東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる 作:四国の探索人
神奈子の声が低く響いた。
「……私としたことが油断していたな。毒を食らうとは。だが――」
その瞬間、村の空気が一変する。
地に根を張る大樹が低く唸り、幹ごと浮き上がった。樹皮がきしみ、葉がざわめく。一本の御神木が神奈子の手元へ吸い寄せられる。
「ここからは本気でやろう。」
握られた神木が弓のようにしなり、雷鳴を裂く勢いで諏訪子と隠岐人へと飛ぶ。
諏訪子は大地をせり上げ壁を作るが、御神木は空を舞い壁を穿った。
(……硬い! 防げはするけど、このままじゃ攻めに転じられない!)
一方の隠岐人は空間転移で逃れようとする。だが神木は次々と空間の扉を叩き割り、退路を潰す。
「いくら君の能力でも、逃げられなければ意味はない。」
刹那、神木が隠岐人の胸を打ち据えた。骨が軋み、血が土を濡らす。
「降参するか?」
隠岐人は短く答える。
「お断りです。」
言葉と同時に、自ら胸へ短刀を突き立てた。鮮血があふれ、膝が崩れ落ちる。
「……愚か者。死んでしまえば道は閉ざされる。」
神奈子が背を向けたその瞬間――足音。振り返ると、立っているのは死んだはずの隠岐人だった。傷もなく、息も乱れていない。
「致命傷に自害……確かに感触はあった。分身ではない……不死か。」
「こういう“呪い”なんですよ。」
「面白い……だが勝てぬものは勝てぬ。」
再び神木を放つ。
だが隠岐人は一歩も動かず、静かに両手を構えた。
諏訪子の声が飛ぶ。
「なに立ってるの! 避けな!」
その声を無視し、隠岐人は低く呟いた。
(妖力だけでは無理だ……ならば――霊魂よ、力を貸せ。霊力を――)
淡い光が彼の全身を包む。やがて迫る神木を、正面から掴み止めた。
「はっ……? 馬鹿な! 神の一撃を半妖が正面から止めただと!? いや……何だ、この力……霊力? 何故半妖が……」
「よかった……神といえど、百人以上の霊力があれば耐えられますね。」
「答えろ、その力は何処で!」
「話したこともないですが……友達たちが、力を貸してくれたんです。」
神奈子の思考が揺れる。
(想定外だ。ただの半妖かと思っていたが、不老不死……そして正面から私とやれる力も持っている。加えてあの空間能力。だが最も厄介なのは――この戦いを見ている村人たちの信仰が揺らぎつつあること。私の力も、少しずつ削がれている。)
「厄介な……次の一撃で終わらせてやる。」
御柱を握りしめ、力を込める。空気が震え、地面が唸った。溜めきった力とともに、御柱は矢のように放たれる。
隠岐人が声を上げる。
「……あれをまともに受ければただでは済まないな。――諏訪子!」
「はいよ!」
大地が沈み、隠岐人の身を隠す塹壕となる。御柱は轟音と共にその上を通過し、空へと飛び去った。
「今だ! 神奈子の周りには御柱がない!」
即座に隠岐人は飛び出し、神奈子へと距離を詰める。
神奈子は体勢を崩したまま……だが、何故か口元に笑みを浮かべていた。その視線は、隠岐人の背後へと注がれている。
(――まさか!)
振り返った瞬間、先ほど投げられた御柱がブーメランのように軌道を描き、背後から迫る。
「前には神奈子、後ろには御柱……!」
咄嗟に跳躍して御柱を避ける。だが――
「待っていたぞ!」
戻ってきた御柱を掴み、遠心力を利用した全身全霊の一撃が叩き込まれる。
轟音が爆ぜ、隠岐人の身体は衝撃に耐え切れず宙を舞い、地面に激突した。骨が砕け、全身に深い傷が走る。もはや動けぬほどの大ダメージ。
「避けると思っていたよ。投げるのが目的じゃない。遠心力を得て、最大の一撃を放つためさ。」
倒れ伏す隠岐人を一瞥し、神奈子はゆっくりと諏訪子へと歩みを進める。
その足取りには自信と確信が宿っていた。
「期待のお友達は戦闘不能だ。残るは――洩矢諏訪子、お前だけだ。」
諏訪子は笑みを浮かべ、ひび割れた大地に手をやる。掌には、砕け散った土の感触が残っていた。
「軍神ってのはおっかないもんだね。けど……見てごらん。」
「何を言う。」
「さっきの一撃で地は裂け、生き物は潰れ、根は千切れた。ここに作物を植えようとしても、もう何年もかかるだろうよ。」
神奈子は言葉を失う。
諏訪子は目を細め、静かに問いかけた。
「人は土に種をまき、芽吹きを待つ。水をやり、実りを祈る。そうしてようやく生きられるんだ。……神が、それを壊してどうする? 力で踏みつけることが、神の役目かい?」
握っていた御柱から力が抜け、木は地に落ち土煙を上げる。
(私は……何をしている? 村人たちは見ている。軍神としての強さに歓声をあげるどころか、目に浮かぶのは恐怖と疑念。これでは……信仰は得られぬ。むしろ削がれてゆく……。)
胸の奥を突かれるような痛み。それは戦いの傷ではなく、「神」としての敗北を悟った痛みだった。
「……私の、負けだ。勝つことばかりを追い、神としての本分を見失っていた。」
諏訪子は肩をすくめ、優しい声で返す。
「自分の失敗を認める器も、また神の器量ってやつかもね。」
二柱の言葉を耳にした村人たちの間にざわめきが広がった。
「終わった……のか?」
「でも戦いでは神奈子様が勝っていたような……」
「俺たちは一体、どちらを信仰すればいいんだ……?」
揺れる声に答えるように、一人の少女が人垣を抜けて前に進み出る。
白衣と緋袴を纏った、東風谷家の巫女だった。
「戦では神奈子様が勝ち、神としては諏訪子様が勝たれました。――ならば、両方をお祀りすればいいではありませんか。」
村人の一人が慌てて叫ぶ。
「そ、そんなことをすれば神々の怒りを……!」
諏訪子はにやりと笑い、肩をすくめた。
「別に怒らないよ。戦じゃ勝てる気しないもん、あんなの。」
神奈子もまた静かに頷く。
「……神とは何かを理解していない私は、まだ全ての信仰を背負う存在ではない。私も構わない。」
巫女は深く頷き、村人に向けて宣言した。
「それでは――両神を祀ることで決まりですね。」
神奈子は目を閉じ、そして言葉を紡ぐ。
「……表向きには私が前に立とう。この村に手を出す神が現れることはあるまい。」
その言葉に村人たちの表情は安堵に変わり、地にひれ伏す者も現れた。
こうして、軍神・八坂神奈子と大地の神・洩矢諏訪子――二柱を共に祀る新たな信仰が芽吹き始めたのであった。