東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第34話 救出作戦

 

「大天狗は、どこにいますか?」

 

静かな声だった。

 

だが、その奥にある圧力に、椛の耳がぴくりと動く。

 

「……そんなの、教えられるわけ――」

 

言い切る前に、隠岐人は淡々と続けた。

 

「貴方達は、目的じゃない。」

 

空気が一瞬、止まる。

 

そして。

 

隠岐人の身体が、扉の中へ滑り込むように消えた。

 

「――っ!」

 

文が舌打ちする。

 

「やられましたね……!」

 

椛は腹の傷を押さえながら、低く呟いた。

 

「最初から……山全体を探るつもりか。」

 

二人の表情が、同時に険しくなる。

 

嫌な予感だけが、はっきりと残っていた。

 

 

――その翌日から。

 

天狗の山に、静かな悪夢が降り始めた。

 

夜。

 

巡回中の天狗の背後に、音もなく開く扉。

 

「――なっ」

 

短刀が閃く。

 

血飛沫。

 

倒れ込む影。

 

そして、決まって同じ問い。

 

「大天狗は、どこにいますか。」

 

答えられぬ者には、それ以上何もせず、隠岐人は消える。

 

また別の場所。

 

また別の夜。

 

同じ襲撃。

 

同じ問い。

 

同じ沈黙。

 

山全体が、じわじわと侵食されていく。

 

岩陰に腰を下ろしながら、隠岐人は小さく息を吐いた。

 

(……誰も、吐かない。)

 

額の制御札が、かすかに軋む。

 

(他人は売るくせに……)

(仲間の情報は、吐かないんだな。)

 

 

 

 

 

 

最近では、夜になると誰かが襲われる。

 

それが日常になりつつあった。

 

そんな噂を聞きつけ、二つの影が山を訪れていた。

 

「この地域にて最近よく現れているという噂を聞いているが……」

 

周囲を警戒しながら、赤蛮奇が呟く。

 

「とりあえず来たけど……天狗の住処でしょ? やばくない?」

 

影狼は落ち着きなく辺りを見回す。

 

「いくら天狗とて、この広い山にいる私達をそうそう見つけられる訳ないだろう。」

 

赤蛮奇が言い切った、その直後。

 

「――果たして、そうでしょうか。」

 

背後から声が落ちた。

 

二人の背筋が凍る。

 

「ん?」

 

振り返る。

 

そこに立っていたのは、黒い翼を隠した少女。

 

射命丸だった。

 

「て、てててて……天狗。」

 

赤蛮奇の頭がわずかに浮き上がる。

 

射命丸は溜め息をつく。

 

「なんだ、ただの野良妖怪でしたか。」

 

腕を組み、冷ややかな視線を向ける。

 

「貴方方も妖怪の端くれなら、天狗の住処に手を出すなというのはご存知でしょう? ただでさえピリピリしていると言うに。」

 

影狼は一歩前に出た。

 

「悪いけど、友達を助けたいのよ。」

 

射命丸の目が細まる。

 

「……お友達?」

 

赤蛮奇が答える。

 

「摩多羅隠岐人だ。」

 

その名に、文の表情がわずかに変わる。

 

「ああ……隠岐人さんのお友達。」

 

赤蛮奇が問い詰める。

 

「何か知っているのか?」

 

射命丸は視線を山奥へ向けた。

 

「知ってるも何も。ここ最近、天狗達を襲撃している張本人ですからね。」

 

影狼の瞳が揺れる。

 

「やっぱり……」

 

赤蛮奇が低く呟く。

 

「噂は本当か。」

 

射命丸は二人を見比べる。

 

「それで?」

 

わずかに皮肉を含んだ声。

 

「私より力がなさそうな妖怪が、どうやって“あれ”を止めるおつもりですか?」

 

沈黙。

 

影狼が視線を落とす。

 

「……特には。」

 

正直すぎる答えに、文は一瞬きょとんとした。

 

そして、小さく笑う。

 

「まあ……」

 

踵を返す。

 

「ついてきて下さい。」

 

赤蛮奇と影狼が顔を見合わせる。

 

 

 

 

「これって何処に向かっているの?」

 

影狼が警戒を隠さず問いかける。

 

射命丸は振り返らずに答える。

 

「私の上司の所ですよ。ちょうど隠岐人さんの件について話し合う所でしたので。」

 

山道を抜け、さらに奥へ進む。

 

空気が変わる。

巡回天狗の数も増え、明らかに中枢へ近づいているのが分かる。

 

