東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

37 / 38
第37話 騒ぎの沙汰

 

隠岐人は、静かに扉を開いた。

後戸の世界。

何も変わらない、はずの場所。

それでも――どこか空気が重い。

 

一歩、踏み出す。

 

「……ただいま、戻りました。」

 

舞と里乃が振り向く。

 

「えーと……」

「お帰り。」

 

言葉は返ってきたが、どこか歯切れが悪い。

 

その理由はすぐに分かった。

 

正面。

摩多羅隠岐奈が、じっとこちらを見ていた。

 

何も言わない。

ただ、見ている。

 

その沈黙に、隠岐人は思わず背筋を伸ばした。

 

やがて――

 

「……お帰り、都の犯罪者様。」

 

「……ごめんなさい。」

 

「まさか、妖怪に使われて悪名を轟かせて帰るとは予想外だ。お陰で私を戦神と勘違いする奴まで出たぞ。まったく。」

 

「ハハ……。」

 

乾いた笑いしか出ない。

 

だが、隠岐奈はふっと息を抜いた。

 

「だがまあ……天狗を幻想郷計画に引き込んだ点は評価できるか。」

 

「そうですよね隠岐奈!」

 

一瞬だけ空気が緩む。

 

だが――

 

隠岐奈の表情が変わる。

 

「摩多羅隠岐奈の育ての子、摩多羅隠岐人よ。」

 

(……来た。)

 

隠岐人は直感する。

 

「摩多羅の姓を持ちながらの、都での悪逆非道な行い。その沙汰を下す。」

 

「いきなり何を……」

 

「信仰を取り戻すまで――」

 

一拍。

 

「お前を、私の保護下から外す。」

 

空気が凍る。

 

「……八雲紫の保護へと移す。」

 

隠岐人は一瞬、理解が追いつかない。

 

言葉の意味を噛み砕く。

 

そして――顔色が変わる。

 

「……嘘、ですよね。」

 

「隠岐奈……私は、操られていただけで――」

 

「関係ない。」

 

きっぱりと断ち切る。

 

「今回の騒動で、私の信仰は揺らいだ。それに対する罰だ。」

 

静かな声。

 

「一時、紫の元で預かってもらう。」

 

沈黙。

 

隠岐人は視線を落とす。

 

抵抗しない。

 

「……はい。分かりました。」

 

その言葉に、里乃が飛び出す。

 

「お師匠様だって放置してたじゃん!監督責任!」

 

舞も続く。

 

「そうそう!無責任だよ!」

 

隠岐奈が眉をひそめる。

 

「ええい!五月蝿い!私の決定だ!」

 

ぴたりと空気が止まる。

 

「……安心しろ。信仰が戻れば、呼び戻す。」

 

その時。

 

空間が静かに裂ける。

 

紫のスキマ。

 

「隠岐奈、話は終わったの?」

 

「ああ。もういい、連れて帰ってくれ。」

 

「じゃあ――行きましょうか、隠岐人。」

 

隠岐人は何も言わない。

 

ただ、静かに頷き。

 

紫の後ろへと歩き出す。

 

そのまま、スキマの中へ消えていった。

 

空間が閉じる。

 

静寂。

 

里乃がぽつりと呟く。

 

「……お師匠様、神が妖怪に子を預けるなんて正気?」

 

隠岐奈は、少しだけ視線を逸らした。

 

「……別に、信仰云々は口実にすぎない。」

 

舞と里乃が同時に顔を上げる。

 

「え?」

 

「どういうこと?」

 

隠岐奈は腕を組み、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「自分の血から生み出された存在。」

 

「それが“家族”なのか、“化物”なのか――」

 

少しだけ目を細める。

 

「あいつらは、まだ答えを出せていない。」

 

舞が小さく呟く。

 

「……あいつらって。」

 

「隠岐人と、紫だ。」

 

静かに言い切る。

 

「仲は最悪だ。」

 

一拍。

 

「だからこそ、いい機会だと思ってな。」

 

わずかに口元が緩む。

 

 

 

 

 

 

 

紫のスキマを抜けると、そこは普通の家屋だった。

 

