東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第31話 裏切り天狗

 

「ヤクザ?」

 

隠岐人が眉をひそめた。

 

射命丸は軽く肩をすくめる。

 

「ええ。天狗が今の住処を手に入れる際に、ちょっとそのヤクザ――鬼傑組にお世話になりましてね。」

 

一度言葉を区切り、文はわずかに真面目な声音になる。

 

「ですが、一度結んだ縁というのは厄介なものでして。」

 

扇子で口元を隠しながら、静かに続けた。

 

「向こうの犯罪まがいの行動に、こちらまで付き合わされる。……正直、私たちも乗り気ではありません。」

 

隠岐人は腕を組み、無言で考え込む。

 

(……ヤクザとの縁切りとか、厄介事すぎるでしょう。)

 

その沈黙を見透かしたように、文がにこりと笑った。

 

「とにかく――鬼傑組との貸し借りを帳消しにしたいのです。」

 

「……。」

 

隠岐人の表情は渋いまま動かない。

 

すると文は、懐からノートを取り出し、ぱらりと開いた。

 

「まあ、無理にとは言いませんが。」

 

一拍。

 

わざとらしく咳払いし、記者口調で読み上げる。

 

「“手配書の男性が可愛い美少女を山に連れ込んだ挙句に乱暴か!?”」

 

「という記事をですね。」

 

「……。」

 

空気が、凍りついた。

 

隠岐人のこめかみに、ぴくりと青筋が浮く。

 

「……わかりましたよ。」

 

低く、観念した声。

 

「ただし――約束は守ってくださいね。」

 

文は満足そうに微笑んだ。

 

「ええ。鴉天狗といえど、約束は守りますよ。」

 

その目だけが、記者のそれのまま細く光っていた。

 

 

それから程なくして。

 

隠岐人は射命丸に導かれ、鬼傑組の拠点へと足を踏み入れていた。

 

拍子抜けするほど、何の問題もなく奥へ通される。

 

廊下を進みながら、隠岐人は小声で問う。

 

「……ねぇ、射命丸。」

 

「なんですか?」

 

「通されすぎじゃないですか。」

 

一瞬だけ、文の歩みがわずかに揺れた。

 

「……まあいいじゃないですか。入りましょうよ。」

 

どこか曖昧な返答。

 

違和感が、胸の奥に小さく引っかかった。

 

やがて、重厚な扉が開かれる。

 

室内の中央に、悠然と座す一体の鬼――

 

鬼傑組組長、吉弔八千慧。

 

八千慧は興味深そうに目を細めた。

 

「人間? これは誰なのかな、射命丸。」

 

文は一歩前に出て、いつもの調子で頭を下げる。

 

「貴方の貸し借りを、これで無しに出来るかと思いましてね。この人は摩多羅隠岐人です。」

 

八千慧の口元が、ゆっくりと吊り上がる。

 

「へぇ……君が例の手配書の。」

 

隠岐人は警戒を滲ませながら口を開く。

 

「どうしたら天狗と――」

 

その瞬間。

 

首筋に、ちくりとした異物感。

 

「……っ?」

 

反射的に手を当てる。

 

そこには、細い注射器。

 

背後に立っていた射命丸が、静かにそれを引き抜いた。

 

視界が揺れる。

 

膝から力が抜け、隠岐人の身体が傾いた。

 

「これは……」

 

かすれる声。

 

文は、感情を読ませない顔で言った。

 

「睡眠薬です。」

 

一歩、距離を取る。

 

「言ったでしょう? 鬼傑組との貸し借りを帳消しにしたいと。」

 

わずかな沈黙。

 

そして、静かに告げる。

 

「――その対価が、貴方です。」

 

ぱち、ぱち、と。

 

軽い拍手の音。

 

八千慧が愉快そうに笑っていた。

 

「いや~、天狗にしてはお手柄じゃないか。」

 

細い目が、倒れゆく隠岐人を値踏みする。

 

「彼が太子を消したせいで、ウチの薬を捌けなくなって大変だったんだよ。」

 

文は視線を伏せたまま、小さく問う。

 

「……これで、天狗の貸し借りは。」

 

「ああ、いいよ。」

 

八千慧はあっさりと頷く。

 

「新しい“おもちゃ”が手に入ったからね。もう君たちに頼み事はしない。」

 

