雷光。   作:草原山木

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2.新弟子らしからぬ鼓舞

入門初日となる夕暮れ時。

改めて自己紹介を済ませた関は、先輩力士に暖かく迎え入れられた後、早速と言わんばかりに洗礼を受けていた。

 

「…え、102キロ」

 

力士たちが雑魚寝する大部屋の一角にざわめきが起きていた。

浦海部屋には、入門した新弟子に対して先輩力士が筋力測定をするという習慣があった。

当然、関も例に漏れず背筋と握力を測ることになった訳だが、いずれも桁外れの数値を叩き出した事で、根も葉もない怪物のような噂が(まこと)であった事に、みな驚愕していた。

 

背筋力:390キロ

握力 右:109キロ 左:102キロ

 

特に握力に至っては異常性が際立っていた。

何せ、"使った指"は小指、薬指、親指の3本だけである。たった三本の指でリンゴを簡単につぶせてしまえるほどの力を有する、規格外の新人に対する衝撃は凄まじいもので、終始トレーニング方法などの質問攻めが続いた。

 

それからあっという間に日が暮れ、夕餉、つまりは新弟子 関の初ちゃんことなった。今日のメニューは、鳥の塩ちゃんこ鍋、本マグロの漬け、ブロッコリーのツナサラダ、牛ミスジのガーリック炒め、焼きそば、タケノコの炊き込みご飯となっていた。

 

食料の大半は、浦海部屋のタニマチおよび後援会から提供されたもので、連日トラックに載った大量の食べ物が部屋の裏口から搬入される様は、相撲部屋ならではの光景だった。

 

親方の席からほど近い位置に腰を下ろした関は、他の力士が見守る中、手を合わせた後に次々と口の中に料理を流し込んでいった。

その後、続々と力士が食卓を囲み始めしばらくしても、関の食事ペースは一定を保ち続け、果てはちゃんこ番が追加の焼きそばを炒め始める始末だった。

 

巨体に見合う食いっぷりは清々しいほどで、食事も稽古のうちだとされる相撲界において、早速体重の増量には困らないだろうと親方は安堵した。

 

食事も終わった20時過ぎ、入門して既に部屋内での番付が3番目ということもあってか、比較的早めに風呂を済ませた関は、浦海親方の部屋に訪れていた。

 

 

「おう、どうした」

 

「…はい、実は相談がありまして」

 

 

神妙な面持ちで話し始めた関に対して、親方は思わず身構えた。

ただそんな心配も、思わず杞憂に終わった。

 

 

「トレーニング用の道具が欲しいんです」

 

「…ほお」

 

内心緊張の糸が張り詰めていた親方は、深刻な相談を打ち明けられるかとばかりに構えていたが、なんら軽めの相談だったことに、安心感からフクロウの鳴き声のような相槌をうった。

 

 

「やっぱ部屋にあるダンベルだけじゃ足りないか?」

 

「いえ、工夫すればどこの部位でも鍛えることは出来るんですが…自分が欲しいと思っているものは少々特殊で…」

 

「…特殊?」

 

「はい、力石って言うんですけど…」

 

「…力石っていうと、あの神社とかに置いてある」

 

「はい」

 

 

本格的な器具を要望するのかと思っていた浦海親方は、予想とはあまりにも反した道具を欲する関に対して、若干拍子抜けしていた。

力石とは、全国の寺社仏閣に存在する大きな石のことで、有名な例で言うと、占いの素養が強い『重軽石』が挙げられる。

 

その名の通り、トレーニング道具と言うよりかはただの重い石で、江戸時代から明治にかけて力自慢達がこぞって持ち上げたことでも知られている。

当然と言うべきか、現代で一般的となっているトレーニング器具に比べて、原始的かつ実用性という点では少し劣る。

 

そんな代物を要求する関に、浦海親方は内心疑問を感じつつも、この部屋に迎え入れるにあたって『最大限の要求を聞きそれを叶える』という条件を提示してしまっているが故に、疑問こそ呈するものの否定することはなかった。

 

「別に否定しようって訳では無いんだが…なぜわざわざ力石を?」

 

「自分の中で、相撲における最適なトレーニング道具の一つが力石だと思っているからです」

 

「…一つ。ってことは、まだあると?」

 

一般的かつ現代的な思考からは乖離した独特のセンスを有する、将来有望な彗星に対して、浦海親方は率直な好奇心を抱き、問いかけた。

すると返ってきた答えは、これまたなかなかに特殊なものだった。

 

「油粘土の詰まった米俵です」

 

