東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

35 / 38
第35話 制御札の解除

 

 

その数日後。

 

妖怪の山――西側の警戒区域。

 

哨戒天狗の一団が、いつも通り巡回を行っていた。

 

風は穏やかで、異変の気配はない。

 

だが――

 

空間が、わずかに歪む。

 

誰も気づかないほど、静かに。

 

そして、音もなく扉が開いた。

 

「……っ!」

 

一人の天狗が気づいた時には、遅かった。

 

短刀が、すでに喉元にあった。

 

血が飛ぶ。

 

倒れる。

 

「敵襲――」

 

叫びは、最後まで続かなかった。

 

次の瞬間、別の位置に扉が開く。

 

隠岐人がそこから現れ、迷いなく踏み込む。

 

刃が閃く。

 

腕を断ち、脚を裂き、武器を弾く。

 

一切の躊躇がない。

 

感情も、怒りも、焦りもない。

 

ただ、作業のように。

 

「ぐっ……!」

 

最後の一人が膝をつく。

 

息を荒げながら、それでも睨みつける。

 

隠岐人はゆっくりと歩み寄る。

 

足音だけが響く。

 

「大天狗の場所は……」

 

淡々とした声。

 

命を奪った直後とは思えないほど、静かだった。

 

天狗は歯を食いしばる。

 

「……誰が、言うか……」

 

その言葉を聞いても、表情は変わらない。

 

隠岐人は短刀を持ち上げる。

 

そして、振り下ろそうとした、その時。

 

「そんな三下に聞かなくても――」

 

風が、割り込んだ。

 

黒い影が上空から降り立つ。

 

「私が教えてあげますよ。」

 

隠岐人の視線が、わずかに動く。

 

「……射命丸。」

 

倒れている哨戒天狗が叫ぶ。

 

「なっ……! 射命丸、お前――裏切りか!」

 

射命丸はため息をつくように言う。

 

「うるさいですね。」

 

一瞬。

 

蹴りが入り、天狗は気絶する。

 

静寂。

 

何事もなかったかのように、射命丸は振り返る。

 

「さっ。行きましょう、隠岐人さん。」

 

隠岐人はじっと彼女を見る。

 

「……どういう風の吹き回しですか。」

 

射命丸は軽く笑う。

 

「いや~、あまりにも天狗達が襲われるもので、次は私が見張りの番だったんですよ。」

 

くるりと回る。

 

「このキュートでプリティーな私が襲われるくらいなら、いっそそちらにつこうかなって!!」

 

一瞬の沈黙。

 

隠岐人は目を逸らす。

 

「……まあいい。案内してくれ。」

 

それ以上、疑わない。

 

いや、疑っても意味がない。

 

(見え透いた罠でも関係ない。)

 

その思考は、どこか冷たかった。

 

(“大天狗の首”を取る。それだけだ。)

 

山の奥。

 

天狗の本拠、そのさらに奥にある屋敷。

 

重い扉の前に、隠岐人は立っていた。

 

周囲に気配はない。

 

いや――正確には、“いるのに出てこない”。

 

待っている。

 

そう分かるほどに、静まり返っていた。

 

隠岐人は一切迷わず、その扉を押し開ける。

 

軋む音。

 

広間へと足を踏み入れる。

 

広い空間。

 

余計な装飾はなく、ただ中央に――一人。

 

椅子に座り、腕を組んだまま動かない影。

 

飯綱丸龍。

 

「ふむ。」

 

ゆっくりと目を向ける。

 

「君が妖怪の山を騒がせている摩多羅隠岐人か。」

 

隠岐人は止まらない。

 

一定の歩幅で近づいていく。

 

「……随分と余裕そうですね。」

 

飯綱丸は微動だにしない。

 

「臆病者に、大天狗は務まらないものでね。」

 

空気が変わる。

 

見えない圧が、空間を満たす。

 

隠岐人は短刀を握る。

 

一瞬の静寂。

 

「恨まないで下さいよ。」

 

そのまま、手を扉の中へと沈める。

 

次の瞬間。

 

飯綱丸の首元――その横に、扉が開く。

 

だが、開く前に――砕けた。

 

空間ごと潰されたように、扉が弾け飛ぶ。

 

「私の速さなら、君が扉を開ける前に壊せるな。」

 

隠岐人は止まらない。

 

「なら――」

 

一歩、踏み込む。

 

「数で押すまで」

 

飯綱丸の周囲に、無数の扉が展開される。

 

視界が歪む。

 

空間が裂ける。

 

飯綱丸は静かに立ち上がる。

 

「……確かに、この量はこたえるが――」

 

羽が広がる。

 

「弾幕。」

 

次の瞬間。

 

嵐のような弾幕が、扉ごと空間を吹き飛ばす。

 

破片が舞う中――隠岐人が突っ込む。

 

連続した扉で距離を詰め、一気に肉薄。

 

拳に妖力を込め――叩き込む。

 

鈍い衝撃。

 

飯綱丸は腕で受け止める。

 

わずかに、痺れる。

 

「半妖にしては中々の威力だが――」

 

その目が鋭くなる。

 

「私に集中しすぎじゃないか。」

 

横から槍が飛ぶ。

 

隠岐人は反射的に弾く。

 

振り向く。

 

犬走椛。

 

「今度は仕留められればよかったんですが。」

 

隠岐人は椛に向き直る。

 

「邪魔立てするなら――」

 

椛へ扉を開こうとする。

 

だが。

 

「……開かない?」

 

一瞬の違和感。

 

次の瞬間。

 

斬撃。

 

両腕が切り裂かれる。

 

血が舞う。

 

隠岐人は距離を取り、周囲を見る。

 

そこにあったのは――自分が開いたままの扉。

 

そして、その扉に布をかける飯綱丸の姿。

 

(閉じていない……?)

