東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる 作:四国の探索人
食事を終えたあと、隠岐人はぽつりと呟いた。
「……その。こんな私に――名前を与えて、食事や……部屋まで与えてくれて。
どうして、そんなによくしてくれるんですか?」
言葉は少し途切れ途切れだったが、それでも確かに、“問い”としての形をしていた。
隠岐奈は扇を畳み、目元だけで笑った。
「……建前を言えば、**“監視”**だ。」
「監視……?」
「月から落ちてきた、しかも不死で、得体の知れない霊力を持つ子ども。
放っておいたら何をしでかすか分からない。
だから“監視対象として保護している”って言えば、他の神々も文句は言わない」
「……」
隠岐人は黙った。だが、その言葉の奥にある“嘘ではないが、全てでもない”という気配を感じ取っていた。
隠岐奈は視線を彼に向け、少し扇を持ち上げながら続けた。
「だが。私が本当に興味を持ったのは、君が――“持ってはいけないはずの力”を持っていたからだ」
「霊力のこと、ですか?」
「ああ。持つ力というのは、基本的に“種族”によって決まっている」
「妖怪なら妖力。幽霊や神霊は霊力。神なら神力。――互いに混じることは、基本的にない」
そう言って、隠岐奈は扇を閉じると、指先で隠岐人を軽く指した。
「けれど君は、妖の血を引く半妖のはずなのに、“強い霊力”を持っている。
魂を通じて周囲の霊を引き寄せる異常体質。
それだけじゃない――」
「名前を与えた際の契約で、私の神力もちょっとだけ有しているぞ」
「……え?」
隠岐人は、ぽかんと目を見開いた。
「知らないのか? 神が名を授けるというのは、“祝福と契約”の儀でもある。
ほんの微細なものだが、君には私の神力の“かけら”が刻まれている」
「き、聞いてないですけど……」
「どうやら、常識ある者として話していた私が悪かったようだな」
隠岐奈はため息混じりに言いながら、あからさまに反応を楽しんでいた。
そのやり取りに、すぐさまツッコミが飛ぶ。
「お師匠様のバカー!」
里乃が箸を振り上げて叫ぶ。
「クーリングオフしてやれ」
舞が無表情で言い放つ。
「こら! お前ら、師匠に対してなんという口を……!」
「「この無説明詐欺神!」」
隠岐奈は二人に軽く扇をぶつけながら、わざとらしく怒ってみせた。
一方で、隠岐人は――
そのやり取りを、ただ静かに見つめていた。
けれど、口元はほんのわずかにほころんでいる。
それが「笑み」と呼べるものだったかどうかはまだ分からない。
だが、その場の空気に、少しだけ“生きている実感”が溶け込んだのは確かだった。
その夜。
布団に横たわりながら、隠岐人は静かに天井を見上げていた。
天井など存在しないこの空間に、“見上げる”という行為が適切なのかはわからない。
けれど、そうしていないと、意識がどこかへ流れていってしまいそうだった。
「……これまでの生活とは、まるで違う。
名前があって、部屋があって、食事があって……」
口に出してみると、不思議なことに、少しだけ現実味が増した。
隠岐人はそっと目を閉じ、布団をかぶる。
――が、数分も経たないうちに、気配に気づいて目を開けた。
何かが、いる。
(……隠岐奈……?)
そう思って身を起こすと、そこにいたのは、淡く光る“何か”だった。
球体でもない、線でもない。
けれど、確かにそこに存在する、光の霊魂たちだった。
その数は三つ、いや、四つ……次第に数えきれなくなっていく。
「……月からついてきた、物好きな連中……」
隠岐人はぽつりと呟いた。
「――君たちは、きっと……僕より前に、薬を飲まされた被験体たちなんだろう」
一つの霊魂が、ぴたりと止まる。
「……僕を、恨んでいるのか?」
そう問うと、霊魂たちは静かに横へと移動した。
左右に、ふわりと。
まるで「違う」と言っているかのようだった。
隠岐人はしばし黙り、そして苦笑した。
「……成仏したいなら、出来るかどうか分からないけど……神様に、頼んでみようか?」
霊魂たちは、その言葉に対して、今度は小さく震えるように光を揺らし、拒むような素振りを見せた。
「……そうか。まだ、そっちには行きたくないんだな」
しばらくの沈黙。
そして、隠岐人はほんの少しだけ、表情を緩めて呟いた。
「……じゃあさ。君たちも一緒に、ここで生きようか」
「同じ景色を、見ていこう。
それくらいなら……僕にも、できると思うから」
霊魂たちはふわふわと動きながら、空中で静かに頷くような動きを見せた。
“ウンウン”
言葉を持たない霊たちの、精一杯の“返事”。
隠岐人は、布団を肩までかぶりながら、もう一度空を見上げ目を閉じた。