その言葉を聞いた文は、深く一礼した。

 

「……失礼します。」

 

振り返らず、部屋を退出していく。

 

遠ざかる足音。

 

薄れゆく意識の中。

 

八千慧の手が、隠岐人の頭を優しく撫でた。

 

ぞくり、と背筋が粟立つ。

 

そして鬼は、愉悦を滲ませて囁いた。

 

「――ようこそ、我が組へ。」

 

闇が、すべてを飲み込んだ。

 

 

 

 

数時間後――。

 

重たい意識が、ゆっくりと浮上した。

 

視界が戻る。

 

先ほどの部屋。

だが身体の自由はなかった。

 

腕と足は縄で縛られ、椅子に固定されている。

 

正面から、愉しげな声が降ってきた。

 

「おはよう。気持ちよく眠れた?」

 

吉弔八千慧が、机にもたれながらこちらを見下ろしている。

 

隠岐人は眉を寄せた。

 

「そんな訳ないでしょう。……だいたい、縄なんて無駄な事を」

 

八千慧はくすりと笑う。

 

「まあ、君なら破れるだろうね。」

 

指先で机をとん、と叩く。

 

「でも、“すぐに終わる”から。君の動きを一分でも止められれば、それで十分。」

 

そう言いながら、彼女は机の引き出しを開けた。

 

取り出したのは――一枚の札。

 

隠岐人の瞳が細まる。

 

「……それは」

 

八千慧の口元が、ゆっくり吊り上がった。

 

「そう。制御札。」

 

軽く札を振る。

 

「作製者、私だもんね。都に広がってる丹薬も、もちろん私。」

 

静かな足取りで、こちらへ歩み寄ってくる。

 

距離が、縮まる。

 

八千慧は指先で隠岐人の前髪をかき上げ、額を露出させた。

 

その目が、愉悦に細まる。

 

「……その顔。」

 

囁くような声。

 

「何が起きるか分かってるのに、抵抗できない顔。」

 

指先がわずかに震えた。

 

「起きるまで待ってたんだ。ちょっと――興奮してくるね。」

 

「やっ……やめ――」

 

言い終わる前に。

 

ぺたり、と。

 

制御札が額に貼られた。

 

一瞬。

 

何も起きない。

 

だが――

 

胸の奥にあった“敵意”だけが、すっと霧散した。

 

隠岐人は息を詰める。

 

「……自我は、残るのか。」

 

八千慧は満足そうに頷いた。

 

「ゾンビにするわけじゃないからね。」

 

椅子の背に軽く寄りかかる。

 

「厳密に言うなら――“逆らう気力を奪って、主人の命令を遂行させる”。それだけ。」

 

指を一本立てる。

 

「思考も人格も、そのままだよ。」

 

隠岐人の拳が、わずかに震えた。

 

「……このまま、衛兵にでも引き渡すつもりですか。」

 

八千慧は首を横に振る。

 

「彼らの機嫌取りより、君個人を利用した方が面白そうだからね。それはしない。」

 

薄く笑う。

 

「神子との取引を邪魔してくれたから――これは復讐。ケジメってやつかな。」

 

そして、何気ない調子で問う。

 

「そういえば神子。どうなったのかな?」

 

話すつもりはなかった。

 

だが。

 

意思に反して、口が開く。

 

「……戦闘中に、消えましたよ。」

 

自分の声に、隠岐人の表情が歪む。

 

八千慧は興味なさそうに肩をすくめた。

 

「ふーん。まあいいか。」

 

くるり、と背を向ける。

 

「君で稼げばいいし。」

 

「……何をさせる気ですか。」

 

一瞬の間。

 

八千慧が振り返り、にやりと笑う。

 

「性奴隷――」

 

「えっ……」

 

わずかな沈黙の後。

 

八千慧は吹き出した。

 

「冗談だよ。」

 

くすくすと笑う。

 

「敵対組織の襲撃、強盗、運び屋……使い道はいくらでもある。」

 

そして、椅子の背に肘を乗せ、顔を近づけた。

 

「その前に――」

 

目が細く光る。

 

「貴方の“これまで”を教えてもらおうか。」

 

抗おうとしても、口は止まらない。

 

隠岐人は、ゆっくりと語り始めた。

 

――月から落ちてきた、その時から。

 

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