 

理解が走る。

 

「開けた扉に物が挟まれば、完全には閉じない。」

 

布を押さえながら言う。

 

「そして、閉じない扉がある限り――新たな扉は開けない。」

 

隠岐人の動きが、初めて止まる。

 

飯綱丸は一歩踏み出す。

 

「つまり君の能力は、“封じられた”。」

 

静かに。

 

だが確実に。

 

形勢が、傾いていた。

 

「くっ……弾幕!」

 

放たれた弾幕が、自身の開いた扉へと叩き込まれる。

 

爆ぜる音。

 

歪んだ空間ごと、扉が砕け散る。

 

強引に――“閉じた”。

 

だが、その一瞬の隙。

 

「トドメ!」

 

風を裂き、椛が踏み込む。

 

振り下ろされる刀。

 

隠岐人は残った腕でそれを受け止める。

 

金属が軋む。

 

押し込まれる力に、足が沈む。

 

椛がさらに力を込める。

 

「これで――終わりです!」

 

だが、その横から風が差し込む。

 

射命丸が一瞬で間合いに入る。

 

「さて、この状況なら逃げられませんね。」

 

一歩。さらに近づく。

 

「扉を開かれる前に――」

 

指が額へ伸びる。

 

「剥がさせて貰いますよ。」

 

制御札を掴む。

 

剥がす。

 

紙の擦れる音。

 

その瞬間、隠岐人の身体から力が抜けた。

 

刀を支えていた腕が揺らぐ。

 

椛はすぐに距離を取り、構え直す。

 

「……もう大丈夫なのですか、文さん。」

 

「ええ。」

 

射命丸は視線を落とす。

 

「吉弔八千慧からの命令は、これで解除されているはずです。」

 

隠岐人は膝をつく。

 

だが――次の瞬間。

 

自分自身へ、弾幕を放つ。

 

爆音。

 

煙。

 

そして、何事もなかったかのように、再生した身体で立ち上がる。

 

「……相変わらず無茶をしますね。」

 

射命丸が軽く笑う。

 

「お元気はいかがですか、隠岐人さん。」

 

「……札を剥がしてくれたことには感謝します。」

 

顔を上げる。

 

その目には、もう操られていた濁りはない。

 

だが。

 

「それでも――ここを襲うのを止めるつもりはありません。」

 

空気が張り詰める。

 

「おや?」

 

射命丸が目を細める。

 

「それはまた、どういう理由で?」

 

「大天狗の首を持てば、八千慧は解放してくれます。」

 

射命丸は一瞬だけ黙る。

 

そして、静かに返す。

 

「……解放された私たちが、貴方に襲われたんですよ?」

 

「どうせ解放されても、消されるだけです。」

 

「それでもです。」

 

即答だった。

 

「私がやらねば――吉弔八千慧が直接天狗をやりにきます。」

 

沈黙。

 

その意味を、全員が理解する。

 

椛がわずかに目を伏せる。

 

「……私たちのため、ですか。」

 

隠岐人は答えない。

 

だが、それが答えだった。

 

射命丸は小さく息を吐く。

 

「なるほど。」

 

そして冷静に告げる。

 

「ですが――」

 

飯綱丸へ視線を向ける。

 

「貴方がどれだけ暴れても、大天狗の首が取れないのは、もう理解したはずです。」

 

「……そのようですね。」

 

その瞬間。

 

背後の空間が歪む。

 

扉が現れる。

 

ゆっくりと開く。

 

そこから現れたのは――吉弔八千慧。

 

「……扉が出てたから、とりあえず入ってみたけど。」

 

周囲を見渡す。

 

口元が歪む。

 

「ふむ。形勢不利だから呼ばれたのかな?」

 

飯綱丸が睨む。

 

「吉弔八千慧……。」

 

八千慧は楽しそうに目を細める。

 

「おや。大天狗の飯綱丸じゃないか。」

 

首元を見る。

 

「まだ首は繋がってるみたいだね。」

 

そして隠岐人へ。

 

「……ん? 制御札は?」

 

「剥がされましたが――約束は守ります。」

 

八千慧は満足そうに微笑む。

 

「そう。」

 

一歩、近づく。

 

「いい子だね。」

 

その声音は優しい。

 

だが、どこか歪んでいる。

 

飯綱丸が一歩前に出る。

 

「吉弔……何故我々天狗を狙う。」

 

「貴様らの要求には応じてきたはずだ。」

 

八千慧は首を傾ける。

 

「うん、それはそう。」

 

あっさり肯定する。

 

「下の天狗なんてどうでもいいんだけどさ。」

 

視線が鋭くなる。

 

「問題は――君たち“大天狗”だよ。」

 

一歩、踏み出す。

 

「統率。」

 

「秩序。」

 

「抑制。」

 

言葉を区切るように。

 

「それが邪魔。」

 

笑う。

 

「もっと妖怪らしく、頭空っぽにして人間を襲ってくれないと――ビジネスにならないじゃない。」

 

空気が凍る。

 

「だから君たちを消す。」

 

静かに言い切る。

 

「君が死ねば、下の連中は勝手に暴れる。」

 

そして。

 

「その方が、よく回る。」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。