東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第34話 救出作戦

 

「大天狗は、どこにいますか?」

 

静かな声だった。

 

だが、その奥にある圧力に、椛の耳がぴくりと動く。

 

「……そんなの、教えられるわけ――」

 

言い切る前に、隠岐人は淡々と続けた。

 

「貴方達は、目的じゃない。」

 

空気が一瞬、止まる。

 

そして。

 

隠岐人の身体が、扉の中へ滑り込むように消えた。

 

「――っ!」

 

文が舌打ちする。

 

「やられましたね……!」

 

椛は腹の傷を押さえながら、低く呟いた。

 

「最初から……山全体を探るつもりか。」

 

二人の表情が、同時に険しくなる。

 

嫌な予感だけが、はっきりと残っていた。

 

◆

 

――その翌日から。

 

天狗の山に、静かな悪夢が降り始めた。

 

夜。

 

巡回中の天狗の背後に、音もなく開く扉。

 

「――なっ」

 

短刀が閃く。

 

血飛沫。

 

倒れ込む影。

 

そして、決まって同じ問い。

 

「大天狗は、どこにいますか。」

 

答えられぬ者には、それ以上何もせず、隠岐人は消える。

 

また別の場所。

 

また別の夜。

 

同じ襲撃。

 

同じ問い。

 

同じ沈黙。

 

山全体が、じわじわと侵食されていく。

 

岩陰に腰を下ろしながら、隠岐人は小さく息を吐いた。

 

(……誰も、吐かない。)

 

額の制御札が、かすかに軋む。

 

(他人は売るくせに……)

(仲間の情報は、吐かないんだな。)

 

 

 

 

 

 

最近では、夜になると誰かが襲われる。

 

それが日常になりつつあった。

 

そんな噂を聞きつけ、二つの影が山を訪れていた。

 

「この地域にて最近よく現れているという噂を聞いているが……」

 

周囲を警戒しながら、赤蛮奇が呟く。

 

「とりあえず来たけど……天狗の住処でしょ? やばくない?」

 

影狼は落ち着きなく辺りを見回す。

 

「いくら天狗とて、この広い山にいる私達をそうそう見つけられる訳ないだろう。」

 

赤蛮奇が言い切った、その直後。

 

「――果たして、そうでしょうか。」

 

背後から声が落ちた。

 

二人の背筋が凍る。

 

「ん?」

 

振り返る。

 

そこに立っていたのは、黒い翼を隠した少女。

 

射命丸だった。

 

「て、てててて……天狗。」

 

赤蛮奇の頭がわずかに浮き上がる。

 

射命丸は溜め息をつく。

 

「なんだ、ただの野良妖怪でしたか。」

 

腕を組み、冷ややかな視線を向ける。

 

「貴方方も妖怪の端くれなら、天狗の住処に手を出すなというのはご存知でしょう? ただでさえピリピリしていると言うに。」

 

影狼は一歩前に出た。

 

「悪いけど、友達を助けたいのよ。」

 

射命丸の目が細まる。

 

「……お友達?」

 

赤蛮奇が答える。

 

「摩多羅隠岐人だ。」

 

その名に、文の表情がわずかに変わる。

 

「ああ……隠岐人さんのお友達。」

 

赤蛮奇が問い詰める。

 

「何か知っているのか?」

 

射命丸は視線を山奥へ向けた。

 

「知ってるも何も。ここ最近、天狗達を襲撃している張本人ですからね。」

 

影狼の瞳が揺れる。

 

「やっぱり……」

 

赤蛮奇が低く呟く。

 

「噂は本当か。」

 

射命丸は二人を見比べる。

 

「それで?」

 

わずかに皮肉を含んだ声。

 

「私より力がなさそうな妖怪が、どうやって“あれ”を止めるおつもりですか?」

 

沈黙。

 

影狼が視線を落とす。

 

「……特には。」

 

正直すぎる答えに、文は一瞬きょとんとした。

 

そして、小さく笑う。

 

「まあ……」

 

踵を返す。

 

「ついてきて下さい。」

 

赤蛮奇と影狼が顔を見合わせる。

 

 

 

 

「これって何処に向かっているの?」

 

影狼が警戒を隠さず問いかける。

 

射命丸は振り返らずに答える。

 

「私の上司の所ですよ。ちょうど隠岐人さんの件について話し合う所でしたので。」

 

山道を抜け、さらに奥へ進む。

 

空気が変わる。

巡回天狗の数も増え、明らかに中枢へ近づいているのが分かる。

 

