東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第28話 豊聡耳神子

隠岐人の自室には、湯気の立つ茶の香りが漂っていた。

 

ぬえは畳に腰を下ろし、湯飲みを傾けながら口を開く。

 

「で?ここから出られたのは感謝するけど、策はあるの? ……ズズッ。」

 

隠岐人は腕を組み、落ち着いた声で答える。

 

「民衆に注意したところで状況は変わりません。

薬を配っている売人を、片っ端から潰します。」

 

一拍置き、続ける。

 

「……そして、驪駒早鬼が出てきたら、彼女を叩く。」

 

ぬえは口元を歪め、楽しそうに笑った。

 

「黒幕を直接しばくってわけね。

パワープレイだけど……嫌いじゃないわ。」

 

そんな会話の最中。

 

隠岐人の自室の“扉”が、何の前触れもなく開いた。

 

顔を覗かせたのは、見慣れた二人だった。

 

舞がきょとんとした声を上げる。

 

「あれっ?隠岐人じゃん。」

 

里乃がぬえを一瞥し、即座に結論を出す。

 

「……隣にいるのは、隠岐人の女?」

 

二人は何も言わず、静かに扉を閉めようとする。

 

慌てて声を上げる隠岐人。

 

「待て待て待て!

何か言ってくださいよ、姉さんたち!」

 

舞が振り返り、妙にあっさり言う。

 

「私たち、お菓子取りに来ただけだよ。」

 

里乃も頷き、にこやかに続けた。

 

「そうそう。えっと……二時間くらいは部屋に入らないから、ゆっくりしておいで。

お師匠様も、僕らが止めておくからさ。」

 

「誤解ですよ!」

 

その叫びも虚しく。

 

舞と里乃は「ピシャリ」と音を立てて扉を閉めた。

沈黙。

 

ぬえが肩をすくめる。

 

「……盛大な誤解をされた気がするわね。」

 

隠岐人はため息をついた。

 

「まあ、そのうち解けるでしょう。

……そろそろ行きますか。」

 

ぬえは立ち上がり、拳を軽く握る。

 

「おっけー!驪駒早鬼の野郎に、きっちり仕返ししてやるんだから。」

 

二人は並んで扉を開き、都へと戻っていった。

 

一方その頃――後戸の世界。

 

空気の歪みの中で、摩多羅隠岐奈が腕を組んで立っていた。

 

「……お前たち、やけによそよそしいな。

何を隠している?」

 

舞が一歩前に出て、堂々と叫ぶ。

 

「お師匠様が相手でも!隠岐人の部屋には通さないからね!!」

 

里乃も負けじと続く。

 

「不出来な弟を守るのも、優秀な姉の務め!

倒れろ摩多羅隠岐奈!!」

 

――数秒後。

 

頭を押さえて床に転がる、舞と里乃の姿があった。

 

隠岐奈は何事もなかったかのように歩き、隠岐人の部屋の扉を開く。

 

そこにはいつも通り。

 

武器、薬草、保存食、雑多な道具が所狭しと散らばった光景。

 

隠岐奈は首を傾げた。

 

「……いつも通りじゃないか?」

 

静かな疑問だけが、後戸の空間に残った

 

 

 翌日。

 

都の通りには、昨日までの喧騒とは別種のざわめきが広がっていた。

 

隠岐人とぬえは、丹薬を売る売店を見つけては、問答無用で破壊して回っていた。

 

棚が倒れ、壺が割れ、粉薬が宙に舞う。

 

その中心で、ぬえが高らかに叫ぶ。

 

「妖怪の恐怖を忘れようとする人間どもよ!

我ら妖怪の恐ろしさ、とくと思い知れ!」

 

隠岐人もまた、冷えた声で言い放つ。

 

「命が惜しくば、丹薬をすべて差し出せ。

それは――人間が操るには早すぎる。」

 

破壊と共に、悲鳴と怒号が上がる。

 

人々の視線には、明確な“恐怖”が宿り始めていた。

 

その空気を肌で感じながら、隠岐人は呟く。

 

「……微量ですが。人に恐れられるたび、力が強くなっている気がします。」

 

ぬえは肩をすくめて笑う。

 

「妖怪の力の源だもの。あんた、案外向いてるんじゃない?」

 

いくつもの売店を潰した頃。

 

空気が変わった。

 

重く、鋭い殺気が、一直線にこちらへと向かってくる。

 

通りの先に立っていたのは――驪駒早鬼だった。

 

「テメーら……街で破壊行動とはいい度胸じゃねえか。

もう一回、牢屋に入る覚悟はできてんだろうな?」

 

ぬえは鼻で笑い、真正面から言い返す。

 

「妖怪でありながら人に下った妖怪よ。

そちらこそ、自分の行いを反省しなさい。」

 

次の瞬間。

 

驪駒早鬼の背に羽が広がり、一直線に突撃してくる。

 

隠岐人は一歩前に出た。

 

(鬼の力は体感した。

なら……力押しでも、いける!)

 

妖力を右手に集中させ、距離が詰まるのを待つ。

 

間合いに入った――その瞬間。

 

拳を突き出す。

 

だが、その拳は――手のひらで、容易く止められた。

 

(……打撃じゃない?)