「…米俵か」

 

「えぇ、一俵の」

 

親方はいよいよ、目の前の新弟子が江戸時代からタイムスリップしてきたのではと錯覚してしまった。

 

「それと、プロテインも欲しいです」

 

「…安心した」

 

「?」

 

あまりにも古風めいた要望ばかりが続いていたせいか、プロテインという現代チックな要望に思わず安堵感を示した親方は、あからさまに胸を撫で下ろした。

 

その後二言三言やり取りが続き、関は一礼し部屋を出ていった。

その大きな後ろ姿を眺めながら、親方は彼の影響で他の力士たちが成長してくれるやも…という一抹の希望を感じていた。

 

 

 

 

2.新弟子らしからぬ鼓舞

 

 

 

 

 

明朝5時頃、他の力士たちがいびきをかきながら熟睡しているころ、関はスマホのアラームで目を覚ますと、布団を畳み、洗面台で歯磨きと顔を洗った後、僅かな手荷物を持ち、相撲部屋の傍らにポツンと存在する庭に出ていた。

 

空はまだ薄暗く、微かにカラスの鳴き声が聞こえる程度。新聞配達のスクーターの音が、静けさに満たされた東京の寒空に木霊する。

 

半袖半ズボンだった関は、XXLサイズの上着を脱ぎ、たたんで踏み石の上に置くと、そのまま軽く体操を始めた。全身の関節を動かしながら身体を(はぐ)していく。やがて、あらかた身体が温まったところで四股を踏み始めた。

 

膝を胸以上の高さまで上げて降ろすを繰り返す。

額から汗が滲み初め、雫となって地面に落ちた。

 

四股を踏むこと108回、煩悩の数と同様の回数地面に脚を打ち下ろすと、今度は持ち上げた脚をそのまま天高く突き上げた。

そのまま1分間耐える。

 

身体を支える左足に力を込めつつ、真上に伸ばした右脚を風と重力に持っていかれぬように全身でバランスを整えた。

1分が経過するとゆっくりと右脚を地面に降ろし、同様に左足を天に向けて突き出した。

 

繰り返すこと10回、そして更につま先立ちで行うこと10回。計20回と言えど、足腰への負荷のかかり方はより重くより強い。

僅かな幅の土俵際で行われる相撲の攻防は、100キロを軽く超える巨漢をつま先で支える必要がある。

 

当然そんな並外れた力を有するには膨大な足腰の筋持久力だけに留まらず、バランス感覚も重要となってくる。

強い力で押されてもビクともしないほど、樹齢千年を超える大木のような寸も動かない安定感を身につけるためにたどり着いた、関 特有の鍛え方であった。

 

四股踏みが終わる頃には既に日が昇っていた。

常人であれば既に息絶え絶えといった具合の過酷な鍛錬だが、怪物と言わしめるほどの彼からしてみればウォーミングアップ、それこそ一般人がラジオ体操をする程度の感覚と相違なかった。

 

持ってきていた手ぬぐいを、庭の蛇口で濡らし、汗の滲む身体を拭き取る。

微かに吹く春のそよ風が、運動後の体を包み込んだ。

 

関が大部屋に戻ると、既に兄弟子たちが起床し始めている頃だった。

 

「あれ、どこ行ってたの…」

 

この部屋の最年長力士であり、現在幕下36枚目の愛王(あいおう)は、何やら額から汗を流しながらひとりでに戻ってきた関に向けて、姿が見えなかった間どこへ行っていたのか問いかけた。

 

「四股を踏みに庭へ…」

 

「朝っぱらから…?」

 

「はい」

 

「…すげぇな」

 

この時、愛王は目の前の怪物をまじまじと見あげながら、内心戦々恐々としていた。現在、部屋内における番付最上位である彼は、入門して24時間も経っていない関の圧倒的な才能と、朝一で四股を踏むほど努力を惜しまないその胆力に、近く控えた5月の、たった一場所で自身の地位が直ぐに抜かされるだろうという考察を確信に変えた。

 

それと同時に、つい今しがた、朧気に浮かび上がった本音を口にしてしまった。

 

「スゴすぎるな…恐ぇよ俺」

 

「…恐い?」

 

「君みたいな才能の塊が、誰よりも努力しているっていうのが…なんか、どうしようもないほど…自分を凡人に感じさせるって言うか…凄く、高くて、分厚い壁が急に目の前に現れた気がする、たぶん君の方が強いだろ、今の俺より…」

 

