東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第39話 芳香との再会と邪仙との出会い

隠岐人は、紫から課された「人間を学べ」という言葉を何日も考えていた。

 

妖怪なら分かる。

 

神も分かる。

 

だが、人間を学べと言われても何をすればいいのか分からない。

 

紫は友達を作れと言っていた。

 

だが、自分は都で皇族暗殺犯として指名手配されている。

 

まともな人間が近付くとは思えなかった。

 

考えた末――。

 

久しぶりに諏訪へ向かうことにした。

 

扉を開く。

 

その先に広がったのは懐かしい諏訪の村だった。

 

「……村を最後に訪れてから日が経ちますが、信仰は衰えていませんね。」

 

田畑は変わらず。

 

人々も忙しそうに働いている。

 

そして山の上には守矢神社。

 

隠岐人は石段を登っていく。

 

しばらくして境内へ辿り着くと――。

 

「ん?」

 

聞き慣れた声がした。

 

「隠岐人じゃないか!」

 

八坂神奈子だった。

 

隠岐人は軽く頭を下げる。

 

「久しぶりです。」

 

「確か都へ丹薬の調査に行ってからだろ?」

 

神奈子は腕を組みながら笑う。

 

「それから噂には聞いていたが……。」

 

すると横から別の声がした。

 

「皇族の暗殺に都の襲撃。」

 

洩矢諏訪子である。

 

手にはチャクラム。

 

ほんの少し警戒しているようだった。

 

「とんだ荒くれ者に成り下がったものだね。」

 

隠岐人は苦笑する。

 

「事実ですが……制御札を貼られていたんですよ。」

 

「制御札?」

 

諏訪子が首を傾げる。

 

そして数秒考えた後――。

 

「ぷっ……。」

 

肩が震える。

 

「アハハハハハハ!」

 

盛大に笑い始めた。

 

「何がおかしいんですか。」

 

「だってさ!」

 

諏訪子は腹を抱える。

 

「あの下級妖怪を使役するための札だよ!?」

 

「神奈子とやり合った隠岐人が、あんな程度の札に負けるとか!」

 

「ぷぷっ……。」

 

隠岐人は顔を赤くした。

 

「笑わないでくださいよ!」

 

「しかも作製者本人の特別製だったんですから!」

 

「おっと失敬失敬。」

 

まったく反省していない顔で諏訪子は笑う。

 

神奈子が苦笑しながら話題を戻した。

 

「特別な制御札ねぇ。」

 

「結局、丹薬の流通は止められなかった訳か。」

 

隠岐人は頷く。

 

「ええ。」

 

「神子が消えた時は一度止まりました。」

 

「ですが、その後私が都で暴れたせいで混乱が広がり、また流通が始まりました。」

 

神奈子は腕を組む。

 

「今日はその件の相談かい?」

 

「いえ。」

 

隠岐人は首を振った。

 

「実は……。」

 

そして紫との会話。

 

岩笠という名前。

 

人間を学べという課題。

 

友達を作れという話。

 

その全てを説明した。

 

話を聞き終えた神奈子はふむ、と唸る。

 

「人間を学ぶ、か。」

 

「お前から神として敬われるのは嬉しいんだがな。」

 

諏訪子が首を傾げた。

 

「昔、一苗と一緒によく村人と関わってたじゃん。」

 

「それじゃ駄目なの?」

 

神奈子は首を横に振る。

 

「違うだろうな。」

 

「それは一苗の付き添いだ。」

 

「紫が言いたいのは、隠岐人自身が人間と関わることだろう。」

 

「なるほどねぇ。」

 

諏訪子は頷く。

 

「でもこの村は駄目だね。」

 

「諏訪大戦の話も残ってるし、神の関係者として見られる。」

 

神奈子も同意する。

 

「都も難しい。」

 

「指名手配中だからな。」

 

「誰か権力者でも庇護してくれるなら話は別だが。」

 

その瞬間。

 

隠岐人の脳裏に一人の顔が浮かんだ。

 

「……あ。」

 

神奈子が反応する。

 

「ん?」

 

「心当たりでもあるのか?」

 

隠岐人は少し考える。

 

「ありますが……。」

 

「もう病気で死んでいるかもしれません。」

 

そう言いながら服の内側から一つの扇子を取り出した。

 

神奈子と諏訪子が覗き込む。

 

「それは?」

 

「昔、都で出会った人間です。」

 

宮古芳香。

 

病に侵されながらも必死に生きようとしていた少女。

 

別れ際に渡された扇子だった。

 

隠岐人はそれを見つめる。

 

「あの子なら……。」

 

「助けてくれるでしょうか。」

 

神奈子が手を差し出した。

 

「どれ。」

 

「貸してみな。」

 

隠岐人は扇子を渡す。

 

「たかだか持ち物で分かるんですか?」

 

神奈子は何も答えない。

 

扇子を握りしめる。

 

