東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第14話 首無し妖怪 赤蛮奇

隠岐奈が去ってから数日。

隠岐人は、何をするでもなく寝転び、空を見上げていた。

 

(……そこら辺の妖怪にいきなり声をかけても、ただの怪しい奴だしな。さて、どうしたもんか。)

 

太陽の光を仰ぎながらそんなことを考えていると、影が差す。

立っていたのは、諏訪子とひとりの少女だった。

 

「隠岐人ー、ちょっと頼まれ事してくれない?」

「やることもないので、構いませんけど。」

 

諏訪子は満足げにうなずき、隣の少女を促した。

「この子の用事に付き添ってあげてよ。念のための護衛さ。」

 

少女が一歩前に出る。

「里のほうに孤立している者がいましてね。相談を受けたいのです。」

 

諏訪子に軽く手を振られ、隠岐人は少女とともに歩き出す。

 

「諏訪子に仕えていた信仰心の厚い巫女と聞いていましたが……お名前は?」

 

「ああ、申し訳ありません。自己紹介がまだでしたね。」

少女は一礼し、涼やかに名乗った。

「私は東風谷家の巫女、東風谷一苗(かずえ)と申します。」

 

「摩多羅隠岐人です。」

 

一苗は目を細め、柔らかな笑みを浮かべる。

「神奈子様との戦いも見ておりました。私はあっさり負けてしまいましたが……あなたは本当にすごいですね。」

 

「なぜ、一人で神奈子と戦ったんですか?」

 

問いに、一苗は少しだけ視線を空へ逸らした。

「そうですね……あの方と相対した時に気づいたのです。神奈子様は決して支配的ではなく、お優しい。諏訪子様と相性が良いのではないか、と。」

 

「私からすれば、二柱の神を祀るのは違和感があります。」

 

「常識に囚われていては、この先やっていけませんよ。」

一苗はいたずらっぽく微笑む。

「――ほら、もうすぐです。お話していた村人の家に着きますよ。」

 

 

一苗が戸口に立ち、声を張った。

「ごめんくださーい。」

 

戸を叩く音に応じて、ぎぃ、と軋むように扉が開く。

現れたのは赤髪にスカーフを巻いた少女だった。

 

軽く会釈した彼女に、一苗は明るく微笑んで名乗る。

「こんにちは! 私は守矢神社の巫女、東風谷一苗です。」

 

「あっ……」

少女は声を発しようとしたが、喉が震えるだけで音は出なかった。

少し俯き、外へ出て木の枝を拾うと、土の上に文字を走らせる。

 

――赤蛮奇。

 

それが、まだ人間であった頃からの彼女の名だった。

 

隠岐人は目を細め、問いかける。

「……声が出せないのか?」

 

蛮奇は小さくうなずいた。

 

「理由は?」

一苗が尋ねると、蛮奇はスカーフに手をやり、ためらいがちに震える指で文字を綴った。

 

――妖怪 喉。

 

「妖怪に……喉を?」

一苗の表情が揺れる。

「もしよければ、見せていただけませんか。私の力で治せるかもしれません。」

 

蛮奇はしばし迷った末に、静かにスカーフを外し始めた。

その時、一苗は慌てて振り返り、隠岐人に声を飛ばした。

 

「隠岐人さん! 女の子が勇気を出して見せてくれるんですから、あっちを向いていてください!」

 

「わ、分かったよ……」

隠岐人は慌てて背を向ける。

 

蛮奇の喉を確認すると、一苗はそっと手を当て、祈るように呟いた。

「やれるか分かりませんが……御神の奇跡よ、治し給え……治し給え……」

 

霊力が灯り、白い光が蛮奇の首を包む。

だが、いくら祈りを重ねても、そこに変化は訪れなかった。

 

やがて一苗は力を抜き、手を離す。

「……申し訳ありません。私の力では、どうにも……」

 

深く頭を下げる一苗に、蛮奇は「ありがとう」と言いたげに小さく頷き、静かに家の中へ戻っていった。

 

帰路につきながら、一苗は沈んだ声で呟く。

「今回は……仕方ありませんね。赤蛮奇さんの回復方法を、もう一度考えてみましょう。」

 

「……分かりました。」

隠岐人もそれ以上は言わず、足を進める。

 

残された家の中で、蛮奇は崩れるように床へ伏した。

頬を伝う涙を拭うこともせず、心の中で呻く。

 

(……奇跡の力でも無理、なのか。村人たちが向ける、この傷への痛々しい目……辛い。)

(こんな傷さえなければ。普通に過ごせていたら……友達だって、できたのかな。首の傷なんてなければ……)

 

彼女の祈りにも似た思いは、静かな夜に溶けて消えていった。

 

 

 

 夜の静けさを破ったのは、乾いた音だった。

 

ごつん――家の壁に石がぶつかる。

 

「やーい、お化け!」

「首無し!」

 

外から聞こえる子どもたちの嘲り声。

本来なら、ただの戯言として聞き流せたはずだった。

けれど――奇跡の力でも癒えなかった傷を抱える今の赤蛮奇には、鋭い刃となって胸を抉った。

 

(この首の傷さえなければ……)

 

震える手で自分の首を絞める。

苦しさに耐えきれず、すぐに手を離した。

 

(私は……どうしたらいいの……? 一人で……どうすれば……)

 

嗚咽をこらえ、涙を枕に赤蛮奇は眠りへと落ちていった。

 

――翌朝。

 

「……え?」

 

いつものように布団から起き上がろうとした瞬間、妙な感覚に気づく。

体が異様に軽い。

 

思わず視線を下ろす。

そこには――首を失った、自分自身の体があった。

 

「えっ……えっ!? 身体? 私、どうなって……」

 

慌てて手を動かそうとすると、目の前の“首無しの身体”が同じように反応する。

 

「……動いた。え、声が……出てる?」

 

確かに、自分の声が響いていた。

喉はもう存在しないはずなのに。

 

「首と身体が……離れてるのに、生きてる……? 分からない、分からないけど……声が出てる……!」

 

混乱は深まるばかりだった。

 

「どうすれば……こんなの、誰にも相談できない……」

 

ふと、心に浮かんだ顔があった。

昨日訪ねてきた巫女――東風谷一苗。

 

「……あの子なら……相談に乗ってくれる、かも……」

 

赤蛮奇は、己の“首無しの身体”を抱えるように震えながら、そう呟いた。

 

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