東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる 作:四国の探索人
京の町に着いたのは、日が西に傾きはじめた頃だった。
朱塗りの門をくぐると、都独特の匂いが鼻をついた。香の煙、行き交う人々の草履の音、そしてどこかに漂う薬草の香り。
「……これが、京の都ですか。」
隠岐人は周囲を見渡す。山の神の庇護を受けた諏訪とは違い、この地には人の手で築かれた秩序があった。
「ふぅむ、人間がこれほど多いと落ち着かんな。」
隣で一寸が腕を組み、眉をひそめる。
「どこを見ても背の高いやつばかりじゃ。これではまるで森の中を歩いておるようじゃの。」
「自分の身長の話をそこまで引きずりますか……」
苦笑する隠岐人の肩の上で、一寸は小さく足を組んだ。
やがて一寸は隠岐人の襟を引っ張り、低い声で言う。
「隠岐人、ワシをお主の服の中に入れてくれ。悪い奴に見つかったら厄介じゃ。」
「悪い奴?」
通りを歩く陰陽師たちは、札を貼られた妖怪を無表情に引き連れ、金貨の音を鳴らしていた。
神を信じる声は薄れ、技術と理で世界を支配しようとする匂いがする。
「……あれは?」
「最近、陰陽師どもが作り出した“制御札”というものらしい。低級の妖怪なら、あれ一枚で心を縛れるそうじゃ。」
隠岐人の目が細まる。
「何も出来なかった人間が、今では妖怪を使役するに至るか……。」
「人間も成長したということじゃろうな。だが、こうも残酷な成長は見ていて胸が悪い。」
一寸が吐き捨てるように言ったその先で、隠岐人は見覚えのある顔を見つけた。
――赤蛮奇。そして、首元に札を貼られた影狼。
「……あの二人、何してるんだ?」
「知り合いか?」
返事も待たずに隠岐人は駆け寄り、二人の手を取って人目の少ない裏路地へと引きずり込んだ。
「こんな人の多いところで何してるんですか。」
赤蛮奇は少し気まずそうに笑う。
「隠岐人……久しぶり。いや、そのね……」
影狼が後頭部を掻きながら言う。
「都には“願いを叶える薬”があるって聞いたの。赤蛮奇は首を隠せば人間に見えるし、私は……まあ、紙にテキトーな文字を書いて貼っておけばバレないかなって。あはは。」
「……命懸けでボケないでください。」
苦言を言う隠岐人の服の中から、一寸が顔を出した。
「なんじゃ、お主らもその薬が目当てか。」
影狼は目を輝かせて覗き込む。
「この子、小さくて可愛い!」
赤蛮奇も興味津々に手を伸ばす。
「人形みたい……!」
「や、やめんか! 触るでない!」と、一寸は小さな拳を振り上げて抗議した。
影狼が笑いながら問い返す。
「同じ目的ってことは、その“薬”を探してるの?」
一寸は胸を張る。
「うむ! 我が背を伸ばすための薬じゃ!」
隠岐人はため息をついた。
「ただ、“願いを叶える薬”って……噂に尾ひれがついている感じがしますね。どうにも――良くない気がする。」
赤蛮奇が低く呟いた。
「薬の販売場所はリサーチしてある。――近くだ。」
「おお、それは助かる!」一寸は胸を張って言った。
「手間が省けるな。すぐに買いに行こうぞ。」
だが、影狼の表情は晴れない。
「……それが、出来たら良かったんだけどね。」
「どうした? 何かあるのか?」
一寸が首をかしげると、赤蛮奇が小さく息を吐いた。
「“願いが叶う薬”。――あれを作っていたのは、月から降りた人物が持ち込んだ物らしいの。
地上で生きるため、生活費の足しにと薬を売っていたらしいんですが……」
隠岐人の眉がぴくりと動いた。
「月から降りた……?」
影狼が言葉を継ぐ。
「でもね、その薬をある貴族が買い占めちゃったの。そのあと、薬の噂を聞いた鬼が、その貴族ごと攫っちゃったらしいのよ。」
「な、なんじゃそれは!」
一寸が跳ね上がる。
「鬼に盗られたのか、ぜ、全部!?」
赤蛮奇は静かにうなずいた。
「鬼は“薬と貴族が欲しければ、一ヶ月のうちに取り返しに来い”って通達を出したそうです。
けど人間たちは怖がって、誰も行こうとしない。……だから今はただ、時間が過ぎるのを待っているだけ。」
一寸の小さな拳が震えた。
「ふざけおって……! 貴族はどうでもいいが、薬はワシに必要なんじゃ! 隠岐人! 鬼から薬を取り返しに行くぞ!」
隠岐人は呆れたように息をつく。
「鬼の強さは子どもでも知ってるくらいですよ、一寸。」
「知っておる!」と一寸は胸を叩いた。
「もしや疑っておるな? これでも我は小人族随一の戦士であるぞ!」
赤蛮奇がくすりと笑いながら言う。
「ついでに私たちの分も取ってきてほしいな~。」
隠岐人は苦笑し、肩をすくめた。
「このまま一人で行かせるのも夢見が悪いので、分かりましたよ。」
「よし!」一寸は小さな腕を掲げる。
「わしの薬を取り返しに行くぞ!」
影狼は呆れ顔でため息をついた。
「貴方のではないと思うけど……まあ、頑張って。後ろで見てるから!」
そう言う影狼の肩を隠岐人は掴む
「お前も来るんだよ!!」