 

次の刹那。

 

驪駒は腕を掴んだまま、その突進力を殺さずに膝を叩き込む。

 

鈍い衝撃。

 

隠岐人の身体は宙を舞い、地面へと転がった。

 

「ふぅ……。

なんだ、一撃か?」

 

ぬえが即座に声を張り上げる。

 

「正体不明、複製人形!」

 

その言葉と同時に。

 

ぬえと同じ姿の分身が、通りの至る所に現れた。

 

驪駒は舌打ちし、笑みを浮かべる。

 

「はん!

ダミーが何体いようと、全員倒せばいいだけだろ!」

 

驪駒が分身を次々と打ち砕く間に。

 

ぬえは視線を走らせ、倒れた隠岐人を見つける。

 

「……いた。」

 

駆け寄ると、隠岐人は苦しそうに息を整えていた。

 

「……痛い。」

 

「言ってなかったけどさ。」

 

ぬえはしゃがみ込み、淡々と告げる。

 

「アイツ、蹴り主体よ。」

 

「……出来たら、もっと早く聞きたかった。」

 

ぬえは手を差し出す。

 

「ほら、立ちなさい。」

 

「……どうも。」

 

隠岐人は立ち上がり、遠くで分身を潰し続ける驪駒を見る。

 

「正面からやると……分が悪いですね。」

 

ぬえは口角を上げる。

 

「秘策でもお持ち?」

 

隠岐人は、声を潜めて短く告げた。

 

「――ゴニョゴニョ。」

 

ぬえの目が、一瞬だけ細くなった。

 

「……なるほど。

嫌いじゃないわ。」

 

二人は視線を合わせ、静かに次の一手へと備えた。

 

 

 

驪駒早鬼は周囲を見回し、舌打ちした。

 

「……ん?

分身は全部潰したが、本体がいねぇじゃねえか。逃げたか?」

 

その背後から、落ち着いた声が響く。

 

「安心してください。――ここにいます。」

 

驪駒が振り向く。 

 

「そうか。逃げなかったのは褒めてやるぜ!」

 

次の瞬間、彼女は地面を強く蹴り、再び突進しようとした。

 

――が。 

 

「扉、解放。」

 

隠岐人の声と同時に、驪駒の足元に“空間”が開いた。

 

踏み込むはずだった地面は消え、蹴り出した足は虚空を掻く。

 

「なっ――!」

 

体勢を崩した驪駒が前のめりに倒れ込む。

 

その隙を逃さず、上空から影が落ちた。

 

「――っと。」

 

ぬえが一気に飛び込み、驪駒の背にのしかかる。

 

「くそっ……!

正面から来いよ!」

 

「脚力は確かに凄いわ。

でも――蹴る地面がなきゃ、ただの飾りね。」

 

驪駒は腕に力を込め、立ち上がろうとする。

 

「妖怪が一匹、上に乗ってるだけだろ……!」

 

「無駄無駄。私、これでも結構“強い”妖怪よ。」

 

ぬえの体重と妖力が、驪駒の動きを完全に封じる。

 

隠岐人は一歩前に出た。

 

「さて……看守はどうにかなりました。

次は――黒幕が出てきてくれると、話が早いんですが。」

 

驪駒が歯を食いしばり、吐き捨てる。

 

「はっ!

私を止めたところで、太子様をどうにかできる訳ねぇだろ!あの方はな、強いだけじゃねぇ。

政治の中枢にいる人間で、神々から続く血の子孫だ!」

 

静かな声が、その言葉を遮った。

 

「……相手に伝えすぎではありませんか、早鬼。」

 

驪駒の表情が一変する。

 

「太子様……! 申し訳ありません!」

 

ぬえが眉をひそめる。

 

「……あんたが黒幕?」

 

「丹薬を世に広めた、という意味なら――

ええ。主犯は私、豊聡耳神子です。」

 

隠岐人が一歩踏み出す。

 

「あの薬の危険性を……承知の上で?」

 

「もちろん存じています。」

 

即答だった。

 

「妖怪からすれば、都合が悪いでしょうね。」

 

「当たり前でしょ!

こっちは存在基盤が揺らぐんだから!」

 

神子は微笑んだまま続ける。

 

「妖怪の都合など、知りません。

すべては道教のため。

優れた教えを受け取れる人間を選別していただけです。」

 

「……仙人になれない人間は、どうするつもりで?」

 

「重要な問いですね。

ですが彼らは、私の政を支える“部品”になれます。

それで十分でしょう。」

 

隠岐人は吐き捨てるように言った。

 

「その考え方……妖怪の方が、まだマシだ。」

 

「私の元に集えば、争いは減る。

多少寿命が縮もうと、秩序ある世界の方が良いとは思いませんか?」

 

ぬえが肩をすくめる。

 

「顔は悪くないのに、中身が最悪ね。」

 

神子の視線が鋭くなる。

 

「私が正しいと言えば正しい。

そして――敵と定めれば、敵です。」

 

「丹薬の普及は、人間にとっても妖怪にとっても害でしかない。」

 

「なら――納得させてみなさい。」

 

神子は目を閉じ、命じる。

 

「早鬼。

布都や屠自古の元へ行きなさい。

ここは、私が引き受けます。」

 

ぬえが驪駒を押さえたまま言う。

 

「放すと思う?このまま――」

 

その言葉が終わる前に。

 

神子の剣が一閃する。

 

横薙ぎの斬撃が走り、ぬえは即座に跳躍して回避した。

 

だが、その一瞬の隙で――

 

「……っ!」

 

驪駒は拘束を抜け出し、距離を取る。

 

神子は静かに告げた。

 

「私の言葉は、決定事項です。」

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