ゾンビが溢れた。
日常は壊れた。
でも、常識は強かった。
そりゃそうだった。
これは、まあ。
それだけの話だ。
だから、これはホラーでもなければミステリーでもない。
当たり前が当たり前だっただけの、日常のお話だ。

1 / 1
日常である。申し訳程度にゾンビは出るけど、窓ガラスブチ破って走って逃げていく周富徳似のキョンシーが居るわけでもない、慣れてしまえば日常なだけのお話。


この世がゾンビで溢れたあの日と、

 働いてばかりの人生だった。

 最初の頃こそ『働く』、『新しいことを覚える』、というのが楽しくて、教育係となった先輩に尻尾を振る犬のように仕事の知識をねだった。

 知れば知るほど実力は上がって、成績も上がって。

 でも……気づくと、同じことの繰り返し。

 いつから自分の中の会社という世界から、『楽しい』が消えたのか。

 新社会人だった自分も成長し、いつしか先輩のように教育係の経験も経て、後輩の成長を見守り、喜び───でも、強い刺激も、刺激される知識欲も大して増えないままに、無難な日々を過ごすに到り。

 

  使い道も無かった金だけが余った、くたびれたおっさんが完成していた。

 

 趣味が仕事になってしまっていた俺は、知らないことを知ることが趣味です、なんて学生時代に言っていたこともあり、金の使い道、というものをあまり考えなかった。

 そりゃ、健康には気を使ったから日本人の体が喜ぶものを積極的に、しっかり噛んでゆっくりと健康的に食べたもんだ。

 でも、金は溜まる一方だった。

 やりたいこともないし、飲み会にだって積極的には参加しない。

 食事は自炊だし、料理は大学独り暮らしの際にハマり、得意中の得意だ。

 なので節約にもうるさかった俺は、安上がりで健康的かつ、美味しい料理の研究にハマった。モノスゲー学生時代だ。

 でもそんな趣味だって一度『これ以上はないだろうな』と気づいてしまえば、作る料理も健康的で気に入ったものばかりになり、それ以上を望む心も薄れていく。

 知らないことを知るのが趣味、という自分の心は、そのくせ案外新しいものに着手するまで躊躇するっていう、面倒くさいものなのだ。

 なにせ、新しいものに手を出すってことは、今手を出しているものに対しての興味ってものを無くすって行為に近い。

 好きだった筈のものに、自分でもう興味が無いからって意識を向けなきゃいけないのだ。事実として間違っていたとしても、感覚はそう感じる。実に面倒臭い。

 それでもそうして目を背け、次を見つけては、興味を向けて心から楽しんでいく。

 

  いつしか誰かが作る物語にハマり、物語というものには果てがないことを知り、『誰かが作った世界』に心惹かれては、ネットの海を泳ぎ続ける日々。

 

 ソロキャンにハマった時は、料理を活かせる趣味ということもあって、一層に熱を込めた。

 節約生活にハマった時は、非常食と災害時常備用セットでどれだけ生活出来るか、を自身で試してみたりもした。

 これは見積もりが甘すぎた所為で途中で中断してしまったため、いざこれでもかってくらい準備を整えたいつかの日に───それは、起こった。

 

  外から聞こえる、普通ではありえないような悲鳴。

 

 誰かがふざけて叫ぶでもない、人がそれこそ命に係わる危機に面した時に、自然と喉の奥から出るであろう……まさに悲鳴、と呼ぶに相応しい声。

 それが一回や二回ではなく、老若男女問わずの声色で聞こえてきた。

 

「……?」

 

 既に耐久生活を始める気満々で、家の中の全てのカーテンを締め、鍵という鍵も閉ざしていたその家の二階にて、そっとカーテンの隙間から覗き見た世界は……まあ、ひどいものだった。

 心の中に浮かんだのは『いやいやまさか』だったけど、近所のじーさまが通行人の肩を食い破る勢いで噛みついているのを見て、『あ、これアレだ、ゾンビパニック的なアレだ』とすぐに理解した。

 

「───」

 

 いろいろと思考が回転する。

 が、出来ることはないと即座に判断。動かないことが最善と飲み込み、俺は『世界を見捨てた』。

 だってそうだろ? 出ていったところで俺が誰かを救えるわけじゃない。

 救えたとして、それからどうする?

