東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる 作:四国の探索人
鬼の居場所――それは、都の外れの山中にあるという。
隠岐人たちは夕暮れを背に、ひっそりとした山道を進んでいた。木々の間から風が抜け、獣の遠吠えがどこからともなく響く。
「しかし、鬼たちも妙な真似をするな。」
赤蛮奇が低く呟いた。「自分から誘拐した場所の印を地図にしてばら撒くなんて、余程の自信があると見える。」
一寸は鼻で笑い、腕を組んだ。
「人間どもにも呆れたものよ。薬のついでに貴族まで攫われておるのに、誰一人として助けに行こうとせんとは。」
その隣で、影狼が肩を掴み身を震わせていた。
「鬼よ、鬼! 妖怪といえば誰でも知ってるあの鬼よ……! 恐ろしくて鳥肌が立つわよ。」
隠岐人はそんな影狼を横目に見て、一寸に尋ねた。
「一寸。鬼って……神様より強かったりするんですか?」
一寸は少し顎をさすり、誇らしげに言う。
「ふむ、いろんな逸話がある生き物じゃ。上位の鬼ともなれば、中程度の神くらいなら軽く倒せるだろうの。」
その言葉に、赤蛮奇の背筋が凍った。
彼女の脳裏に、かつて諏訪子に脅されたときの恐怖が蘇る。
「あれより怖い……? 帰ろうよ……」
「八坂神奈子より強かったら、無理ですよ。」
隠岐人も乾いた笑いを漏らした。
一寸は大きくため息をつく。
「はぁ~。お主ら情けないのう! まあいい。後ろで震えておれ。我ひとりでも行ってくるわ!」
言うが早いか、小さな背が先頭に立つ。
その姿は頼もしいというよりも――無謀だった。
それでも、誰も止められない。
彼の背中には、確かな覚悟と誇りが宿っていたからだ。
そして、一行はついに――鬼の示す「集合地点」へと足を踏み入れた。
集合地点に足を踏み入れると、そこには角を生やした男たちの群れがのっそりと並んでいた。暗がりに紅い瞳がいくつも光り、石に積もった苔の匂いと混じって金属の臭いが鼻をつく。
「姉さん! 来ましたよ!」
子分の歓声に応え、群れの中心からゆっくりと一人――確固たる威厳を漂わせる女鬼が歩み出した。角は短く太く、服の端には戦いの痕が刻まれている。茨木童子だった。
茨木童子は四人を見下ろすように睨みつけ、舌打ちにも似た声音で言った。
「ほう、四人か。それに、人間じゃなくて妖怪どもとはな。さしずめ、制御札で縛られた奴らがご主人の命令で来たのか?」
「違うわい! それに戦うのは四人じゃなくて、わし一人じゃ!」
小さな体で矢を放つように叫んだのは、一寸。彼の声が石畳に小さく跳ね返る。茨木童子は一寸の言葉を受け、部下たちと顔を見合わせると、低く笑い出した。
「ひっひっひ、ああ、腹が痛え。なんだ、いちばん小さいお前がやるのか。こっちは四人全員が来ても構わんのに」
「笑うな!」
一寸が身を乗り出す。だが茨木童子は肩を竦め、にやりと笑ってから問い返した。
「おっとすまねぇな。小人よ、名は?」
「少名一寸法師じゃ!」
「名乗ったからには、こちらも名乗ろう。吾は鬼の四天王の一人、茨木童子だ」
一寸は瞳をぎらつかせて言う。
「ちゃんと薬と貴族はあるんじゃろうな!」
茨木童子は指を軽く払うと、遠くを指差した。そこには確かに――小さく固まった人影と、黒布に包まれた箱が見えた。貴族が膝をつき、声を震わせて叫んでいる。
「びえええええん! 死にたくないよおおおおお! 人でなくても構わん! お主ら助けておくれ!! 助けてくれたならこの宮古芳香(みやこよしか)! 必ずや望みの者を渡すと約束する!」
一寸は貴族の泣き叫ぶ様子を一瞥して、口をへの字に結んだ。
「貴族は要らぬが、薬はあるようじゃな」
茨木童子は楽しげに頷く。
「おお、あるぜ。だがな、それを手に入れるにはお前が勝たねばならん」
「勝負の方法は?」
「難しいことはない。向こうにいる我らの配下と私――三十人を倒してみせよ。それで薬と貴族はお前のものだ。」
「三十人もか?」
茨木童子は肩越しに笑う。
「どうした、怖気づいたか」
一寸は小さく鼻を鳴らし、藐笑にも似た声音で応える。
「なんの。ちょっと時間がかかりそうじゃ、と思っただけじゃよ」
その軽口に、群れはいったん静まり返る。茨木童子の瞳が細まり、やがて興味深げに笑った。
「随分と自信ありげだねぇ」
「おおそうじゃ。後ろの三人は我が付き添い。向こうが介入してこない限り、約束は守ってくれ」
「分かった。」
一寸は袖から小さな針を取り出し、身構えた。針先が月光を受けて尖る。彼の背後――隠岐人、赤蛮奇、影狼はそれぞれ呼吸を整え、今にも動き出せる態勢を取る。
一寸は短く笑って言った。
「ならば行こう。鬼退治じゃな。」
その言葉は小さくも鋭く、夜の谷間にこだました。茨木童子はそのまま低く笑い返し、傍らの鬼たちが一斉に武器を構える。戦いの火蓋が切って落とされた。