東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第25話 幻想郷構想

数日後――。

 

激しい戦闘の末に意識を失っていた隠岐人は、ゆっくりと瞼を開いた。

最初に感じたのは、柔らかな感触と、ほのかに漂う香の匂い。

 

視界が徐々に定まり、そこに映ったものに、思考が一瞬止まる。

 

――見覚えがある。

いや、忘れられるはずのない顔だ。

 

「お目覚めのようね。」

 

その声を聞いた刹那、身体が反射的に動いた。

 

扉が開き、手元にナイフが現れる。

だが突き出された刃は、紫色の裂け目に吸い込まれ、虚しく空を切った。

 

「あら、ずいぶん嫌われているようね。」

 

淡々とした声。

その様子を横目で見ながら、もう一つの声が割って入る。

 

「仕方あるまい。串刺しにしていたのだからな。」

 

その声に、隠岐人はわずかに目を見開いた。

 

「……隠岐奈。

なぜ、そいつと一緒に……知り合いなのか?」

 

「お前は気絶していたからな。最初は敵だったが……今は、まあ知り合いだ。」

 

「“知り合い”だけ? 友達でもよくない?」

 

軽口のような言葉。

だが隠岐人の視線から警戒は消えない。ナイフを握り直そうとした、その瞬間。

 

「とりあえず、それは預かるぞ。」

 

手から刃が抜き取られた。

 

「さて……何から話すべきか。

隠岐人、信じられないかもしれんが――お前は、目の前の妖怪と“同じ血”を持っているらしい。」

 

「……どういう意味ですか。」

 

「そのままの意味よ。

貴方は、私の血から作られた存在。理由までは知らないけれど。」

 

「……そんな、まさか。」

 

「お前の能力を思い出せ。

“自分の空間から物を取り出す力”――そうだったな。」

 

「はい。……隠岐奈を真似て身につけたものです。」

 

「それが不思議だった。だがな、紫の能力の“劣化版”と考えれば、すべて辻褄が合う。」

 

言葉が、重く胸に沈む。

 

「そんな……。」

 

「私の血がなければ、あんな空間操作をぽんぽん使われちゃ困るわ。」

 

「どうやら紫も、月の被害者らしい。

昔、月の民に血を盗られたそうだ。」

 

その瞬間、隠岐人の記憶が、強く引き戻される。

 

「……月で、時々打たれていた注射。

もしかして……あれが……」

 

言葉が途切れ、沈黙が落ちた。

 

「ともあれ――同じ血を持った者同士、仲良くしましょ。」

 

くすりと笑い、続ける。

 

「“お母さん”は嫌だから……“お姉ちゃん”でいいわよ。」

 

「誰がそんな呼び方するわけ……」

 

「もう、可愛げがないわね。

最初はいいのよ。いつか、呼ばせてみせるから。」

 

「……仲良くな、隠岐人。」

 

「……分かりました。」

 

隠岐人は小さく息を吐き、視線を逸らした。

 

 

 

 

「……紫。先ほどの話の続きだ。」

 

紫は扇を閉じ、視線だけを向ける。

 

「“月の民が来られない世界”――本気なの?」

 

「本気だ。」

 

即答だった。

 

「この現世はいずれ均衡を失う。

人は力を得、妖怪は居場所を失い、神は信仰を削られていく。

そこに月の民が介入すれば……争いは避けられん。」

 

紫は小さく息を吐いた。

 

「ずいぶん長期的な視点ね。

けれど、月の民はいずれまた地上に手を出す。」

 

「だからだ。」

 

隠岐奈は、隠岐人へと視線を落とす。

 

「この子のような存在は、今後必ず増える。

居場所のない者、どこにも属せぬ者……

それらを“消す”のではなく、“保護する”世界が必要だ。

月の民から守るためにもな。」

 

隠岐人が、はっと顔を上げる。

 

「……保護、ですか。」

 

「そうだ。」

 

隠岐奈は静かに頷いた。

 

「救済と呼んでもいい。

だが現実的には“管理”だ。

誰もが自由でありながら、誰もが世界を壊せぬ場所。」

 

紫はしばらく考え込み、やがて口を開いた。

 

「……完全な新世界の創造は、確かに無理よ。

でも、私の案を使えば――」

 

扇で、空をなぞる。

 

「“既存の土地を偽装する”。

現世のどこかを丸ごと“別物”にすり替え、

その周囲に強固な境界を張る。」

 

「境界の内側は、外からは“見えない世界”。」

 

紫は淡々と続けた。

 

「人に忘れられ、信仰が薄れ、妖怪たちは力を失う。

それでも完全には消えなかった存在たちの“終着点”。」

 

隠岐奈の口元が、ゆっくりと吊り上がる。

 

「――幻想郷。」

 

その言葉が、静かに空間へ落ちた。

 

隠岐人は、思わず呟く。

 

「……幻想、郷。」

 

「ええ。」

 

紫は頷いた。

 

「人の理から外れた存在が、

“人に忘れられることで生き延びる”世界。」

 

隠岐奈は続ける。

 

「月の民は、理の外にあるものを嫌う。

忘れ去られ、信仰に依らず、境界に守られた世界――

そこには、決して踏み込めまい。」

 

紫は苦笑した。

 

「今はまだ、妖怪も大きな力を持っている。

けれど……いつかは必要になる構想ね。」

 

そして、隠岐人を見る。

 

「……貴方は、どう思う?」

 

突然向けられた問いに、隠岐人は言葉を探した。

 

「私は……」

 

少しだけ間を置き、続ける。

 

「赤蛮奇や影狼、一寸……

居場所があったから、皆、笑えていました。」

 

「居場所を失えば、人も妖怪も壊れる。

そして、その隙に月の民が来る。」

 

静かな声だった。

 

「それを防ぐためにも……

やはり、新たな世界は必要だと思います。」

 

紫は目を細め、微笑んだ。

 

「ふふ……やっぱり、優しいわね。」

 

隠岐奈は満足そうに頷く。

 

「決まりだな。」

 

紫は扇を開き、ゆっくりと宣言する。

 

「――幻想郷構想、始動。

神・妖怪・人間、そして月から逃れた者たちのための世界。」

 

しばしの沈黙の後、隠岐奈が付け加えた。

 

「とはいえ、今すぐ何かを成す必要はない。

構想は、ゆっくり練ればいい。」

 

そして、隠岐人に向けて言う。

 

「隠岐人。

お前は現世に戻り、引き続き多くの妖怪たちと交流せよ。

幻想郷は――その先に必要となる。」

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