雷光。   作:草原山木

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1.怪物の入門

2023年8月

 

けたたましい蝉時雨が蜃気楼に熔けゆく酷暑日に、浦海部屋親方である浦海(うらうみ) 康敏(やすとし)は愛車のジムニーを自ら運転して、東京から片道数時間の所にある長野県の公立高校にやって来ていた。

 

広い敷地の中にある駐車場に車を停めて、エンジンを切ると、つい先程までエアコンの冷気が充満していた車内は、フロントガラス越しから突き刺す直射日光の強烈な熱に侵食され、瞬く間に天然のサウナと化した。

 

助手席に置かれたカバンを手に取り、運転席を出ると、浦海親方は学校の端に位置する相撲部の部室に向かって歩みを進めた。

足取りの途中から同業者と思われるスーツ姿のスタッフがチラホラと姿を見せ始め、やがて部室の前にたどり着いた頃には、見知った面子が黒山の人だかりを成していた。

 

長野県小県(ちいさかた)高校はつい3年前まではさほど知名度のない、地方の公立高校だった。就職率及び進学率は平均的であり、入学する学生は軒並み地域の子供ばかりで、この高校のためにわざわざ遠方から通う学生はゼロに等しかった。

 

勉学でも部活動でも目立った功績はなく、当然の事ながら角界含めスポーツ関係者からは見向きもされない存在だったものの、そんな平凡な公立高校がわずか3年で、全国に名をとどろかせる相撲強豪校として頭角を現したのは、一人の生徒が入学したことに由来する。

 

名を(せき) 勇之助(ゆうのすけ)という。

中学相撲の全国大会において、他を寄せつけぬ無双を果たした天才として、地元新聞紙に掲載され、多くの角界関係者から数え切れないほどのスカウトを受けた稀代の怪物として知られていた。

 

そんな彼がなぜ無名の公立高校に入学したのかは皆目見当もつかないが、彼が入学したことで、部員数わずかだった小県(ちいさかた)高校相撲部は今や中部地方有数の強豪校へと様変わりを遂げた。

 

入学してから3年、練習試合から公式戦にいたる全てにおいて"無敗"の記録を積み重ね続けた彼は、高校相撲重量級で3年連続優勝という凄まじい記録を持ってして、つい最近、学生相撲勇退を果たした。

 

この機を逃さんとばかりに、今現在多くの角界関係者が再び彼をプロの道へ手招くために足繁く、長野県に通いつめている。

浦海親方も当然その一人だった。

 

早ければ中学卒業時点で新弟子として入門することもある角界において、当然高校卒業前に彼に唾を付けんとする関係者は数え切れないほどいた、浦海親方も3年前に一度、彼の元へスカウトに行った過去があるが、どれだけの好条件を提示しても返ってくる言葉は「高校を卒業してから考えます」という一点張りだった。

 

そしてようやく3年、わずか3年。

中学卒業時から18センチも身長をのばし、現在身の丈198cmとなった彼を引き入れるために、多くの関係者が連日この地を訪れていた。

 

人だかりの視線の先には、将来有望そうな学生が砂まみれになりながらも、ぶつかり稽古をしている最中だった。そんな中、一際大きな影に多くの後輩が胸を借りていた。

 

激しい衝突音のあと、後輩の学生らは息を切らしながらその巨漢を土俵際に追いやろうと必死に力を込めるが、まるでビクともしていない。さながら地に根を張る巨木に立ち向かうかのような、そんな絶望的なまでな実力差を、その場を見ている全員に感じさせた。

 

高校生にしては、かなり仕上がっている稽古は日が傾いた16時頃に終わった。

しばらくして、ジャージ姿の学生然とした関が姿を現すと、関係者らはどっと彼の元へにじり寄った。

 

押合い圧し合い、数多の手から名刺が突き出され、時には怒号も飛び交っていた。そんな彼らの背から、巨体をねじ込んだ浦海親方は、黒山をぬるりと割って、関の目の前を陣取った。

 

すぐさま懐から名刺を一枚取りだし、半ば押し付けるように彼の手の中にそれを貼り付けると、また後日ゆっくり話をしようと端的に囁き、踵を返した。

 

一連の流れを揃いも揃って静観していた黒山の人だかりは、浦海親方が去ったと同時に、再びスカウト合戦を繰り広げ始めた。

後方から伝わる喧騒がやがて蝉時雨に溶け消え、人から虫のけたたましさに変わった頃には、浦海親方は車に乗りこみ自身の相撲部屋がある東京へとアクセルを踏み締めた。

 

