東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第4話 これからを選択

翌朝。

隠岐人は静かに足を進め、扉をひとつ抜けて、後戸の国の奥にある小さな縁側へ向かった。

 

そこには、扇を手にした隠岐奈が一人、虚空を眺めていた。

 

彼が近づくと、隠岐奈はふと目を細める。

 

「……おや、隠岐人。

 君の霊力、昨日よりもずいぶん安定しているな。何か――あったのか?」

 

隠岐人は一瞬迷うようにしてから、言葉を選び、静かに答えた。

 

「……私についてきてくれてる霊魂たちと……ちょっと、話をしてました」

 

「ふふ。そうか。

 不安定なままなら、私が制御してやろうかと思ってたんだが――杞憂だったようだな」

 

「……お気遣い、どうも」

 

隠岐奈は小さく笑った。だが次に扇を畳むと、表情にわずかな影が差す。

 

「それはそうと――ちょっと聞かせてくれないか。

 半妖の君が、なぜ“月”にいたのか。」

 

隠岐人は一度、目を伏せた。

 

「……元々は、地上にいたと思います。

 親がいた……気もします。友達も、たぶん……」

 

「記憶は?」

 

「……最初は、少しだけ。……でも、月で出される食事を摂るうちに、

 なぜか……消えていったんです。名前も、感情も、記憶も……」

 

隠岐奈は表情を曇らせた。

 

「……薬か。記憶阻害の作用……。誰が?」

 

隠岐人は、そこだけは迷いなく答えた。

 

「……覚えています。

 “マスター”と呼ばされていた女です。……表情も変えずに、淡々と、実験を繰り返していた。

 名は――嫦娥」

 

「……嫦娥」

隠岐奈の手元の扇が、わずかに止まった。

 

「覚えておこう。……それにしても、“月から誘拐”とはな」

 

隠岐人は少しだけ顔を上げた。

 

「……私だけではありません。

 人間も、妖怪の子どもも。皆檻に入れられて、薬を飲まされて……死んでいった」

 

「……月人め。

 我々地上の者を、いったい何だと思っているのか……」

 

隠岐人は一呼吸置いて、ぽつりと漏らす。

 

「……そんな彼女が、唯一笑った瞬間があります」

 

隠岐奈が静かに目を細める。

 

「……君が、不老不死として“蘇った”とき、か?」

 

隠岐人は黙って頷いた。

 

「まるで、それを待っていたかのように。……あの笑顔だけは、忘れられません」

 

隠岐奈の声が低くなる。

 

「……まさか、狙っているのか。

 地上に捨てておいて、なお……君の不死性や異質な力を」

 

数拍の沈黙のあと、彼女は明確に言葉を刻んだ。

 

「――安心しなさい、隠岐人。

 君は“私が名を与えた存在”だ。

 君に宿った神力がある限り、月人など容易に手出しできはしない」

 

その言葉に、隠岐人は無言で頷いた。

 

 話を終えた隠岐奈は、静かに立ち上がった。

その扇がひときわ高く掲げられ、空間に一つの“緊張”が生まれる。

 

「……隠岐人」

 

呼びかける声は柔らかくも、揺るがぬ重みがあった。

 

「前提として、私は“君を守る”と決めている。

 だが、その上で――君に二つの選択肢を与えよう」

 

隠岐人は姿勢を正し、静かに聞き入る。

 

「ひとつ。

 このままずっと、私の庇護下で生きること。

 後戸の国から出ず、私の目の届く範囲で、静かに暮らしていく。

 その代わり、外の世界を見ることは――叶わない」

 

「……」

 

「もうひとつは、自分の身を、自分で守れるようになること。

 その覚悟があるなら、私は君に“力の使い方”を教える。

 外の世界も見せよう。

 時には地上に出ることも、未知と向き合うことも許す」

 

隠岐奈はそこで言葉を切った。

 

「さあ――どちらを選ぶ?」

 

静かな間が流れた。

 

隠岐人は、俯いたまま、ゆっくりと拳を握る。

 

「……私がまた捕まったら、今度こそ“存在を終わらせられる”かもしれません。

 もう……何をされるか、分かりません」

 

そして顔を上げ、はっきりと告げた。

 

「だから――身を守る方法が知りたいです。

 ……もう、逃げ続けるだけじゃ、何も変わらないから」

 

隠岐奈は、その答えに満足そうに目を細めた。

 

「……よく言った」

 

彼女は背筋を伸ばし、くるりと背を向けて歩き出す。

 

「ならば――私が、教えてやろう。

 “力の扱い方”を、“霊との向き合い方”を。

 君が“君のまま生き延びる術”をな」

 

そして振り返り、扇を広げて言い放つ。

 

「――よし! そうと決まれば、“特訓”だ!」

 

「今から君には、自分の霊力と霊魂たちを“戦いの形”に変える技術を叩き込む。

 覚悟してついてこい、隠岐人!」

 

隠岐人は、小さく深呼吸し、一歩を踏み出した。

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