目を閉じる。

 

境内が静まり返る。

 

風だけが吹く。

 

数秒後。

 

神奈子はゆっくりと目を開いた。

 

そして扇子を返す。

 

「大丈夫。」

 

「その子はまだ生きている。」

 

隠岐人は目を見開いた。

 

「本当に分かるんですか……。」

 

神奈子は豪快に笑う。

 

「ハハハ!」

 

「そりゃそうだろう!私は本物の神様だからな!」

 

その言葉に、隠岐人は思わず感心した。

 

「神奈子って、本当に神様なんですね……。」

 

「今更かい?」

 

神奈子は笑う。

 

諏訪子も呆れた顔をする。

 

「今まで何だと思ってたんだい。」

 

神奈子は隠岐人の背中を軽く叩いた。

 

「ほら。」

 

「せっかく交流のある人間なんだろう?」

 

「行ってこい。」

 

「人間を学ぶなら、人間の所へ行くしかないさ。」

 

隠岐人は扇子を握りしめる。

 

宮古芳香。

 

都で出会った、病に苦しむ少女。

 

彼女は今、どうなっているのか。

 

都に出た隠岐人は、まず深笠を購入した。

 

手配書が出回っている以上、素顔を晒して歩くほど愚かではない。

 

紫に貰った新しい名――岩笠。

 

その名の通り、深く笠を被る。

 

「……これで少しはましか。」

 

小さく呟き、懐から扇子を取り出す。

 

宮古芳香から貰った扇子。

 

長い年月が経っているが、丁寧に保管していたため傷みは少ない。

 

隠岐人は貴族の屋敷が立ち並ぶ区画へ向かった。

 

流石に庶民へ尋ねても分からないと思ったが、予想に反して答えはすぐに見つかった。

 

「この家紋の貴族様の家はどこでしょうか。」

 

扇子を見せながら尋ねる。

 

すると通行人は家紋を見て驚いた顔をした。

 

「宮古家かい、あちらだよ。」

 

そう言って立派な屋敷を指差す。

 

「ありがとうございます。」

 

礼を言いながら向かう。

 

やがて目的地へ辿り着いた。

 

「……大きいな。」

 

思わず呟く。

 

かつて会った芳香は病床の少女だった。

 

だが、こうして見ると確かに名家なのだろう。

 

高い塀に広い庭、立派な門。

 

隠岐人は門前へ進み、警備していた衛兵へ声を掛けた。

 

「すまない。」

 

懐から扇子を取り出す。

 

「この扇子は私の友人から印として受け取ったものだ。」

 

「面会を願いたい。」

 

衛兵は扇子を見る。

 

そして――

 

わずかに顔を引きつらせた。

 

隠岐人はその反応に首を傾げる。

 

(何だ?)

 

だが衛兵はすぐに表情を戻した。

 

「確かに。」

 

「少々お待ちを。」

 

そう言って屋敷の中へ消えていく。

 

隠岐人は門前で待った。

 

しばらくして。

 

今度は身なりの整った初老の男が現れる。

 

世話人らしい。

 

男は扇子を確認すると深々と頭を下げた。

 

「お待たせいたしました。」

 

「どうぞ、こちらへ。」

 

予想以上に丁重な対応だった。

 

隠岐人は少し困惑しながらも後に続く。

 

広い庭園を抜ける。

 

手入れされた松。

 

池。

 

石橋。

 

都でも上位の貴族であることが窺えた。

 

(芳香の家は、ここまで大きかったのか。)

 

歩きながら思う。

 

やがて屋敷の奥へ進む。

 

人の気配はある。

 

だが妙に静かだった。

 

病人の部屋へ向かう時のような空気。

 

隠岐人は自然と歩幅を小さくする。

 

世話人が一つの部屋の前で立ち止まった。

 

襖へ手を添える。

 

「芳香様。」

 

「お客様をお連れしました。」

 

部屋の中から返事はない。

 

だが世話人は慣れた様子で襖を開いた。

 

「どうぞ。」

 

 

 

 

襖が開かれた部屋へ足を踏み入れる。

 

まず目に入ったのは――書物だった。

 

壁際に積まれた大量の書物。

 

机の上にも、棚の中にも。

 

隙間を埋めるように並べられている。

 

隠岐人は近くの一冊を手に取る。

 

「……妖怪図録?」

 

頁を捲る。

 

妖怪の生態。

 

退治法。

 

伝承。

 

中には明らかに誤った記述も混じっていた。

 

「人間が書いた妖怪の本か。」

 

懐かしいような、不思議な感覚だった。

 

そして部屋の奥。

 

そこに一人の少女が座っていた。

 

「……。」

 

久方ぶりに見る顔。

 

宮古芳香だった。

 

隠岐人は少し安心する。

 

(少し痩せてはいるが……生きているな。)

 

しかし違和感があった。

 

以前よりも顔色が悪い。

 

そして何より。

 