 ゾンビパンデミックものは基本、『そうなった時点でバッドエンド』だ。

 特効薬が見つかるわけでもない、食料が供給され続けるわけでもない。

 無事だった人たちと合流して、ほんのちょっとの平和を築けたら、俺達の戦いは続く───みたいな感じで終わるのだ。

 結局誰もその先を描こうとはしない。……あ、がっこうぐらしは例外だ。あれは貯水湖のアレコレがワクチンなんていう例外中の例外だ、あんな奇跡はまず起こらん。

 通常は前例やワクチンありきでパンデミックなんて起こらないし、記録がきちんと誰にでも分かる形で残ってたら死ぬ人最小限で済んだだろうが、このスカタン! なんて物語には落着しない。

 

 だから……ゾンビパニックものの落着なんて、結局は最後が見えないまま終わるか、自殺して終わるか、前例があったから実は対処法があったエンドだ。

 でも……そういう物語を見ていたからこそ思うことはあった。

 

「……ま、夏が始まる前だ。のんびり動かず居れば、余計な体力使わないで済むだろ」

 

 だから、たぶん大丈夫。

 俺はこの閉ざされた世界で、音を鳴らさず電気も付けず、静かに暮らしていればいいのだ。

 

 

───……。

 

……。

 

 一週間が経った。

 しばらくの間はやかましかった外も、今じゃたまぁに生存者が駆け、ゾンビに気づかれ、ギャースカ騒ぐくらいの日々。

 

……。

 

 二週間目。

 随分とまあ静かだ。

 たまぁに外を見れば、ゾンビどもがジアアアア……と唸りながら徘徊しているのが見えた。

 

……。

 

 一ヶ月。

 食料を求めてか、パリーンと窓を割る音が鳴って、それにゾンビが気づいて、追って追われてウギャーで終わる。

 そんな時間も、もう大分消えた。

 

……。

 

 二ヶ月。

 夏真っ盛り。

 蝉は例年の如く騒がしい。

 人が居なくなった分、虫や鳥などが随分と元気だ。

 いい加減換気くらいしたいわぁ、

 でも窓とか開けたら新鮮な生者のカホリが外に出て、ゾンB田中くんとか元気に走って来そうだし。

 

……。

 

 三ヶ月。

 まだまだ暑い。

 もう生者の音が耳に届くこともない。

 息を潜めているのか、居ないだけなのか。

 けどまあ、一年は余裕で暮らせるプランでいたから、軽く体を動かすくらいの日々はまだまだ続けられそうだ。

 

……。

 

 残暑を越えて涼しい日々へ。

 ちらりとカーテンの隙間から外を見れば、もう歩いている田中くんも居なかった。

 ……まあ、そりゃそうだって思う。

 あのさ、傷口から感染して、そこから腐って、死んで、死んでも動く物体が、血液まで腐って筋肉も固まった状態で、あの猛暑の中動き回ったらどうなると思う?

 電気もガスも止まって、冷房が効いてるところなんてない。

 そんな中で死肉を喰らっても栄養に出来るでもないゾンビさんが、黄色血液垂れ流し状態で動いてられるわけないんだよなぁ……。

 

  まあ。常識って範囲で考えて、ゾンビは死滅した。

 

 ニュースキャスターさんが毎年のように言っている、例年を上回る記録的な猛暑さんの力によって、ゾンビパンデミックはあっさり終わりを告げたのだ。

 特に梅雨の日のゾンビさんとか見てて可哀想になるくらいだったし、記録的な豪雨の時や、突風雨の時なんて、飛んできたゴミ箱がドゴォと股間に当たって、ご近所の佐藤さん(ゾンビ)が一瞬『アッ……ァッ……ァッ……』みたいなアニメ的表現になった時みたいに固まって、その後に吹き飛んでいってたし。

 まあ、そりゃあ、気候が常に良いような場所には快適に暮らすゾンビさんは居るかもなんだけど……心臓止まったものが、鉄分が無くなって巡りもしない血液の持ち主が動き続けるのは無理がある。

 結局この世界で起きたゾンビパニックは本当に、いつかのコロナ禍のような感じで終わった。

 生存者はそれなりに居て、実際こんな短い期間で終わったのは、コロナ禍とは違ってみんな命懸けで『不要不急の外出』を禁じたからだ。

 いんやぁひどかったよねぇコロナ禍。もうちょい耐えればもっと早くに減らせただろうに、大型連休になると外に出て感染する人の多いこと多いこと。

 おんみゃーらァ! 人が耐えてる時になに出かけてんだウラァ! と感染者拡大の報せがくるたびに思ってたよ。日本人(おれたち)って懲りねぇ~……と何度も思わされた。

 結果として感染連鎖は閉ざされ、ゾンビたちは勝手に崩れていった。

 

