東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第1話 穢れを有する被験体

月の都――

理と秩序によって統べられ、穢れを徹底的に排除する完璧な楽園。

 

だが、その深奥には、月の女神・嫦娥が密かに構えた研究室があった。

 

禁じられた扉の奥で、彼女は一滴の赤い液体を掲げる。

 

「……これで完成。とりあえず、形にはなったわね」

 

彼女の目が、壁際の檻へと向けられる。

そこには、妖怪、人間、そして半妖の子どもたちが並んでいた。

月にとって“穢れ”とされる命を、地上から密かに連れてきたのだ。

 

「さて……実験体はどれにしようか」

 

嫦娥の視線が、無表情の半妖の少年に止まる。

 

「被験体一〇二号。来なさい」

 

檻が開き、少年が無言で歩き出す。

彼女はガラス瓶を差し出した。赤く蠢く、不老不死の薬。

 

少年は黙ってそれを見つめていた。

彼が見てきたのだ、薬を飲まされ、銃で撃たれ、二度と動かなくなった子どもたちを。

 

「飲みなさい」

 

嫦娥の声は冷たく、甘い。

 

少年が動かないままなのを見て、彼女はため息をつき、銃を取り出した。

額に銃口を当てて囁く。

 

「飲まないなら、あの子たちと同じ目に遭うわよ?」

 

震える指で瓶を受け取ると、少年は静かに薬を口に含み、飲み干した。

 

嫦娥はすぐに銃を撃った。乾いた音と共に少年が崩れ落ちる。

「また失敗か……」そう呟きかけたそのとき、少年の身体が微かに動いた。

 

「……生きてる?」

 

撃たれたはずの傷口が、ゆっくりと再生していく。

少年は何事もなかったかのように、起き上がった。

 

「成功……成功した!!」

 

嫦娥は歓喜の声を上げた。

ようやく手に入れた“完全なる不老不死”――そのはずだった。

 

だが、次の瞬間、空気が異様に冷え込む。

少年の周囲に、白く揺れる“何か”が漂い始める。

 

「霊魂……?」

 

実験の過程で命を落とした子どもたちの霊が、引き寄せられるように彼に群がっていた。

その霊魂たちは穏やかではなく、未練と痛みの残滓が濃く滲んでいる。

 

「……穢れてる。薬の副作用?それともこの子の体質?」

 

嫌な汗が嫦娥の背を伝う。

この強烈な霊的反応が外に漏れれば、実験の存在を察知されてしまう。

 

まさにその瞬間、研究室の扉が激しく叩かれた。

 

「嫦娥、開けなさい。中で何かしているんでしょう?」

 

永琳の声だ。複数の役人たちも外に集まっている気配がある。

 

「……ちっ」

 

嫦娥は舌打ちし、被験体一〇二号を移動ポッドに押し込む。

急ぎ発射準備を整えると、彼を静かに見下ろして呟いた。

 

「君は復活するものね。宇宙の塵にでもなってて貰おうか」

 

射出口が開き、ポッドが光の尾を引いて夜空へ消えた。

 

そのまま、嫦娥はボンベを破壊。

部屋に可燃性ガスを充満させ、窓を開けて脱出。

 

手にした小型の爆弾を投げ入れながら、最後に呟いた。

 

「……素材の問題かしら。次は“格の高い神霊の子ども”がいいわね」

 

直後、爆発。研究室が轟音と共に吹き飛んだ。

 

 

---

 

「っ……!」

 

爆風で吹き飛ばされ、永琳は地に伏した。

すぐに起き上がり、研究室のあった場所へと駆け寄る。

 

中は崩壊し、火花と煙が立ち込めている。

彼女は焼け焦げた遺体の山の中に踏み入ると、ひとつひとつの遺体を確認し始めた。

 

「……数字……番号が刻まれている?」

 

遺体の胸元、腹、額などにナンバリングが彫られている。

101、98、95……しかし――

 

「102がいない?」

 

目を凝らしても、一〇二号の遺体だけが見当たらなかった。

 

永琳の顔が険しくなる。

彼女はすぐに報告書を提出し、嫦娥の研究の実態を公に訴えた。

 

「人間や妖怪の子どもたちを拉致し、薬物実験を繰り返していたのよ。

 しかも不老不死の研究まで……明らかな規範違反です」

 