案内されたのは、山奥に構えられた石造りの広間だった。

 

中に入ると、既に三人の天狗が待っていた。

 

白狼天狗の犬走椛。

姫海棠はたて。

そして中央に座す、大天狗――飯綱丸龍。

 

「来たか、射命丸。」

 

飯綱丸の視線が後方へ向く。

 

「後ろの二人は……部外者のようだが。」

 

射命丸は一礼する。

 

「先ほど山に侵入したのを捕らえました。隠岐人さんのご友人だそうで。」

 

飯綱丸は一瞬だけ影狼と赤蛮奇を見据え、静かに頷いた。

 

「了解した。発言は許可する。ただし騒ぐな。」

 

広間に緊張が満ちる。

 

飯綱丸が本題に入る。

 

「まず確認する。被害状況は。」

 

椛が前に出る。

 

「ここ数日、夜間を中心に巡回天狗が襲撃されています。負傷者は増えていますが――死者は出ていません。」

 

「死者は出ていない?」

 

「はい。刺突は急所を外している例が多く、致命傷を避けている可能性があります。」

 

はたてが口を挟む。

 

「それに、襲撃後は必ず同じ問いをしているわ。“大天狗はどこか”って。」

 

飯綱丸が顎に手を当てる。

 

「殺害が目的ではない、か。」

 

射命丸が続ける。

 

「無差別ではありません。狙いは明確に“大天狗”。

天狗への復讐が目的なら、まず私が狙われているでしょう。」

 

影狼が一歩前に出る。

 

「それ、隠岐人の意思じゃない。」

 

視線が集まる。

 

赤蛮奇が静かに言う。

 

「制御札だ。額に貼られている。私達も確認した。」

 

空気がさらに重くなる。

 

「……制御札。」

 

飯綱丸が低く呟く。

 

射命丸が補足する。

 

「鬼傑組が、天狗組織を邪魔と判断した可能性が高いですね。」

 

はたてが胸を張る。

 

「それと――場所は分かるわよ。」

 

「何?」

 

「能力で追えるの。隠岐人の“今いる場所”は、念写である程度特定できる。」

 

飯綱丸はゆっくり立ち上がる。

 

「問題はこちらが万全の戦力で向かえば、隠岐人は能力で逃げるという点だ。」

 

一拍。

 

「だが、幸いにも“大天狗の首”はここにある。」

 

そう言って、自らの首を指差す。

 

「ならば、誘導できる。」

 

射命丸が目を細める。

 

「囮、ですか。」

 

「そうだ。私が出れば多少の不利でも逃げはしないだろう。」

 

影狼が拳を握る。

 

「戦って制御札を剥がすってこと?」

 

「それが最善だ。」

 

だが飯綱丸は続ける。

 

「問題は、解放した後だ。鬼傑組が何もしてこない保証はない。」

 

視線が影狼と赤蛮奇へ向く。

 

短い沈黙。

 

その中で、赤蛮奇がぽつりと言う。

 

「……首を渡せばいい。」

 

椛が即座に反応する。

 

「お前、何を言っている!」

 

赤蛮奇は冷静だった。

 

「私が大天狗のように装飾する。戦闘で負けたように見せかけ、私の首を隠岐人に渡す。

鬼傑組から見れば“大天狗殺害達成”。それなら追加の干渉は減るかもしれない。」

 

影狼が息を呑む。

 

「危険すぎるわよ。」

 

「多少危険はある。でも他に犠牲を出さずに済む可能性がある。」

 

広間が静まり返る。

 

はたてが小さく呟く。

 

「囮の二重構造……。」

 

射命丸が赤蛮奇を見つめる。

 

「あなた、そこまで背負う気ですか。」

 

赤蛮奇は肩をすくめた。

 

「隠岐人は友達だから。」

 

影狼が小さく頷く。

 

飯綱丸はゆっくりと目を閉じ、熟考する。

 

やがて、静かに告げる。

 

「賭ける価値はある。」

 

視線が全員を巡る。

 

「作戦は三段階。」

 

「本物の私が隠岐人を引き出し、囮として戦闘する。

戦闘中に制御札を剥がす。

万一失敗した場合、赤蛮奇の首を使い“任務完了”と誤認させる。」

 

椛が拳を握る。

 

「命令を。」

 

飯綱丸は静かに、しかしはっきりと言った。

 

「目的は討伐ではない。」

 

一拍。

 

「――救出だ。」

 

広間の空気が、決戦前の静けさに包まれた。

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