  ……そして、一年。

 

 少しずつ世界は回転を始めた。

 亡くなった人の数が尋常ではなく、死体からの感染を恐れた人たちの手に依って、感染者の家やそれに連なる施設は焼かれ、俺の家の周囲は随分とまあ平になってしまった。

 

「腐った体がいつまでも動いてられるわけないって」

 

 それはまあ、本当に至極当然なことなんだが。

 人の体が凍傷によって切らなきゃいけないのと同じように、『死んだ体は固まる』のだ。あれらはなんで動いていられるんだろうなぁ。

 この世界のゾンビが常識的で本当によかった。

 

 そんなわけで今日もまた、俺は記録更新のために、非常食でもって日々を過ごすのだった。

 ……ああちなみに、特効薬は普通に開発されて、生存者は例外なく予防接種的な意味でワクチンを打たれた。

 どうやら陽の光を浴びて増殖するタイプの菌だったらしく、俺の場合はカーテンを締め切っていたお陰でこれっぽっちも感染しなかったらしい。

 

「けど……んん、まあ」

 

 生き残ったのはいい。別に、悪くない。

 けど、これからどうすっかなぁ。

 

「ほれみろ、ゾンビパニックものなんて、明日も見えない最後ばっかだ」

 

 俺のこれもバッドエンドと呼べるものなんだろう。

 いつかは食料も底をついて、生産的な行動も出来ない俺達生存者も死ぬのだろう。

 今から食料を植えたとして、食べられるようになるまでどれほどかかるのか。

 食べられるようになったとして、それだけで生きていくための栄養は得られるのか。

 なにより……水道は止まっている。飲み水をどうするのか。

 

「……そういや、近くの田圃に湧き水出てるとこ、あったか」

 

 ろ過装置ならある。壊れりゃ作ればいい。

 

「はぁ……。まさか、一応は街に居ながら、遭難めいた状況になるたぁなぁ……」

 

 溜め息ひとつ、生活は続く。

 まさか非常食が贅沢品になる日が来るとは思わんかったが。

 味があるって大事だわ……うん。

 

……。

 

 暮らす日々、過ごす日々。

 なんとか生き延びて、年が暮れるたびに、平地に緑が増えていった。

 暑いばっかりだった夏も今は過ごしやすくて、虫は増えたけど……案外悪くなかった。

 人の気配が消えた世界は暗くて静かで。

 でも、人付き合いなんて会社に居たころにうんざりしてた俺にとって、この静かさはもう日常だ。

 ……ああ、言っておくけど。

 これから急に人が訊ねてきて、それがゾンビだった~とか、女の人で恋に落ちた~とか、そんなことは一切ない。

 俺はこれから一生独り身だったし、ここに人が訊ねてくることはそりゃああったけど、それ以上もそれ以下もなかった。

 

 野犬や野良猫も増えたけど、あいつらも人の領域に入ってくることはなかったし、俺がやつらと関わることもなかった。

 幽霊、なんてものと出会うこともなければ、俺がこの地域から出ることだってなかったのだ。

 そうして何年も過ぎ、家庭菜園が実を結ぶことになると、食うにも困らなくはなった。

 ろ過している田圃にある湧き水も、未だに枯れる様子もないまま美味しいまま。

 田圃も使ってないので、地面を掘って水路を作って、自然なかたちに馴染むまで上手く調整して、やがて小さな湧き水の川のようなものが出来ると、そこに捥ぎたてのきゅうりなどを入れて冷やし、食べたりした。

 誰に遠慮する必要もない日々ってのはいいもんだ。

 人恋しくなる人には絶望的に向かんけど。

 

「誰に咎められるでもない……───今度、旅にでも出てみるかなぁ」

 

 水道は止まっている。電気もだ。それらを管理する人が死んでしまったからだ。

 それを知るために、残っている資料を漁っている人は居るけれど、専門でもない人がそれらを完全に理解するのはまだまだ先だ。

 それを思えば、ワクチンとかの研究が出来る人が残ってくれていたのはかなり良かった。それらを報せるためにヘリを使える人が居たことも、放送のための機材を扱える人が居たことも。