畳の匂い。

外の光。

 

後戸の世界とは違う、“生活の気配”がある空間。

 

隠岐人は周囲を見回す。

 

「……驚きましたね。」

 

少しだけ肩の力が抜ける。

 

「隠岐奈みたいに、自身の空間に住んでいるのかと。」

 

紫はくすりと笑う。

 

「窓もない、空気も変わらない空間で暮らすなんて異質よ。」

 

縁側の方へ視線を向ける。

 

「せっかくの景色、愛でないと。」

 

隠岐人もその視線を追う。

 

外には確かに、穏やかな景色が広がっていた。

 

だが――

 

「……それにしては、視線はあるのに人気がないというか。」

 

紫が肩をすくめる。

 

「妖怪はいるわよ。」

 

軽く指を差す。

 

「私の式や、そのお友達が多少暮らしてるから。」

 

視線の先。

 

一匹の猫が、のんびりと遊んでいた。

 

「……あれも?」

 

「ええ。化け猫よ。」

 

紫はどこか楽しそうに微笑む。

 

「可愛いでしょう?」

 

隠岐人は少しだけ間を置き、頷く。

 

「ええ。」

 

紫がふと、横目で隠岐人を見る。

 

「もしかしたら、私と貴方――同じ血なんだから、感性も似てるのかもね。」

 

その言葉に、隠岐人の表情がわずかに曇る。

 

「……本当に、同じ血なんですか?」

 

紫はあっさりと言う。

 

「指でも切り落として、舐めさせてあげましょうか?」

 

「いいですよ。」

 

即答。

 

紫が一瞬だけ止まる。

 

「……冗談よ。痛いの嫌い。」

 

少しだけ肩をすくめる。

 

「半分は確かに私の血。でも、もう半分は……」

 

考えるように目を細める。

 

「嫦娥、だったかしらね。」

 

「何を詰め込まれたのかは、私にも分からないわ。」

 

隠岐人は静かに呟く。

 

「……いつか、知れるでしょうか。」

 

紫は少しだけ空を見た。

 

「知らない方が、幸せかもしれないわよ。」

 

そのまま。

 

短い沈黙が落ちる。

 

重くはない。

だが、どこか距離のある静けさ。

 

――その時。

 

ふわり、と気配が揺れる。

 

現れたのは、一匹の九尾。

 

整った所作で頭を下げる。

 

「紫様、お帰りなさいませ。」

 

そのまま、隣へ視線を向ける。

 

「……隣にいるのは、例の方でしょうか。」

 

紫は軽く頷く。

 

「ええ。摩多羅神のところの子。」

 

そして、にやりと笑う。

 

「私の“弟”みたいなものね。」

 

隠岐人の肩がぴくりと動く。

 

「ほら、“お姉ちゃん”って呼んでいいわよ?」

 

間。

 

「……検討します。」

 

紫が露骨に不満そうな顔をする。

 

「酷くない?」

 

「初対面で串刺しにされた相手に甘えるほど、柔軟ではないので。」

 

「根に持つわねぇ……。」

 

やれやれとため息をつく。

 

隠岐人は九尾へ視線を向ける。

 

「……紫、この方は。」

 

紫が軽く手を振る。

 

「この子は私の式、九尾の――」

 

「八雲藍と申します。」

 

丁寧に一礼する。

 

隠岐人はその姓に反応する。

 

「……八雲姓?」

 

紫が答える。

 

「隠岐奈が貴方に摩多羅姓を名乗らせているのと同じよ。」

 

「血の繋がりはないわ。」

 

藍も補足する。

 

「厳密には少々異なりますが……概ねその認識で問題ありません。」

 

一拍。

 

藍が隠岐人を観察するように見る。

 

「隠岐人殿。」

 

「何か?」

 

「いえ。」

 

わずかに目を細める。

 

「都では“世紀の大悪党”と噂されておりましたので。」

 

「こうして堂々と名乗られる方なのだな、と。」

 

隠岐人が少しだけ苦い顔をする。

 

その横で、紫がさらっと言った。

 

「名前、変える?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。