鐘声と軟風 作:ダンまちファン
あの後は宴会はお開きとなり、ボクは食後の運動としてダンジョンに潜っていた。
剣を振るう。
剣を振るう。
未熟な己は剣を振るう。
上層で振り回される威力としては過剰。
ダンジョン、下に行くほど強大な敵が蔓延るようになる魔窟で一番多い死に場所は……意外にも上層である。
イレギュラーによって袋叩きにあうとか。
身内に嵌められて捨てられるとか。
シンプルに自分の能力を履き違えて力尽きるとか。
上層であってもダンジョンは恐ろしく、帰る寸前が兎に角一番危うい。どれだけ超人になろうが冒険者でも殺せば死ぬのだ。ダンジョンはレベル1の多くをこの場所で殺している。
だからベルは自分の鍛錬がてらにこうして見回りをすることがある。
単独で深層を生き残れる実力。
ベル・クラネルはソロとしては最もバランスの良い冒険者だ。
彼はフィンよりも勘がいいわけではないし。
彼はリヴェリアよりも破壊力のある魔法を持っていない。
彼はガレスのような硬さを持っていないし。
彼はヘディンのような魔法による長距離射撃はできない。
そしてアレンよりも速いわけではないが……それは全て、次点に来るくらいには優秀。オラリオ最良の冒険者、白い残像となって戦場を駆けて、前衛ではウサギのように走り回る。中衛では鐘を鳴らしながら味方を鼓舞して指示を出すし、後衛なら白い光が全てを薙ぎ倒す。
そんな彼は定期的に一人でダンジョンの治安維持をしているのだ。
黒竜討伐のため、一人でも冒険者が欲しいという彼の思惑は認識阻害の仮面に隠れている。
危険極まりないダンジョンで強者の見回りがあるというのはとても安心できるもので冒険者たちからの反応はいい。どれくらいかというと
ベルは今日はそんなつもりはなく、ただ煩悩を切り裂くためにダンジョンに潜っていた。
気にするのは金の髪をした風のような少女。己が義母の次に見惚れた通りすがりの初恋の人についてだ。
斬る。襲いかかるゴブリン共は群れで津波のように押し寄せてくるが関係ない。全て一太刀で終わらされた。
彼女は今どこで何をしているだろうか。ベルはずっとそんなことを考えている。そして、思い出すのはベートが先ほど言った言葉だ。
期待していると言われるのは嫌いではなかった。むしろ嬉しかった。英雄の姿に憧れて、全てを投げ出して必死に駆けてきた人生に悔いはない。
無いのだが。
今更ボクが黒竜とダンジョン以外を見ていいのかな、なんてふと思ってしまうのだ。
ふと剣を握る腕が力んだ。ついついダンジョンの壁を深く切り裂いてしまう。ベルは剣を下ろして深呼吸した。
これまで会ってきた人はボクに託してきた。戦う理由も前に進む力も守りたいものも全て貰った。それ以外を手に取っていいのだろうか?
結局まだ何も成せていないボクが彼女を見ても──
「あ……」
その時、運がいいことに風と出会った。
アイズ・ヴァレンシュタインは駆け出しであり、先立つものが何も無い。
師匠に鍛えてもらったとはいえ未だ派閥一人、パーティの組めないソロである。とにかくお金がいると知った彼女はダンジョンの探索にのめり込んだ。
通常、ダンジョンの更新は一層ごとに丁寧に準備をして行う必要がある。ベテランですら一層先は別世界だと警戒する領域……彼女はここ数日で10層まで辿り着いた。
彼女のアドバイザーが知れば呆然とするだろう。幾らレベル2だからってやっていいことではない暴挙だ。まだ優しいダンジョンの洗礼を楽しいなっ! とはしゃいで乗り越えているのは彼女だけである。
喜びに溢れた彼女はその頑張りに見合わず魔石を砕いて怪物を殺してしまうのでちっとも金を稼げないが……疲れて地上へと帰ろうと思った時である。
そこに彼がいた。素敵な剣を投げ渡して私を助けてくれた彼が。
彼は仮面の姿をしていてどうもぼんやりとして印象がなかったけれど……足捌きでわかる。この人が彼だ。
アイズはお礼を言うために駆け寄った。
「あの剣の人ですよね? あの時のお礼を言わせてください。ありがとうございます」
「……」
彼はこの上層で汚れ一つなく立っていた。私では想像もできない強者なのはわかる。ひょっとしたら【
彼に挨拶をしたのだけれど、返事を返してくれなかった。もしかして何か粗相をしてしまったのだろうか? 謝るなら早いほうがいいと育ての親も言っていた。顔を覗き込んで様子を伺う。
「あの……?」
「あぁ、済まない。突然のことで動揺していた。久しぶりだねお嬢さん」
「……!? 久しぶりです」
何を考えているのかわからない仮面が突如動き出して紳士的に対応してくるものだから驚いてしまった。咄嗟に挨拶を返せたのは師匠が教えてくれた動じないための交渉術のおかげだと思う。
「それで剣についてだね? ちゃんと返してくれてありがとう。【
剣を渡した
「そうなんですね……あの、ところで」
それよりも、
「剣、振るんですか?」
私は見てしまった。本当に薄らと彼が剣を振るう瞬間を。上層で見ることのない絶技だった。その剣は力強いものだったけれど今まで見てきた剣の中でトップクラスの腕前だった。