 そうして、生存者はヘリが降りられる場所へと移動を促されて、ワクチンを打ってもらえたのだから。

 見知った生存者は一切居なかった。

 というか、俺達が暮らしていた区域での生存者は、俺も合わせて十と数人くらいだった。

 くたびれたおっさんが数人と、少年青年が数人。

 女性は居なかった。真っ先に食われちまったのか、それとも人間の欲望の果てに……───はぁ。実際どうだったかなんてわからんのだから、そういうのはやめとこう。

 

「旅は無しだな。留守中に家奪われても困るし」

 

 人は激減した。

 でも、だからこそ、『食』が生み出されたここが狙われないわけがない。

 住所を報せることはなかったけれど、他と比べてやせ細っていなかった俺を見た『他』の目は、あんまり理性的には見えなかったし。

 罠でも作っておこう。落とし穴とか。もちろん中には───ツナ、入れとこう。

 缶詰は便利である。開発した人尊敬する。

 

「これからどうすればハッピーエンドって言えるのか」

 

 やっぱりあれ? 天寿を全うすればいいのか?

 でもなぁ……『世の中に運命なんて言葉があり、それを信じる者が居るのなら、事故死だろうが天寿である』、が俺の考えだからなぁ。

 

「運命とは決められていること……! 人とは、生命とは、世の中とは、生まれた瞬間から『どうなるか』が決められているんだッツ……!」

 

 などとおどけて言ってみるけど、そういう考えの人ってさ、子供が流産したとしたら『よく頑張ったな……! お前は天寿を全うしたんだ……!』って泣いてる奥さんのお腹に向けて言えるのかね。

 

「まあ」

 

 どうなるかなんてわからんし。

 

「やってーみなくちゃわからんぞッ♪」

 

 笑い、軽く歌うように言って、荷物の整理を始める。

 や、旅には出ない。フツーに現状の自分が持っているものの整理だ。

 とりあえず、のんびり生きて、生きて、生きて、その先にこの世界がどうなっていくのか、見守ってみよう。

 俺? 俺は自分が食う分だけ作って、のんびり生きていくよ。

 ご近所さま、というか生存者が居ない家以外のほぼが平地にされてしまった、見晴らしがよすぎるこの世界だ。今さら誰におすそわけするわけでもない。ていうか春夏秋冬が以前より過ごしやすいとはいえ、夏はやっぱ暑いし、保存できるものが限られてくる。

 だから夏野菜なんぞを作っては、もはや食べられなくなってしまった米を思いつつ、今日もこの世界を生きていく。

 

「あ、そういやァ……外国はどうなってるのかね」

 

 もはや飛行機を操作する人も、自動運転を理解できるひとも居ない。と思う。

 感染情報が出た途端に飛行機は運航禁止が言い渡されて、各国のお偉いさん方もそれに頷いた。

 どこぞの国が『我が国に栄光アレェーッ!』って自国にミサイル撃ったのも今は過去。

 こうして静かに死んでいくのも、人間らしくていいのかもしれない。

 様々な先人が残した技術も教えてくれる人が潰えた今、書物だけで知っていける人がどれほどいるのか。

 難しいことは分からん。

 でも、俺にはDIYとかキャンプや料理などのスキルがあった。

 だから、ここで一人で暮らす分には、まだまだ早々困りそうにない。

 …………米は欲しいけどね。

 

 

  ……はい、というわけで。

 

  ゾンビものは例外を除き、どう足掻こうとバッドエンド、ということで話を閉ざそう。

 

  これでおーけーね?

 




 お疲れさまでした。
 いやぁ……常々思ってましたけど、ゾンビってほっときゃ勝手に滅ぶと思いません?
 血ぃなんて巡ってませんし勝手に腐っていきますし、真夏の炎天下の中、ンァアアア……ジアアアア……とか徘徊してたら勝手に乾いて蒸発しますって。

 筋肉も固まってますから普通は動けないだろうし、動けたとして、体がメキバキブチブチと繊維から千切れていくでしょうし、なんなら骨も折れて立っていられなくなって朽ちていくと思われる。

 皆様。もし世界にゾンビが溢れたら、慌てず騒がず引き篭もりましょう。
 動かなければそんな腹も減りませんしね。
 で、引き篭もる前に目の前のゾンビをなんとかしなければ……ッツ! なんて時は、頭を狙うよりも膝の皿を蹴り抜きましょうね。
 足破壊すればもう朽ちていくだけですから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。