だが、月の行政会議は冷ややかだった。

 

「しかし、その対象は妖怪や人間。月の民ではない」

 

「実験の成功体も、すでに失われている」

 

「我らの浄土に対して、実害は発生していない」

 

永琳は机を叩いた。

 

「命の軽視にも程がある……! 同じ“命”でしょう!」

 

それでも、月の民たちは眉一つ動かさずに告げた。

 

「その考えこそ、地上の感情だ、八意永琳」

 

最終的に、嫦娥は“処分対象なし”として無罪放免となった。

 

永琳はその場を後にしながら、心の底に何かが張り付くような感覚を覚えた。

 

――あの、一〇二号の少年は、本当に「消えた」のか?

 

 

 

 

 

 

 

 星空が燃えた。

赤く、青く、軌跡を引きながらひとつの影が地上に落ちる。

 

夜の静けさを切り裂いて、大地が震える。

土煙が上がり、焦げた匂いが辺りを包む。

 

しばらくののち、風が流れ、煙が晴れると――そこにはひとりの少年が横たわっていた。

 

皮膚は焼け、服は破れ、肉は露出し、骨まで覗いている。

だが、それでも彼は、再生し生きていた。

 

息をしていた。

目は虚ろに空を見上げ、口は言葉を発しない。

 

――痛い。

――動けない。

――けれど、死ねない。

 

それが、被験体一〇二号の最初の「地上での感覚」だった。

 

そこへ、一組の影が現れる。

月明かりに浮かび上がる、雅な装いをした三人の女。

 

「宇宙から何か降ってきたかと思い、見に来てみれば……子ども? のようだな」

 

静かな声でそう言ったのは、背中に「扉」の文様を抱えた摩多羅隠岐奈だった。

 

「……霊力?」

淡々と口にしたのは丁礼田舞。表情は読めないが、わずかに警戒を含む。

 

「見た目からすると……半妖っぽいけど、普通じゃないよね」

隣で呟いた爾子田里乃も、周囲に広がる“違和感”を肌で感じていた。

 

隠岐奈は、傷つきながらも死ねずに横たわる少年に視線を落とす。

そして、まるで興味深い標本でも見るように、静かに言葉を紡いだ。

 

「半妖として生まれ、後天的に“死”という概念を直に受け取ったと察した方がいいか」

 

舞がふと、落下した方角を振り返って言った。

 

「……上から来ましたけど」

 

「月、ですかね」

里乃も肩をすくめる。

 

「処分、します?」

 

その言葉に、隠岐奈は眉を寄せて振り返った。

わずかに口元を吊り上げて、鋭い視線を二人に投げる。

 

「お前ら、人の心はないのか」

 

「いえ……確認として」

 

「言葉の選び方が雑だ、丁礼田」

 

隠岐奈は目を戻すと、もう一度、少年を見下ろす。

血の匂いに混ざって、濃密な霊的な気配が肌を刺すように流れていた。

 

「これは……魂を吸っているのか? あるいは、霊を惹きつけている……?」

 

霧のように周囲を漂う“死者の残滓”が、少年にまとわりついている。

 

「なるほど。穢れに触れ、不老不死に至ったか……。これは、面白い」

 

そう呟くと、彼女は袂を揺らし、裾を払った。

 

「状況確認のためにも、今一度連れ帰ろう。

 お前たち、その子を持て。扱いには気をつけてな。魂を食われるぞ」

 

舞と里乃が同時に無言で動き、倒れた少年の両脇に手を添える。

 

その瞬間――少年のまぶたがわずかに動いた。

焦点の合わぬ瞳が、空を、そして彼女たちを映す。

 

「……生きてる」

 

舞がぽつりと呟いた。

 

「当然だ。あれだけの落下で生きているのなら、そう簡単に死にはしない」

 

隠岐奈は扇子を軽く開いた。

 

「さて、名もなき落とし子よ。捨てられたのなら拾ってやろう。お前が何者で、なぜこうしてここに辿り着いたのか……いずれすべて、私が見定めよう」

 

そしてそのまま、彼女たちは少年を連れ去った。

 

月より落ちた、穢れを背負う不死の半妖。

彼の新たな運命は、ここからようやく動き出す――。

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