「あぁ。剣を振る」
彼はそう言って自慢そうに剣を私に見せた。前貸して貰った剣よりも立派な黄金の剣だ。それを距離をとって私に背を向けて軽く振り、彼は語りだす。
「こればっかりは自信があってね? 【
結構な大言だと思うけど、そうなんだろうなと思わせる振る舞い。彼の友人さんがどの程度強いのか知らないがとても自信があるらしい。
「へぇ……!」
そんな言葉を聞かされたら黙っていられない。もっと剣を見せてほしい。剣を振ればどんな剣士かわかると思う。剣に向き合ってきた人生は剣を見ることで体感できるからだ。
実際、私は師匠の剣を見てずば抜けた才能と家族愛を感じ取った。
「見せてもらってもいいですか?」
「見せて……うん、いいよ」
私が興奮して近寄ればまた彼は少しフリーズしてしまって……再起動したと思えば剣を見せる気になってくれた。
彼は剣を鞘から抜いて振る準備をする。私に当たらないように後ろを向いた。真剣な仮面の様子が輝いた剣に反射して見える。
「ちょっと待ってね」
「はい」
彼は集中して剣と向き合う。それは先ほど見た少し力んで力強い剣ではなく、速さと純粋さ。願いの籠った構えの様子。
彼は勢いよく剣を振り抜いた。
「はぁああああああッッ!!!」
周りは何も傷つけず、私にも見える速度で振り抜いた剣を見た感想は気持ちがいいだった。剣圧が野原に吹く風のように頬を撫でる。思わずくすぐったくて目を瞑り、少しずつ目を開くと彼はまだ振り抜いた体勢で止まっていた。
「凄い……」
口からは感嘆の言葉が漏れた。彼の剣から感じ取れたのは才能などではなく、努力などでもない。何かを成して乗り越えてきたまさしく切り拓く者の剣。
「透き通ってる……」
まるで迷いのない意志の力がそのまま形になったようだった。
彼の剣筋に光を感じた。この剣を振ってくれるのならどんなピンチでも乗り越えてくれるだろうと思わせる希望の剣技だった。彼のこれまでが乗った一振りが私の頭に刻みまれて消えてくれない。
「それに、これは……」
全く違うはずなのに彼の剣には何故か、
「師匠の剣……」
師匠の剣があって。
「あの!」
「私と立ち合ってもらっていいですか!?」
思わず声をかけていた。はしたないのはわかっていても声をかけずにはいられなかった。今の剣だ。私に必要なのは今の剣だ。誰よりも速く窮地に辿り着いて怪物を幾度となく斬り裂いた絶技! それは私に必要なものだ。だってそれは父に似ていて、
「私、いつか夢があって! どうしても叶えたい夢があって! そのために力が必要なんです!」
彼に思いを溢していた。ここを逃したら後悔すると心が言っていた。風が出会いを与えてくれたんだと感激している。一息も入れずに言葉を紡ぐ。
「全部手に入れるために! 夢を叶えて終わらないために! 私を育ててくれたみんなと生きるために!」
私が思い出すのは家族と過ごした穏やかな日々。神様と過ごした温かな日々。師匠と過ごした充実した日々。全てを風の前の塵にしたくはないから。
「だから、私と戦ってくださいっ!」
どうかお願いしますと。私が足りないものを持っている貴方に挑ませてほしいと懇願する。勝てるなんて微塵も思ってはいない。彼の剣を特等席で見ることができたなら、私はここに来て良かったと思えるから。
「……怪物祭が終わった後、早朝なら時間が取れるかな」
そんな気持ちが、少しでも伝わってくれたのか。彼は少し考えた後に予定を空けてくれた。私はとても嬉しくて飛び上がってしまいそうになり、我慢して体を震えさせて喜ぶ。
「……っ! やった!」
一頻り喜んだ後、私は彼について重大な真実に気付いた。
「そういえば名前は?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
私はまだ彼について何も知らない。私の人生を確かに変えた剣を持っている人について何も知らなかった。それは嫌だ。彼について今は何でも知りたかった。
彼も名前を言っていないことは忘れていたようでポカンとしている。その姿が先ほど凄い剣を振っていた人物だとは似ても似つかなくて、ちょっと可愛いと思った。
「そうだね、ボクの名前は」
彼は名前を伝えようとして止めた。その後、両手を動かしてピエロの仮面を外す。愛らしいという言葉が似合う男の子が唇を動かした。
「ベル……ただのベルだ」
そう言って仮面を外す彼は兎みたいな白い髪をしていて、満面の笑みで私を見ていた。
「君は?」
ベルに名前を聞かれる。私も言ってなかったのか。何だか似たもの同士なようで親近感が湧く。
「私? 私は……」
彼にどう言えばいいだろう。何故か普通に返すのはつまらないと思ってしまって、
「アイズ。……ただのアイズ?」
彼がさっき言ったような事を繰り返して、自分でも何か様にならないなと疑問に思いながら名前を伝えた。
「なんだそれ」
「ふふっ」
その様子がおかしかったようで、ベルが笑うと私も釣られて笑う。ダンジョンの中で出会いなんて誰かに言っても信じないだろうけど、私は出会った。
きっと一生で一番大切な、風の運んでくれた運命なのだろう。