東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第15話 狼の友達

深く、いつもよりもさらに深くスカーフを被り、赤蛮奇は足早に神社への坂を登っていた。

回りの視線が肌に刺さる。「首の傷を隠しているあの子だ」という、慣れ親しんだ目つき。

だが今は、その奥に潜む恐怖のほうが大きかった。――もし本当に“首無し”の自分を見られたら、と考えるだけで汗が止まらない。

 

幸い誰にも気づかれず、守矢神社の前に立つことができた。

胸の奥で息を吐き、赤蛮奇はそっと扉を押し開け、中を覗き込む。

人の気配はない。

「……誰か、いますか」

かすれた声が、空の社殿に吸い込まれる。

 

そのときだった。

背後から、静かだがよく通る声が響く。

 

「おや、盗みに入る場所を間違えてないかい?」

 

心臓が跳ねる。

赤蛮奇は反射的に振り返った。そこには小柄な少女――いや、どこか神秘的な気配を放つ存在、洩矢諏訪子が立っている。

 

「あっ……違う、一苗さんに用があって……」

 

「一苗を? あの子に妖怪の知り合いは、半妖の隠岐人くらいしかいないはずだけどね」

 

その一言に、赤蛮奇の血の気が引いた。

この少女は、自分を“妖怪”だと見抜いている。

 

「違う、私は妖怪なんかじゃ……」

 

「明らかに妖力が滲んでるけどね。――弾幕」

 

諏訪子の指先から、軽やかな光弾が飛び出した。

初めて見る弾幕に、赤蛮奇は身じろぎもできず、ただ光に打たれて倒れ込む。

その衝撃でスカーフがほどけ、転がった頭部が床を跳ねた。

 

「……ほら、頭が転がってるよ。どこの世界に首のない人間がいるって言うんだい。あの子に会わせるわけにはいかないね」

 

鋭い瞳に射抜かれ、赤蛮奇は息を呑む。

 

「ひっ……」

 

頭を抱え、転がるように森の中へ駆け出した。

 

(無理だ、無理だ……一苗さん、どうしていないの……。もし会えたとしても、妖怪の私には……もう会ってくれないのかな……)

 

深い木立に紛れながら、赤蛮奇の胸に渦巻くのは、安堵ではなく絶望だった。

 

 森の奥は薄暗く、昼なお冷たい。

赤蛮奇は木の根元に座り込み、両手で頭を抱えて泣いていた。

 

「もう……どうしたら……」

 

声はか細く、森の湿った空気に溶けていく。

 

その時、草をかき分ける音。

振り向けば、黄ばんだ目が闇に光っていた。

狼たちだ。数匹が、音もなく赤蛮奇を取り囲んでいる。

 

「やめて! 来ないで!」

 

叫んでも、狼は腹を空かせた野生のまま、じりじりと距離を詰めてくる。

喉の奥が震え、体が動かない。

 

その刹那、森の奥から遠くまで響くような遠吠えが轟いた。

狼たちが一瞬たじろぐ。

 

赤蛮奇がそちらを見やると、木立の間から一人の女が現れた。

人間に近い姿だが、毛並みと耳は狼そのもの――人狼、今泉影狼だった。

 

「こっちに来て」

 

低くも優しい声。

差し出された手に、赤蛮奇は反射的に手を重ねる。

影狼が牙を剥き、低く唸ると、野良の狼たちは獲物を奪われた悔しさに吠えながらも、やがて森の闇に消えていった。

 

「ほら、もう大丈夫だよ」

影狼はふっと微笑む。

「私もだけど……君、妖怪なのに弱いんだね」

 

「ありがとう……妖怪、そうですよね……」

赤蛮奇はうつむき、声を震わせた。

 

「何かあったのかい? 私でよければ話を聞くけど」

 

赤蛮奇は、目覚めたら妖怪になっていたこと、神社でのこと、そしてどうしていいかわからない不安を一気に吐き出した。

 

「人間から妖怪に……ちょいちょい聞く話だけど、大変だねぇ」

影狼は頬杖をつきながら呟く。

 

「このまま家に戻っても、神様には妖怪なのがバレているし……もうどうすればいいか」

 

少しの沈黙の後、影狼は柔らかく笑って言った。

 

「うーん……それなら、家に来る? 私も一人なんだ」

 

赤蛮奇は驚いて目を見開く。

「いいの……?」

 

「いいよ。私も一人なんだもの」

 

その声に救われるように、赤蛮奇はこくりと頷いた。

二人は並んで立ち上がり、森の奥にある影狼の住処へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

影狼の家は、森の奥の岩場に建てられた小さな木造小屋だった。

古びてはいるが、壁には干した薬草やハーブが吊るされ、床には柔らかな毛皮が敷き詰められている。

外の冷たい風とは対照的に、室内には焚き火の香ばしい匂いと暖かな空気が満ちていた。

 

赤蛮奇は戸口で立ち尽くしていたが、影狼が笑いながら手を引く。

「遠慮しないで、座って。……ほら、冷えただろう?」

 

差し出されたのは、湯気の立つ木の器。

中には野草を煮出した素朴なスープが入っていた。

 

赤蛮奇はおずおずと受け取り、口に運ぶ。

舌に触れた瞬間、やさしい温かさが喉を通って胸に広がっていった。

 

「……おいしい」

 

呟いた声に、自分でも驚く。

人間だったころ、誰かと同じ食卓を囲むことすらほとんどなかった。

その寂しさを、今、初めて理解している気がした。

 

影狼は向かいに腰を下ろし、尻尾を揺らしながら笑った。

「気に入った? 私、こう見えて料理は得意なんだ」

 

焚き火の明かりに照らされた影狼の横顔は、獣の耳を持ちながらもどこか母性的で、赤蛮奇の胸の奥の不安をほどいていくようだった。

 

 

夜が更け、二人で毛皮の上に腰を下ろしていると、赤蛮奇はぽつりと呟いた。

 

「私、人間の時……友達なんて一人もいなかったんです」

 

「そうなの?」影狼は首をかしげる。

 

「首の傷を笑われて……みんな避けて。怖くて、誰にも近づけなかった。

でも、今は……妖怪になって、こうして影狼さんと話してて……不思議なんです。人間の時より、誰かがそばにいる気がして」

 

その言葉に、影狼は目を細めて笑った。

 

「妖怪ってね、怖いものだって思われてるけど、実は“ひとり”でいるのが苦手なやつも多いんだよ。特に力の弱い私なんかね。だから仲間を見つけてよかったよ。」

 

赤蛮奇はふっと笑い、初めて肩の力を抜いた。

自分の頭と体が離れていても、こうして誰かと同じ空間にいられる。

その当たり前のことが、今は胸にしみるほど嬉しかった。

 

焚き火がぱちぱちと鳴り、影狼の尻尾が毛布のように赤蛮奇の肩にかかる。

赤蛮奇はその温もりに身を預けながら、静かに目を閉じた。

 

(人間の時より、今の方が……友達がいる)

 

そう思えた瞬間、胸の奥にあった重たい孤独が、少しずつ溶けていくのを感じていた。

 

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