 

 

 

 

1 怪物の入門

 

 

 

2024年4月。

 

桜散る出会いと別れの季節。

台東区蔵前に鎮座する浦海部屋に一人の新弟子がキャリーケースを片手に姿を現した。

 

たまたま近くを歩いていた外国人観光客は、彼のそのあまりのデカさに思わず数度見返し、近隣に住む散歩中の老人は相撲の新弟子が今年もやってきたと、さながら風物詩がごとく温かい目で見守っていた。

 

そんな彼を玄関先で自ら出迎えた浦海親方は、改めて見上げるほどの巨漢に思わず感心しながらも、ふとした疑問を投げかけた。

 

「あれ、親御さんは?長野から車で送ってくれる予定だったでしょうに」

 

「見送りは地元の駅までと、自分から言いました。ここまで送って貰うと、親元をたつ事に未練を感じてしまいそうで…」

 

「そうか…」

 

「また会うのは自分が三役に昇進した時だと固く誓って来ました」

 

「…なら早く昇進しないとな、まぁ君なら心配いらないだろうが…」

 

「期待して頂きありがとうございます」

 

関は軽く頭を垂れつつ、浦海部屋の敷居を跨いだ。

古い木造建築特有の、重厚な木の香りに包まれた玄関で靴を脱いだ関は、中からぞろぞろと出てきた浦海部屋所属の力士たちに再び頭を垂れて挨拶をした。

 

「長野県から着た (せき) 勇之助(ゆうのすけ)と申します、精進させていただきます。よろしくお願い致します。」

 

丁寧な口調での挨拶を受けた力士たちは、かろうじてよろしくと挨拶を返せてはいたものの、その表情には軒並み困惑が混じっていた。

 

前々から新弟子は凄まじい逸材がやってくるという噂は、部屋中に広まっていた。特に力士でありながら角界随一の好角家(相撲オタク)として知られる蘇ノ海(そのうみ)(27)は、どこぞの情報筋から新弟子はかの有名な(せき) 勇之助(ゆうのすけ)であると言いふらしていた。

 

大体の力士はその噂を信じようとはしなかった。

というのも、浦海部屋は居を構える立地こそ良かれど、都内に存在する数多の相撲部屋の中ではさほど目立たない、影の薄い部屋だった。

 

平成初期頃に角界を盛り上げた兄弟横綱による一大ブームの際には、実力のある関取衆が数名在籍していたものの、それも昔の話で、現在では稽古の際に白い廻しを付けられる関取は、誰一人として存在せず、関取まで一歩手前の幕下の力士はわずか2名に限られていた。

 

そんな影の薄い相撲部屋に、今や引く手数多の最強学生力士が入門するはずがないという見解が、大半の所属力士の見方であった。

 

しかしその噂が事実に好転したのは、入門の表明が行われたつい1か月前の事だった。ネットニュースの記事として世に知れ渡ったその情報は、当然の事ながら所属力士を驚愕させた。

 

そこからはもはや根も葉もない噂のオンパレードで、関に対する評価は、入門前にもかかわらずかなり脚色と誇張が成されたもはや人外に等しき物に至っていた。

『握力が100キロを超えているらしい』

 

『指一本で腕立て伏せができる』

 

『四股をふむ時は、180℃開脚して行うらしい』

 

『子供の頃に熊と相撲を取ったことがある』

 

など。

 

最後に至ってはどこぞの金太郎だと言わんばかりの噂であるが、今しがた浦海部屋の玄関をくぐって現れた彼の姿を見た所属力士らは、自分らがあれだけふざけて脚色した噂が、もしや本当かもしれないという錯覚を抱いた。

 

横綱から序ノ口に至るまで、全力士の中で最長の身長を誇る身の丈の高さ、それに加えて筋肉質かつ達磨のように太い体型、そして何より高校卒業したてとは思えないほどのオーラとカリスマ性。

 

彼らは目の前の18歳が、大銀杏の髷を結い、雲竜型か不知火型かの姿で土俵入りを披露し、腰に巻き付けた化粧廻しと白い横綱に見合う万雷の声援を受けている姿を幻視した。

 

 

 




関 勇之助(18) 【幕下付け出し最下位】

身長198cm(※成長期は止まったものの徐々に伸びている)
体重195kg

長野県出身
中学、高校の6年間で無双を果たした怪物。
体格は太めのソップ型、かなりの筋肉質でありながら巨体を支えるだけの太い骨を持つ怪我のしにくい身体を有する。
ちなみに、浦海部屋の力士が噂していた内容は8割事実。

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