経ったところで、精神療養にはうってつけの場所があると言ってきた。なんでも元々病弱だった眷族が過ごしていた隠居に最適な穏やかな村の離れらしい。
そう、剣。剣である。
アイズはヘスティアに思いを吐き出したことで一人ではないことを自覚して安定した。けれど、モンスターに対する憎悪……まではいかずとも嫌悪、許せないという心は消えずに使命感として残った。
怪物を殺すではなく……
田舎の暮らしは思いの外、力がいるし女子供で暮らすのは難しいという事でアイズには恩恵を施したが(当然別に思惑はある。精神状態を確認するのに恩恵は便利だから)超人化した身体能力と若い頃の全能感が合わさって暴走する。
唯一の説得手段……そんなことばっかりしていたら能力更新しませんよという脅しを切ってヘスティアはアイズに言うことを聞かせる。アイズはそんな恐ろしいことはされたくないと言うことを聞いたが剣の快感を覚えたアイズには辞めることはできなかった。
田舎……誰にも迷惑をかけない遊んでいい場所だけど、剣を振っていて学びがないなぁなんてしょんぼりしながら素振りをする。アイズがイメージする手本は生前の父の剣技。上から振るだけでなんでも切れちゃう凄い剣。アイズはお父さんすごいなぁと思いながら剣を振った。
そして、少女にとって運のいいことに剣の師匠がやってきた。
あれは雨が降りそうな曇りの日。家に男の人が重症の女の人を連れてきたのだ。ボロボロのドレスを身に纏った綺麗な灰色の髪の女性である。血の気がなくただでさえ白い肌が死体のように見えた。
なんでもその人はここに以前住んでいた人らしい、オラリオに息子さんを預けて一仕事終えた後に華々しく散ろうとしたところを……男の人、神ヘルメスが邪魔をしたみたい。
ぶつぶつと難しい言葉で今の下界には英雄が一人でも必要だとか、のちにあの
また押し付けられたヘスティアだけど、今度も追い返すことはできなかった。流石に重病人に無茶はできない……ヘスティアは竈門の神なのに泣きたくなった。ボクは涙の神なんだろうか?
どうもヘラの眷族であることは言っていいらしく、ヘスティアは遊び盛りの女の子と不治の病と闘う女性の面倒を見ることになる。
絶対に手が足りないよぉ〜!? と叫びたくなったが重病人の目の前では黙る他なかった。ヘスティアはだんだん
幸いなことに女性の症状は次第に良くなった。なんでも
ヘスティアとアイズは泣いた。ヘスティアは感受性豊かで感動話に目がないし、アイズは色々あって家族の絆に弱くなっている。二人とも同じように泣くものだから病人は親子だな……と思った。
「剣?」
「そう剣」
体が良くなって動けるようになったころに、私はその女の人に剣を習おうと思った。いつもヘスティア様とだけ喋っているからか言葉足らずだったみたいだけど。伝わるといいなと念じてみる。
「剣がなんだ?」
「剣を教えてほしい」
ダメだったみたい。それならば、直球で思いを伝える。剣──それは今の私にとっての全て。大事なものは沢山あるけれど、何か一つを選ぶならこれになると思う。私が前に進むための剣。
「どうして教えてやる必要がある? それに私の本業は魔術師だ。そう満足できるものを持っていないが」
「それは嘘。貴方の剣はお父さんに似ていた」
お父さん──? と灰色の人は首を傾げる。お父さんの剣の動きというか、体捌き。歩いているだけだというのに強い人の動き方ができていたとアイズは感じる。目がとてもいい、彼女は強い者の資質を既に持っていた。
「それでどうして剣が習いたいか聞いたよね」
「ああ」
未だよくわからんと考えている灰色の人に言葉をかける。私が剣を習いたい理由なんて決まっている。剣を振ること、剣を持つこと。最近は楽しいからやっているけれど、その最終目的はただひとつだけ。
「───黒竜を倒したい」
「ッ!?」
その言葉に灰色の人は驚いた。けれど馬鹿にすることもなく真剣に話を聞いてくれていた。子供の戯言と切り捨てることはせず目を見て話してくれるのはとても嬉しかった。私の気持ちが認められているようで。
普段開かない目を大きく開けて睨むように見てくるから続きを話しづらいけど……声に出す。私の理想はそんなに軽いものじゃないし、その程度で変えれるものではないから。
「世界の彼方にいる竜は私のお父さんとお母さんの仇。……今でも存在するだけで誰かを泣かせている
これがヘスティア様に教えてもらった気持ち。私が前を向いて生きていくために切り捨てると決めた決意の証明だ。誰も世界を救わないのならもういい。私が世界を救ってやる。ついでに親を超えるためにアイツを斬る。倒せたらきっとお父さんも笑ってくれると思うから。
「黒竜を倒したい」
だから、教えろ。
私は立ち止まっていられない。今の段階で足踏みなんかしたくない。いつ、あの黒いのが世界を襲うかもわからないのに悠長にしているなんて気がしれない。
声に出す。声に出すと気持ちが固まる。気持ちが固まるとより決意が固まる。それがどれだけ本気なのか目の前のこの人にちゃんと伝わればいいなと思う。
「剣を教えて」
私にとって貴重なチャンスだ。巡り巡ってやってきた風が運んだ縁を無駄にできない。睨むように見てくるなら逆にこっちも睨んでやる。目を逸らした方が負けだとばかりに見つめてやる。
「ははははははは!!!!!」
彼女は声をあげて笑った。涙すら出ていたかもしれない。人の笑い声すら五月蝿いと顰めっ面する灰色が報われたとばかりに大笑いをした。
初めて笑ったところを見たものだからびっくりしてしまったけれど。笑い疲れて落ち着いたら、面白いといい顔で笑った。
「いいだろう、私がお前を鍛えてやる」
「やった!」
「鍛えてやる以上、私のことは師匠と呼べ」
「わかった!」
「才能に壊されてくれるなよ娘……私はお前に期待しているからな」
「うん!」
剣を教えてくれるのが嬉しくて、ほいほいと条件を飲んでいく私。ジッと私を観察した後にやれそうだなと物騒な育成計画を考える彼女。
これは私にとって大きな運命の出会いの一つ。
厳しくて強い、師匠の弟子になった夕暮れの日。黄金に輝く世界の中で、夢を叫んだ時の話だ。