東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第36話 ヤクザとの縁切り

 

飯綱丸は、吉弔八千慧の登場にも表情を崩さなかった。

 

「敵の大将が自ら出張ってくるとは思わなかったが……構わん。相手をしよう。」

 

しかし八千慧は、くすりと笑って首を振る。

 

「私? 違うよ。君の相手は、そっち。」

 

そう言って、隠岐人を指さした。

 

「私は他の有象無象を相手するだけさ。」

 

椛が眉を吊り上げる。

 

「ほう……舐められたものですね。」

 

射命丸も口元を歪めた。

 

「ヤクザの大将といえど、二人同時に相手できますかね。」

 

その瞬間。

 

八千慧が、静かに言った。

 

「――動くな。」

 

たったそれだけ。

 

だが次の瞬間、椛と射命丸の身体がぴたりと止まる。

 

飯綱丸の目が細まった。

 

「何をした?」

 

「能力を使っただけさ。」

 

八千慧は肩をすくめる。

 

「安心して。君の動きは止めないし、手も出さないから。私が直接殺したら、天狗組織も後々厄介だからね。」

 

その言葉の先には、顔色の悪い隠岐人がいた。

 

飯綱丸は視線を向ける。

 

「君も……後ろのヤクザを倒そうという気概はないものかね。」

 

隠岐人は、感情の薄い声で答える。

 

「貴方の首一つで、全て終わる。」

 

飯綱丸は小さく息を吐いた。

 

「……仕方ない。」

 

ひょい、と何かを投げる。

 

隠岐人は咄嗟に腕で受け、弾き落とした。

 

「ただの……石?」

 

「煙幕だ。」

 

次の瞬間。

 

部屋の中に、白い煙が一気に立ち込めた。

 

視界が奪われる。

 

隠岐人は舌打ちする。

 

(不味い……逃げられる。)

 

煙の中。

 

不意に、肩をぽんと叩かれる感触。

 

反射的に振り返る。

 

そこにいたのは――飯綱丸。

 

飯綱丸が、隠岐人にだけ聞こえるような小さな声で何かを告げる。

 

「✕✕✕✕……」

 

その直後。

 

隠岐人の短刀が、飯綱丸の首に突き立っていた。

 

煙が晴れる。

 

その場にいた全員が見たのは――

 

隠岐人が飯綱丸の首を刺している光景だった。

 

首元から、血が流れる。

 

八千慧が目を細める。

 

「おー、やったね。」

 

飯綱丸は首を押さえ、そのまま静かに倒れ込んだ。

 

椛の顔が、怒りで歪む。

 

「隠岐人……貴様、許さん!!」

 

その瞬間、八千慧が再び口を開く。

 

「解除。」

 

縛られていた椛の動きが戻る。

 

椛は怒りのまま剣を振り上げ、隠岐人へ斬りかかった。

 

刃が身体を貫く。

 

隠岐人は八千慧を見る。

 

「八千慧……何を。」

 

八千慧は、心底楽しそうに笑っていた。

 

「大天狗殺害、おめでとう。そしてお疲れ様。」

 

一歩、後退る。

 

「もういいよ。晴れて君は“解放”されるわけだけど……」

 

視線を、怒り狂う椛へ向ける。

 

「天狗のヘイトがこっちに向くと大変だからね。怒りの処理は任せたよ。」

 

そう言い残し、八千慧は建物から去っていった。

 

その後、数分間。

 

椛は怒りのまま、半ば夢中で隠岐人を斬り刻んだ。

 

何度倒れても、隠岐人は蘇る。

 

何度昇天しても、また意識が戻る。

 

やがて。

 

ようやく椛の剣が止まった。

 

息を整えながら、射命丸に問いかける。

 

「……もう、いいですか。文さん。」

 

射命丸は周囲を見回し、頷いた。

 

「ええ。あのヤクザの気配は、完全に消えましたよ。」

 

隠岐人も、再び身体を再生させて立ち上がる。

 

血を払いながら、椛に視線を向ける。

 

「犬走も……作戦は知らされていたんですね。」

 

椛は少しだけ気まずそうに目を逸らした。

 

