東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第38話 紫からの目標

 

紫がふと、軽い調子で言う。

 

「外で活動しにくくない?」

 

隠岐人は少しだけ眉を寄せる。

 

その問いに、藍が静かに続ける。

 

「妖怪としては、恐れられることで力が増すという意味では好都合です。」

 

一拍。

 

「ですが――すでに“討伐対象”の域に達しています。」

 

言葉は穏やかだが、内容は重い。

 

隠岐人は視線を落とす。

 

都での出来事。

貼られた手配書。

 

自分の名前が、“敵”として広まっている現実。

 

「……。」

 

紫が肩をすくめる。

 

「まあ、そんなに深刻に考えなくてもいいわ。」

 

扇を軽く振る。

 

「要は“外で使う名前”よ。」

 

「名前なんて、所詮は個体の識別記号。」

 

少し考える素振りを見せてから、にやりと笑う。

 

「そうね……桔梗とかどう?」

 

隠岐人が無言で紫を見る。

 

藍が即座に突っ込む。

 

「紫に寄せようとする意図が見え見えですよ。」

 

「もっと一般的な名の方がいいでしょう。」

 

少し考え、真面目に提案する。

 

「例えば……兵五郎など。」

 

「いやよ、普通すぎる。」

 

紫が即答する。

 

「もう少しこう……雰囲気が欲しいじゃない。」

 

好き勝手に話が進んでいく。

 

隠岐人はその様子を、遠い目で眺めていた。

 

(……勝手に決めるな。)

 

そう思いながらも、口には出さない。

 

しばしの沈黙。

 

ふと。

 

隠岐人が小さく口を開く。

 

「……岩笠。」

 

紫と藍の動きが止まる。

 

「今、何て?」

 

隠岐人は視線を外したまま、続ける。

 

「昔、聞いた話です。」

 

「岩の笠を被った者は、姿を隠し、追手から逃れた――そんな昔話があった。」

 

ゆっくりと息を吐く。

 

「本当かは知りません。」

 

「ただ……」

 

一瞬だけ、言葉が詰まる。

 

「今の自分には、都合がいい。」

 

藍が静かに頷く。

 

「姿を隠す“笠”。追われる立場には、理にかなっていますね。」

 

紫はじっと隠岐人を見る。

 

少しだけ意外そうに。

 

「へぇ……自分で考えるじゃない。」

 

扇を閉じる。

 

「いいわ。」

 

くすりと笑う。

 

「“岩笠”。」

 

「悪くないわね。」

 

一歩、近づく。

 

「じゃあ今日から、外ではそう名乗りなさい。」

 

隠岐人は小さく頷く。

 

「……分かりました。」

 

その横で、藍が静かに付け加える。

 

「隠岐人殿――いえ、岩笠殿。」

 

わずかに柔らかい声音。

 

「名を変えるというのは、ただの偽装ではありません。」

 

「“どう在るか”を選ぶことでもあります。」

 

隠岐人――岩笠は、ほんの少しだけ目を伏せる。

 

「……どう在るか、ですか。」

 

紫が軽く笑う。

 

「とりあえずは、“捕まらない名前”ってことで。」

 

 

 

 

 

 

紫がふっと笑い、隠岐人を見る。

 

「さて、隠岐人。」

 

扇で軽く肩を叩く。

 

「私が名前を決めさせた理由だけど……何か分かる?」

 

隠岐人は少し考え、答える。

 

「……外に出ても問題ないように、でしょうか。」

 

紫は首を横に振る。

 

「半分正解。」

 

一歩、前に出る。

 

「もう半分は――“切り替え”よ。」

 

隠岐人がわずかに眉をひそめる。

 

「切り替え?」

 

「そう。」

 

紫はゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「隠岐人は、妖怪と神の側の存在。」

 

「でも、“岩笠”は違う。」

 

扇で軽く空をなぞる。

 

「人の中に紛れて、人の中で生きるための名前。」

 

間。

 

「つまり――人間を学びなさい。」

 

隠岐人の目が細くなる。

 

「……人間を、学ぶ?」

 

紫は頷く。

 

「ええ。」

 

「隠岐奈は、貴方をずっと妖怪と関わらせてきた。」

 

「でもね、幻想郷計画には――人間も含まれるのよ。」

 

隠岐人は少しだけ視線を逸らす。

 

「……人間。」

 

淡々とした声。

 

「差別するつもりはありませんが――力のない、短命種でしょう。」

 

「信仰のために保護する価値はあっても、学ぶ必要があるとは思えません。」

 

紫の口元が、わずかに吊り上がる。

 

「やっぱりそう来るのね。」

 

扇を閉じる。

 

「“強さ”でしか物事を測れない。」

 

「それが、妖怪の限界よ。」

 

隠岐人が即座に言い返す。

 

「それを妖怪が言いますか。」

 

紫はあっさり頷く。

 

「ええ、言うわ。」

 

一歩近づく。

 

「だって私は――“境界”の妖怪だもの。」

 

「強さと弱さ、支配と被支配、生と死……」

 

「そういう“間”を見るのが仕事なの。」

 

隠岐人は黙る。

 

紫は続ける。

 

「人間はね、弱いわ。」

 

「すぐ死ぬし、すぐ壊れるし、すぐ裏切る。」

 

一拍。

 

「でもね――」

 

少しだけ、楽しそうに笑う。

 

「だからこそ面白いのよ。」

 

隠岐人が小さく息を吐く。

 

「……理解できません。」

 

紫は肩をすくめる。

 

「いいのよ、最初は。」

 

「理解するんじゃなくて、“見る”の。」

 

「関わって、観察して、勝手に混ざる。」

 

そして、わざと軽い口調で言う。

 

「とりあえず――」

 

少しだけ顔を覗き込む。

 

「お友達ができたら合格、かしら。」

 

隠岐人がわずかに顔をしかめる。

 

「……難易度、高くないですか。」

 

紫は即答する。

 

「高いわよ?」

 

にやりと笑う。

 

「だからやる価値があるの。」

 

その横で、藍が静かに補足する。

 

「人間社会は単純ではありません。」

 

「力だけでは測れない“関係”が存在します。」

 

「それを知らずに幻想郷を作れば――いずれ歪みます。」

 

隠岐人はしばらく黙る。

 

やがて、小さく頷く。

 

「……分かりました。」

 

「岩笠として、人間の中に入ってみます。」

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