額には一枚の札が貼られていた。

 

芳香はどこか無気力そうに座っている。

 

隠岐人は近付いた。

 

「芳香?」

 

肩に触れる。

 

すると芳香はゆっくりと顔を上げた。

 

焦点の合わない目がこちらを見る。

 

数秒。

 

やがて。

 

「んーー?」

 

首を傾げる。

 

「隠岐人ではないか。」

 

声は以前と変わらない。

 

だが反応はどこか鈍い。

 

隠岐人は額を見る。

 

「その札は?」

 

手を伸ばす。

 

だが。

 

「触らないで下さいまし。」

 

背後から声がかかった。

 

隠岐人は振り返る。

 

そこには一人の女性が立っていた。

 

青い髪。

 

妖艶な雰囲気。

 

人間離れした美貌。

 

隠岐人は本能的に理解する。

 

(人間じゃない。)

 

女性は微笑む。

 

「それを剥がすと死期を早めてしまいますの。」

 

隠岐人は手を引いた。

 

「……どちら様で?」

 

女性は小さく笑う。

 

「普通は先に名乗るべきだと思いますけど。」

 

扇を広げる。

 

「まあ、構いませんわ。」

 

「私は霍青娥。」

 

「この娘の先生をしていますの。」

 

隠岐人も軽く頭を下げる。

 

「私は岩笠と申します。」

 

その瞬間。

 

青娥の笑みが深くなった。

 

「あら。」

 

「その娘に名前を呼ばれていたのに、嘘をつかなくてもよろしいのですよ。」

 

隠岐人の肩が僅かに強張る。

 

青娥は楽しそうに続ける。

 

「一時期、都をお騒がせしていた隠岐人さん。」

 

「……。」

 

沈黙。

 

だが青娥は気にした様子もない。

 

「安心してくださいな。」

 

「通報などしません。」

 

「芳香から、貴方のお話はたまに聞いていますので。」

 

隠岐人は少しだけ警戒を解く。

 

「それはどうも。」

 

そして再び芳香を見る。

 

「それで、この札は?」

 

青娥は芳香の額へ視線を向ける。

 

「ご存知の通り、この娘は病魔に侵されています。」

 

声が少しだけ真面目になる。

 

「本来なら、もう亡くなっていても不思議ではありません。」

 

「ですが、この札が病の進行を抑えていますの。」

 

芳香が胸を張る。

 

「んー!」

 

「私は死にたくないのだ!」

 

元気そうな発言だが、体はまるで伴っていない。

 

隠岐人は小さく頷く。

 

「……結局、妖怪にはなれずでしたか。」

 

青娥が苦笑する。

 

「妖怪にも色々ありますもの。」

 

「上級妖怪ならともかく、下級妖怪になれば獣と大差ありません。」

 

そして芳香の頭を撫でる。

 

「私はこの娘を仙人にしたいのです。」

 

隠岐人は積み上がった書物を見る。

 

「今はその勉強……と。」

 

「ええ。」

 

青娥は頷く。

 

「ですが、その話は後でも構いません。」

 

視線が隠岐人へ向く。

 

「隠岐人様は何用で?」

 

隠岐人は少し考えてから答えた。

 

「私用です。」

 

「人間社会を学ぶ必要がありまして。」

 

「指名手配されている私を匿ってくれそうな人物を探した結果……。」

 

芳香を見る。

 

青娥は納得したように頷く。

 

「ああ。」

 

「この娘という訳ですね。」

 

そして芳香へ視線を向ける。

 

「どうします?芳香。」

 

芳香は少し考える。

 

「んー……。」

 

そして頷いた。

 

「いいぞ。」

 

「助けてもらった恩もあるしな。」

 

胸を張る。

 

「我が家の権威をもってすれば、犯罪者の一人くらい匿えるぞ。」

 

隠岐人は思わず苦笑する。

 

青娥も楽しそうに笑った。

 

「芳香も良いようですね。」

 

そして少し考える。

 

「人間社会を学ぶのでしたら。」

 

「お急ぎでなければ、この娘の勉強に付き合っていただけませんか?」

 

隠岐人は積まれた書物を見る。

 

「勉強……ですか。」

 

青娥は首を振る。

 

「別に貴方まで仙人になれと言うつもりはありません。」

 

「私と一緒に、この娘の世話をしていただきたいだけです。」

 

一歩近付く。

 

「表向きには付き人。」

 

「岩笠殿……でしたか?」

 

隠岐人はしばらく考える。

 

紫の課題。

 

人間を学ぶこと。

 

そして目の前の病弱な少女。

 

やがて静かに頭を下げた。

 

「……はい。」

 

「お世話になります。」

 

芳香が嬉しそうに笑う。

 

「うむ!」

 

「では今日から友達兼付き人だな!」

 

青娥は扇で口元を隠しながら微笑む。

 

「ふふ。」

 

「賑やかになりそうですわね。」

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