東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第29話 vs豊聡耳神子

神子の剣閃が、夜の空気を裂いた。

 

ぬえの分身が幾重にも散り、視界を埋め尽くす。だが神子は迷いなく、その“本物”の気配だけを追っている。斬撃は分身を貫き、地面に白い線を刻み、まるで最初から正解を知っているかのように迫ってきた。

 

「――っ、こいつ……!」

 

ぬえが舌打ちし、身を翻す。

 

隠岐人は扉を開き、神子の死角へと攻撃を送り込む。霊力を宿した一撃。骨を砕くつもりの重さだった。

 

だが、神子はそれすらも“受け流す”。

 

剣を横に払っただけで、拳の軌道が僅かに逸れた。隠岐人の拳は空を切り、腕が痺れる。

 

「なんで……死角でも対処できるんだ。」

 

同時に、神子の足元に扉が開く。

 

隠岐人の狙いは踏み込みを奪うこと。さっきの早鬼と同じだ。

 

だが神子は落ちない。

 

床が消えているのに、そこに立っている。

 

まるで“この世の足場”そのものを、自分のものにしているかのように。

 

ぬえが背後から突撃する。

 

「正体不明――複製人形!」

 

本体と同じ気配の“ぬえ”がいくつも湧き、神子を包囲する。だが神子は眉ひとつ動かさず、剣を軽く回した。

 

次の瞬間、分身の半数が一斉に崩れ落ちた。

 

「はぁ!?」

 

ぬえが叫ぶ。

 

「おやおや。性能の悪い分身がいくらいたところで、変わりませんよ。」

 

隠岐人は、その“雑さ”に違和感を覚えた。

 

(……この人、私たちの位置や隙を把握しているのに、致命打を撃ってこない。)

 

そして気づく。

 

神子の呼吸が乱れていない。

 

剣の軌道も、殺意も、整いすぎている。

 

つまり――

 

(本気を出してない……!)

 

隠岐人は扉を開き、今度は神子の背後から霊力を込めた蹴りを放つ。

 

ぬえも同時に、別方向から爪を振る。

 

二方向からの挟撃。

 

普通なら避けられない。

 

だが神子は、ほんの少しだけ身体を傾けた。

 

「これは避けられませんね。」

 

布が裂け、衣が僅かに破れる。

 

――それだけ。

 

傷は浅い。

 

隠岐人の背筋に冷たいものが走った。

 

「……あなた、勝てるのに。なぜ勝たない。」

 

隠岐人が睨みつけると、神子は剣を下ろした。

 

その動きはあまりに自然で、戦いの最中とは思えないほど落ち着いていた。

 

「そうですね。もう十分です。」

 

ぬえが一歩踏み出す。

 

「は? 何よそれ。」

 

神子は淡々と、言い切る。

 

「倒そうと思えば、あなた方二人まとめて倒せますよ。

 

ただ……恐怖の噂になっている正体不明の大妖怪。

 

そして鬼を倒した半妖。

 

その力が気になりましてね。少し、長引かせていただきました。」

 

隠岐人の眉が寄る。

 

「……遊び、だったと?」

 

「遊びではありません。観察です。」

 

神子は微笑み、視線を隠岐人へ向ける。

 

「ですが、ここから先は――私にとって都合のいい方向へ変えましょうか。」

 

「……何のつもりですか。」

 

それは勝者の笑みではなく、決断を終えた者の笑みだった。

 

「あなた方には、私たちを“殺したこと”にしてもらう。」

 

ぬえが目を見開く。

 

「はぁ!? 死んだことにするって、どういう――」

 

神子は剣を静かに地面へ突き立てた。

 

「私は尸解仙となるため――眠りにつきます。

 

そのために、世間から消える必要があるのです。

 

急に消えれば、周囲に邪魔されかねない。

 

だからこそ……“死んだ”ことにするのが最も手っ取り早い。」

 

神子の周囲に、薄い光が浮かぶ。

 

道教の符のようなものが宙に滲み、淡い輪郭を描く。

 

隠岐人が踏み込む。

 

扉を開き、距離を詰める。霊力を込めた拳を振り上げた。

 

「待て――!」

 

だが神子は目を閉じたまま言う。

 

「追う必要はありません。あなた方は“勝った”。

 

都は“守られた”。

 

それで十分でしょう?」

 

そして、付け足すように冷たく告げた。

 

「ただし――その代償に、私を消したという濡れ衣を背負ってもらいます。」

 

隠岐人の拳が止まる。

 

止めたのは優しさではない。

 

(……このまま殴っても、届かない)

 

直感がそう告げていた。

 

神子の身体が、ゆっくりと光に溶けていく。

 

ぬえが歯を食いしばる。

 

「ふざけんな……!

 

人間の癖に、私を都合よく使おうなんて……!」

 

神子は最後に、懐から小さな筒を取り出した。

 

夜空へ向けて放つ。

 

ぱぁん、と乾いた音が響き、花火が咲く。

 

都のどこかから、無数の視線がこちらへ向く気配がした。

 

「この短い人としての生……

 

生まれ変わった時には、少しは変わるのでしょうか。」

 

神子は、淡い笑みのまま続ける。

 

「私の衣服。ほんの少しの血。

 

それだけで十分、あなた方を犯人に仕立て上げられます。」

 

夜風が吹き抜け、ぬえの髪が揺れた。

 

「……アイツが冬眠するために。

 

私たちは都合のいい理由作りのために戦ったってこと……」

 

ぬえが吐き捨てるように言う。

 

隠岐人は即座に判断した。

 

「ぬえ、不味い。逃げましょう。

 

さっきの花火で役人たちがすぐ来る。」

 

二人はその場を離れた。

 

残されたのは、神子の裂けた衣と、僅かな血痕。

 

そして翌日――都には噂が流れた。

 

“豊聡耳神子は、二匹の妖怪に襲撃され命を落とした”

 

事実とは違う噂が、あまりにも都合よく、あまりにも自然に広がっていった。

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