「ええ。ですが……何度も昇天しても蘇生するので、途中から夢中で斬ってしまいました。」

 

その時。

 

倒れていた“飯綱丸”の死体が、むくりと起き上がる。

 

首を押さえながら立ち上がったその人物の正体は――赤蛮奇だった。

 

「本当に首を刺された時、血糊だけだったのか一瞬不安になったぞ……。」

 

その隣では、飯綱丸の服装を整えながら影狼が文句を言う。

 

「ちょっと隠岐人! 首を狙うのはいいけど、耳に当たりそうだったでしょ!」

 

そして。

 

煙幕の奥から、本物の飯綱丸が姿を現した。

 

「皆の衆、ご苦労だった。」

 

静かな声。

 

「まさか、吉弔八千慧本人を呼び出すとは思わなかったが……“ダミーの首”作戦は成功して何よりだ。」

 

広間には、ようやく張り詰めていた空気が解け始めていた。

 

 

 

 

 

隠岐人は、その場に立ったまま小さく息を吐いた。

 

「……終わった。」

 

少しだけ肩の力が抜ける。

 

「もう……使われずにすむ。」

 

 

 

その様子を見て、射命丸がいつもの調子で声をかける。

 

「お疲れ様ですね、隠岐人さん!」

 

 

 

その一言で――

 

張り詰めていたものが、別の形で弾けた。

 

 

 

隠岐人が振り向く。

 

「……だいたい、貴方が私を八千慧なんかに売り渡したから、こんな事になったんですよ!!」

 

声が荒くなる。

 

「したくもない犯罪をさせられて……!」

 

 

射命丸は、悪びれもせず肩をすくめた。

 

「嫌ですねぇ。最初からここまで“約束の範疇”ですよ。」

 

軽く指を立てる。

 

「ヤクザとの縁切り――売り渡すとは言ってませんでしたが、否定もしてませんでしたからね。」

 

 

隠岐人が言葉に詰まる。

 

「たっ……確かに、そうですが……!」

 

歯噛みする。

 

「とんでもない汚名を着せられてるんですよ、私は……!」

 

射命丸は少しだけ表情を緩める。

 

「まあまあ、落ち着いて下さいな。」

 

一歩近づく。

 

「その代わり――幻想郷の件は、本当にお手伝いしますよ。」

 

だが。

 

隠岐人は首を横に振った。

 

「……それに関しては、いい。」

 

 

 

射命丸の眉がわずかに動く。

 

「おや? どうしてですか?」

 

 

 

隠岐人は、少しだけ目を伏せた。

 

「今回の件で……襲撃した天狗達には迷惑をかけました。」

 

静かな声。

 

「そんな状態で、“願い”を語る資格なんてありません。」

 

 

 

その空気を、飯綱丸が断ち切る。

 

「気にする必要はない。」

 

一歩前に出る。

 

「確かに被害は出た。だが――ヤクザとの縁切りに際して、こちらも払うべき代償を払っただけだ。」

 

視線をまっすぐ向ける。

 

「お前一人が背負う話ではない。」

 

 

 

隠岐人は、少しだけ目を見開く。

 

そして――小さく頷いた。

 

「……そうですか。」

 

 

 

顔を上げる。

 

 

 

「なら――」

 

射命丸へ視線を向ける。

 

 

 

「“きっちり”働いてくださいね。射命丸。」

 

 

 

射命丸が一瞬だけ固まる。

 

 

 

「あやややや……。」

 

苦笑い。

 

「やっぱり、なしにしてもらった方がよかったかもしれませんね……。」

 

 

 

そのやり取りを横で見ていた赤蛮奇が、ぽつりと呟く。

 

「……まあ、助けられたしな。」

 

 

 

隠岐人はその言葉に向き直る。

 

「赤蛮奇と影狼には……本当に助かりました。」

 

 

 

赤蛮奇は少しだけ視線を逸らす。

 

「……友達だし。」

 

 

 

影狼は軽く笑った。

 

「まー、次はドジ踏まないようにね。」

 

 

暫しの談笑の後に各々達が新たに別れた。

 

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