東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第40話 邪仙への疑念

数週間ほどが過ぎた。

 

岩笠――いや、隠岐人は宮古家での生活にも少しずつ慣れ始めていた。

 

朝は芳香と共に書物を読む。

 

昼は霍青娥から仙人について教わる。

 

夜は庭を眺めながら和歌を詠む。

 

不思議な日々だった。

 

鬼と殴り合うこともない。

 

妖怪退治もない。

 

命を狙われることもない。

 

紫に言われた「人間を学べ」という課題の意味はまだ分からなかったが、少なくとも以前とは違う時間を過ごしていた。

 

その日も三人で書物を読んでいた。

 

芳香は難しい内容に頭を抱えている。

 

「むぅ……。」

 

「何故仙人というのはこうも面倒な理屈ばかりなのだ。」

 

青娥は微笑む。

 

「だから勉強するのですよ。」

 

「私はもう寝たいぞ。」

 

「まだ昼ですわ。」

 

芳香が机に突っ伏した。

 

隠岐人はその様子を見ながら、ふと疑問を口にする。

 

「青娥。」

 

「どうされました、岩笠様。」

 

青娥が本から顔を上げる。

 

隠岐人は少し考えながら言った。

 

「仙人とは、誰でも修行を積めばなれるものなんですか?」

 

青娥は扇を口元へ当てる。

 

「そうですねぇ。」

 

「難しい質問ですわ。」

 

少し考える。

 

「努力で届く部分もあります。」

 

「ですが、結局は才能の世界でもあります。」

 

隠岐人は頷いた。

 

予想していた答えだった。

 

だから質問を変える。

 

「では。」

 

視線を芳香へ向ける。

 

「芳香に、その才能はあるんですか。」

 

部屋が静かになる。

 

芳香も顔を上げた。

 

青娥は少しだけ目を細める。

 

「まだ芽吹いていない可能性もあります。」

 

柔らかな言葉だった。

 

だが。

 

隠岐人には分かる。

 

それは現時点では才能が見つかっていないという意味だ。

 

隠岐人は芳香を見る。

 

以前会った時よりも痩せている。

 

札で病を抑えているとはいえ、病そのものが消えた訳ではない。

 

だからこそ口にした。

 

「このまま弱っていくだけなら、妖怪にしてしまった方が良いのでは。」

 

芳香が目を瞬かせる。

 

だが青娥は即座に否定した。

 

「嫌です。」

 

珍しく強い口調だった。

 

隠岐人も少し驚く。

 

青娥は芳香を見つめる。

 

「妖怪では、いつか死が来ます。」

 

「寿命が延びるだけ。」

 

「それでは意味がありません。」

 

隠岐人は眉をひそめる。

 

「ですが。」

 

「その前に病で死んでしまったら。」

 

青娥は静かに笑った。

 

だがその瞳だけは真剣だった。

 

「私がそんなことさせません。」

 

隠岐人は何も言わない。

 

青娥は続ける。

 

「死んでも面倒を見ますよ。」

 

その言葉に。

 

今度は隠岐人だけでなく、芳香まで固まった。

 

「ん?」

 

「今、何と言った?」

 

青娥は当然のように言う。

 

「だから。」

 

「死んでも面倒を見ると。」

 

芳香が慌てる。

 

「いやいやいや!」

 

「死んだら終わりではないか!」

 

青娥は首を傾げる。

 

「終わりとは限りませんわ。」

 

その笑顔は美しい。

 

だがどこか底知れないものを感じさせた。

 

隠岐人は以前見た制御札を思い出す。

 

そして芳香の額の札を見る。

 

(この人。)

 

(仙人に出来なかった場合の手段も既に考えているな。)

 

青娥は相変わらず微笑んでいる。

 

芳香だけが青ざめていた。

 

「せ、青娥?」

 

「私は生きたまま仙人になりたいのだが。」

 

「もちろんそのつもりですよ。」

 

「本当か?」

 

「ええ。」

 

青娥は優しく頭を撫でる。

 

「ですが、万が一の備えも必要でしょう?」

 

 

 

 

「芳香、ちょっと来い。」

 

隠岐人は芳香の手を引き、青娥のいる部屋から廊下へ出た。

 

人目のないことを確認すると、小さく息を吐く。

 

「一つ聞きたい。」

 

芳香は首を傾げる。

 

「何だ?」

 

隠岐人は少し言いづらそうに視線を逸らした。

 

「……青娥は、本当に悪い人じゃないのか?」

 

芳香は一瞬きょとんとした後、小さく笑った。

 

「何だ、そんなことか。」

 

そう言って、自分の額に貼られた札へそっと触れる。

 

「私が今こうして生きていられるのも、この札のお陰だからな。」

 

「毎日薬も用意してくれるし、勉強も見てくれる。」

 

「私にとっては恩人だ。」

 

隠岐人は芳香の表情をじっと見つめた。

 

そこに嘘や怯えは見えない。

 

心からそう思っている顔だった。

 

(……恐らく本当だ。)

 

隠岐人は心の中で呟く。

 

(最後に会った時の芳香は、今にも死にそうなほど病が進んでいた。)

 

(それをここまで持ち直させたのは、間違いなく青娥だ。)

 

それでも、胸の奥に引っ掛かるものがある。

 

先ほど青娥が口にした言葉。

 

――「死んでも面倒を見ますよ。」

 

あの穏やかな笑みを思い出し、隠岐人は無意識に拳を握った。

 

「……そうか。」

 

隠岐人の様子を見た芳香が、不思議そうに首を傾げる。

 

「どうしたのだ?」

 

隠岐人は首を横に振った。

 

「いや、何でもない。」

 

(私も紫からの課題のために芳香を頼っている。)

 

(利用している点では、青娥を責められる立場ではないのかもしれない。)

 

(だが……。)

 

隠岐人は芳香の顔を見る。

 

以前より元気にはなった。

 

それでも、その身体は病に蝕まれ続けている。

 

(関わりを持ったのなら、長生きしてほしい。)

 

(妖怪でも、仙人でも構わない。)

 

(とにかく、生き延びてほしい。)

 

決意を固めた隠岐人は芳香へ向き直る。

 

「悪い、芳香。明日から数日、家を空ける。」

 

芳香は少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑って頷いた。

 

「……うむ。分かったぞ。」

 

「戻ってきたら、また一緒に勉強しよう。」

 

「ああ。」

 

短く答えた隠岐人は、その約束を胸に刻んだ。

 

翌朝。

 

まだ日も昇りきらぬ頃、隠岐人は静かに宮古家を後にする。

 

向かう先は、かつて死闘を繰り広げた鬼の住処。

 

茨木童子の元だった。

 

山道を歩きながら、隠岐人は考える。

 

(病を治せる道具……。)

 

(打出の小槌のような都合のいい道具があればいいんだが。)

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