東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる 作:四国の探索人
倒れ伏した隠岐人に、諏訪子が身をかがめて声をかけた。
「おーい、生きてる?」
その軽口を遮るように、神奈子が冷たく言い放つ。
「無駄だ。死んではいないが、全身の骨を砕いた。立ち上がることなどできまい。」
神木が再び振り上げられ、今度は頭を狙って突き立てられる。
砕かれたはずの肉体は死とともにみるみる再生し、隠岐人は再び立ち上がった。
「ありがとうございます……いや、感謝でいいのか。」
不思議そうに口元を歪める彼に、神奈子は鼻を鳴らす。
「謝ることはない。君が動けなかったのは、私の攻撃が確かに通じた証だからな。」
「おおっ! 本当に復活するんだね。いや~びっくりしたよ。」
諏訪子は手を叩いて感嘆の声をあげる。
「信仰を取り返せたようで、よかったですね。」
隠岐人が息を整えて言うと、諏訪子は少し照れたように笑った。
「感謝してるよ。私一人じゃどうにもならなかったろうからね。」
神奈子は腕を組み、力強くうなずいた。
「神たる私が、まさか半妖にここまでやられるとは。……うむ、負けたとはいえ、誇っていいぞ。」
その時、背後から澄んだ声が響いた。
「おや、命の灯火が消えたと思って様子を見に来たのだが……問題なさそうだな。」
振り返れば、そこに立っていたのは摩多羅隠岐奈。
姿を見た隠岐人は、思わず声を上げる。
「師匠、こんな所で……」
「やめろ、師匠などと。私はただお前を拾っただけだ。呼ぶなら……そうだな、もう隠岐奈でいいよ。」
神奈子の瞳が細められる。
「そちらが隠岐人の言っていた師か。摩多羅隠神……」
「いかにも、摩多羅隠岐奈だ。」
隠岐奈は口の端をつり上げた。
「どうだね、うちの子は?」
「神である私と、いい勝負をしていたぞ。最後は及ばなかったがな。……まあ、私が強すぎたな、ガハハハ!」
「ふむ……隠岐人、言っただろう? やばい時は私を呼べと。」
「……すいません。」
「まあ、お前はやり直しがきく。だからこそ余計に言いすぎるのはやめておくさ。」
叱責を終え、隠岐人が安堵の息をついたその時、諏訪子がぱっと顔を上げた。
「久しいねぇ、摩多羅神。」
「ん? 諏訪子か。久しいな。里乃と舞は元気にしているぞ。」
「あの二人の後はこの子を拾うとは……母性でも持て余してるのかい?」
「ち、違わい。私の手足として使ってやってるだけだ。」
「それにしては、隠岐人に何かあったのを心配して来たみたいだけど?」
「はー違う違う。これはな、あれだ……あれ。新しい指令という奴だ。」
隠岐奈は静かに隠岐人を見据えた。
その眼差しは慈愛にも似ていたが、同時に抗えぬ命令の力を帯びていた。
「摩多羅隠岐人――主として命ずる。この地に留まり、妖怪の調査をせよ。」
「……調査、ですか?」
隠岐人は思わず問い返す。
隠岐奈はうなずき、ゆるやかに語り出した。
「人は少し前まで、誰かにすがらなければ生きられぬ存在であった。だが今や鉄を鍛え、自らの力で道を切り開こうとしている。
私は思う……やがて妖怪全盛の時代は終わりを迎えるだろうと。その前に妖怪を調べ、話の分かる者を選び出し、楽園へと導くつもりだ。」
「楽園……?」と神奈子が眉を上げる。
「ああ。こちらの世界で力を失い、行き場をなくした者たちを集め、新たな世界を築くのだ。」
諏訪子が首をかしげ、口を尖らせる。
「へぇ、それって隠岐奈の得になるのかい?」
「得かどうかではない。」
隠岐奈の声がわずかに低くなる。
「神、妖怪、人間……今は微妙な均衡で成り立っている。だが、その一角が崩れれば、残る二つもまた崩壊する。それを防ぐための“楽園”だ。」
「ふーん。私は当分関係なさそうだけどね。」
神奈子は肩をすくめる。
「……だろうな。今は軍神・八坂神奈子の名は、日の本に広く響いている。だが戦のない時代になれば、信仰と共に忘れ去られる。そうなれば神は死ぬ。」
「……そうならぬよう、立ち回るさ。」
神奈子の声に、かすかな苛立ちが混じった。
「私たちがいらなくなる時代、ねぇ。」
諏訪子は地を見つめ、指先で土をすくった。
「人間が自分で何もかも解決できるようになれば、いずれ来るかもだけど……まだまだ先だろうね。」
隠岐奈は最後にもう一度、隠岐人を見据えた。
「隠岐人。そういうことだ。消えゆこうとしている妖怪たちを――お前が調査してこい。」
その声には抗えぬ重みがあった。