動揺しているのか、上手く言葉にできていない兄弟子の吐露に、同じ大部屋にいた力士たちは必然的に押し黙ってしまった。

相撲界において花形の地位である幕内。序の口や序二段が大半を占める浦海部屋の力士たちにとって、そんな長くも険しい相撲道の果てにある幕内力士の称号はまだまだ背中すら見えぬ幻想そのものだった。

 

そんな幻想に現状もっとも近い幕下力士の愛王が、眼前の…それも幕内どころか横綱という地位にまで手の届きそうな新弟子を前に弱音を吐いている。

目標としている憧れの先輩が、圧倒的な才能を前に萎縮しているのをその場にいる全員が漠然と感じとっていた。

 

しかしながら、失望や幻滅の視線を向けるものはその場にはいなかった。

きっと自分も同じ立場だったら、同様の思考に至るだろうと誰もが思っていた。

 

朝焼けが窓から差し込み部屋を照らす。

気持ちの良いはずの朝イチが、重く感じられた。

 

そんなドンヨリとした雰囲気を、関は断ち切った。

 

「世の中には、努力をしても報われないことはあると思いますけど。相撲においてはそんなことは無いと思います。」

 

「…」

 

「力と力のぶつかり合い、その中には身長も体重も圧倒的に不利な力士だっていますし、そんな力士が幕内として活躍した例はこの場にいる皆さんなら知っているはずです」

 

その言葉を受けた力士たちは、各々の頭の中で歴代の様々な強者を思い浮かべた。自分より背丈も重さも劣る彼らともしも取り組みをしたら…と想像し、全員共通して自分が黒星をつける様を脳内に描いた。

 

「自分からしてみれば、相撲なんて才能が占める割合は10%にも満たないと思います、努力すれば強くなる、誰よりも鍛え続けた先にこそ白星があると思っています」

 

「…」

 

「今よりも遥かに上を目指しましょう、自分も皆さんも…果ては関取しかいない部屋を…全員で白廻しつけて稽古したいです」

 

先程までの落ち込みが嘘のように晴れた。

髷もゆえぬ坊主の新弟子から送られた、強い鼓舞はその時、浦海部屋の力士達の分厚い体の中に収められた胸に大火となる火種を宿した。

 

弱冠18歳の彗星は、己だけでなく周りの人間をも変えてしまうほどの強いカリスマ性を備えていた。

これが後に、関こと横綱 雷光 率いる最強の相撲部屋 浦海部屋伝説の始まりの瞬間だった。

 

 

 

 




愛王(29)神奈川県横浜市港北区出身【西幕下36枚目(最高位東幕下3枚目)】

身長177センチ
体重173キロ
体型 アンコウ型
取り口 突き押し相撲 前進型

浦海部屋に所属する力士の中では最年長かつ最高位の番付を持つ力士。
丸々と太った体型を生かし、圧力をかけつつパワーで相手を押し切る相撲を武器とする。一度関取(十両以上)昇進一歩手前まで番付を上げた経験があるものの、怪我による休場に伴い番付を一つ下の三段目まで落とした。
最年長ゆえに、残り少ない現役期間のうちに念願の関取昇進を果たしたいと最近焦りを抱いている。そんな中、新弟子として学生相撲のうちから角界でも注目株とされていた関が入門したこともあってか、焦りに拍車がかかった結果、らしからぬ弱音を吐いた。

好きな漫画:HUNTER × HUNTER(好きなキャラ:レイザー)
嫌いな食べ物:硬いゆで卵、じゃこの佃煮



相撲における番付と基本的な月収

横綱(最高位){月300万}※ここと戦って勝つと俗に言う『金星』
……………
大関{月250万}
関脇{月180万}
小結{月180万}
……………(↑三役)
前頭(基本東西1~16枚目計32名 三役及び横綱不在に際し18枚目まで増員有)
{月140万}
━━━━━(幕内力士)
十両(東西1~14枚目計28名){月110万}
━━━━━(ここから関取と呼ばれる)
{以下給料なし 部屋からのお小遣いあり}
幕下(東西1~60枚目計120名)
三段目(東西1~80枚目計160名 ※2025年1月までは90枚目)
序二段(定員なし)
序の口(定員なし)

なお、給料以外にも取組に企業が懸賞をかける懸賞金(買った後に分厚い封筒で渡されるあれ)
タニマチからの小遣い(数百万から数千万)
幕内などの著名な地位に昇れば、タニマチから外食の食費や遊び代が負担される。
など、多額の収入を得ることが出来る。



ちなみに、力士が一日に行う四股踏みは200回から300回ほどだそうです。
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