案内されたのは、山奥に構えられた石造りの広間だった。

 

中に入ると、既に三人の天狗が待っていた。

 

白狼天狗の犬走椛。

姫海棠はたて。

そして中央に座す、大天狗――飯綱丸龍。

 

「来たか、射命丸。」

 

飯綱丸の視線が後方へ向く。

 

「後ろの二人は……部外者のようだが。」

 

射命丸は一礼する。

 

「先ほど山に侵入したのを捕らえました。隠岐人さんのご友人だそうで。」

 

飯綱丸は一瞬だけ影狼と赤蛮奇を見据え、静かに頷いた。

 

「了解した。発言は許可する。ただし騒ぐな。」

 

広間に緊張が満ちる。

 

飯綱丸が本題に入る。

 

「まず確認する。被害状況は。」

 

椛が前に出る。

 

「ここ数日、夜間を中心に巡回天狗が襲撃されています。負傷者は増えていますが――死者は出ていません。」

 

「死者は出ていない?」

 

「はい。刺突は急所を外している例が多く、致命傷を避けている可能性があります。」

 

はたてが口を挟む。

 

「それに、襲撃後は必ず同じ問いをしているわ。“大天狗はどこか”って。」

 

飯綱丸が顎に手を当てる。

 

「殺害が目的ではない、か。」

 

射命丸が続ける。

 

「無差別ではありません。狙いは明確に“大天狗”。

天狗への復讐が目的なら、まず私が狙われているでしょう。」

 

影狼が一歩前に出る。

 

「それ、隠岐人の意思じゃない。」

 

視線が集まる。

 

赤蛮奇が静かに言う。

 

「制御札だ。額に貼られている。私達も確認した。」

 

空気がさらに重くなる。

 

「……制御札。」

 

飯綱丸が低く呟く。

 

射命丸が補足する。

 

「鬼傑組が、天狗組織を邪魔と判断した可能性が高いですね。」

 

はたてが胸を張る。

 

「それと――場所は分かるわよ。」

 

「何?」

 

「能力で追えるの。隠岐人の“今いる場所”は、念写である程度特定できる。」

 

飯綱丸はゆっくり立ち上がる。

 

「問題はこちらが万全の戦力で向かえば、隠岐人は能力で逃げるという点だ。」

 

一拍。

 

「だが、幸いにも“大天狗の首”はここにある。」

 

そう言って、自らの首を指差す。

 

「ならば、誘導できる。」

 

射命丸が目を細める。

 

「囮、ですか。」

 

「そうだ。私が出れば多少の不利でも逃げはしないだろう。」

 

影狼が拳を握る。

 

「戦って制御札を剥がすってこと?」

 

「それが最善だ。」

 

だが飯綱丸は続ける。

 

「問題は、解放した後だ。鬼傑組が何もしてこない保証はない。」

 

視線が影狼と赤蛮奇へ向く。

 

短い沈黙。

 

その中で、赤蛮奇がぽつりと言う。

 

「……首を渡せばいい。」

 

椛が即座に反応する。

 

「お前、何を言っている!」

 

赤蛮奇は冷静だった。

 

「私が大天狗のように装飾する。戦闘で負けたように見せかけ、私の首を隠岐人に渡す。

鬼傑組から見れば“大天狗殺害達成”。それなら追加の干渉は減るかもしれない。」

 

影狼が息を呑む。

 

「危険すぎるわよ。」

 

「多少危険はある。でも他に犠牲を出さずに済む可能性がある。」

 

広間が静まり返る。

 

はたてが小さく呟く。

 

「囮の二重構造……。」

 

射命丸が赤蛮奇を見つめる。

 

「あなた、そこまで背負う気ですか。」

 

赤蛮奇は肩をすくめた。

 

「隠岐人は友達だから。」

 

影狼が小さく頷く。

 

飯綱丸はゆっくりと目を閉じ、熟考する。

 

やがて、静かに告げる。

 

「賭ける価値はある。」

 

視線が全員を巡る。

 

「作戦は三段階。」

 

「本物の私が隠岐人を引き出し、囮として戦闘する。

戦闘中に制御札を剥がす。

万一失敗した場合、赤蛮奇の首を使い“任務完了”と誤認させる。」

 

椛が拳を握る。

 

「命令を。」

 

飯綱丸は静かに、しかしはっきりと言った。

 

「目的は討伐ではない。」

 

一拍。

 

「――救出だ。」

 

広間の空気が、決戦前の静けさに包まれた。

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